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打算あり善行冒険者  作者: 唯野 皓司/コウ
第4章 5級冒険者 魔物討伐同行編
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第24話 集められた精鋭、なのです

 独断で汚名を被ろうとしていたダルタニアにひとしきり小言を言い終えたロッソエルは再度ダルタニアと今後の方針について確認を行った。

 応援に駆けつけた400名の冒険者を含めて、総勢1400名以上いた冒険者のうち、抜けることを選んだ冒険者は100名ばかり。最悪、冒険者のうち半数以上が抜けることもありえると想定していたダルタニア、ロッソエルにとっては嬉しい誤算ではあるが、その分、実力の不足した者も多く抱え込む形になったことも事実。調整を行うことは不可欠だった。

 そして冒険者や騎士達が朝食を摂っている間に、百騎長以上の騎士が両隊長により集められ、話し合いの場がもたれた。



「さて、何か疑問のある者はいるか?こちらの方針に不備があるかもしれん、気にせず尋ねてほしい」

 ダルタニアは10名の百騎長、それに第1騎士団、第4騎士団の副隊長に対し、一通り今後の方針について説明を行った後、そう投げかけた。

 その方針は今後1000名の騎士と1300名の冒険者、1000名の常備兵を10に分けて、行動をするというものであり、この野営地の規模を縮小の上、新たに野営地を5つ設けるというものである。

 また、これまでの基本的に警戒重視であった守りのスタンスから、サイクルサーペントを発見すれば、即討伐を行うという攻めのスタンスに切り替えを行うとの説明もあった。


 一人の騎士が手を上げて尋ねた。

「サイクルサーペントを発見次第、討伐というお言葉ですが、それは魔生の森から出てきたものだけが対象ですか?」

「いや、ひとたび森から出てきて、森へと戻ったものや森から様子を窺っているサイクルサーペントもその対象となる」

 ロッソエルはその騎士の質問に答えた。

 ダルタニアとロッソエルの掲げる方針はサイクルサーペントの見敵必殺。そこに例外はない。

 尋ねた騎士はその答えに眉を顰めた。

「それは少々危険ではありませんか?森の外に出てきたものだけならば、視界の開けた場所で相手にできますが、森の中に逃げ込まれたものや森で待ち受けるものまでを相手するのは……」

 不意打ちを食らう危険性も高いというのに、わざわざ森の中にまで押し入り、討伐することに疑問を感じている様子だ。

「危険であることは承知している。だが、これも必要な処置だ」

「必要な処置といいますと?」

「この戦いの本番は単眼の王との決戦だろう。その前に、雑兵に過ぎないサイクルサーペントの数を少しで減らしておきたいのだ。そのためにたとえ犠牲者の数が増えることになろうと……」

 ロッソエルに代わって、ダルタニアがその質問に答えた。


 これまで多数見かけたサイクルサーペントはあくまで偵察の役割を主に担った眷属であろう。

 何を目的として、わざわざ魔生の森の深層部より出てきたのかは知らないが、森の外に出てこようとする王の進路を妨げるものがいないかを確認する偵察や、王の進もうとする道にある邪魔な小石を掃う先兵であるサイクルサーペントがすでに数十匹以上確認されているのだ。

 100や200といった数ではきかないことは誰であっても予想のつくことだった。

「目先の犠牲を減らすのではなく、最終的にこの戦いにおける犠牲を減らすってことですか……理解できました」

 騎士は納得のいった表情で頷いた。

 

「昨日までとは違い、全体を細かく分けるのではなく、10に分ける理由についてお聞かせ願いたい」

 一つの部隊で騎士100名、冒険者130名、常備兵100名という大所帯になる。

 危険を減らすために纏まった数で行動させるというのはわかるが、ひとかたまりにして行動させるのには少々多すぎる人員であるように思えた騎士の一人が手をあげて、尋ねた。

「一つの部隊の人員を一同に集めて戦うことは、単眼の王が出現したケースを除き、基本的には想定していない。一つの部隊にはある一定の範囲内で主に活動してもらうため、実際にはその人員をさらに3つか4つ程度に分けた上で行動してもらう形になるだろう。そして、単眼の王が出現した場合は即座に応援を要請し、討伐ではなく、足止めすることを念頭に行動してもらいたい」

