表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
打算あり善行冒険者  作者: 唯野 皓司/コウ
第4章 5級冒険者 魔物討伐同行編
86/88

第23話 その背に守りしもの、なのです

 いつまでも止むことのないグラスの馬鹿笑い。

 呆気にとられた様子の騎士や冒険者達。

 ダルタニアに対する冒険者からの怒号も徐々に小さなものとなり、グラスの笑い声だけがよく響くようになっていた。


「何が……何がおかしい!」


 常日頃のダルタニアであるなら、グラスの笑い声に反応などしなかっただろう。

 破天荒なグラスはダルタニアにとっては少々苦手なタイプであり、第1騎士団ではなく、第4騎士団所属でもある。

 本来、グラスの行動を止めるべきなのは第4騎士団隊長のロッソエルである。

 だが、ロッソエルもその場で立ち止まったままであり、すぐにグラスを制止できる立場にある者はダルタニアしかいない。

 いや、グラスの馬鹿げた大笑いがダルタニアの覚悟自体を嘲笑うように聞こえさえするのが、何よりダルタニアが反応してしまった原因だろう。


 ダルタニアの声がグラスの耳に届くと、グラスの笑い声はさらに大きいものになった。

 グラスを睨むダルタニアの怒気とグラスの笑い声。

 この場の雰囲気は二人に支配されつつあった。


「グラス副隊長!!」


 再度ダルタニアの声がグラスの耳に届くと、グラスは馬鹿笑いをやめた。

 しかし、その表情には笑みが残っている。

 その表情を目にしたダルタニアは軽く表情を引き攣らせた。

 ここにきて、自分の失態に気づいたからだ。

 グラスが馬鹿笑いをしようともそれを無視し、言うべきことを言い切ったのであれば壇上から降りる。

 それでよかったのだ。


 この舞台の演者たるはダルタニアただ一人。

 そして無数の観客である騎士達、冒険者達。

 自分の狙い通りに事が成就した上は速やかに幕引きすべきである。

 だが、幕引きはなされぬまま、突然呼ばれもせぬ乱入者が舞台に上がり込んできたのだ。


「はて、なぜ他の者は黙り込んでいるのだ?」


 ダルタニアの声を無視し、グラスは周囲にいる冒険者や騎士達の方をキョロキョロと見回しながら、そう言葉を口にする。

 大声を張り上げた言葉ではないが、グラスの野太い声は静まり返った周囲の遠くの方にまで届いた。


「せっかく、堅物たるダルタニア隊長が慣れぬ小芝居を見せてくれたのだから、笑ってやるのが愛嬌だろう。ふはははは!」


 そして、グラスは再び大笑いをしてみせた。


「そんなものは見せておらん!グラス、卿も騎士団の要職たる副隊長の役を担うものなら場をわきまえよ!」


 これ以上、グラスを自由に振る舞わせるのは危険だと思い、ダルタニアはグラスの周囲にいる騎士達に視線を送るが、彼らは動こうとしない。一騎士である彼らに、副隊長でありながら傍若無人な振る舞いを行うグラスを止めることができるはずもない。

 それならばとロッソエルに目くばせを行うが、ロッソエルはダルタニアに対し、静かに首を振ってみせた。


(ロッソ、なぜだ)


 ダルタニアは友人の態度に歯噛みする思いだった。

 このままグラスを無視し、この場から立ち去ることも一つのすべだが、すでにグラスに周囲の視線は集まってしまっている。

 ダルタニアが立ち去った後のグラスの振る舞いを考えれば、グラスもこの場から引き離し、口を黙らせる必要があった。


スタッ。


 壇上から跳躍したダルタニアは軽やかに地面に足をつける。

 長身かつ筋肉で締まった体は見た目以上の重量を持ち、さらには金属製の鎧を身に纏っているというのにわずかな音しか身のこなしはダルタニアの武人としての力量を物語る。


「どいてもらえるか」


 ダルタニアは前列にいた騎士や冒険者に対し静かな口調で頼むと、騎士や冒険者は慌ててその場をどいた。

 先ほどまでダルタニアに対し、怒声を浴びせていた冒険者までもが険しい表情のダルタニアの放つ空気に気圧され、ダルタニアが通れるように空間を開けた。

 そして集団の中心付近にいるグラスのところまで一本の道が出来上がった。


「感謝する」


 そう言いながら、ダルタニアは他の者には目もくれず、グラスに向かってずんずんと歩く。

 ダルタニアのそんな様子をグラスは今も笑みを浮かべながら、じっと見ていた。


 ダルタニアがグラスの前へとたどり着く。


 ダルタニアも長身の部類に入るが、グラスはそのダルタニアよりも縦にも横にもでかい巨漢。

 ダルタニアの険悪さからか、グラスやダルタニアの近くにいると何か巻き添えを食らいそうだと判断したためか、グラスのいる集団の中心付近にはぽっかりとした円いスペースができていた。


