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芋虫日記  作者: 小林晴幸
14/25

6月6日のこと

 朝、食卓の上をつい見てしまう。

 もう見慣れた虫かごがそこにないことが、何故か少し淋しい。

 虫かご(芋虫入り)は違う部屋に置いた。

 さて、そちらには何か変化はあるだろうか?


 「セリ」の変化は、丁度一日遅れで昨日の「パセリ」を彷彿とさせた。

 一日違いと思うと、二匹の変化は比較がしやすくて助かる。

 よく見るとその足はやっぱり空に投げ出され、尻の先だけが虫かごに張り付いている。

 二本の細い糸が、その体を支えていた。

 微塵も動かない「セリ」。

 まだ色は綺麗な緑と黒の色合いを保っていたけれど……心なしか、少し褪せた気がする。


 だけどそれも、「パセリ」に比べれば微々たるもの。

 「パセリ」はどっからどう見ても、明らかに褪色していた。

 第一印象は、枯れ草色。

 なんだか固そうないろ。

 明かりをつけてよく見てみると、生気を感じさせないほどに色褪せている。

 明かりの下では白っぽく見える体に受けた印象は、乾燥しつつある紙粘土あるいは鏡餅。

 どっちにしても乾燥していること、柔らかかったものが固まっていくこと。

 そんな印象が共通している。

 いや、見た目の質感も近そうな気がした。

 胴体と尻の先だけを糸で吊るした「パセリ」。

 昨日はたまにびくっと動いて私を驚かせたが……

 今朝は逆に、ずっと動いている。

 同じ動作を繰り返す。

 上半身をずっとぴこぴこ。

 寝た姿勢からお辞儀を繰り返す……というよりむしろ、腹筋運動を繰り返しているように見えた。

 この動作にも何か意味があるのだろうか。


 芋虫二匹を定規で測ると、サイズは同じく四㎝。

 ただ身が縮まった為か、「パセリ」のサイズは昨日と変わらないのにすっきり身長が伸びたような錯覚を受ける。

 「セリ」の方は若干縮んだ気もするが、まだまだみっちりむちむち。

 ふくっと肉付きのいい体型を保っている。

 この後、彼らにどんな変化が訪れるんだろうか?

 家に帰ってくる頃には、また何か変化があるのだろうか。

 気になりながらも出勤時間だ。

 


 そして、夕方。

 家に帰って来た私は、「パセリ」の謎の動作の意味を知った気がする。

 見て、驚いた。

 たった八時間でこの変化……!と。

 展開が早すぎる気もする、が。

 帰宅した私が、見たもの。


 虫かごの中の「パセリ」は、既に蛹になっていた。

 

 それはそれは、見事な蛹ぶりである。

 最初は電気をつけていなかったので、夕暮れ時の斜光でわかりづらかった。

 だから電気をつけて、見てみると。

 そこには写真や絵で見るような蛹がいっぴき。

 わーお、見違えるような大変身。進化早すぎないですか。

 ただ蛹になったばかりだからか、まだどこか印象は柔らかそうに見えている。

 お尻の先のところに、黒い何かの残骸が付着していた。

 まるで小さな、剥がれた鱗が折り重なるようなそれ。

 よく見ると、以前の模様の原形がある。

 どうやって蛹になるのか、よくわからなかったけれど。

 これを見ると、どうやら脱皮して蛹に……ということなのだろうか。

 朝の謎多き腹筋運動は、もしかしたら皮を脱ごうとする動作だったのかもしれない。 

 「パセリ(蛹)」の体は乾きかけた紙粘土っぽい感じはするものの、色もまだ命を感じさせる薄緑。

 縦方向にそって色が乗り、濃淡の違いで何やら繊維質な印象を感じる色具合。

 色さえ違えば、皮を剥いだ干し芋に見えたかもしれない。

 お尻の方に三周、虫のお尻を連想する溝が走っているけれど、姿そのものは全体的にツンツン尖った部分が特徴的。

 今日の朝まではぎゅっと身が縮まり、数日前のあの体積どこ行ったという有様だった。

 なのに今、蛹になった「パセリ」さんはむしろふっくら。

 今朝より、太って見えるくらい。


 ただ蛹になっても姿勢は変わらず、蛹の形が朝までの面影を残しているように見えた。

 電気をつけた、あと。

 驚いたのかびくっと蛹が跳ねたけど。

 そして蛹が動いた事実に、私もビビったけど。

 その体を支える糸は、お尻の方の糸が消えていた。

 脱皮した皮がその辺にわだかまっているので、それらが触れたことで切れたかもしれない。

 いま、「パセリ」さんの体を支えているのは二本の糸だけ。

 やべぇ。

 ジワリと焦った。

 明らかに、格段に、今朝よりも安定度が失われている。

 どうしよう、いつ落ちてもおかしくない。

 中のパセリを撤去したいと思いながらも、どんどん手が出せなくなっていく……

 どうにかパセリを撤去して、落ちても手遅れにならないように緩衝材を用意したいのだけど。


 蛹になっていた「パセリ」の印象が強すぎるけれど、「セリ」はまだむっちりボディ。

 だけど今朝より心なしか縮んだかもしれない。

 色も、少しづつ褪せてきている気がする。

 色だけじゃなく模様も、黒い部分が少しずつ小さくなってきている。

 無地の黒線は肉のくびれ各所に埋もれているようにも、消えてしまったようにも見える。

 ぎゅぎゅっと凝縮された体の、お尻はまだ虫かごに張り付いていたけれど。

 もしかしらたら明日、「セリ」さんも蛹になるのだろうか。

 それを思うと楽しみなような、不安なような……

 もうこうなったら成り行きを見守るしかない。

 どうか二匹が無事におとなになれますよーに!



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