第25話 戦友なのです
シンの加わることになった部隊の指揮を取るのは第4騎士団副隊長のグラスではなく、第4騎士団の百騎長ベルナルドである。騎士としてはグラスの方が上位者に当たるが、グラスはシンのいる部隊だけでなく、隣接するエリアで活動する部隊も掛け持ちする形だからである。もっとも、掛け持ちという形でなくとも、グラスであれば、常に戦場全体を意識しながら指示を出さなければならない立場よりも、自由に動ける立場を望んだであろうが。
「ではな、午前中はあちらの部隊に加わるが、昼からはそちらに合流させてもらうからよろしく頼むぞ」
「あたしとしてはあんたがずっとそっちの部隊に加わってくれた方が清々するけどね」
「そう冷たいことを言うな。今この時ばかりは、共に単眼の王と戦う仲間ではないか」
グラスはナターシアの一言にそう返すと、シンに近づき、小声で囁いた。
「シン。お前の奥の手はできる限り使うのを控えろ」
グラスがシンの加わる部隊の様子を見に来た目的はこの部隊に加わる冒険者の面子の確認、そしてシンにこの一言を伝えることだ。
わずかな時間とは言え、全力の自分に比する力を発揮できるシンはいざという時、単眼の王と戦える貴重な戦力になるとグラスは見込んでいた。
この部隊に加える様にシンを推薦したのもそのため。
そして、実力者が多いということは、逆に言えば、通常時において、無駄な消耗を抑えることもできるということである。
「そりゃ、俺だって必要がなかったら、好き好んで使うことはしませんけど」
功徳ポイントの浪費を避けたいシンはグラスの言葉に頷いた。
それに少量の功徳ポイントならともかく、大量の功徳ポイントを行使する場合、シンの身体に負担がかかる。継続的な戦闘が必要となるサイクルサーペントとの戦いなら、使うとしても少量の功徳ポイントだろうし、それで十分である。
「そうか。それならいい」
グラスはシンの返答に満足げに頷くと、午前中行動を共にする部隊の方へと去って行った。
「グラスとやけに親しいんだね。ってことは見かけ以上ってことか」
そんな二人のやり取りを見ていて、ナターシアはシンにも聞こえぬ音量でぼそりと呟く。
ナターシアはクリスティーヌからシンの剣を打ったという話は聞いていても、それ以上のことは聞かされていない。あくまで前途有望そうな若い冒険者の剣を一本打ったという話だけだ。
ナターシアの見立てではシンの実力は他の5級冒険者とさほど大差はない。年齢を考えれば確かに有望ではあるが、ここにいる他の冒険者の中にはシン以上の実力者もそれなりにいる。
だというのにわざわざグラスが目をかけるということは何かそれなりの理由がありそうだ。
ナターシアは品定めするかのような目つきでシンの背中、そして愛する夫が打った片手剣に視線を送った。
シン達の部隊は1時間ほど行軍をした後、魔生の森に近い開けた場所で停止した。
「ここに新たな野営地を設ける」
部隊を指揮するベルナルドは全体に聞こえるような声でそう告げると共に行軍を行っていた常備兵の一団が複数の馬車の前で荷下ろしを始めた。
常備兵の普段の訓練の中には野営地の設置もあるのだろう。非常に手慣れた様子だ。
何人かの冒険者がその手伝いをしようとしたところ、ベルナルドはそれを止める。
「好意はありがたいが、これは彼らの仕事、役割である。では、我々の役割とはなんだ?」
そして、第1騎士団から第4騎士団の騎士が混成された部隊にそう問いかけた。
精鋭が集められたのは冒険者だけではない。連携も考え、100名の騎士のうち、半数は普段ベルナルドの指揮下にある第4騎士団の騎士であるが、残りの半数は激戦が予想される、この地にはふさわしく、各騎士団から特に腕に自信のある十騎長とその指揮下にある騎士達が集められていた。
「我々は盾である。この地とここに生きる力なき民を守りし盾である」
第1騎士団の騎士達は規律正しく声を揃えて言った。
その中には興奮で頬を紅潮させているラインバッハの姿もある。
