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打算あり善行冒険者  作者: 唯野 皓司/コウ
第4章 5級冒険者 魔物討伐同行編
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第16話 お残しは許せないのです

 森は深い静けさに包みこまれていた。

 魔生の森は動植物、何より魔物の宝庫だ。

 これまでシンが魔生の森を訪れた際、森の入り口付近であっても多くの魔物の鳴き声が聞こえ、気配や警戒心、そして敵意などが感じ取ることができた。

 それが今は聞こえてこず、感じられない。


「魔生の森などと大層な呼び名で呼ばれているが、なかなか美しい森ではないか。いつも、この辺りはこうなのか?」


 魔生の森に入った経験のないラインバッハではこの異常とも言える静けさが理解できないのも無理はない。

 森の木々で日の光が差し込みづらい中でも、上手く日光が差し込める場所に咲いた野生のコスモスを見つけると端正な顔立ちに笑みさえ浮かべている。

だが、尋ねてもシンの答えが返って来ず、わずかばかり不愉快そうな表情を浮かべながら、先ほどよりも大きな声でもう一度尋ねた。


「……そんなはずないだろ。普段はもっと魔物の立てる音や気配がする。たぶん、昨日大量に魔生の森から出てきた魔物がこの辺りを住処にしていたんだと思うけど」


 ラインバッハの声に思考が遮られたシンは自分の考えを述べる。


 森の浅いこの付近では5級の魔物であるサイクルサーペントは捕食者だ。

 危険を察知した魔物が住処を捨て、森の外へと出てくることはありえる。


「うむ、昨日の魔物討伐は確かに大変だった。それでも、騎士はもちろん冒険者にも死者が出なかったのは隊長たちの英断があってこそだ。私もいずれは……」


 ラインバッハにとって、ダルタニアは尊敬できる隊長である。

 自分と同じく貴族の出であり、穏やかな人格と深い見識、理知的な判断力を備えている。

 そして、実力重視のシルトバニア辺境伯領騎士団においては個人の実力も求められるため、個人の戦闘力についても騎士団で10指には入るだろう。

 昨日の魔物討伐を当初の人数で行っていれば、犠牲者が出てきたかもしれないと思うと改めてラインバッハはダルタニアとロッソエルの判断を称えた。

 シンもラインバッハの言葉に頷きながらも、思考に入る。


(なんか、腑に落ちないな。ここ数日の騎士団の魔物討伐で森のこの付近にいる魔物は外が危険であることを理解しているはずだし。それに……)