「グラス隊長、どういうつもりだ?」

「ダルタニア隊長、それは」


 ガンッ!


 グラスから1.5mほど離れた場所にいたダルタニアの姿がぶれた。

 周囲にいた冒険者や騎士の目にはまるでダルタニアが一瞬消えたように見え、そしてグラスとガントレットをぶつけ合っている姿が目に映った。


 ダルタニアにとって、グラスは単眼の王との一戦に不可欠な存在。

 全身鎧フルメイルのグラスに大怪我を負わさず、無抵抗にするために不意を突く形でグラスの顎に当て身を加え、意識を刈り取ろうとしたが、グラスはダルタニアの動きに合わせて、自分のガントレットでその一撃を防いだ。


「っ、危ないではないか!」


 問いを発しながら、その返答途中に不意打ちを加えてきたダルタニアにグラスは抗議の声をあげる。

 一方のダルタニアは不意打ちが成功しなかったことに舌打ちをしてみせた。

 グラスとダルタニアの実力にはほとんど差はない。

 駆け引きを行わずに純粋な力量比べなら、グラスの方が上と言えた。

 そのグラスに対し不意打ちが失敗した上で再度意に沿わぬ形で無抵抗にしようとすれば、どちらが勝つかは別にして一見殺し合いにさえ見える戦闘は避けられない。

 だが、それはダルタニアの望むものではない。


「グラス副隊長、卿は馬鹿ではない」


 ダルタニアは言葉少なく一言呟いた。

 こと戦闘に重きを置き、書類仕事などは不得手とするグラスだが、その頭の回りは決して悪くない。

 勘の良さも相まって、グラスであるならダルタニアの言動の目的を察することができたはず。

 最善の策ではないだろうが、騎士団、辺境伯へのダメージを押さえるためには一人が悪者になるというのは愚策ではないはずだ。

 それなのに、なぜその思いが伝わらないのか。そしてできるなら、今からでも口を塞ぎ、この場から退いてくれることを求めたダルタニアの言葉だった。


「気に入らんのだ!」


 ダルタニアの一言から伝わるその思いを理解した上で、グラスは吐き捨てるようにして怒鳴った。

 それはダルタニアにとって交渉の決裂を意味する言葉だ。

 ダルタニアはグラスから目を逸らさず、この場で取りうる最善の行動を模索する。

 グラスがこれからどういった振る舞いをしようと、今後の単眼の王との決戦、そしてその後の騎士団、辺境伯領の運営への支障を減らすために。


「ダルタニア隊長、俺は馬鹿かもしれんがあなたの方は色々と考えすぎる」


 そんなダルタニアを見て、グラスは今度は声を押さえ気味にして、ダルタニアにだけ聞こえるように呟いた。


「ダルタニア隊長、冒険者とはどういった存在だ?」


 そしてさらに今度は声を大にして、ダルタニアに尋ねた。

 その問いはダルタニアにしてみれば、好都合。一旦は収まった自分に対する敵意や怒りを再び誘発させることのできる問いである。


「先ほども似たようなことを言ったが、私にとってはいくらでも替えの利く存在だ。騎士や常備兵と違い、辺境伯様の臣ではないしな。魔物と戦い、力量が不足すれば死ぬだろうが、そのようなことを私が気にすることではない。職にあぶれた者達がつく仕事であるからな。多少減ったところですぐに増えるだろう!」