「我々は斧である。いかなる苦難も打ち砕き、この地のさらなる繁栄の礎を築きたる斧である」
第2騎士団の騎士達も互いの目を見て、頷きながらそう答えた。
「我々は槍である。停滞した戦況をも突き破り、ただひたすらに戦陣を駆け抜ける槍である」
第3騎士団の騎士達は自信ありげに笑みを浮かべて、そう答えた。
「我々は剣である。あらゆる強敵を斬り裂き、主に勝利の二文字のみを献上する剣である」
第4騎士団の騎士達は吼える様に応じた。
「そうだ。そして、冒険者諸君も単眼の王と呼ばれるお伽話に出てくるような化け物に臆すことなく、この地に留まってくれた我らの同胞であり、戦友である。単眼の王とその眷属を討ち滅ぼすために各々のできることで協力してくれればよい。それは今ここで野営地の設営に協力することか?慣れた常備兵の者達から仕事を奪い、この場に留まることか?」
ベルナルドは騎士達の返答に満足げに頷き、今度は冒険者に対してそう問いを発した。
そのベルナルドの問いかけに対し、一部の冒険者からは笑い声が飛び交った。
いずれも腕に覚えのある冒険者達だ。
「はああ。そういう大層な御託はいいんだよ」
「そうだ、あんたらの使命はともかく、冒険者の役割は魔物の駆逐。だから、そんな勿体ぶった言い方なんかせずにただ一言言えば良い。魔物、サイクルサーペントを駆逐し、単眼の王とか言う化け物を殺せってな」
「俺らにとっても、めったにない大手柄のチャンスなんだぜ。今から辺境伯様に何を望んでやろうかって思ってるくらいさ」
実力のある冒険者には癖のある者も多い。
そういった自信のある冒険者による下品な物言い。
一部の騎士の中には眉を顰める者もいるが、ベルナルドにそれを気にする様子はない。
第4騎士団には冒険者出身の騎士も多いため、そういった物言いには慣れているのだ。
軽口を叩く様子は平常、本来あるべき冒険者の姿でもあった。
「まったく単純な連中ばかりなのです」
ベルナルドに上手く乗せられてしまった冒険者達の姿を見ながら、ジルは呆れた口調でシンにしゃべる。
「そう言ってやるなって。やる気があるのはいいことなんだから。それに俺にはあいつらの気持ちがわからなくもない」
「えっ、シンさんもあいつらと一緒でお馬鹿さんだったのですか?」
「さすがにあいつらと一緒にすんな」
冒険者に対し毒を吐くジルに対し、シンはそう言って否定しながら笑う。
同胞、そして戦友。
ベルナルドの発した何気ない一言だが、重い言葉のようにシンには感じられる。
あくまで魔物討伐での花形は騎士であり、冒険者はそのサポートといった風潮が今なお残る中で百騎長自らが冒険者を同胞、戦友と認め、他の騎士達もそれに異を含んでいる様子はなかった。
それは騎士を目指している冒険者はもちろん、その気質、性格ゆえに騎士になりたいとは思わない冒険者であっても騎士と同格のように扱われるのは嬉しいことだった。
騎士よりも稼げる冒険者や実力のある冒険者であっても、世間的に見れば、やはり社会的に立場のある騎士の方が上位者と見られる。仕方のないこととは言え、だが本人たちにとってみれば面白いことではない。
そんな中、騎士の一団を率いる者が冒険者を騎士と同格の存在と扱う言葉を口にした。
それは冒険者の自尊心をくすぐるには十分なものだった。
加えて、そこに十分な褒賞が約束されているのだから、やる気が起きないはずがなかった。
「やる気があるのはいいことだよ。その分、俺も助かるしな」
シンは笑みを深めてそう呟いた。
「へえ。やるじゃん」
サイクルサーペントの討伐が始まり、すでに1時間以上が経過している。
そんな中、シンは腰に剣を帯びた状態で感心した様子で声をあげた。
周囲にいた騎士や冒険者の言葉通りなら、サイクルサーペントの数は昨日や一昨日よりもはるかに多い。
だが、シンのいる部隊の冒険者や騎士達はそれを苦にすることなく、次々と多数のサイクルサーペント達を屠っていく。