「シン、何をしている。さっさと行くぞ。我々の目的は情報を持ち帰ることだ。悩み事なら後にしろ!」


 ラインバッハはすでにシンから十数メートル先に進んでいた。


「あんたな!そう、さっさと先に進むなよ」

「まったく、シンさんが考え事をしている最中なのにKYなのです。ツンデレだけじゃなくて、KY属性まで兼ね備えているとはなかなか侮れない男なのです」


 早く情報を得て、持ち帰りたいという気持ちの表れか、ほっておくとどんどん先に進んでいきそうなラインバッハを見て、シン達は慌てて追いつこうと歩みを早めた。




 すでに30分ほど森の中を進んだが、魔物とは遭遇することはなかった。

 シンではなく、エンジェの感知能力なら、わずかばかり魔物が潜んでいるのはわかるが、シン達に近づこうとはしない。

 常日頃であれば、自分のテリトリーの侵入者に対して敵意を発するが、それもなく、どこか怯えたような雰囲気さえエンジェには感じ取れた。

 そのことがまだ子虎であるエンジェをも不安にさせ、突然毛を逆立て、低い声で鳴いた。


「どうした!?敵か!?」


 エンジェの唸り声を聞いたラインバッハは慌てて、自分の細身の剣レイピアを抜き、構えを取る。

 だが、森は以前と静まり返り、敵意を持った魔物がシン達の前に現れることはない。


「どうどう、落ち着くのです。ジルが傍にいるのですよ」


 エンジェの背に乗っているジルが、優しく、柔らかな毛並みを撫でるとエンジェも少しばかり落ち着きを取り戻す。

 シンもエンジェの前でしゃがみこむと、エンジェに何事か尋ねた。


「どうしたんだ?魔物じゃないのか?」


 エンジェはシンの問いに対して、頷くと申し訳なさそうに鳴いた。

 他の魔物が怯えているのを感じ取ったが、こちらに敵意を示してくる魔物の気配を察したわけではない。

 自分の産まれたはずの森だというのに、今はこの場所が怖かった。

 きっと、このまま先へと進めば、恐ろしいことが起こる。

 実際に何かを感じ取ったわけではないというのに、そういった思いがエンジェの胸中を満たす。


「魔物じゃないとなると……エンジェ、わかった。ちゃんと警戒するから心配するな」


 シンはそう言いながら、エンジェの頭を少し乱暴に撫でる。

 一方、エンジェはシンの言葉を聞き、どこか安心したように頷いた。

 目線を近い位置にして自分の反応に気を配ってくれるシンは、母とは異なるが、温かみを感じる存在だ。


「ふむ、やはり人語を理解しているようだ。賢い猫だ。騎獣登録か、私も機会があれば……」


 ラインバッハの言葉を聞き、ジルは自信満々に凹凸のない胸を張る。

 妹分が褒められているのはやはりジルにとっても誇らしいのだ。


「だが、魔物とは言え、子どもは子どもだな。慣れぬ環境に怯えるのは無理もない」


 そして、上げては下げる。そんなラインバッハの言葉にジルはプンプンと頬を膨らませる。

 ジルやシン、そしてラインバッハよりもはるかに感知能力が高いエンジェの気持ちを察せず、勝手なことを言うなと言わんばかりの表情だ。

 とは言え、ラインバッハに悪気はない。

 その証拠にシンと同様に目線を低くし、おそるおそるエンジェの頭に手を置き、


「飼い主に似たのか。まったく、心配性な奴だ。この俺と一緒である限り、何も心配するな」


 そう、優しげな笑みを浮かべるラインバッハに対し、ジルはどう反応すればいいのかわからず、コロコロと表情を変え続ける。


(忙しいやつだな)


 ラインバッハのエンジェへの言葉に反応し続けるジルの表情を見て、シンは薄らと苦笑を浮かべた。




 それから、十数分後、再び森の中を進み続けたシン達だが、エンジェはある臭いを感じ取った。

 死の臭いだ。

 血の臭いはわずかばかりだが、前方から濃厚なまでの死の臭いを嗅ぎ取ったエンジェはシンのズボンの裾を一度強く噛み引くと、自分の後ろをついて来いと言うかのように駆け出した。