 その緊急時の応援の要請のために、百騎長にはそれぞれ連絡用の魔道具を用意し、すでに手渡してある。

 ダルタニアは説明を行いながら、地図上に10カ所のポイントを書き込んだ。

 昨日までと比べると、その活動の範囲は3分の1以下に絞り込まれている。


 明らかに狭い範囲を想定した討伐区域を見て、また別の騎士が質問を行った。

「その10カ所のポイントのある一定範囲内での活動ということですか。そうなると開拓者の村を守る上で抜けが出ませんか?」

「いや、問題はない。この5カ所の村以外の開拓村は全て避難済みだ」

 ロッソエルはその質問に答えた。

 避難を拒んだ5カ所の村はいずれも魔生の森周辺の開拓村としては初期に作られたものであるため、村同士の距離は馬車で一時間ほどと比較的に近い距離にあるため、この10カ所のポイントであっても支障はなかった。

 もっとも、村人がすでに避難済みの村であっても、生物が全ていなくなったわけではない。

 一緒に避難できなかった多数いる家畜といった、魔物の獲物になりそうな対象が村に残っているため、魔物に荒らされることになるリスクは高い。

 長い時間をかけて、ようやく開拓された村が魔物によって廃墟となることも予想されるが、討伐における人員を固めて、リスクを減らしつつ、村人の残る開拓村を守る上ではやむを得ない処置だった。


「新たに野営地を5つ設けるというのは、どういった理由からでしょうか?」

「これまでは人員も少ないことから、夜間の警戒はこの野営地周辺のみに留まっていたが、魔物はこちらの都合に合わせてくれん。日に日に単眼の王が森の外へと近づく中、夜間であっても魔生の森周辺の警戒、そして何かあった際の防衛のために日替わりの形で10に分けた部隊にはそこでの警戒に当たってもらうためだ」

 別の騎士からの質問にロッソエルが答える。

 もっとも夜間に発見したサイクルサーペント全ての討伐を強いるつもりはない。

 夜の闇は人よりも魔物に味方する。

 討伐しなければならないのは野営地に近づいてきたものや、放置しておけば開拓村に危害を加えそうなものに限って、討伐するようにロッソエルは指示を出した。

「日替わりであることに加え、三交代か四交代という形を取るのなら、日中の活動にもさほど支障は出ないでしょう」

 顎に生えた髭に手をやりながら、一人の騎士は頷いた。

 さらにその後も細かなやり取りがなされた。

 特に常備兵や力量に疑いのある冒険者などの取り扱い。

 犠牲者が出るのは想定していても、犠牲者が無暗に増えれば、当然高まった士気の低下にもつながる。

 そのため、警戒や討伐されたサイクルサーペントの解体や運搬、また野営地の維持を活動の中心とし、仮にサイクルサーペントとの戦闘に参加させる場合には森の外の開けた視界の中、しっかりとした力量を有する者達と共に行動させるべきだといった話し合いも行われた。


「グラス、お前の方からは何かないのか?」

 出席者の多くが質疑応答を行う中、だんまりと地図にじっと視線を送っていた自分の片腕にロッソエルは声をかけた。

「ふむ。ロッソエル隊長、この方針は百人の騎士を束ねる百騎長の活動を念頭にしたものであるが、両隊長や俺やそこにいるオータムのように副隊長にある者はどこに配置されることになるのだ?」