 声を張り上げ、冒険者たちを煽る。

 ひとたび収まっていた怒気のような視線が集まるのを感じながら、ダルタニアは吐き捨てた。

 そんなダルタニアに呆れた様な表情をしながら、グラスは言う。


「冒険者出身で騎士になる者達もいるのだぞ」


 第4騎士団には冒険者出身の騎士が多数在籍している。

 そして第1騎士団も第4騎士団と比べれば少ないが、冒険者出身の者がいないわけではない。


「一部には優秀な者がいることは認めよう。才能に驕らず、長年の鍛錬に培われた力量。中には我々騎士に比肩するだけの者も少数だがいるだろう」


 この点はダルタニアにしても認めざるを得ない。

 それを否定することは身内である冒険者出身の騎士を塵芥ちりあくた扱いすることになる。

 これから単眼の王に立ち向かっていく仲間までを否定することはダルタニアにはできなかった。


「だが、それはほんの一部の者。その他大勢の冒険者は酒色に溺れ、恵まれた才能を持っている者でも、それを花開かせることなく散っていく。そして、力量だけでなく、覚悟も持たない。先ほどの単眼の王についての疑問や怒号などが証拠だ。依頼を受けながら、自分の身が危なくなれば、恐れおののく。利に敏いが、いざとなれば保身に走る。身勝手な自己愛護の持ち主。そういった取るに足らない者達を上手く使うのが私の役目だ」


 ダルタニアの発言は冒険者の神経を逆なでするには十分なもの。

 その証拠にダルタニアに対する敵意のこもった視線はさらに増えた。

 だが愚痴やぼやきは聞こえても、ダルタニアに対し怒声まで浴びせてくる冒険者はいなかった。


「やはり、あの二人か」


 グラスはそう呟くと、俊敏に動き、グラスとダルタニアを囲む円形の先頭にいた冒険者二人のところに赴いた。先ほどまでダルタニアに怒声を浴びせていた冒険者だ。


「幾ら掴まされた?」


 この二人はダルタニアの用意したサクラだった。

 ここに集まるまでにダルタニアが声をかけ、かなりの金銭を渡された二人の冒険者の役目はダルタニアに対し、怒声を浴びせること。

 情報を閉ざしていたことや自分達の扱いに不満や不信があっても、いざ3000人ほどが集まったこの場で第1騎士団の隊長に向かって怒声や罵声を浴びせるのには多くの冒険者が抵抗を感じるだろう。

 だが、自分以外の者が最初に口にすれば別だ。周囲の雰囲気に流され、溜まっていた不満や不信が口から飛び出させるのは容易なことだった。


「関係のない冒険者に絡むな」


 ダルタニアは取り繕った表情でグラスを咎める。

 ダルタニアの口ぶりからは焦りのようなものは感じられない。

 だが、グラスに睨まれて尋ねられた二人の冒険者の挙動には明らかに不審なものがあった。


「ダルタニア隊長から金を渡され、真っ先に怒声を出す役目を受けていたのだろう?」


 グラスはダルタニアを無視し、さらに冒険者二人を問い詰める。

 どちらが本当のことを言っているのか周囲の者が迷いだした様子だ。


「グラス副隊長、言いがかりをつけるんじゃない」

「ふむ、確かに証拠があってのことではないからこのくらいにしてやるか」


 ダルタニアがグラスのすぐ傍まで行き、声をかけるとグラスの方は諦めた素振りを見せて、ダルタニアの方を振り向いた。


 パシャッ


「何を……」


 ダルタニアは死角から顔に液体をかけられ、顔を押さえる。

 振り向きざまにグラスは腰につけていた革製の袋に入っていた酒を油断していたダルタニアに浴びせたのだ。

 酒精のきつい酒を顔面にかけられ、鼻から吸い込んでしまったダルタニアは大きくむせてしまっている。


「おっと、これはすまん。手元が狂って、ダルタニア隊長の端正な顔に酒をかけてしまった。是非顔を拭かせてくれ」


 演技口調のグラスは布を取り出すとダルタニアを左腕で羽交い絞めにしながら、ゴシゴシとダルタニアの顔をゴシゴシと拭き始めた。


「こら!何をする!やめないか」


 ダルタニアは抵抗するが、酒を鼻から吸い込み咽た状態で、膂力に勝るグラスに羽交い絞めにされたのでは為す術がない。


「どれ、これで男前になったな。まったく男が化粧などするではない、見苦しいわ」


 ダルタニアの顔をひとしきり拭き終わったグラスの言葉に、周囲の目が集まった。

 先ほどまでとは違い、ダルタニアの目の下には遠目にもわかる深い隈ができており、顔色にも疲労が感じられる。


「冒険者諸君、そして騎士の者も節穴でなければダルタニア隊長の顔をよく見てみよ。これが何も悩まず、冒険者を路傍の石のようにする男の顔か。犠牲に悩みながら、最善の方策を模索し続けた男の顔か」


