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***

.








「生きたいですか?」









.



「河相ちゃん」




声のする方へ振り向けばヒラヒラと手を振ってこちらに向かって王子様スマイルをする瀬良羽角の姿があった。何故アニメのキャラクターが私の名字を呼び、私に駆け寄ってくるのか不思議になった。


私はどちらかと言えばアニメ系はそんなに見ない。


だが、瀬良羽角が人気なのはクラスの女子たちの騒ぎ具合で分かった。

時折夕方にやっていたのをチラリと見たこともあったから、私は一応「瀬良羽角」というキャラクターを覚えていたのだ。




「河相ちゃんなにボーッてしてんのさ」



だが性格はまだまったく知らない。

「入学式始まっちゃうよ?」という言葉にハッとして私は今自分の着ているものを見た。


見たことのない制服。丈の短いスカート。自分じゃないみたい。


それに私は三年生設定なのか、そこは分からないが瀬良羽角が私の手を引っ張って「三年生が遅刻なんて大変なんだからね!」と言っているからそうなのだろう。




「せ、瀬良…」


「か、かかか河相ちゃんが俺のことついに呼び捨てにした!!!!いつもは瀬良くんなのに!!!!どうしたの!!!!三年生デビュー!?」


「違うから!は、離して…」



あっ、ゴメン。

そう言ってニコニコ謝るこの人はどうやらとても社交性のある人なんだろう。





私は謂わば、トリップというものをしたのだろう。

よくあるワープとかそんな感じで何かをした拍子に私はアニメの中に入ってしまったのかもしれない。




「(あれ…)」


けど私が何をしたのか覚えてない。


どんなことしてたのか覚えてない。


何があったのかすら覚えてない。



私は自分の名前とか誕生日とか、そんな簡単なものしか覚えてない。

世界がぐるぐる回るように私の頭も回りはじめて、ぐるぐる、ぐるぐる、頭をかき乱していく。何か思い出したくないことだった気がする。


なんか、なんか覚えている気がする。






「ほら、河相ちゃんはやく!」


「あっ、ゴメンゴメン」




忘れよう。

そのことは忘れよう、思い出したら辛くなるかもしれないものだし。


笑顔で手を差し出す瀬良の手に、自分の手を重ねて二人で走り出す。風が頬を霞めて心地よい気温が私の体に入っていく。






『…ヒドイよ…瑞季』



どくん。どくん。

知らない声がノイズ混じりに耳に滑り込んできて、心臓が羽上がるのが分かった。もしかしたら、重要なことなのかもしれない。



それでも私は知らないふりをして、聞こえてないふりをして瀬良と走った。





入学式が終わり私の元に知らないキャラクターが三人、瀬良の他にもやって来た。まってくれ、私は「瀬良羽角」と「影山疎羅」、「木葉稔」しか知らない。


どうしよう。


頭の中はてんやわんやで、何が何だか分からない。どうしよう。本当にどうしよう。さっきっから「どうしよう」としか言えない。それもまたどうしよう。




「?河相、どうしたんだよ」


「な、なんでもないよ!」


「そうか?」




頭がつんつんしてる人に話しかけられ焦ったが何とか切り抜ける。




「河相ちゃん平気なの?」


「無理すんなよ」




続け様きたオレンジの頭した人と、髪の毛がくるくるしてる人。この人たちはコンビなのか、お互いを「花」「松」と呼びあっている。


うーん、名前は未だに分からない。なんかこう、ヒントみたいのはないかな。





「(あ、もしかしたらスマホとかに名前とか連絡先とか書いてるんじゃ…)」





ポケットを漁れば出てきた淡い水色のスマホ。

急いで電源を入れて、今知ったアダ名とかで勝手に名前を判断することにした。




「(花は、花宮伊那葉かな。松は松木蒼。じゃああとは巌愛契。なんだ、こうすればよかったんだ)」



あとはこれを覚えるだけだなと思いまたスマホをポケットにしまった。





慣れないこの生活は人の名前を覚えるだけで、他のことは案外スムーズに出来る。勉強だって、普通に分かるし分からないところは、ちゃんと隣の人に聞けば教えてくれるし。


優しすぎるくらい楽しいこの生活は私からしたら天国のようだ。



「(あれ、何と比べて天国なんだ…?)」




ふと思う疑問に頭を傾げてればいつものように瀬良が私の元にやってきて「行こう!」と誘ってくる。いつもその度に女の子たちから「羨ましいなぁー」と言われる。


私には何が羨ましいのか何となく分かるが、あえて「そうかな?」と返事する私は非常に計算高い女なのだろう。


なんか、こんなことしたことある気がする。


