第19話 偽りの英雄詩なのです
お久しぶりです。
前三話くらいの簡単なあらすじ
単眼の蛇と呼ばれるサイクルサーペントの痕跡を見つけたシンとラインバッハは、その場で痕跡について、調査していると騎士ホーネットと冒険者ハーストに遭遇した。その二人もすでに別の場所でサイクルサーペントの痕跡を見つけていたのだ。さらなる痕跡を求めて、ホーネットとハーストは森の奥へと進んでいく。
シンは二人が去ってから、しばらく経った後、サイクルサーペントが1匹ではないことに気づく。
ラインバッハと共に二人を追ったシンはサイクルサーペント4匹を前に窮地に追い込まれていたホーネットとハーストを無事救出することに成功した。
難を逃れたホーネットだが、複数のサイクルサーペントとの遭遇でサイクルサーペントを眷属とする単眼の王と呼ばれる強大な魔物の伝承を思い出した。
いち早く単眼の王やサイクルサーペントの情報を知らせようと魔生の森を急いで抜け出し、第1騎士団隊長と第4騎士団の隊長と対面したシンとハーストは感謝の印として、ある書面を手渡された。
「これは、いったい何なんですか……?」
ハーストはロッソエルから手渡された文面に目を通した後、吐き出すように声を出した。
ロッソエルがシンとハーストを褒め称えて、文書に何やら書き記していた時にはわずかばかりの期待はあったが、それでもサイクルサーペントとの戦闘には貢献できなかった自分が、今この場で騎士に推挙されるようなことはないとは予想していた。
実際に手渡された紙にはいち早く依頼を達成したため、この騎士団や冒険者の駐留所からの帰還を許すというものであり、騎士になりたいハーストが望むものではない。騎士への推挙の文でないのは仕方がない。
だが、さほど学のないハーストでもこの文面からは別の意味合いが窺えた。
いわゆる厄介払いと言ったところだろうか。
「見ての通りだ。冒険者シン、ハースト。任務ご苦労だった。君たちにはこれより自らの所属ギルドのある街への帰還を許す」
「だから、俺はそんなことを求めていない。まだ単眼の王との対決が残っているんだろ?どうして追い出そうとしているんだ」
ダルタニアの説明にハーストは噛みついた。
これから、単眼の王と呼ばれる強大な魔物との対峙する中で追い出されるような形になるのが納得いかないのだ。
「冒険者が一人、二人抜けようと大勢には影響はない」
「ダルタニア!そういう言い方はよさないか。せめて、こいつらにはちゃんと理由を説明してやれ。」
ロッソエルはダルタニアを軽く窘めた。
ロッソエルはダルタニアと話し合いを行っているため、シンやハーストがこのままこの場に留まるより、街へと戻す方が魔物の討伐隊、そして冒険者二人の双方にとって好ましいのはわかっているが、ダルタニアの言い方ではハーストもシンも納得しないだろう。
「仕方ない。二人とも、これから話すことについて他言は許さん……この場はこれより死地となる」
ダルタニアは大きくため息をついた後、重く低い声を捻り出すようにして言葉を吐き出した。
「死地って、そんな大げさな。シルトバニア辺境伯領騎士団の手にかかれば、強大な魔物と言っても……」
ハーストも単眼の王が強大な魔物であるとは理解しているが、それでも騎士団の隊長の一人が死地とまで言い出した状況にはあまり考えが及ばずにいた。
「大げさなものか。もし、単眼の王との対決を武勲を示す機会とでも捉えているのならば悪いことは言わん。今すぐ、この場から去った方が良いだろう」
ロッソエルもダルタニアの言葉を否定しない。それどころか、事態を安易に捉えているハーストに対して、依頼達成を認める文を持って、この場から立ち去ることを勧めた。
「相手が強大な魔物なのはわかるけど、何十年も前にリンガード王国の騎士団が討伐できたのなら、幸い魔生の森には辺境伯の第1騎士団と第4騎士団が揃っているわけだし、対処できるんじゃ?」
単眼の王の話を吹聴すれば、騎士団や冒険者の士気に影響が出うると想像していたシンでさえ、ダルタニアの言い方は大げさすぎるような気がした。
貴族の軍は単眼の王に敗れるか、大きな損害を被ったのだろうが、それでもリンガード王都から派遣された騎士団は単眼の王を打ち破ったのだ。
