第22話 あれえ、なんか説明が変なのです
23時を過ぎた頃、興奮冷めきらぬ野営地の中にそれぞれ風格のある5名の騎士がダルタニア、ロッソエルの待つ大規模なテントの中に通された。
5名の騎士はダルタニア、ロッソエルの両隊長を前に一糸乱れぬ敬礼をしてみせた。
いずれも百騎長の役職に就く騎士団の勇士たちだ。
「我々第2騎士団100名、そして冒険者200名はこれより両隊長の指揮下に入ります」
「同じく。我々第3騎士団100名、それに冒険者200名の指揮をお任せします」
シルトバニア辺境伯領南部のウラヌイ湖周辺、北部のアザンドラ山脈の交易の要所で魔物討伐を行っていた両騎士団は今もなおその地で魔物討伐を行っている。
まだ時期的には魔物討伐の前半から中盤に入ったと言える状況でこれ以上の人員を派遣するのは困難だった。
「グランズールより騎士300名、常備兵1000名も同じく」
グランズールから到着した三人の百騎長のうち、年長の騎士が代表して到着した人員の内訳を説明した。
「夜間の行軍ご苦労。急な救援要請にも関わらず、迅速に駆けつけてくれたことに感謝する」
ロッソエルは笑みを浮かべて、百騎長達をねぎらう。
「本当に助かった。冒険者達の不安、不満も高まりつつある中で絶好のタイミングでよくやってきてくれた。それに1000名の常備兵か」
ダルタニアもねぎらいつつ、常備兵まで援軍に加えられた意図を考える。
個々の常備兵の技量は7級冒険者と比べても見劣りする。
単眼の王との戦闘どころか、その眷属である多数のサイクルサーペントとの戦闘にさえ参加させるのは困難だろう。
参加させれば、容易に蹴散らされ、魔物の牙にかかり、命を無駄にさせることになる。
当然それは他の騎士や冒険者達にも悪影響が及びかねない。
だが、この常備兵の派遣自体は無駄ではない。
夜遅くに到着した援軍に冒険者のみならず、騎士達も大きな歓声を上げて出迎えたように未知の魔物に対する不安に野営地にいる者達の士気は大きく低下していたのだ。
援軍の数を多く見せたことは沈んでいた空気の改善に効果があっただろう。
それ以外にも他にいくらでも使い道は考えられる。
「常備兵まで派遣することを決めたのは、総団長のお考えか」
「はい。また辺境伯様もそれに賛成されたとか。それと総団長より言伝があります。『戦力としては不十分でしょうが、あなた達なら彼らを上手く使ってくれるでしょう』と」
具体的な指示が言伝の中には含まれていないが、それはダルタニアとロッソエルに対する信頼でもある。
下手に具体的な指示を出せば、上位者である総団長の指示が優先され、現場の状況に応じた指示を出しづらくなる。
それなら、信頼できる二人にすべてを任せた方が上手くやってもらえるだろうという判断があった。
「もちろんだ。辺境伯様よりお預かりした兵、一兵たりとも無駄にはせん」
ダルタニアは力強く答えた。
戦闘には直接参加できなくても、夜間の警備、野営地内における諸々の雑用、昼間の討伐でも魔物の不意打ちを防ぐ目としては十分に使えるし、怪我を負った騎士や冒険者に応急処置を行い、野営地まで連れ戻すといったことも可能だ。それに未だに残った開拓村への説得、避難誘導の人員も騎士から割かずに済む。
ダルタニアが瞬時に思いつくだけでも、この程度はあるのだ。
状況の変化と共に彼らの担える役割はさらに増えるはずだ。
そして騎士や力のある冒険者が戦闘のみに集中できるというメリットは何より大きかった。
「それで今の状況は?」
「この二日間で冒険者から30名弱、騎士から8名の死者が出た。そして開拓村に避難を呼びかけてはいるが、まだ5カ所の村では避難を拒まれている」
昨日に比べれば、今日の死者は半数程度だ。
それでも魔物討伐において、この死者の数は重いものがある。
「死者だけで40名近くですか……戦ったことはありませんが、サイクルサーペントも侮れぬ魔物のようですね」
百騎長の一人が眉を顰めた。
死者の中にはきっと自分の知人もいるだろうが、誰が犠牲になったかは今は聞く気にはなれない。
その死を悼むのは憎むべき魔物とその親玉を滅してからで十分だからだ。
「単体の戦闘力だけなら5級の魔物としては中程度だろうが、奴らは群れをなす上にこちらの不意をついてくる。なかなか厄介な相手だ。それにまだ姿を現さぬ単眼の王や避難がまだの開拓村も気になるため、戦力の分散をせねばならんのが正直痛いところだった。だが明日からは違う」
「ええ、我々の到着により今までより戦力の分散が避けられます」