気のせいか、こんなの毎日してるし錯覚みたいなもんか。




「河相。お前どうしたんだ?」


「ぇあ、何でもないよ!」


「最近お前ボーッとしてるけど、何かあったらちゃんと言えよ?」


「うん。ありがとう」




そう言って笑って見せれば瀬良が野次だのを飛ばすから、また巌愛に怒られていた。それを後ろから見ていた花宮と松木は笑いを堪えてる。


あはは、と私が続け様に笑う。



部室を行くまでの何気ない道での他愛のないくだらない会話が楽しい。


こんな感じの日常、好きかもしれない。


夢小説とかである「マネージャー嫌われるよ」的なのは本当に合ったみたいで、いく先に多分瀬良のファンであろう女の子たちからの視線が痛く突き刺さった。


瀬良はその様子に気づいて「大丈夫だからね?」と声をかけてくれる。

やはり優しいのだが、その優しさが女の子たちの機嫌をもっと悪くさせているのには本人は気づいていない様子だった。




体育館に着き、男女別の更衣室へ入り城中男子バレー部のジャージを着る。


白と水色の袖に通せば着なれたような感じになる。




「見て、河相さん」


「あぁ。あのバレー部のマネージャーさん…」




女子バスケ部や卓球部も使う更衣室。

男子部活のマネージャーの子は他にも男子バスケ部や、野球部にもいたが私が一際注目を集めた。



その理由はやはり、この学校の王子様的な存在「瀬良羽角」がいるからだろう。


だがいじめ的なのはないから良かった。

陰口や悪口で済むのなら、そのままでいい。





「やっほ、瑞季ちゃん」


「あれ?乃愛ちゃん。何で…」


「もー。私はバスケ部のマネージャーになったって言ったじゃんかぁ!」


「ゴメンゴメン、乃愛ちゃんバスケ部のマネージャーだったね」


「そうだよまったく…瑞季ちゃんったらっ!」




彼女はピンク色に染めた頬で最上級であろう笑顔を私に向けた。




彼女の名前は川崎乃愛。

私と同じクラスで私の次の名簿番号の子で、同じ運動部マネージャーということで気が合い仲良くなった子だ。




「(って何で私知ってるの…)」




ここで私はハッとした。

私はだんだんとマンガの世界に溶け込んでいってしまっているのではないかと。いやもしかしたら、キャラクターとして登場してしまうのかもしれない。


知らない女の子の名前を知っててましてや仲良しで、一瞬怖くなった。



乃愛ちゃんは不思議そうな顔をして私の顔を除き混み「大丈夫?」と声をかけてくれた。





「あはは、平気だよ!」




嘘。うそ。

平気じゃない。


もし本当にここの世界の住人にでもなってしまったのなら、なかった話が出来上がってしまう。

もし本当にここの世界の住人にでもなってしまったのなら、なかったはずの未来になってしまう。



それだけは避けなければ。





「ならよかったよ。ほら、瀬良くんとか待ってるよ?」


「そうだね!乃愛ちゃんも頑張ってね!」


「うんっ!ありがとう。瑞季がんば!」





優しく笑みを溢して乃愛ちゃんはジャージに身を包んだ私の背中を軽くトンっと押した。


その優しい手のひらから、じんわり笑みが溢れた。



ぎすぎすとした更衣室を出て外の空気をふんだんに吸い込むと、それをゆっくりと吐き出した。

何だか無性に泣きたい気持ちに駆られたけど、それを押し殺して私は地を蹴って皆がいる体育館へと歩き出す。



半開きの扉から漏れる掛け声を聞いて、すっと優しいくらいあったかい気持ちになる。





「こんにちはー」


「チーッスッ!」




一、二年生からの青春熱血にあるような挨拶を受け取り私は監督の元に行き、今日の練習メニューやらをしっかり聞いてメモした。


途中、瀬良が「瑞季ちゃんファイトー!」なんてやってるからまた巌愛に怒られていた。


それを見て呆れる監督たちと笑う私と花宮に松木。





「河相さん。テーピングお願いします」



笑っている私のジャージの裾を引っ張り、葯見くんは無愛想にそう言った。綺麗にセンター分けをした髪の毛が体育館の入ってくる太陽の光できらきらと光る。


男の子なのにサラサラな髪の毛っていいなぁ。


羨ましく思いながら「わかった」と返事すれば葯見くんはそのまま座り込んだ。




慣れたような手つきで葯見くんの膝にテーピングを施していく。

その間の無言。結構これが苦手だったりもする。





「終わったよ。なんかあったらまた言ってね?」


「はい。あ、河相さん…いつもありがとうございます。それじゃ」


「え!?え!?……なに、ツンデレなの?」




(知らないうちに物語のキャラクターになってきているのに気づかない)





