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芋虫日記  作者: 小林晴幸
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6月13日~14日のこと

6月13日


 「パセリ」が蛹に進化してから、一週間が経過した。

 蛹ポケットにエスコートして以来、目立った異変も異常も変化もない。

 そろそろ羽化してもおかしくない時期に入って来たんじゃないか?

 父も私も、そわそわしている。

 虫かごの中じゃ狭いんじゃないか、出した方が良いんじゃないか。

 父はそう言った。

 私はどうかな、と考えている。



6月14日


 今日も朝から蛹を眺める。

 特に異変はないようだ。

 このひとたち全然動かないから、いつも生き死に如何が気になってしまう。

 たぶん、まだ生きてる……はず。


 今日は兄がお休みで、一日家にいる。

 夕飯時、虫かごを見ながら父が言った。

「【兄】が、蛹が動いてたって」

 なんですと!?

 

 聞き捨てならない、そのセリフ。

 詳しく聞こうと兄に話を振ると、それほど前のことではないらしい。

 兄曰く、動いていたのはどうやら「パセリ」。

「結構、派手に動きよったけど」

 「パセリ」が……派手に?

 え、どんな具合に?


 たまに動いたとき、より大きく動くのは「セリ」の方。

 だけど蛹になったのは「パセリ」の方が一日早い。

 夕食をささっと平らげて、虫かごの中の「パセリ」を観察する。


 …………あ、動いた。


 兄の証言は本当だった。

 証言を裏付ける証拠が、目の前にある!

 「パセリ」が動いた……!

 しかも、1回2回のことではない。

 断続的に、だけど。

 「パセリ」は何度も、何度もぴくりと動く。

 間に時間を置いて、ぴくり、ぴくりと。

 確かに動き続けている。

 何かの衝撃があった訳でもなく、断続的に続く動き。

 これは……もしかしたら、羽化が近いんじゃないのか?

 期待は否応なく高まっていく。

 もし羽化するのであれば、虫かごから出した方が良いんじゃないか。

 父はそう言った。

 昨日帰って来た母は、外に出した方が良いんじゃないかと口にする。

 とりあえず家の外に出すのは論外だと思った。

 我が家の庭では、ヤモリやトカゲも割とよく見る。

 今日だって、外が暗くなってきたから私室の窓を閉めた時、窓の外で動くモノがいた。

 網戸の上を去っていったのは、私の掌よりちょっと小さいくらいのヤモリ。

 ああいう虫を捕食する方々が、我が家の庭にはいる。

 蛹なんて無防備な状態で家の外に出せるものか……!

 私は両親に嫌がられたとしても、断固として家の中で羽化させる気だ。


 しかし虫かごが狭いんじゃないか、との意見にはさすがに耳を傾けざるを得ない。

 もしかしたらそうかも?なんて。

 動く「パセリ」を見ていて私も心配になる。

 母の植木鉢を拝借するのは、ちょっとアレなので。

 昨年から自分の部屋で育てている、高確率で四葉が生えるクローバーの小さな植木鉢を食卓の上に移動させた。

 「パセリ」さんは蛹ポケットにお引越し願った時から、古い割箸と一心同体。

 植木鉢に差す時、クローバーの根っこが傷つかないかちょっと心配になったが……

 考えるまでもなく、優先順位は蛹の方が上だった。

 なのでもう、深く考えることなく。

 それでもなるべく根っこがいなさそうな位置を狙って、割箸を植木鉢に突き刺した。

 ついでに蛹から羽化する時、足場があった方がよろしいとのことで。

 家にある古い木製の洗濯バサミに、カッターで切り込みをサクサク。

 割箸の上の方に洗濯バサミを止めて、準備は完了!


 「パセリ」さんの磔刑台が完成した。


 いや、違う! 羽化の準備だ!

 「パセリ」さんがなるべく恙なく蝶にメタモルフォーゼ☆できるよう、配慮しただけだ!

 だけど何だろう、この不思議……

 あれ、気のせいかな?

 ネットを参考に羽化の準備を整えたはずなのに。

 何故か、「パセリ」が磔にされているように見える。

 これが人間なら、今から槍で刺されるパターンだ。

 縁起でもない連想は、さっさと忘れよう! 忘れてしまおう!

 ……これが「パセリ」さんの行く末を示唆するものでないことを切に願う。

 

 準備を整えている間にも、「パセリ」さんは時間を置いてピクリ、ピクリと動く。

 やっぱり何か、「パセリ」さんに異変が起きているらしい。

 これで寄生虫が……とかいうオチでなければ良いのだが。

 順当にいけば、羽化の前兆。そう信じたい。

 

 とりあえず今晩は「パセリ」の様子が気になって仕方がない。

 以前、「セリ」が蛹に変身する姿を見逃した無念もある。

 明日も仕事がある身としては、無茶かもしれないが……

 本当は、植木鉢を自室に持ち込めば良いのかもしれないけれど。

 羽化を楽しみにしているのは、私だけじゃない。父もだ。

 だから食卓の上に、「パセリ」を磔にした植木鉢を安置している。

 気になって、気になって気になって仕方がないから。

 今夜は時間を置いて、定期的に様子を見に行ってしまうかもしれない。

 寝落ちして定期確認が滞ったら、それはもう仕方ないけれど。

 ああ、もしくは早く寝て、明朝早起きして朝から見守るか。

 やれる範囲で、起きていられる時間の範囲で。

 なるべく「パセリ」さんのことを気にかけようと思った。


 そうこうしている内に、もしも「セリ」さんの方が先に羽化したら面白いけどね!

 ……「パセリ」が動いた!と気付いて以来、そっちの方にばかり注意が向いているので、あながち有り得ないことじゃなさそうな気が……しなくもないのが、なんだかちょっと不安になった。

 「セリ」さんの方は……うん? お腹が下がった?

 覚えている限り、朝方まではふっくらとしていたお腹のライン。

 くっついている虫かごの天井に、ふくっとしたお腹が密着していた。

 だけど今見ると、隙間がある。

 天井とお腹の間に、隙間が。

 今では糸で吊られている以外、「セリ」が天井にくっついているのはお尻の先端だけ。

 あれ、このひともどうしたんだろう……。

 些細な変化が、ちょっと気になった。



 もうすぐ羽化するかな、と思うと期待が膨らむ。

 だけどそれと一緒に、不安も膨らむ。

 羽化するとして、無事に羽化が出来るのか。

 羽化に失敗したりしないか。

 羽化を楽しみにしつつ、それでも心配の種はやっぱり尽きることはないのです。




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