ロッソエルの言葉に相槌を打つようにまだ30手前の百騎長が答えた。
「それに昨日よりは避難が完了した村も増えた。明日からは今までより有利に戦えるはずだ」
「はい!……ところですでに単眼の王の情報は公表されたのですか?」
「いや、まだだ。だが救援も到着したことだ、明日の朝、公表する予定だ」
ダルタニアの答えに一人の百騎長が首を傾げる。
「これまで公表を控えてきたわけですし、この際、公表しないと言うのも一つの手では?」
5級冒険者や騎士であっても脅威となりうるサイクルサーペントを眷属とし、隣国の貴族領の騎士団を壊滅にまで追い込んだ強大な魔物の情報。
救援により上がった士気をわざわざ公表で下げてしまうこともないのではないかと口にした。
「それはさすがにできん。総勢2000名近い救援が駆けつけておきながら、その理由についての説明がなければ、さらなる不安を煽ることになりえるだろう。それにこれまで公表を控えてきた私が口にして良い言葉ではないかもしれないが、これからの戦いには覚悟のない者に強いるべきではない」
シルトバニア辺境伯に仕える者に対しては命がけで戦うように命令を出すべきだが、冒険者はそうではない。騎士になることを望んでいる者が多数でも、実際に騎士になった者達ではなく、常備兵ですらない。
それに覚悟のない者を多く含めば、単眼の王が魔生の森に出てきた際に、恐慌を来たし、戦局を破たんさせる危険性もあった。
そうなるくらいなら、今抜けてもらえばいい。
今が、明日の朝こそが騎士団として魔物討伐に参加している冒険者が討伐期間中に抜けることを認めてやれる数少ないタイミングだった。
「これはわざわざお前たちが連れてきてくれた冒険者達にも言えることだ。仮に脱落者が出たとしても、それを咎める必要はない」
ダルタニアの言葉に第2騎士団と第3騎士団の百騎長は頷いた。
一通り明日からの予定について話し合った後、5人の百騎長はダルタニアとロッソエルのいる会議用のテントから立ち去った。
その後もダルタニアとロッソエルは二人でこの周辺の詳細な地図を睨みながら、話し合う。
「準備は必ずしも万全とは言い難いが、形は整ったな」
さすがに寝静まった者が多いためか、虫の音さえ聞こえてくる。
そんな中、ロッソエルは静かに今の状況への思いを口にした。
「量の方は一応形になったが、それも明日の朝までの話だ」
明日の朝、つまり明日の公表後にどれだけの冒険者が覚悟を決めて戦いに挑めるかによって、量さえ形にならない可能性がある。
単眼の王の情報を知らせながらも決意を示してくれたホーストのような冒険者が一人でも多くいることを望むばかりだ。
「そして、何より不安なのは量よりも質の方だ」
ダルタニアはそう語る。
5名の百騎長はいずれもその役職にふさわしい者達だけあって、騎士団の中では上位の実力を誇る。
サイクルサーペント数匹程度なら、一人でも危なげなく、捌くことができるはずだ。
だが、単眼の王が相手ではどの程度抗えるか。
これがもう一月早いか遅ければ、敬愛する総団長が騎士団を指揮し騎士団の隊長、副隊長格が揃って迎え撃つこともできたかもしれないが、広大なシルトバニア辺境伯領の三方に分かれて、魔物討伐を行っているタイミングでは困難だった。
「いや、たとえ時期がずれていたとしてもそれは不可能だっただろうな」
仮に単眼の王がダルタニア達の想像をはるかに上回る強さを有しているなら、騎士団の上位者を揃えて戦い、敗れて戦場の塵になる可能性もある。
それはこの辺境伯領の歴史が途絶えることにもなりかねない。
北部、西部、南部、いずれも他国と面しているのだ。この辺境伯領が力を失えば、それはすなわち侵略の対象となりえた。
「……ダルタニア。我々が目撃したこともなければ、討伐したこともない相手の実力を警戒しても仕方ないことだ」
「そうだな。第一騎士団の隊長たるこの私が不安がっていては他の騎士に示しがつかない」
そう言いながら、ダルタニアは両手で自分の顔をパンと張り気合を入れる。
「そうだ。それでこそダルタニアだ。……ははは、しかし明日の朝の公表は気が重いな」
犠牲者が出ていないのなら公表していなかったことは何の問題にもならないだろうが、冒険者からは30名ほどすでに犠牲が出ている。
いくら単眼の王が出現していないとはいえその情報を閉ざしていたのだから、騎士団、場合によってはその主たるシルトバニア辺境伯に大きな不満を持つことになる。それにおそらく、後で冒険者ギルドの方からも少なからぬ抗議が予想できた。