部活終わりの帰り道、巌愛と瀬良と一緒に帰っている時に乃愛ちゃんからメールが届いた。

淡い水色のデコレーションの機械から漏れるオルゴールの音に瀬良はやけに興味津々だったが一応スルーした。



メールボックスの中で新しいメールを見れば大分興奮してるのか、顔文字を乱用した乃愛ちゃんらしくない文章だった。

乃愛ちゃんは控えめに顔文字を使うし、いつもワンパターンのしか使わないから少し違和感を覚えた。やけにカラフルに光る顔文字を目を眩ませながら文章を読みほどいていった。




From :乃愛ちゃん

To:瑞季ちゃん

件名:ご報告、かな?

______________________________________________

まずね、バスケ部の港山時雨くんと付き合える

ことになりました!!

時雨くんから告白してくれたんだ…(*ノ▽ノ)

しかも私の好きなツツジの花をくれたんだよっ!

嬉しくて即OKしちゃったんだよo(^o^)o

これも瑞季ちゃんのおかげかなぁ…?

ありがとっ♡

次に、時雨くんのファンの女の子たちに、私と

時雨くんが付き合ってるのバレないようにして

くれないかな?(>人<*)ぉ願ぃ!!!

今のとこバレてないけど、心配なの…

でも時雨くんに愛されるからいいかなっ(*ノ▽ノ)

ってことでご報告でしたぁー!





「へぇ、乃愛ちゃんって子、しっぐーくんと付き合うの?」


「そうみたいよ…ってなに見てるの!?それに知り合い!?」


「港山時雨くんでしょ?もちのろんよ。しっぐーくんは俺が何となく話しかけたら意気投合して仲良くなったのさ。で、どうしたのさ河相ちゃん」




嘘でしょ、まさか瀬良の知り合いだなんて。

バレーとバスケなんて同じ球技でもルールも使い方も全く違うのに、たかがそんな理由で仲良くなってるだなんて、またなんてことなの。


少し気分はメランコリーになる。

瀬良は興味津々で私に問いかけてくる。


そんな中、巌愛が気を聞かせたのか「瀬良アイス奢れ」と言ってくれたから瀬良の興味は別の方向に向いてくれた。

それにギャーギャーと抗議する瀬良。




「むー…くそぉ…じゃあすぐそこのコンビニで買ってくるね」


「おーいってらー」


「いってらー」




「二人して同じ扱いなの!?」と泣きながら怒る瀬良はウィーンと開いていく扉の奥のきらびやかな世界へと消えて行ってしまった。

ヒラヒラと手を振った私は、電源を切ってスマホをポケットにソッとしまい、とにかく港山さんと乃愛ちゃんの恋を邪魔しない方法を考える。




「無理すんなよ、河相」




不器用な手のひらが頭に優しく乗って、心に染みていった。




「大丈夫だよ、してないもん…」


私がそう言うと巌愛はわしゃわしゃと髪の毛を乱暴に撫でる。

巌愛の不器用な手のひらがあったかくて、優しくて自然とこのままでもいいと思えた。




「バーカ。お前なんて毎日無理してんじゃねぇか。俺ら仲間っつーか前提に友達だろ。ちょっとくらい愚痴ってもいいんだぜ」



巌愛はそう言い終わるとニシシと照れくさそうに笑う。


目頭がじんわり熱くなった気がした。

鼻孔の奥がツーンと痛くなった気がした。

目尻になんか熱いものが集まって頬を伝って流れ落ちそうな気がした。




「巌愛ありが、」


「たっだいま!ほら、アイス買ってきたよ!」




瀬良がタイミング悪く私と被せてきた。

本人は自覚がないようで「どうしたの?」ハテナマークを頭上にそれは花のように三つほど咲かせていた。


巌愛は呆れたようにため息をつき、瀬良からアイスを受け取っていた。


あ、ゴリゴリくんのソーダ味。


瀬良に笑顔で渡されたアイスを受け取りぼんやりそんなことを私思った。ひんやりとしている袋からは水滴が転々と着いていた。





「ありがと、瀬良、巌愛」


「えへへ。どーいたしまして」


「ん」




ビリッと袋を破いて露となった涼しげなブルーを見て私は笑みを溢した。







.






数日後






.






「さいってー…」




乾いた音と共に私の頭の中は真っ暗になっていった。









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