 グラスはダルタニアの横に座る、第1騎士団の副隊長であるオータムを指差しながら、尋ねた。

「我々が基本的に活動している部隊を回り、周囲を鼓舞することを考えている。何せ知名度が高いからな」

 隊長であるダルタニア、ロッソエル両名はもちろん、副隊長であるグラスやオータムも騎士や常備兵のみならず、冒険者からの知名度が高い。

 その4名が戦線に立つことにより、士気を鼓舞し、不安を抑える役割を担おうという考えだ。

「そして、何より単眼の王が出現したところに真っ先に応援に駆けつけるため、配置を固定せず、流動的に場所を移動した方が良いだろう」

「単眼の王が出現したところに真っ先に応援に駆けつけられるのは良いが、出てこない場合は周囲の鼓舞が役割なのか。なあ、ロッソエル隊長、今日のところはこのままこの野営地でのんびり待機では駄目なのか?もちろん、単眼の王が出た場合にはすぐ駆けつけさせてもらうが」

 頬をぼりぼりと掻きながら、悪びれなく非常識な物言いを行うグラスにオータムは噛みついた。

「グラス副隊長、貴様は何を考えている。昨日、一昨日も討伐には参加していなかったようだが、ふざけるにも程があるぞ!」

 ダルタニアが一方的に悪者になることは避けられたあの場での出来事は感謝しているオータムであったが、それを踏まえてもグラスの要望は度が過ぎたものだった。

「俺がしゃべるとこいつが騒ぐから、あまりしゃべりたくなかったのだ」

「貴様が怒鳴らせるようなことを言うからであろう。副隊長ともあろう者が普段からルール破りを平然と行い、挙句には理由までは知らんが便所掃除などといった罰を与えられる。騎士の模範となるべき立場の者がすべき行いではない」

「朝っぱらからキャンキャン騒ぐな。お前は犬か。いや、ダルタニア隊長の犬だったか」

 そりのあわない二人を見ているとまるで昔の自分たちを思い起こされるようで苦笑いを浮かべるダルタニアとロッソエルだったが、すぐに隣にいる部下の頭部を殴り、言い合いを黙らせた。


 そして、その後すぐにダルタニアがグラスに意見を述べた。

「グラス副隊長、先ほどの要望には応えられん。今朝、あれだけ衆人の注目を浴びることになったお前がこの野営地で残る。それが許されると思うか?」

「わかっている。だが、せめて、この2カ所での活動に絞らせてもらいたいのだが」

 立ち上がって、先ほどまでじっと眺めていた地図の2カ所を指差して、グラスは要求した。

「……それならかまわん」

 一人一人が10カ所を回るのは時間がかかり過ぎるため、各部隊を回ると言っても、各々3カ所程度に絞って周囲の鼓舞や戦闘の参加を行おうと考えていたところだ。

 そのため、自ら場所を指定することについてはさほど問題はなく、ダルタニアはグラスの要望を認めた。

「だが、なぜその場所を選んだのか聞かせてもらおうか?」

「何、なんとなく敵の親玉が近くにいそうな2カ所を選んだだけである」

 グラスはダルタニアの問いに対し、口角を吊り上げながら答えた。

「そうか、やはりな。その言葉覚えておこう」

 ダルタニアは目を細めて、そう答えた。

 グラスの戦場での勘の良さは騎士団の多くの者が認めるところである。

 ちょうどグラスが選んだ2カ所は10カ所全体の中心に近い付近。

 ダルタニア、ロッソエルもこれまでのサイクルサーペントの出現場所や、その数などから単眼の王が出現する可能性が高いと予測していた場所である。

 出現した地点に左右に広がる部隊が駆け付け、左右、そして背後から眷属であるサイクルサーペントの集団と単眼の王を囲みかけることを想定した両翼の陣。

 だが、敵を足止めし、正面から向かい合う形となる部隊は一番犠牲を強いられることになるであろう。

 そういった場所に、周囲の士気を自然と高められるグラスのような人材を配置できるのは好ましいことであった。



 朝食を摂り終え、しばらく経った後、冒険者に配置される部隊の発表があった。

 騎士団からすれば個々の冒険者の力量を正確に把握することは困難であるため、冒険者の階級を念頭に置き、分けたのであろうが、シンが配置されることになった部隊は他の部隊と少々毛並みが違っていた。