なかなかにその説明、公表は困難なものになるだろう。
第4騎士団を率いるロッソエルは戦場において細かい説明などを求められる機会は少ない。
窮地に陥れば、自らが先陣を切りながら勇猛果敢な勇士たちを鼓舞し、死に物狂いでただ戦えと言う命令こそが彼らにふさわしいのだから。
凶悪な魔物との一戦ではなく、明日の説明の方を気にしているロッソエルの表情を見て、ダルタニアは愉快そうに笑った。
「ロッソ、お前にそういった役割は求めてないさ。明日の朝は俺に任せてくればいい。内容もすでに頭の中にあるしな。その代わり、単眼の王との戦いには期待しているぞ」
説明を任せられることに心底安心したような表情を見せたロッソエルを見て、ダルタニアはさらに声をあげて笑った。
翌朝、ダルタニアとロッソエル両隊長の指示により、冒険者1400名、騎士1000名、さらに周囲の警戒などを行っている者を除き800名以上の常備兵が一同に会した。
昨晩の熱気は冷め、気持ちの落ち着けた冒険者達は2000名近い応援が駆けつけた状況に疑問を持ち、ようやく何らかの説明があることを心待ちにしていた。
シンもダルタニア直轄の騎士達に混ざり、簡易に作られた壇上に視線を向けている。
「ようやく説明がされるんだろうな」
単眼の王、サイクルサーペントがその眷属に過ぎないこと、何十年も前にグラウシュバーグ伯爵領を襲った悲劇、そしてリンガード王国の偽り。
シンはこのシルトバニア辺境伯領の上層部程度しか知らない深い内容まで、教えてもらえる機会に恵まれた。
どこまでこの場で説明がなされるか。そして、その説明を受けた結果の冒険者たちの反応。
シンにとっての関心事はそこにあった。
緊張感の溢れるピリピリとした空気。多くの者が壇上に登る者の登場を待ちわびる中、ようやく立派な鎧を身につけた騎士が壇上に上がった。
第1騎士団隊長のダルタニアだ。
ダルタニアは壇上からちらりと周囲を見回してから、低いがよく通る声を大きく張った。
「早朝から集めてすまんな」
まだ日が東から薄らと出始めてからさほど間もない時刻。
朝食よりも前に大勢を集めたことにダルタニアは軽く詫びる。
「まったくなのです。この時期の朝方は冷え込むのですよ。せめて、暖かいスープでも振る舞ってから集合をかけてもらいたいのです」
周囲の肯定的な反応とは違い、ジルはシンの着るグリズリーウルフのマントに包まり暖を取りながら、ふわふわとした毛皮を持つエンジェに羨ましそうな視線を向ける。
「シンさんとかすでに知っている人には集合を免除するとか、そういう機転を利かせてほしいところなのです」
寝起きで空腹のためか、少しばかり不機嫌なジルを黙らせようとシンはデコピンをかます。
(重要な発表の時に一部の集合を免除とかねえよ。この後、どうせすぐに朝食が出されるんだし、文句ばっか言うな)
「うー。うー。口よりも前に手を出すのは反則なのです。シンさんはジルの頭を打楽器のようにポカポカしすぎなのです」
おでこを押さえながら、なおも抗議の声を上げるジルを無視し、シンはダルタニアの話に耳を傾けた。
すでにダルタニアは応援を呼んだ理由についての説明に入っている。
そして、ついにダルタニアの口から単眼の王という単語が飛び出した。
真剣に話を聞いていた冒険者の中には表情を歪ませる者がいる。
おそらくシルトバニア辺境伯領の南西部出身でリンガード王国の詩を聞いたことのある者だろう。
単眼の王という言葉に聞き覚えのない者達もサイクルサーペントが単眼の王の眷属に過ぎないという話にざわめきを生じさせた。
そして、隣国の貴族領の騎士団に壊滅的な被害が生じたという衝撃的な事実を知らされるとさらにそのざわめきは大きなものになった。
「どうしてこれまでそれを黙っていたんだ!」
一部の冒険者の口から単眼の王の情報が今頃になって、ようやく伝えられたことに不満の声が上がる。
このタイミングでの発表だ。応援を要請しても到着までには時間がかかる。
少なくとも応援要請時には騎士団が単眼の王について知っていたことは少し考えればわかる話だ。
不満の声をあげた冒険者の近くにいた騎士が冒険者を黙らせようと近づくのを目にしたダルタニアは壇上からそれを制止し、不満に答えた。
「公表しないようにと判断したのはこの私だ。だが、わざわざ貴様たちに知らせる必要があったのか」
ダルタニアは自らを情報の非公開を決めた中心人物だと認めたうえで、冒険者に問い返した。
「どういうことだよ」
