6月7日のこと
いつも私は9時ごろに出勤し、芋虫の世話は8時台に行っていた。
だけど今日は「セリ」さんどうかな? そろそろ蛹になっちゃうのかな? と気になって。
6時ごろ、一度虫かごの安置所に忍び足。
そこには蛹になった「パセリ」と、未だ辛うじて芋虫の「セリ」がいた。
「パセリ」の姿は相変わらず。
「セリ」も昨日とあまり様子は変わっておらず、縮んでも昨日の「パセリ」程じゃない。
昨日の朝の「パセリ」と比べるとまだまだかな、と感じた。
あの時の「パセリ」さんは、なんだか干からびかけ……?みたいな印象だったから。
今の「セリ」は乾燥した紙粘土と呼ぶにはまだ及ばない。
だけどよく見れば、細かく上半身が動いているような……
その動きはゆったりとしていて、眠っている生き物が寝息に合わせて動くような。
そんな感じだったので、油断した。
まだ時間かかりそっかな~、なんて思って。
その場を後にした私。
あとから思った。
何故、その場を離れた、と。
もしくはもっとこまめに、十分おきくらいで様子を観察に行けば良かった……!と。
二時間後。
私は改めて虫かごの様子を見に行き……動きを止めた。
なんたる不覚……!
「セリ」さんは、私が目を離した二時間で急激な進化を遂げていた。
ちくしょう、蛹になってる……!!
見たかったのに!!
見たかったのに!!!
私は崩れ落ちるかと思った。
父にもその旨を報告すると、すかさず駆けつける父。
この二時間の間で起きた変化だと伝えると、父もまた「見たかったのに!」と口からこぼす。
その言葉には深く同感です。
父と私は、二人で驚いた。
蛹への変化って、そんな一時間二時間かけずに行われるものなのか、と。
丁度出勤前だった兄も虫かごの前へ足を運び、蛹を見ている。
いま我が家で一番の人気者は間違いなく「芋虫(蛹)」である。
父など、羽化の為に家の中でカゴから出しても良いんじゃないかと口にするほど。
本当かい? やって良いんだね?
だけどそのことはまた、羽化の時に考えよう。
私は蛹になった「パセリ」と「セリ」を見比べ……一言物申したいことがあった。
「パセリ」さん、やっぱあなたは不安定過ぎです! と。
蛹になった「セリ」のお尻は、しっかりと虫かごにくっついていて。
そして上半身は二本の糸で吊るされている。
不安定っちゃ不安定ですが、「パセリ」程でもなく。
完全に二本の糸だけで吊っている「パセリ」の不安定さは、やはり正常じゃなかったのか。
本来はくっついているべきお尻が離れてしまった原因はなんだろう。
えっと、蛹になる準備をしていた時に、虫かごの蓋を振動させた私が原因……とかじゃないよね!?
自分で自分に嫌疑をかけて、自分で自分に弁護を重ねる。
何が原因か今となってはどうでも良い気もするが、少し良心が咎めた。
同じ種の、同じ蛹と言っても差が出るものなんだなぁと。
二匹の体を見比べて思う。
既に黒い模様は脱ぎ捨てられ、その全身は薄緑。
しかし「パセリ」さんはぱさぱさに乾いた感が漂う緑色。
蛹になって一日が経過したからだろうか?
その色は部分的に黄色っぽかったり、緑が濃ゆかったり。
蛹になったばかりの「セリ」は一方、若々しい薄い黄緑のグラデーション。
以前の皮は何処に消えたのだろう?
「パセリ」の以前の皮らしきものは、お尻だったところにまだ乗っている。
一方、「セリ」さんの皮は?
どこにもないかと思ったら、真上から虫かごを覗いて発見。
「セリ」さんのお尻から落ちたと思わしき位置に、皮の残骸が墜落していた。
二匹の蛹は形もちょっと違う。
全体的に見ると、「セリ」はふっくらとした可愛い紡錘形。
しかし「パセリ」の方は反っている。
幼虫だったころ、背中だったあたりからこう……くいっと。
背筋を逸らしたような、その姿。
紡錘形とはとても言えません。
カタチの、ツンツン部分も「セリ」よりは「パセリ」の方がちょっと尖っている。
なんだか「セリ」が柔らかそうなのは、蛹になったばかりだからなのだろうか。
この違いは個体差なのか、それとも時間差なのか?
時間が経過したら「セリ」も「パセリ」みたいになるのだろうか。
形が違うためか、「パセリ」の方が細長く見える。
しかし二匹の蛹は、測ってみるとともに四㎝ちょっとというところ。
この形の違いは何なんだろうか。
蛹が羽化した時、「パセリ」が奇形になってなければ良いけれど。
そうだ、これも付け加えよう。
二匹には共通点があった。
時々、ぴくっと動く。
それも突然、時には結構大胆に。
まるで身じろぎするような、蠕動するような。
中で何が起きているのか。
蛹ってずっと動かないイメージだった。
だけど二匹は蛹になったばかりだから、なのか。
結構動くものだな、と思うけれど。
でも動くたびに目を吸い寄せられ、驚いてしまう。
いつまでも魅入っているわけにもいかないんですけどね。
夕方。
いつも通り、いつもの時間に虫かごを覗いてみる。
虫かごに顔を寄せると、童心をくすぐる懐かしいニオイがする。
芋虫がパセリを齧らなくなったので、はっきりとソレが感じられた。
食い千切られた個所からパセリ特有のニオイが立つことも、もうない。
パセリ臭が隠していた、芋虫の、幼虫の、青っぽい虫のニオイ。
二匹とも蛹になっちゃったし、それでも変化はあるのだろうか?
あったあった、ありました。
「セリ」さんが反ってる。
朝はころんと丸っこい紡錘形だったのに。
あれから十時間が経ったいま、「パセリ」の姿に近づいていた。
形もツンツンぶりが顕著になってきている。
やっぱり時間差によるものだったらしい、両者の違いは。
だけどまだ完全に「パセリ」と同じという訳でもない。
姿の鋭角なフォルムは、まだまだ「パセリ」に劣る。
それに色も朝のほわっとした緑に比べて色合いが濃く、表面も乾いた感じになっている。
でもそっちもやっぱり、まだ「パセリ」の方が強い。
その体に走る濃い緑の縦線も、部分的な黄味や緑の深み。
一日の差とはいえ、それらはまだまだ「パセリ」が先を走っている。
体の反り具合だって「パセリ」の方が上をいく。
今になってもまだピクリとか、ビクッとかたまに動く蛹二匹。
動く時にも、二匹で違いが出ます。
たぶん原因は、「パセリ」の不安定さ。
お尻の先が固定されていないので、動きに歯止めが利かないのかな?
「セリ」が動くときは、頭の方から波打つようにビクンッと。
「パセリ」が動くときは、まるでお尻あるいは頭を振る様にブルンッと。
派手に動いたときは、その振動で「パセリ」が落下しないか心配になる。
今でも心配だけど、羽化する時に落下しないかな……?
いつまでこの胎動みたいな謎の動きは続くのか、羽化するまで続くのか。
たまに動くのを見ると、よしよし生きてるなって安心する。
蛹になったら書くことないかも?なんて思っていたが。
どうやらまだ、なんとか書くことはあるらしい。
蛹になっても変化があるなんて、うれしいこと。
だけどそれもいつまで続くのか?
蛹になってしばらく経っても動くのかな?
時間が経てば沈黙が訪れるかもしれない。
明日になれば書くことが本気でなくなるかもしれない。
そうは思いつつ、変化が目につく限りは観察日記を書き続けようと思う。