 グラスはそう言うとダルタニアの両脇を抱えて、大きく持ち上げるとその場をゆっくりと回転し、遠くの者にまでダルタニアの顔が見えるようにしてみせた。


 グラスに問い質されていた冒険者二人の挙動、そしてダルタニアの目の下にできた大きな隈や顔色。

 それを見た冒険者達の戸惑いはさらに強いものとなった。

 少なくとも、冒険者二人がサクラを演じたというグラスの言葉は信ぴょう性の帯びたものとなった。

 そして、ダルタニアの冒険者を軽視する発言がどこまで本気のものかにも疑問を生じさせた。

 どういった反応をすればいいのか、単眼の王の情報やその危険についての知らされなかったことやかなりの犠牲が出ていることには不安や不信は残るが、一概にダルタニアを憎むことはできなくなった。


「グラス、貴様は何をしたのかわかっているつもりなのか」


 ここに至っての弁明は諦めたダルタニアがグラスに恨み節をぶつける。

 ダルタニアが汚名を被る形で収まるはずだった状況をグラスは荒らしたのだから。


「今後のことなど知らん。そんなことは後で考えればいいことなのだから。それよりもダルタニア隊長、第1騎士団の騎士達の顔を見よ」


 ダルタニアが周囲にいる騎士の顔をよく見る。

 豹変したダルタニアの様子に不安や戸惑いを抱きつつも、少なくともダルタニアの言葉に真意がないことを理解し、安堵した表情を見せている者が多数いる。

 いずれもダルタニアを慕う騎士達だ。


「ダルタニア隊長、あなたを慕う騎士を不安にさせるな、悲しませるな。良かれと思ってしたことなのだろうが、それで部下の士気を下げてしまってどうする」


 騎士ならば、たとえダルタニアの言動に軽蔑したところでおそらく戦闘に影響は出さない。

 むしろ、更迭される際に自身の人望が失われていれば好都合だという考えがあった。

 だが、一瞬の油断で命が失われる戦場。士気の低下がどうして戦闘に影響が出ないと言えるか。

 仲間に対する甘えや浅はかさを噛みしめ、ダルタニアは黙った。


「それにあなたは思い違いをしている。騎士には守るべき者達が存在している。無数のシルトバニア辺境伯領の民や仲間、そして主君。確かにそういう意味では騎士と冒険者は違う」

「そうだな。だが、冒険者である者にとってみれば、それは当然のことだろう」


 ダルタニアはグラスの言葉に同意する。

 だからこそ、覚悟を持たない冒険者にはこの場から去ることを勧めたのだ。


「それが思い違いだと俺は言うのだ。確かに冒険者にとって、顔も知らんその他大勢の領民が魔物に食い殺されようと大して痛みは感じぬだろう。だがな、だからと言って、情も解さぬ訳ではない。守るべき者が皆無というわけではない」


 ダルタニアはグラスの言葉の意味を探ろうとする中、グラスの咆哮にも近い大声が鳴り響く。


「皆の者、目を閉じてみよ!」


 周囲の者が皆目を閉じたことを確認したグラスは満足げに頷き、再度大声で語った。


「これから我らが決戦を挑むことになる、単眼の王は隣国の貴族領を荒らしまわった恐ろしい魔物だ」


 まだ姿すら見ぬ、サイクルサーペントを眷属に持つ恐ろしい魔物の王の姿を目蓋に映し、多くの者が喉を鳴らし、唾を飲み込んだ。


「そして、魔生の森を出た単眼の王に我々が敗れることになれば、この周囲にある村を眷属と共に襲うだろう」


 騎士達はその言葉に多くの罪なき領民の亡骸を想像する。

 まだ見ぬ敵に対する怯えよりも、守るべき領民に害を為そうとする魔物に対する怒りが勝り始めた。


「さらに相手が周囲にある村を滅ぼしただけで満足してくれるとは限らんぞ。獲物がいなくなれば、敵はさらに東へと向かうだろう。生まれ育った村、そして住み慣れた街。敵の強大さによっては領都グランズールさえ安寧の地とは言えんかもしれん」