ホーネットの祖父母が子どもの頃にリンガード王国の王と騎士団を称える詩を聞いたと言うのなら、その単眼の王がリンガード王国に被害をもたらしたのは60、70年程度は昔の話だとわかる。その時代よりも、装備も軍の支柱となる騎士の質もはるかに向上している。ラドソル王国の雄として名高く、質の高い騎士達を多数抱えるシルトバニア辺境伯の騎士団ならば、その当時のリンガード王国の騎士団にも決して劣るものではないだろう。
「……これまでに単眼の王が討伐記録は存在していない。少なくとも我らは知らん。何せ、リンガード王国の騎士団は討伐してなどおらんのだからな」
ダルタニアも実際に見たわけではないが、ラドソル王国の上層部や力を持った一部の貴族は実際の事件の概要について把握していた。
単眼の王が現れた貴族領の軍や騎士団は壊滅的な被害を受けた。その報告を受けて、急ぎリンガード王は騎士団を派遣したが、時はすでに遅かった。その貴族領に単眼の王が出現して、リンガード王国の騎士団が到着するまで2週間が経過していたのだ。
その間に単眼の王は多くの村人や兵士、騎士を食らい、満足したのか、再び魔生の森深くへと帰って行ったようだ。残されたのはその眷属たる多数のサイクルサーペントと、家屋が破壊され、生存者の見当たらない多数の村と小さな街だったものの残骸だ。騎士団はその有様に呆然としながら、残っていたサイクルサーペントを駆逐することくらいしかできなかった。
「えっと、お隣の王様は嘘をついていたのですか?嘘つきはいけないことなのです。エンジェは真似しちゃ駄目なのですよ」
お腹が膨れて機嫌がいいジルは話の内容にはほとんど興味を示さず、エンジェとじゃれ合っていたが、討伐していないという言葉を耳にすると不思議そうに首を傾げたが、エンジェと目が合うと子どもにするような注意を行っている。
正直そんなことを言いだされても、鬱陶しいだけなのだろう。
シンの目から見て、エンジェは面倒くさそうに鳴き声を上げて、ジルに答えている。エンジェの返答にジルが脂汗をかいているのを見る限り、きっと以前、摘まみ食いがばれた時に、シンに嘘をつこうとしたことでも糾弾されているのだろう。
(相変わらずだな。……それはそうと嘘なのがわかっているのに何もしないってことは普通しないんじゃ)
ジルの嘘つきはよくないと言う言葉を一人だけ耳にできるシンは少しだけ考えをまとめる。
「じゃあ、あの英雄詩は偽りのものだと認識しながら、当時のラドソル王国側は何もしなかったのか?この地域にさえ、その英雄詩が伝わっているってiいうことは」
少し考えをまとめた後、シンはダルタニア、ロッソエルの両者に尋ねた。
リンガード王国の騎士団が討伐していないのに、ラドソル王国にまでリンガード王国の王や騎士団を称える英雄詩が伝わるのは少々不自然だ。ラドソル王国とリンガード王国が近年、直接矛を交わし合ったことはないが、同盟を結んだ友好国というわけでもなく、隣接する国境付近では互いの貴族同士での小競り合いはそれなりに起こっている。両国とも相手が弱れば、食らい、自らの領土を拡大しよういう意思は持っているはずだ。
それなのにリンガード王国の失態、醜聞と言える事件について、ラドソル王国が静止し、英雄詩を否定していないのは不自然なように思えた。失態、醜聞を声高く非難し、上手く事を進めれば、民の心を離れさせ、ラドソル王国と領土を隣接する貴族に離反させることも可能だったかもしれない。元々友好国でもないのなら失敗したところで問題はない、駄目元でやってみるのが当たり前のことなのだ。
「なかなか鋭いな。冒険者にしておくのが勿体ないとグラスのやつが言うのも理解できる」
ロッソエルは少し感心したようにシンを見ながら頷いた。どうやら、グラスを自らの片腕とするロッソエルの耳にはシンの名前も入っているようだ。
「我々もどういった交渉が交わされたかまでは知らんが、単眼の王が魔生の森に戻り、討伐できなかったことを口に秘することで合意したらしい」
ダルタニア自身、どういった交渉がなされたのかは本当のところは知らない。
この辺境伯領でもしその内容を知るとすれば、せいぜい辺境伯その人だけだろう。
それでも、どういったものかは予想はできる。
当時のリンガード王は謀王とさえ呼ばれた人物。
その謀を成就させるために、大量の情報を集めていたのだろう。ラドソル王国が口を閉ざすような情報を与えたのだ。
60年近く前にラドソル王国では当時名門を誇った貴族が何人か取り潰しの憂き目にあっている。