 ボルディアナで活動していない冒険者についてはシンも面識のない者がほとんどであったが、シンの知る冒険者を見る限り、ボルディアナの中でも新進気鋭として評価される若手の冒険者や経験豊富な5級の冒険者、そして、ボルディアナの冒険者の中でもごくわずかいない4級の冒険者までもが一つの部隊に顔を揃えていた。

 功徳ポイントを用いればシンとしても負ける気はないが、地力だけで戦うことになれば敗北もありえる冒険者、言い換えれば騎士に引けを取らないと思える実力者揃いの冒険者が多く集められた部隊を前にシンはわずかに身構えた。


(ここの配置ってちょっとやばいんじゃない?)


 この部隊の騎士の実力についてまではわからずとも、集められた冒険者の質を見ればわかる。

 これだけ実力者を集めた部隊を投入するのだ。当然一番危険だと考えられる地域に投入する予定なのだろう。

 高笑いしているグラスの存在を視界から外しても、シンにはそう思えた。

 エンジェもそんな実力者が数多く周囲にいるのは魔獣としての本能が居心地の悪さを感じるのか、自分の保護者たるシンのすぐ傍から離れず、しきりにシンの足に自分の背を擦りつけている。

「エンジェ、落ち着けって。こいつらは敵じゃない。むしろ、俺たちの味方だからな」

 シンはエンジェの頭を撫でながら、話しかけるとエンジェはシンから距離を取った。

 憮然としたエンジェの顔を見る限り、エンジェにとってシンの発言は侮辱に聞こえたようだ。

「別に貶したわけじゃないって。どうしても強そうなやつが多いと身構えるのは無理もないし」

 そんなことを言いたいわけじゃないとの気持ちをどこか表情に浮かべるエンジェを見て、ジルは人差し指を立てて、シンに話しかけた。

「チッチッチなのです、エンジェはそんなことを言いたいわけじゃないのですよ。エンジェはもう甘えん坊のお子様じゃないのです。ねえ、エンジェ」

 エンジェもジルの言葉に同意するかのようにウンウンと頷いている。

「じゃあ、何だよ。きちんと俺にも説明してみろ」

 ジルの挑発的な態度に少しイラッとしたシンは不機嫌にジルに尋ねた。

「任せるのです。ジルとエンジェは以心伝心なのです。伊達に最近エンジェの背に乗っているわけじゃないのですよ」

 ジルはそう言いながら、エンジェの口元に耳を寄せながら、わざとらしくフンフンフンと聞いている。

「なるほど、なるほどなのですよ。まさか、そんな深い理由にはジルもびっくりなのです」

「おい、一人で納得してないでちゃんと俺にも説明しろって」

「聞いて驚くといいのです。エンジェはシンやジルと違って、なかなかに不便を強いられているのですよ。まさか、背中が痒いのに掻けなかったなんて。これがどれほど歯痒い思いなのか、シンさんやジルにもなかなか理解できないものなのです」

 意味深な表情を浮かべながらのジルの答えはまるでくだらないもの。

 本当にエンジェの気持ちを代弁しているのか、信じがたいところだ。

「嘘じゃないのです。ジルは嘘つきじゃないのです。えっと、ジルが思うにエンジェがジルに対しても、こういう説明をしちゃったのはきっと昨今のツンデレムーブに便乗しようというエンジェの思惑があるのですよ。『た、単に背中が痒かっただけで、べ、別に甘えているわけじゃないわよ』作戦なのです」