 冒険者達もグラスの言葉で想像する。

 たとえ、意に沿わぬ形で飛び出したとはいえ、故郷に住む肉親や知人が恐ろしい魔物に食い殺される姿を。

 そして、今自分達が拠点としている街には大勢の知り合いがいる。

 冒険者の中にもすでに妻子を持っている者がいるのだ。

 ある者は街の防壁を乗り越え、愛すべき子や配偶者がむごたらしく食われる姿が目に浮かんだ。

 妻子を持たぬ冒険者でも、愛すべき者がいないわけではない。妻や恋人でなくとも、気になる相手くらいはいよう。

 ある者は娼館で将来身請けを考えている相手のことを、またある者は馴染みの酒場の看板娘を、また別の者は常連の商店で店員をしている気になる相手の姿を思い浮かべた。

 また冒険者にとって、大切に思う相手が妙齢の異性に限られるわけではない。

 街へと移り住み、同業者ではない者であっても気のおけない間柄になった友。

 まだ冒険者になりたての時期に世話になった店の店主や常宿として生活する中で交流を持った主人やその家族。

 その者達が廃墟となった街で無残な亡骸を晒す、いや、亡骸の存在すら許されないかもしれないことを想像すると身震いするような思いだった。


「誰かを想像できたか?思い浮かべた相手はきっと誰しもが貴様らにとって大事な者達だろう。……許せるか?許せんよな。たかだか、魔物風情に踏みにじられて良いような者達ではなかろう」


 多くの冒険者が口々にグラスの意見に同意を示す。

 威勢良い多数の声が平原に響き渡った。


「ダルタニア隊長、騎士と冒険者の違いはあれどな、その背に守るべき者達がいないわけではない。我々よりもその範囲が狭いだけなのだ。そして、冒険者は利に敏いというのならば、その利についても示してやれ」


 冒険者だけでなく、騎士達からも口々に威勢の良い言葉が飛び出す中、グラスはぼそりとダルタニアに呟いた。

 そして、その直後に再び大きな笑い声を上げる。


「ふはははは、なかなかに気持ちの良い返事であるな。と言っても、守るべき者がいるというだけでは物足りん者もいよう。せっかくだし、冒険者諸君、貴様らの好きな利についてもせっかくだから教えてやろう」


 さらにグラスに冒険者達の意識が集まった。


「昨日、一昨日の戦闘の後、貴様らの多くは野営地に運び込まれたサイクルサーペントの姿を目にしただろう。あの魔物をこれまで目にした者がいるか?」


 魔生の森の中層部に生息する5級の魔物だ。

 ごくごく一部の冒険者を除けば、討伐どころか目にすることも初めての魔物である。

 冒険者達は首を振り、否定の意思を示した。


「そうであろう。あれはな、魔生の森の中層部に生息する魔物で滅多に浅層部には出てこんからな。貴様らが目にしたこともないのも道理である。だがな、それは何を意味すると思う。これまで市場には出回らない魔物の牙や皮、その素材にどれだけの価値があると思う?貴様らよりも利に敏い商人たちが手ぐすね引いて我らの帰りを待ち望むことになるだろう」


 もちろん具体的な値段についてはグラスも把握してはいないが、意味深な口調で冒険者達に問いかける。

 とはいえ、なかなかに高値がつくことは想像に難くない。

 それに商人にとって商売の相手はシルトバニア辺境伯領に限らない。

 シルトバニア辺境伯領を荒らしまわろうとしていた希少な魔物、そういった付加価値をつけて他領の者達にも売りさばくことだろう。

 英雄譚を好む好事家や貴族が相手であれば、素材ではなく、剥製として売りさばくことさえ考えられた。


「その魔物によって得られる報酬の配分は間違いなく冒険者貴様らを満足させるものであることを約束しよう」 

 グラスの言葉に歓声があがる。


「おっと、その程度で先走るのは良くないぞ。そして、単眼の王と呼ばれるお伽話の相手のような存在だが、この戦いにおける功は計り知れん。たとえ、戦闘において貢献できずともこの戦いにおいて、周囲から認められる功を得られれば、貴様らの多くが希望しているであろう騎士への取り立てはかなうものであろうな。それどころか、大功があると認められれば、辺境伯様に謁見する栄誉を賜ることだろう。辺境伯様は吝嗇けちな方ではない。功あれば、報いるそんなお方だ」


