5月29日のこと
今日も朝から芋虫にご挨拶。
よく雨の降る日曜日。
とりあえずは虫かごの中の掃除。
今日はあまり糞が落ちていない。
だけど昨日の脱皮で脱ぎ散らかされた皮を捨てておいた方が良さそうだ。
特に水に浮いた「顔」がこわー……って。
「!?」
よく見ると、カゴの底に、「顔」がもう一つ落ちていた。
こわ……。
どうやら犯人は「パセリ」さん。
こいつも一体いつの間に脱皮していやがったのか……。
脱ぎ散らかしていた「チシャ」とは違い、「パセリ」脱皮の痕跡は「顔」しかない。
やっぱり変わらず三匹とも定位置にいたのだけれど、よく見ると「セリ」だけ模様が違う。
いや、正確には「パセリ」と「チシャ」の模様が微かに変わっていた。
昨日までは黒い模様の、真ん中くらいの位置に空白地点があった。
だけど今日は脱皮したと思わしき二匹の腹あたりを見ても、模様の空白はない。
「セリ」だけ、空白があった。
脱皮をしたと父に報告したら、父も気になった様子。
そういえば父は理科の教員免許を持っていると聞いた覚えがある。
あまり幼虫には抵抗がないのだろう。
私が虫かごを掃除している傍ら、父がネットで何事か検索していた。
私はあまり多くを調べていなかったが、父は幼虫の段階を調べたようだ。
そうしてわかったことは、今の「パセリ」たちが第5齢に突入したらしいということ。
うん、よくわからん。
それは結局、育ち切るまでどれだけの期間を要するということなのか。
そこは父にもわからない。
所詮、私たちは昆虫にあまり詳しくない。
最初に幼虫を発見した時、私は「黒い」という印象ばかりでよく観察していなかった。
二十匹ほどを仕留めた父曰く、最初に見た時は「第3齢」だったらしい。
そして夕方に帰宅し、仕留め逃していた二匹を回収した時点では「第4齢」に入っていた。
どうやら初日の昼から夕方の間に脱皮していたらしい。
他の命を落とした芋虫たちと成長が同期していたと仮定して、だが。
とりあえず芋虫たちのそれ以前の姿は謎のままだ。見ていないし。
これ以後の成長は、これから見られるものと期待しよう。
そういえば帰宅した母にも芋虫を見せてみた。
嫌悪するかと思いきや、母も母で私のやんちゃな遊びを繰り返す兄二人と私を育てた人だ。
更にいうと、今は姉の元に詰めて三人の孫(全員男)の面倒を見ている。
虫を見て目の敵にするような人ではなかったらしい。
だけど好きでもなさそうだが。
芋虫の観察を始めたというと、使ってないカメラを観察に使えば?と提案してくれた。
それもよさそうだな、と思いはするが……なんとなく使わない気がした。
自分というものを私は知っている。
たぶん姿を残そうと思えば、カメラよりもスケッチに走ることだろう。
実際に芋虫を見た母は、彼らを知っていると述べた。
私と父は初めて見る部類の芋虫だったが、母は昨年、既にご対面を果たした後だったようだ。
なんかパセリに三匹くらいくっついていたから、捨てたらしい。
そこは容赦のない母である。
せっかくのパセリ、今では虫の餌にしか使ってないんですけどね。
しかし虫の卵は複数産み付けられるだろうに、三匹しかいなかったとは……
我が家の庭は弱肉強食、生命循環の完結した食物連鎖の世界と化している。
今では「弱い動植物群は生命力の強い他に淘汰される」とまでは言わないが(植物限定)。
それでも毎年、我が家の庭はバッタやカマキリの取り放題が出来る場所となる。
アリさんやカメムシさん、蜂さんやらを見ることもある。
カマキリ以外に蜘蛛もいるし、トカゲやヤモリもいれば、猫も来る。ムカデだっている。
私が知らないだけで、きっと他にも様々な小さい生き物がいることだろう。
鳥だって来ちゃうので、朝は雀の鳴き声で目が覚めるくらいだし。
この世は弱肉強食、食物連鎖、淘汰の連続。
庭の中には小さな大自然の縮図が繰り広げられている。
三匹しかいなかったって、それ他の肉食な虫さんに捕食された後だったんじゃね?
そう思ったのだけど、真相は既に闇の中に葬り去られていた。
数時間後。
朝の十時前、虫かごを覗くと「セリ」の模様が変わっていた。
あれ? いつの間に……?