王家にとって、力を持った自国貴族というのは頼りになる存在であると同時に潜在的に自分たちを脅かす存在である。立国当初ならともかく、代を重ねるごとにその忠誠は薄れて、建前染みたものになってくるだろう。さらには王族と有力な貴族との婚姻により、建国の王の血もその有力貴族も有することになる。いつか、力を持った貴族が王家になり変わるというのもあり得ない話ではない。
そういった力を持った貴族を潰し、直轄地を増やせるのなら、ラドソル王国も口を閉ざすだろう。もしくは、ラドソル王家側の醜聞なども交渉の際、提示されたのかもしれない。
他のリンガードに隣接する国も手を変え、品を変え、口閉ざすように仕向けたせいだろうか、討伐されたわけではない偽りの英雄詩が隣国にさえ伝わるようになった。
「そういった政治的な話はともかく、これから我らが挑むことになるのは討伐歴がない単眼の王と呼ばれる魔物だ。どれだけ強大な敵かわからん。ひょっとすると我らが恐れ過ぎているのかもしれない。逆にその恐れですら、単眼の王の強大さから言えば、不十分なのかもしれない」
「単眼の王によって軍や騎士団が壊滅にまで追い込まれた、当時リンガード王国のグラウシュバーグ伯爵は弱小貴族などでは決してなかった。かなりの規模の軍、騎士団を有していたのだ。そのことを考えれば、甘い考えはできん。だからこそ、我らは君たちに立ち去ることを勧めたい」
「君たちを通常通りにこれまでの討伐グループに戻すわけにもいかんからな。私としては穏便な処置を取らせてもらったつもりだ」
ダルタニアとロッソエルは互いの言葉を補足するようにしながら、シンとハーストに説明をし、ダルタニアが説明を締めくくった。
「戻すわけにはいかない、穏便な処置って……」
ここに来て、ハーストも昼食を騎士達に囲まれる形で取ることになった理由に思い至った。
シンとハーストは知り過ぎている。サイクルサーペントの痕跡を発見しただけならば、ともかくホーネットから単眼の王の話を聞いていたのだ。それを周囲に話されることを警戒するのは当然のことだ。
「さすがに功労者を相手に口封じにするのは憚られるため、遅行性の睡眠効果のある薬草を調理の際にな」
シンはウゲッと表情を変えた。せっかくジルに毒味をさせたというのに、そういった薬草を使われていたのでは意味がない。ひょっとするとこの二人を前にもうじき眠気がやってくるかもしれない。
シンの表情を変えたのがおかしかったのか、ロッソエルは笑いながら説明した。
「心配するな。こいつが使うつもりであったのを俺が止めておいた。いくらなんでも、情報を聞き出した後に眠らせて、簀巻きにして、馬車で街に戻すのはやり過ぎだ」
シンはその言葉を聞いて、ホッと溜め息をついた。
一方ジルはシンの心情を読んでいたのか、ようやくあの時シンが自分にいち早く食べることを許可したことの真意に気づくと、シンをポカポカと叩きだした。
「シンさん、ジルを毒味役にするなんて酷いのですよ。最初の一口の栄誉をジルにくれると言ったシンさんの優しさも偽りだったのですか!?」
(悪い、悪い。でも、美味かっただろ。ジルも腹いっぱいに食えたんだから結果的にはオッケーじゃん)
ジルに気づかれて、苦笑いを浮かべたシンはジルに適当な会話で誤魔化そうとするが、さすがに上手くはいかない。
「ジルはそんなのにもう騙されないのです。戻ったら、たっぷりと慰謝料を請求するので、財布の紐でも洗って覚悟しておくのです」
シンがグランズールやボルディアナに戻った際に珍しいお菓子や食べ物を購入する約束をするまでジルはポカポカとシンを叩き続けた。
「説明することは以上だ。我らなりに誠意を示せるのはここまでだ。シン、ハースト、その紙を持って、この場から立ち去ってもらいたい」
シンとハーストを元の討伐グループに戻すのはダルタニアとしては決して許容できない。
シンとハーストが慌てて、魔生の森から飛び出してきたのを何人もの冒険者や騎士達も目撃している。
少なくとも予備人員が揃い、態勢が整うまで士気の低下を招く単眼の王の情報が周囲に漏れるのは防がなければならない。いくらシンやハーストに口を閉ざさしても、話し上手な者が相手ではうっかり漏れることもあるだろう。
ダルタニアとしては、すぐにこの場を立ち去ってもらうと言うのが彼なりの譲歩だった。
「俺は騎士になりたいんだ」
ダルタニア達の説明を受けて、単眼の王の脅威について理解したハーストはダルタニアを目を見据えていった。