幾人もの冒険者達の姿がシンの目に留まる。
ソロで活動するのが主なシンにとって、他の冒険者の実戦での動きを目にする機会は少ない。
ある数人の冒険者は巧みな連携により、同時に二匹のサイクルサーペントを翻弄しながら、その皮膚に切り傷を多数加えて出血させ、徐々に徐々に体力を奪いながら、やがて活力を失った獲物達に止めを刺した。
個々の実力でいえば、シンの地力と同じかそれ以下だが、二匹のサイクルサーペントを相手取り危なげなく、完勝する様はシンとしては複数人での立ち回りの良い勉強になる。
またある冒険者は、腰に短剣は帯びているものの、魔法を使うためかその手に持つのは両手を広げたくらいの長さのある長杖。
普通戦闘で主に魔法を使うものであれば、後衛に位置し、前衛にいる戦士に守ってもらいながら、破壊力のある魔法を行使するのが常だったが、その冒険者は一味違った。
前衛に位置し、サイクルサーペントが突進してくるのを見ながら笑みを浮かべている。
当初は危ないと思い、状況によってはシンがサイクルサーペントの足止めをすることも考えたが、シンも途中から彼の心配をするのはやめることに決めた。
今しがたも誰にも邪魔されることなく、軽装のその冒険者に勢いよく飛びかかる素振りを見せたサイクルサーペントは地面から隆起した鋭い角の巨大な土の槍によって、百舌の早贄のような姿を晒すこととなった。
さらに魔法の行使が遅れている場合でも、焦ることなく機敏な動きで突進を避け、通り過ぎた敵を後ろから魔法で攻撃している。
魔法を使う者が後衛に限られる見方をあざ笑うかのような魔法使いだ。
また別の巨漢の冒険者の中には子どもの身体ほどの大きさの刃をもった槍斧を構えている者がいる。
突進してきたサイクルサーペントに鋭い突きを放ち、力負けすることなく、その勢いを殺すと槍斧を抜き、反動をつけて槍斧を振り回し、サイクルサーペントの頭部を分厚い刃で叩き割った。
サイクルサーペント相手に力負けしない膂力と、勢いを上手く殺すタイミングを見極めた目と技は槍斧を武器として使用する他の騎士の目から見ても見張るものがあったのだろう。その証拠に、その直後槍斧を使っていた騎士と親しげに言葉を交わしていた。
次々とサイクルサーペントを屠る冒険者と騎士。
グラスの言っていた通り、精鋭を集めたというその言葉に嘘はない。
だが、その中でも一際シンの目を引く剣士がいる。
女傑の異名を持つナターシアだ。
利き手に持つのは片手剣、そして逆手にも短剣を持つ二刀流の剣技の使い手である。
彼女がひとたび舞うと鮮血が飛び交い、輪切りにされたサイクルサーペントの頭部が地に落ちた。
敵からの攻撃を短剣で受け流しながら、勢いよく宙を回転し、その片手剣と短剣で交互に相手の頭部を斬りつけると同時に周囲の状況さえ見極めているようだ。
相手を絶命させると同時に別の複数のサイクルサーペントを相手取る騎士や冒険者達がいれば、すぐそこへと移動し、戦場をステージのように飛び回り縦横無尽にその剣舞を見せつける。
グラスやガルダとはタイプの異なる剣士ではあるが、将来3級になるという話がクリスティーヌの単なる惚気ではないことをシンに実感させる腕前であった。
「見かけ以上に華麗な戦い方をするよな。てっきり大剣を振り回すような戦いぶりを見せるものかと」
「感心してないで、シン、貴様も戦いに加われ!」
周囲の戦いぶりに感心した様子で立ち止まるシンを見咎めて、ラインバッハは声をかけた。
「俺だって単にさぼっているわけじゃないぜ。力の温存も必要だし……」
「シンさん、あっち!あっちなのですよ!」
シンがラインバッハに返事をする途中、シンの頭上から声が聞こえた。
シンの頭から5mほどの高さで周囲を見回していたジルの指差す先にはシンからさほど離れていない場所でサイクルサーペントの死骸を運搬しようとしている冒険者と常備兵の姿がある。