「この討伐における冒険者諸君の指揮権はこの私にある。どういった情報を与えるか与えないかについて、とやかく非難される覚えはない」
ダルタニアは呆れたように不満を口にする冒険者達に視線を向けながら、さらに語る。
「それにだ。魔物討伐の同行依頼を自らの意思で受けておきながら、今のように動揺を表に出すような者に情報を与えて、混乱が広がれば、被害が増す。騎士団どころか、シルトバニア辺境伯領の民にまで被害を及ぼす恐れがある」
騎士団と領民の被害を抑える。
だが、冒険者の被害については気にも留めていないという口ぶりだった。
「俺たちはどうなってもいいということかよ!」
さきほどまで黙っていた冒険者達も口々に声をあげた。
ダルタニアの発言に明らかに怒りの混ざった声色だ。
「ああ、かまわん。魔物と戦い、実力が不足すれば死ぬ。それが冒険者なのだろう?それが嫌なら、怖いなら最初から冒険者などせずに汗水たらして働いておけばいいのだ」
ダルタニアはそう言って冷たい笑みを浮かべる。
方々から怒号が飛んだ。
険悪さを持ち、明らかな敵意のこもった視線がダルタニアに集中した。
だが、ダルタニアはそれらの視線、批判を軽く受け流し、最後にダルタニアはこれからの戦いはさらに熾烈なものになるため、実力の不足している者や臆して依頼の放棄を望む者が朝食を摂った後に立ち去ることを特別に認めてやるという旨の説明を行った。
ダルタニア個人に冒険者達の敵意、憎悪が集まる中、ダルタニアを良く知る騎士達は唖然としていた。
まるで冒険者を軽蔑し、捨て石のように見なしているという態度や発言が信じられなかった。
貴族出身者も多い第1騎士団には冒険者を軽視する者もいないわけではない。
だが、それを見咎め、反省を促すように注意するダルタニアの姿を見かけた者は大勢いた。
敬愛する隊長の豹変ともいえる態度に言葉を失っていた。
一方、ダルタニアの真意について理解をしたロッソエルや一部の騎士は血が滲むほどの唇を噛みしめ、こらえていた。
今回、情報を封鎖していたことや、仕方がないこととはいえ、冒険者に30名の死者が出たことによる不安、不信をダルタニア個人への敵意、憎悪で塗り替えようとしているのだ。
さらにこれだけのことを言い放てば、冒険者としても途中で依頼を放棄する口実には十分だ。
指揮を行う者がこれほどまで冒険者を軽視しているのだから、たとえ依頼を途中で放棄したとしても不名誉にはならない。
少なくとも単眼の王との戦闘を前に覚悟の持てない冒険者は依頼の放棄を選択するだろう。
そしてこの失言に対し、このシルトバニア辺境伯領の上層部ならば冒険者だけでなく、冒険者ギルドからの批判もダルタニア個人の責任に上手く置き換え、ダルタニアの更迭で禊を済ますことができる。
次回以降の魔物討伐でも冒険者の募集に支障は少ないはずだ。
「……ふざけるな。ダルタニア、貴様のせいではないだろう」
ロッソエルはわずかに身体を振る舞わせながら、小声で呟く。
だが、今さらダルタニアの言動を止めたところで、事態はよくならない。
ダルタニアの覚悟を踏みにじることにさえなりうる。
(これだけの敵意を一度に向けられるのは生まれて初めてのことだが、なかなか悪いものではないな)
壇上から冒険者や騎士達を見下ろしながら、ダルタニアは一人思う。
思った以上に上手く冒険者達の意識を自分に向けることができた。
ダルタニアの処分は少なくともグランズールに戻るまではされることがない以上、ひとたび汚名を被ったところでこの魔物討伐中には支障は出ない。
仮に残ることを決意した冒険者、いや冒険者だけでなく、騎士や常備兵を犠牲にしなければならない場面が訪れたとしても、ダルタニアがそれを負う。
そうすれば騎士団やシルトバニア辺境伯へのダメージは少なくて済む。
ダルタニアはそんな思いから満足げな笑みを浮かべていたが、そんなダルタニアの思いを嘲笑うように集合した冒険者や騎士の集まりの中心辺りから大きな笑い声が飛び出した。
「ぶふっ。ふっふっふ。はっはっは!!あーはっはっは!!」
冒険者や騎士の中でも一際大きな身体を持った男が身体を捻り、腹を押さえながらこらえきれなくなって大笑いをしていた。
第4騎士団の副隊長という立場であるにもかかわらず、集団の前列にはいかず、一般の冒険者や騎士に混ざっていたグラスの笑い声は冒険者の怒号の中でもよく響き渡り、多くの騎士や冒険者の視線が彼に集まった。
本年もよろしくお願いします。
次話もすでに多少は手をつけているので、今週中には投稿できそうです。