「脅すつもりかね。欲深い者は身を滅ぼすことになりかねんぞ」
ハーストの言葉を聞いたダルタニアはハーストをきつく睨んだ。
「そういうつもりはない、です。騎士になりたいって言っても、サイクルサーペントの戦闘に役にも立てなかった俺が今この場で騎士に取り立ててもらえるほどの男じゃないのは十分に理解している。それでも俺は騎士を目指すことをやめられない」
「そうか。それは君の自由だ。今後も研鑽を積めば、いずれは誰かに推薦してもらえるようになるかもしれんな。まだまだ若い、これからだ」
ハーストは自分の思いをダルタニアに伝える。ダルタニアもハーストの言葉を聞くと、視線と語気を緩めた。
「ああ、これからも俺は騎士を目指します。でも、一つだけ聞きたいことがある。ホーネットさんが俺をかばった時、騎士の本分だと言っていた。ダルタニア隊長、騎士の本分とはいったいなんですか?」
「騎士によって言い方は異なるだろうが、主を支え、領内の安定を図り、民を守る。私はそれこそが騎士の本分であると考える」
ダルタニアの言葉を受け、ホーネットも深々と頷いた。
それを見ていたハーストは意を決して、依頼達成について書かれていた紙をダルタニアに差し出し、頭を下げて頼み込んだ。
「これはいらない。俺をここに置いてもらいたい。確かに何とか活躍する機会を作って、騎士になりたいって気持ちは残っているけど、それ以上にここから立ち去りたくないんだ」
「なぜだ?ここに残っていても、騎士になれるわけではないぞ」
「わかっている。だけど、冒険者である俺ですらホーネットさんは守るべき民として扱ってくれたんだ。この周辺にも開拓者が作った村は沢山ある。騎士にとっての守るべき民がいる。この場から一人逃げて、後で多くの被害が出たとなれば、俺はその騎士になる資格すら失ってしまう気がするんだ。だから逃げたくない。ここに置いてほしい」
ハーストの思いのこもった言葉を聞いていたダルタニアは薄らと笑みを浮かべた。
まだまだ青いと思っていたホーネットがいつの間にか一人前の騎士と呼べる男になっており、その男がまた騎士にふさわしい、騎士になりうる種を蒔き、それが今ここでわずかばかりだが芽になった。これを嬉しく思わないはずがない。
ダルタニアはハーストから差し出された紙を受け取り破ると、厳めしい表情を作った。
「君の気持ちはよくわかった。だが、元の討伐グループには戻せん」
「わかってます。場所はどこだっていい。どんな役目でもいい。ひたすら誰かと一緒にしておくのが問題なら、一人でずっと偵察を命じられたって構わない」
「そうか。それならば、俺が直轄している騎士たちのグループに入れさせてもらおう。昼食の際、君らを囲んでいたのもその者達だ。事情はある程度知らせてあるため、ハースト、お前を入れてもさほど問題ないだろう。自分で言ったように、あいつらの目となり、耳となって見せろ」
ハーストはダルタニアの指示に目を丸くした。
ダルタニアの指示は抜擢と言っても良いものだった。
第1騎士団隊長の直轄、つまり第1騎士団の精鋭の集まったグループに入れると言うのだから。
依頼達成を認めた文書と引き換えに融通を利かせたのだとしても、ハーストのことが少し気に入ったのだろう。
「シン、貴様はどうするんだ?」
ラインバッハはダルタニアとハーストのやり取りに興奮した様子で、シンに尋ねた。
まだまだ腕前は未熟で、たかが冒険者としか思っていなかったハーストがここまで思いをこもった、騎士を目指すに足りる男ぶりを見せたのだ。ラインバッハが認めるシンにさらに期待をかけるというのは仕方ないことかもしれない。
「俺は……」
ダルタニアとハーストのやり取りを見ても、シンはラインバッハのように心を動かされたわけではない。
単眼の王がそれだけ強大な魔物というなら、この場から立ち去っても、依頼の反故には当たらない文書はシンにとっては褒賞と言えるだけのものである。
「俺は、この文書ありがたく頂戴することにするぜ」
ハーストのようにこの文書を差し返すような真似ができるはずがない。
ヴィアーテの村のエリーザとの約束もハーストを一度助けたことで、シンの中では終わったものだ。
ハーストが自分の意思で残って、その身を危険に晒そうとそこまでは面倒見切れない。
第一、シンにとっては騎士の本分とやらは理解できない物である。