 シンのあきれ果てた表情を見て、ジルは即座に説明を追加するが、その内容はエンジェの気に障るものだったようで前足でポカポカと殴られていた。


「シンよ。何、浮かない表情をしているのだ。男児たる者、普段からもっと気迫に溢れた表情を作っておけ」

 ジルとエンジェが繰り広げる光景に苦笑いを浮かべていたシンに後ろからすぐに誰だかわかる声の持ち主から声がかかった。

「グラスさん、そんなこと言われたってな。俺はそこまで鈍くないぞ、ここの面子を見りゃな」

 見る人が見ればわかる、この豪華な冒険者の面子。

 危険な場所への配置を押し付けられて、喜ぶような趣味はシンにはない。

 安全な場所に基本的に留まり、活躍次第で効率的に感謝が得らそうならば、応援に駆けつけるといったスタンスこそがシンにとっては最良なのだ。

 危険な場所を押し付けられた場合は、むしろシンがその他の応援に感謝すべき状況となってしまう。


「うはははは、さすがにわかるか。シンよ、感謝しろよ。お前のこの部隊への推薦は俺がしておいた。俺と短い時間とは言え、本気で剣を交じ合わせることのできるような者を比較的とはいえ安全な場所に置いておくのはもったいないからな」

「マジで余計なお世話だよ!俺に何の恨みがあんだよ!」

 自らシンがこの場にいる原因の張本人であることを暴露したグラスに対して、シンは噛みつくが、そのグラスは高笑いを上げながら、どこ吹く風だ。

 その挙句、他の冒険者や騎士達に対してまで余計なひと言を口にした。

「そう褒めるな!うはははは、者共、聞いて喜べ!我々はもっとも単眼の王の出現の可能性が高い場所への配置となるぞ」

 そのグラスの一言に集まった冒険者の半数近くや常備兵、果ては騎士の一部からさえ悲鳴が上がった。

 集まった冒険者もすべてが腕利き揃いというわけでない、あくまで多いというだけだ。

 そして常備兵や騎士も覚悟はあれど、わざわざ危険な場所に身を置きたいという奇特な者はそれほど多くはなかった。

「そんな情けない声をあげるな。安全な場所など、この付近のどこにもない。むしろ手柄を立てる場に恵まれたと心得よ!それにだ、腕利きが多い場所であるなら、その分、力ない者にとっては逆に好都合であろう。できないことを恐れるのではなく、できることを必死にこなせ!」

 そう言って、グラスはその悲鳴さえ笑い飛ばした。



「で、私をここに配置したのはあんたの差し金かい?」

 ゲラゲラと笑うグラスに対して、一人の長身の女性が声をかけた。

 180㎝弱の身長を有するシンよりも少しばかり背の高い精悍な顔つきをした女性冒険者だ。

「ふん、ナターシアか。久しぶりだな。お前は俺が選んだわけではない。お前の階級を考えれば、ここの配置になるのは当然のことである。むしろ、俺個人としてはお前と一緒に行動するのは勘弁してもらいたい」

 グラスはその女性冒険者に対して、親しげな素振りでありながら否定の意を口にする。

「なんだい、つれないことを言うね。いまだに私に一本取られたことを引きずっているのかい?大きい身体の癖して、器の小さい男だね」

「ふん、不意打ちという武人の風上にも置けんような輩と剣を交わした記憶など、とうの昔に消えているわ。それでいつシルトバニアに戻ってきた?」

「常在戦場を口にするくせに、不意打ちを否定するのかい?それとも勝ち逃げされたことを根に持ってんのかね。戻ってきたのは先月だよ。私はアザンドラの方の一団に組まれていたから、本当に久しぶりだね」

 言葉には険があるが両者の表情は非常に楽しげなものがある。

「ふん。いけ好かない女であるが、お前がいるのは心強い。不本意ではあるが、歓迎しよう」

「任せておきな」

 そう言って、互いに拳をぶつけ合い、ナターシアと呼ばれた女性冒険者はケラケラと笑った。


 グラスを相手に不意打ちとは言え、一本取るような冒険者であるというのにシンはその名を記憶していない。

 そんな疑問符を浮かべた表情のシンを見て、グラスはナターシアの渾名を口にし、シンに尋ねた。

「なんだ、シン。『女傑のナターシア』を知らんのか?ふははは、無理もない、シンが冒険者になるよりもはるか昔にボルディアナで活躍していたのだからな。ナターシア、お前を知らん冒険者がすでに5級になっているのだ。おばさんになったという自覚はできたか?」

