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いち




「貴方、私が誰だかわかっていて?こんな侮辱は初めてだわ!」

「勿論です、ルシア様。ですが、貴方は周りの方々のことを考えていらっしゃいますか?貴方はアルフレッド様に相応しくありません」

「なんですって!?」


この小娘!

怒りのままに魔法を練り上げる。


「やめろ!ルシア!!クソッ!エレンッ!!」

「姉上!!!」


得意な氷魔法をツララのようなイメージであの小娘に叩き込もうとした。


それは、ダメだ。


怒りに狂った感情のどこかに、理性的な自分の声を聞いた。

動揺し、躊躇った私に横から魔法が飛んできて、衝撃にふわりと浮かんだ私の体はそのまま崖下へと転がり落ちた。










目を開けて、自分が眠っていたことを知った。

いつの間に寝たのか、と疑問を思うと同時に脇腹に大きな痛みが走る。


「いっ……」


反射的に体を丸めれば、余計に声に出ない程の痛みを感じ、悶絶する。

どうにか痛みを和らげたくて、体を真っ直ぐにして息を吐く。

何度か浅い呼吸を繰り返し、どうにか痛みに慣れてきた頃、ようやく頭が働き始めた。


ここはどこだろうか。


体を動かさないように視線だけで周囲を見る。

どうやら、部屋の中のベッドに寝ているようだ。

木製の壁に、ベッドもゴワゴワしている感じがしてあまり寝心地がいいとは言えない。

かなり粗末な部屋だ。


何なんだここは。


とにかく、まずは自分が眠る前の記憶を思い出そうとする。


そうだ。

山登りをしていて、崖から落ちたんだった。

家族に誘われ、普段することはない山登り。

妹が友達の影響を受けたとかで、山ガールに変身し、両親にも健康の為にと勧めてから、三人は山登りを趣味としていた。

私は仕事が忙しかったから、参加することはあまりなく、それでも運動不足解消の為に数ヶ月に1回は家族揃って山登りをする時には参加するようにしていた。


山登りも慣れてきたと思っていたが、油断大敵とはまさにこのこと。

取り出し損ねたハンカチ。

汗を拭こうと取り出そうとしたのだけれど、それは風のせいでふわりと手元を離れた。

急斜面の草の近くに落としたハンカチを拾おうと、足で踏ん張りハンカチに手を伸ばした時。

地面の土ごと足を斜面に取られてそのまま視界が揺れた。

しまった、と焦る気持ちはすぐに落ちてる間に色んなものにぶつかる衝撃や痛みに切り替わり、それからは覚えていない。


だとすると、落ちた私を誰かが助けてくれたんだろうか。

病院じゃないところを見ると、まだ山の中なのだろうか。


そんなことを考え、いや、違う、と強烈な違和感を持った。


違う、違う、そうじゃない。

私はあの女を殺そうとして、でもやっぱり殺すのはダメだと思って躊躇った時に、魔法をぶつけられて。

あの魔法は確か義弟の得意魔法だったから、義弟にやられたんだわ。


って、え?魔法?義弟?


何の話?

魔法ってファンタジーの話よね?

いや、でも私も魔法を使えるし。

って、ええ!?

え?え?

何、なに、どういうこと!?


一人パニックに陥っていれば、動いたせいで、脇腹が痛む。

くううう、と痛みを我慢して、痛みが落ち着いた頃、私も冷静に考えられるようになった。


私は誰?

ルシア・トルエスタントよ。

そう、そうよね。

ルシアが私の名前だわ。

私は貴族よ。

お父様がトルエスタント侯爵で当主。

その長女として生まれ、育てられたのが私。


義弟というのは、今は亡き伯父様の庶子よね。

伯父様と伯母様が亡くなって、我が家の養子になったんだわ。

つまり従兄弟が義弟になったのよね。

私の蜂蜜色の髪の毛と同じ色をした義弟、クオル。

どこぞのお嬢様よろしくの金髪巻き髪の私とは違って、肩の辺りまでさらさらの髪を一つに結んでいるのが彼のヘアスタイル。

吊り上がった私の瞳とは反対に垂れ目の彼はとても中性的だから、たまに女性と間違えられる。

私が翡翠色の瞳をしているのに対して彼は蒼だ。


そして、あの時声を荒げられていたのが、私の婚約者のアルフレッド・セルディア様。

我が国、セルディア王国の第一継承者の王太子。

燃え盛る炎のような紅い髪に、金瞳の彼は獅子王と揶揄されることがある程だ。


彼を支え、王妃になるべく勤しんでいた私の邪魔をしたのが、エレン・ターシャス。

男爵令嬢でありながら、侯爵令嬢の私を蹴落とそうとした子。

栗色の髪に優しげな茶色の瞳は平凡といったよくある色合いだが、顔立ちは愛らしく純朴な少女である。


私にはとっても邪魔な存在だったけれど、思い返してみれば、優しくて純粋で穏やかな少女は殿下の癒しになるのにそう時間はかからなかっただろう。


それに対して私は我が儘で傲慢で横柄で。


思い返せば酷いことしかやってこなかった。

メイドが何かをやらかせば、責め詰り、職を取り上げた。

平民を見れば顔を顰めて、嫌味を言う。

自分に対して無礼を働けば、扇子でその者の頬を叩くこともあった。


最低だ。最低過ぎる。

辛うじて、人を殺すことを指示しなかったのが救いか。

あのゲームでは処刑しろと言い出すこともあったのだから。

まあ、結局処刑される人はいなかったけれど。


あれ?ゲーム?


またしても混乱するキーワードを思い出す。

そもそも金髪巻き髪に嫌なイメージを覚えたのは何故だろう。

今まで大好きな髪型だったのに、まるで悪役令嬢のようだなんて。

……悪役令嬢って?


ああ、だめだ。

頭がぐるぐるするわ。


そもそも、さっきの山登りの記憶は何なの?

あの世界とこの世界は全く違うわ。

って、世界が違うってどういうことよ?


あの世界では科学が発展していて。

この世界では魔法が発展していて。


これってあの世界のネット小説によくある話じゃないかしら?


ふいに、フラッシュバックのように映像が脳裏に映る。


山登りをしている私や家族。

崖から落ちて、真っ暗になり。

泣き声を上げる赤ん坊。

よちよち歩き、着飾り始め。

他者を蔑ろにし、見下す少女。

殿下に惚れ込み、嫉妬に塗れ、栗色の髪を持つ少女へ殺意すら抱き。

崖から落ちた。


そう。そうよ。

そうなんだわ。


やっと、今、理解したわ。


私、一度、死んでるんだわ。


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