シンにとって、大多数の知らない民の命よりも自分の命の方が大事だ。
「シン、見損なったぞ!」
ラインバッハは顔を真っ赤にして、シンに軽蔑したように吐き出した。
ラインバッハがハーストとホーネットを追う際に協力してくれたのに、どうしてだという思いもあるのだろう。
「ラインバッハ、よせ。自分の考えを他者に押し付けるな。シンの考えの方が一般的なものだろう」
ラインバッハを軽く手で制止しながら、ダルタニアはシンの言葉に納得した様子を見せた。
「それならば、シン。任務ご苦労だった。その書面にある通り、君の依頼が達成されたことを認めよう。いつでも、この場から立ち去ってもらってかまわない」
シンはダルタニアの言葉を聞き、笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。じゃあ、もうしばらくここに居座らせてもらいます」
「何を言っているんだ!今すぐ、立ち去れ」
「だって、ダルタニア隊長は今さっきいつでも去ってもらっていいって言ったじゃないですか?依頼が終わっている以上、俺が自由意思で居座るのはオッケーなはずじゃ」
シンとしては自分の安全が保障される範囲内でなら、単眼の王の対決に協力するのも吝かではないのだ。
直接単眼の王と対峙せよとの命令を受けた場合には、逃げたくなるかもしれないが、その眷属であるサイクルサーペントとやりあうくらいなら問題ない。
自分が大騒ぎして、逃げ出すことで隊の士気を下げる真似はしないが、どうしてもヤバくなったときはこっそりと逃げれるそんな状況を作っておきたかったのだ。
「そんな屁理屈が通ると思っているのか。依頼が達成したのなら、すぐに帰還をせんか!」
「嫌です。場合によってはピンチになっている冒険者や騎士を助けて感謝されうる美味しい状況なのに、勿体ないじゃないですか」
「貴様の言っている意味がわからん!冒険者が依頼達成したのなら、とっととギルドに戻って報告でもしとおけ!」
「俺はもう依頼達成しているからダルタニア隊長の命令に従う理由がありません。それに自分で言うのもなんですけど、俺はそれなりに力のある冒険者ですよ?自由意思で残るって言っているんだから、戦力の少しでも欲しい状況みたいだし、認めてください。単眼の王はともかく、サイクルサーペントが相手なら数匹でも同時にやれる戦力なんですよ」
騎士団の隊長を前にして、シンは折れる様子がない。
いつしか口調が荒くなったダルタニアとシンのやり取りを見て、ロッソエルは噴き出した。
ダルタニアのこんな様子は久しく見ていない。シンの主張はロッソエルからしてもふざけたものだが、それでも少しでも戦力が欲しいと言うのは事実だ。
「わはははは!ダルタニア、お前の負けだ。こういった冒険者に言質を与えてしまったお前が不用意だったな」
「ロッソエル、お前まで何を言うんだ?」
「いいじゃないか。騎士であるホーネットも手こずるサイクルサーペントを苦も無く倒せる戦力が自分の意思で残ると言っているんだ。だが、シン。自由に立ち去れると言っても、その行為が騎士団や討伐グループに危険を晒す行為は断じて許さん」
「そのくらいの空気はちゃんと読みますって」
自分の勝手な逃亡のせいで、混乱が起こり大量の死者が出たなら、場合によっては悪行として功徳ポイントがマイナスになることすらあり得る。せいぜい、周りに影響が出ないようにこっそりと逃げるのが限度だろう。
「なあ、シンのやつもこう言っているんだ。ダルタニア、お前の直轄している騎士達の隊に放り込め。お前がどうしても嫌なら我ら第4騎士団がシンの身柄を預かることにするぞ」
「ちいっ、やむをえん。お前の言うように、こいつもハーストと同じようにするとしよう」
シンは自分の言い分が通って、思わずガッツポーズを作る。
そんなシンのことをまじまじと見ていたロッソエルは感心したようにシンにしゃべりかけた。
「無茶苦茶なやつだ。グラスの奴がお前のことを気に入ったのもよく理解できる。型破りなところを含めて、貴様らは似たもの同士だ」
シンはその言葉を聞いて、憮然とした表情を作った。
あのグラスとよく似ている。
剣士としては尊敬できる男だが、やかましく、下品なところがあり、控えめに言っても行動が破天荒な人物だ。
(あのグラスさんに似ている?)
自分では常識人であるつもりのシンは、ロッソエルの指摘を受けて、少々気持ちが落ち込むのだった。