 さらに歓声が大きくなった。

 守るべき相手のことを想像しただけでなく、単眼の王との決戦に大きな利を約束されたのだから、冒険者達が沸き立つのも無理はなかった。


「そして、冒険者よ。貴様らがこれから行動を共にする相手は誰だ?そんじょそこらの騎士団ではないのだぞ。ラドソル王国の雄であり、他の追随を許さない最強の騎士団が肩を並べるのだ。たとえ、単眼の王といえども、我らの輝かしい戦功にまた一つ功績が加わるだけである。もっとも、それでも任務を降りたいという者はこの後申し出よ、誰も責めはせん。ただ、後で惜しいと思っても知らんがな」


 グラスが言葉を締めくくると割れんばかりの歓声が響き渡った。


「ダルタニア隊長、冒険者とはこう扱うのだ。そしてだ、あなたが背負おうとしていた物はあなただけではなく、騎士団と辺境伯様ご自身が背負うべきものなのだ」


 グラスはそう言って、ダルタニアに向かって笑みをこぼした。 



 鳴り止まない歓声の中、ダルタニアは周囲に聞こえぬように小声でグラスに話しかける。


「我々に敗北はない。あってはならん。とは言え、死者が出るのは免れんぞ」

「わかっている。避けえないことだ。だがな、この俺が功に報いると約束した以上、仮に亡くなったとしてもその約束は反故にはせん」


 たとえ、この戦いで冒険者が亡くなったとしても、その報酬の配分や褒賞などは家族や恋人がいるのなら、その者達に支払われるようにグラス自ら積極的に働こうと考えている。

 騎士が亡くなった場合にも同様だ。


「そうか。そうだな。その約束の保証は私も請け負わせてもらおう」

「うむ、それは助かる。勝手な約束をしたことでまた俺一人が注意されるのも避けたいしな。ダルタニア隊長の口添えがあれば、色々と捗るだろう。生真面目な気質のあなたは文官からの受けも悪くないからな。……それとだ、この場での冒険者への謝罪は不要だ」


 せっかく盛り上がったこの状況で、自分の言葉の非を認めて謝罪するなど水を差すだけ。

 謝罪を行えるとすれば、この戦いに勝利した暁であろうが、そこで謝罪するのも蛇足になりかねない。

 ダルタニアができる、何より謝罪は一人でも多くの者が無事にこの戦いを終われるように尽力し、そして功のある者や死者の家族が報われるようにすることだ。

 ダルタニアはグラスの言葉に深々と頷いた。

 


「グラスさん、やるじゃん。……グランズールでさえ安寧じゃないか」


 シンは熱気に包まれた周囲に視線を向けながら呟いた。

 シンがグラスに促され、目を瞑った時には多数の人物が出てきた。

 ダリア、アイリス、薬師の老婆。

 リリサとマックス。

 そして孤児院のロベルド院長やアルバートといった子どもたち。

 他にもマンイーター討伐を行ったダラスの村を筆頭に魔物討伐で知り合った様々な村人たち。

 シンに感謝して慕ってくれる彼らがサイクルサーペントや単眼の王の犠牲になった姿を想像したシンは思わず拳を強く握りしめた。

 グラスの言うように決して許せないことだった。


「……本当に人を乗せるのが上手いな。こりゃ、気合入れざるを得ないじゃないか」


「まったくなのです。ジルはあのおじさんのことを脳筋だと思っていたのです。『強敵と戦うのは愉快なことだぞ?』『死闘こそ武人の華なのだ』だとか言いながら、周りを脅して説得するタイプだとばかり思っていたのです」


 ジルのグラスを真似て作った口調や堂々とした笑みはなかなかのものでシンに笑いを誘発させる。


「ぶふっ。マジで言い出しそうだから困る」

「『強敵は良い、だが総団長に報告するのだけは勘弁な』なのです」

「くくくっ、ジル。マジでやめろって」


 ジルの続けざまに繰り出すグラスの物真似はシンの笑いのツボを刺激するものだった。



 そして、朝食後に騎士団は再度冒険者達に依頼の続行の有無について意思を確認したが、途中で依頼から降りることを選択した者は7級冒険者が大半でその数もダルタニアやロッソエルの当初の想定よりはるかに少ない数だった。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