冒険者でもサイクルサーペントの相手をするのは厳しいと判断した者は常備兵と共に周囲を警戒し、その運搬の援護をしているようだが、彼らは少々魔生の森に近づきすぎてしまったようだ。
シンが目を凝らすと魔生の森で身を潜めていたサイクルサーペントが森を抜け出し、彼らの方に近づいていくのが確認できる。
「ラインバッハ!あそこ!」
シンはそう口にすると弾丸のように勢いよく、その場を駆けた。
ラインバッハも心得たものでシンの後を追いながら、詠唱を唱える。
「間に合うか?」
シンはそう問いかけ、ラインバッハの方をちらりと振り返ると自信たっぷりな頷きが返された。
そして、その直後詠唱が終わり、彼らに飛びかかろうとしていたサイクルサーペントの前に巨大な氷壁ができる。
進路を塞がれたサイクルサーペントは勢いよく氷壁にぶつかり、氷壁に大きなヒビを入れたが、再び行動するまでの数秒の時間はシンがそこに追いつくには十分だった。
氷壁を迂回し、再び冒険者や常備兵に飛びかかろうとしていたサイクルサーペントの前にシンが立ちはだかる。
「一旦後ろに下がれ!」
不意打ちをつかれ、腰の引けた様子ではあったがシンが声をかけるとすぐに慌てて避難を始める。
「一匹なら使わなくても十分やれんな」
シンはそう呟くと飛びかかってきたサイクルサーペントの牙を避け、胴体を斬りつけた。
激痛を受けたサイクルサーペントが身をよじり、再びシンに飛びかかろうとするが問題はない。
サイクルサーペントの主な脅威はその突進力と鋭い牙だ。いったん勢いを殺せば、後は胴や尻尾による巻きつきに気をつければ、単体なら今のシンにとってはどうとでもなる相手だった。
飛びかかってくるサイクルサーペントを数度避け、複数の切り傷を与えた後、呼吸を整えたラインバッハも合流し、傷を与え続けること数十秒、血を流し過ぎたサイクルサーペントの動きが明らかに鈍りだした。
しかも、今、その意識はラインバッハの方に向かっている。
「はああ!」
シンは力強く跳躍した後、サイクルサーペントの頭部に深々と剣を突き刺した。
サイクルサーペントは数秒ほど身悶えしながらシンを振り落とそうとしたが、やがて動きを止めた。
シンはその直後、剣を引き抜き、再度頭部に剣を突き立てた。
もっともすでに息絶えているようで反応はない。
「ふうっ。なっ、それにこうやって周囲を警戒して危ないところに駆けつけるのは重要な役割だろ?俺は決して手を抜いているとかさぼっているとかじゃないんだ」
先ほどの話の続きと言わんばかりにシンはラインバッハにアピールする。
「わかった。わかった。……それでシン、どこに行こうとしているのだ?」
「いや、さっき守ってやった連中に恩を着せに行こうと思ってな」
ラインバッハの質問に対し、シンはさも当然のように答えた。
「またか?!みっともない真似はよせ!」
今日既に苦戦している冒険者や騎士の援護をしたシンが、サイクルサーペントの討伐については相手に譲るとしながら、シンへの感謝を気持ちを持つようにとしつこく念を押していたその姿はラインバッハからすればうんざりさせられるものだった。
「大丈夫だって。次はお前のことも感謝するようにきちんと言っておいてやるからさ」
「本気でやめてくれ!何の嫌がらせだ?!」
シンとしてみれば、ラインバッハにも少しばかり功徳ポイントの御裾分けをすべきかと考えての発言だったが、ラインバッハにとってみればいい迷惑だった。
「俺たちは相手の命を助けた。その相手が俺たちに感謝するのは当然のことだろ?な、だから恥ずかしがるなって」
「それと他人に強要するのはまた別の話だろうが!騎士たる者、相手を救ったところで感謝を求めたりしない。当然の行為だからだ」
「ちっ、余裕のあるやつはいいよな。いいぜ、そう言うなら。いつか後悔するときが来ても知らないから」
互いに周囲の警戒をしながらも、傍から見れば馬鹿話をしているように見える二人。
冒険者と騎士。
立場は違えど、ベルナルドの言うように戦友と呼ぶにふさわしい間柄になりつつあった。