「そのおばさんより10歳以上年上のおっさんに年のことで冷やかされる覚えはないね」

 どこまでも親しげな様子の二人にシンは尋ねた。

「ひょっとしてナターシアさんって、グラスさんのいい人か何かですか?」

「「それはない」」

 シンの問いに二人は真顔で口を揃えて否定した。

「やめてよね。こんな粗暴なおっさんを好きになるはずないじゃない」

「俺もこんな男勝りな女を好きになるほど、悪趣味ではない」

 心底、そういう見方をされるのは嫌なようで二人は若干表情を引き攣らせながら、主張した。


「それに私には最愛の夫がいるんだから、坊やね、冗談でもそういうのはよしておくれよ」

「うむ、シンよ。それにナターシアの旦那はおそらくお前も世話になった相手でもあるのだぞ」

 いったい、誰のことか見当もつかないシンに対し、グラスはシンの腰に携えた剣を指差しながら、尋ねた。

「俺に剣を壊された上で、剣を新調するのならボルディアナで一番の名工を訪ねると思ったのだが、違ったか?ゴンザ……、いや、あのクリスティーヌの妻がこいつだ」

「ああー!クリスティーヌさんのダーリンさん!」

 予期せぬ人物の名をあげられたシンは大声を出しながら、ナターシアを指差した。

 その実力は確かなものがあるが、オカマ言葉を使う二児の父親である鍛冶であるクリスティーヌは自分の妻を将来3級にも手が届く、4級の女性冒険者であると口に出していた。

「えーっと、シンって言ったかい?ああ、旦那が最近珍しく若手の冒険者の剣を打ったって言ってたけど、あんたのことかい?」

「たぶん、俺だと思います。その節はクリスティーヌさんに色々とお世話になりました」

 シンは威風堂々とした女性冒険者相手に丁重に頭を下げる。

 シンの見る限り、おそらくまだ30には届かない年齢だろう。

 その彼女は8歳と4歳程度の子どもを抱える二児の母親でもある。

「礼は私じゃなく、この戦いが無事に終わってから、直接旦那に剣を砥ぎに出した際に言ってやんな。そういうのがね、一番あの人にとっては嬉しいことなんだから」

 ひらひらと手を振りながら、ナターシアはそう答えた。

 シンはその言葉に頷く。


「それで旦那や子どもともここに来る前に少しは過ごしたのか?」

 家族思いなところを口にしたナターシアに対し、グラスは尋ねた。

「どっちもしっかり可愛がってあげたわよ。今は無理だけど、来年の夏頃は少しばかり長めに休むつもりでいるし。たぶん、子どもたちに新しい家族をプレゼントしてあげられそうな気がするから」

「お前の口からそんな生々しい話など聞きたくもないわ」

 自分で質問しておきながら、思わぬ返しをされたグラスはナターシアに対して、そう吐き捨てた。


 そんな二人のやり取りを見ながらシンは思う。

(なんかクリスティーヌさんのダーリンって言われると妙にしっくりくる人だな)

 どこまでも男らしいプロポーズをクリスティーヌ相手に行い、その子どもを産んだ女性である。

(でも、今は仲が良い夫婦なんだろうけど、そのなれ初めは逆レに近いって)

 頬を染めるクリスティーヌと男らしくそのクリスティーヌを押し倒すナターシア。

 なかなかに倒錯的な光景である。

 シンはその光景を想像し、思わず表情を歪めた。

「坊や、今なんか失礼なことを考えなかったかい?」

 険しい目つきで鋭くシンを睨むナターシアに対し、シンはブンブンと首を振り、慌てて否定の意思を示した。

 

前々から出そうと考えていた腕利き女性冒険者、クリスティーヌのダーリンさん、ようやくのご登場です。



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