脱皮の残骸は見つけられなかったが、脱皮したのだろうか。
カゴを掃除するとき、「チシャ」の皮を片付けるために定位置から違う茎へと移動させていた。
そのまま定位置と化していた茎は捨てたのだが。
「………………」
やはり、「チシャ」は高いところが好きなのだろうか。
「パセリ」と「セリ」は相変わらず定位置にいる。
だけど何故か「チシャ」だけ、再び虫かごの蓋のところ……つまりは天辺まで登ってきていた。
いやいや、パセリをはしごに登るんじゃなくって食えよ。
そう思いながら、蓋のところにしがみついた「チシャ」からそっと目を逸らしてみる。
何はともあれ、元気ならそれで良いのだけれど。
どうにも今一つ、彼らは活発さとは無縁らしい。
もしかしたら脱皮の前後なので、動きが止まっているだけなのかもしれない。
昨日から餌を食べた痕跡が全くないんだけど……彼らは大丈夫なのだろうか。
その後、昼餉を食べに食卓へ。
時間は十二時半ごろのこと。
虫かごを覗くと、「パセリ」の頭のすぐ上にあった葉っぱがさりげなく消えていた。
どうやら食ったらしい。糞も落ちている。
あ、食欲あったんですね。
だけど位置だけは、やはり三匹とも朝見た時から変わった様子がない。
その後、十三時を回ったのち。
ふとカゴの中を覗いてみると、「セリ」が皮を脱ぎ捨てていた。
あれ、脱皮したの今!?
どうやら模様が変わったなぁと思っていたのは、皮の下から新しい模様が浮き上がって見えていただけのようで。脱皮の前段階ってやつだったんでしょうかね。
皮を脱ぎ捨てたばかりで、落ち着かないのか。
「セリ」さんは、おしりふりふり。
体をゆすったり、頭を上げてみたり。
落ち着かなげな、その様子。
よく見たら「セリ」の側の葉っぱが消えている。
あれ、食った?
なんだかそわそわしている様子の「セリ」。
その頭は脱皮したばかりだからか、緑色。
観察していると三十分くらいで頭に黒い模様が浮き出てきた。
その頃には再び静止画像並みに動かなくなっていたが。
そして、ちょっとだけ目を離して再びカゴに目をやると。
「パセリ」さんが猛烈な勢いで食事を開始していた。
お前の方が食事に走るのか!?
少し驚きつつも、明るい場所で彼らがはむはむしているところを見るのは初めてだ。
目を寄せて観察してみるが……それは、はむはむなんて可愛いものではない。
まさに、貪欲。まさに一心不乱。
擬音をつければ「ガツガツ」だ。
それはそれは貪り食らうといった様子で、ががががが……っと葉っぱを消滅させていく。
やがて近くの葉っぱを食い尽くし、だけど食い足りないといった様子でうろうろし始めるのだが。
彼のいる茎の後方には、「セリ」さんがいる。
ちょっとうろうろとした後、食べるのをやめることにしたのか。
定位置近くに戻り、再び静止してしまう。
……別に、他のパセリに移ってもよろしいのよ?
他にも同じジャム瓶に三本くらい手つかずのパセリを差しているのだが。
そこまで移動する気にはならないのか、それとも小休止感覚なのか。
とりあえず食事風景は「パセリ」さんのものばかり見ている気がする。
夕方。
「チシャ」さんの移動を確認。
「パセリ」さんたちがいる茎の、隣の茎。
その花房にちょこんと乗っている「チシャ」さんを発見。
その時点で「パセリ」と「セリ」は既に食事をしていた為か、比べてむっちりしているのだが。
「チシャ」さん、細い!
二倍と言ったら言い過ぎだけど、心情的にそう感じてしまうくらい。
一番太っている「パセリ」と比べたら、成長一段階は違うんじゃないかと心配になる。
やはり食事をしていないのだろうか。
「チシャ」だけ細いので、模様の黒線は密度が狭い。
「パセリ」たちはモスラ体型に近づいているのに、「チシャ」はこう……起伏のない細長さ。
これで大丈夫なのかと心配になる。
その後、夕餉を終えた頃。
日曜七時半からは、某動物番組を毎週楽しみに拝見している。
だけどその頃になって、「チシャ」が活動を始めている……!
若干食事をしているようにも見受けられるが……
虫かごの中をのんきにお散歩している内に、静止していた「パセリ」や「セリ」に接触。
そのまま喧嘩が勃発……。
今まで二匹は寝ていたのかもしれない。
「チシャ」に触発されて活発化した二匹。
あっという間に体格で差のある「チシャ」を押しやり、旺盛な食欲を見せる「パセリ」。
「パセリ」に押され気味ながらも、こっちはこっちでちゃっかり食事に走る「セリ」。
そして二匹に挟まれ、茎の中間で動きを止めた「チシャ」……。
もしかしたら「チシャ」が小さいのは、他の二匹に負けているせいなのかもしれない。
結局、大河ドラマを見終わるまで虫かごを抱えて時々観察していた。
やっぱり「パセリ」は食欲旺盛だ。
ドラマが終わる頃には三匹ともまたフリーズしていたが、「パセリ」だけは時々ハッと動き出し、近くの葉をもしゃっと少し食って動きを止める。
しかし、この時……「パセリ」だけ逆さにぶら下がるような姿勢で静止しているのだが。
明日の朝になったら、ジャム瓶の中に落ちてはいないだろうな……?
若干心配になりつつ、今晩の観察を終えた。