 急いでエンジェの後ろを追うシンと共に、そのシンのすぐ後ろをラインバッハが追う。


「今度は何だ?何があったと言うのだ」

「それはわからねえ。でも、エンジェが何か見つけたんだ。エンジェだけで飛び出して行ったところを見ると危険というわけではないようだけど」


 エンジェに置いて行かれないように懸命に走るシン達は自然と口数が少なくなる。

 シン達がエンジェの後を追うこと数分後、エンジェの足が少しずつ遅くなり出した。

 鬱蒼とした木々に満ち溢れた森の中で、少しばかり木々の開けた空間を前にして、エンジェは足を止めた。

 ようやく、エンジェに追いついたシンとラインバッハは目の前の光景を見て、呻くように声を出した。


「なんだ、ここは……」

「こ、これは!」


 二人はエンジェと同じく足を止め、凍りついたようにその場を眺めた。


「あそこは宝の山だ」


 ある冒険者なら、こう言うだろう。


「あそこは地獄の入り口だ」


 ある冒険者なら、そう言うだろう。


 数十を超えるおびしいまでの魔物の死骸。

 シン達が目にしたのは魔物の墓場とでもいうべき場所だった。 



 その場所には大小を問わず、大量の魔物の死骸が転がっていた。

 死骸は腐敗しておらず、血の臭いも死骸の数ほどきつくはない。

 出血が原因で死んでいる魔物が少ないからだ。

 多くは強く締めつけられて、圧迫死しており、時折頭部ごと齧られて、頭のない魔物の死骸も存在しているが、それはほんのわずかばかりだ。

 食うため、生きるためと言うよりも、残酷に命が弄ばれたという印象をシンは受けた。

 ジルもシンと同じような印象を受けた。


「もったいないのです」


 ジルの言葉は多くの冒険者の共感を得るものだろう。

 傷も少なく、ほとんどが圧迫死という魔物の大量の死骸は無事にすべてを解体、剥ぎ取ることができれば、一財産になるだけのものがある。

 生活に苦労している低階級の冒険者なら、自分の命と危険を天秤にかけたとしてもぐらつくだけの価値は十二分にある大量の魔物の死骸だ。

 もっとも、ジルの言う「もったいない」は多少意味合いが異なる。

 ほとんど食べることなく、殺すだけ殺して放置というのは、食いしん坊のジルにとって冒涜的な行為だ、と言うわけでもない。


「許せないのです……」


 ジルは呟くように声を捻り出す。

 食べるためならいい、人族であるなら稼ぐためでもいい。

 それによる死は価値ある、言い換えれば生存競争による結果だ。

 縄張り争いや自らの誇りにかけた争いでもない。

 何の価値も見い出すことのできない、大量の死。

 単に弄ばれただけであろう大量の死骸が転がっているこの場所は、ジルであっても、いや輪廻転生に関わるジルだからこそ許せない光景だった。


「どうして、こんなことをしたのですか!?」


 両手で目を覆いたくなる感情を抑え、魔物の死骸をしっかりと視線に捉えながら、ジルは大きな声で叫んだ。

 ジルの叫び声はシンとエンジェ以外には聞こえない。

 こんな凄惨な場所であっても、目さえ瞑っていれば、ただただ、時折風の音や秋の虫が鳴く静かな場所だ。

 そして、今のところ、魔物の気配も感じられない。

 エンジェが落ち着いた様子を見せているのが、その証拠だろう。


「何があったのか少し調べよう」


 シンの言葉を皮切りに、シン達は魔物の死骸が大量に残るこの場所を調べ始めた。





「やはり、死因はほとんどの魔物が圧迫死だ。それも全身を粉々に砕かれて死んでいる魔物が多い」


 しばらく、魔物の死骸を観察していたラインバッハはそうシンに告げた。


「ああ、そうみたいだな。それより、この地面を見てくれ」


 シンはそう言って、草花が押しつぶされ、それがそのまま森のさらに奥へと続いていく痕跡を指し示す。


「うむ、他にも多く同様の痕跡があったぞ。大型の魔物の頭部が一齧りされた死骸も転がっているところを見ると……」

「十中八九、大型の蛇の魔物に間違いない。俺たちが探しているサイクルサーペントの可能性は非常に高いな」


 シンのその言葉を聞いて、ラインバッハは笑みを浮かべる。

 目当てであるサイクルサーペントらしき痕跡を見つけられたことに喜びを感じているようだ。


「しかし、本当に間違いないのか?持ち帰って、やっぱり違いましたではいい笑い者だぞ。この森には他に大型の蛇の魔物はいないのか?」

「この辺り、浅層部にはいないはずだけど、中層部以降は俺も調べてないから、わかんねえよ」

「まったく、冒険者なら、魔生の森の魔物程度は把握しておけ」


 サイクルサーペントのものか、確信が持ちきれないことで、ラインバッハは顎に手を当て、この後どうするか考える。

 今の時点でも十分に有力な情報となるはずだが、正確な情報とまでは言えない。


 ガサガサガサ


 ラインバッハが悩んでいると茂みを何かが通る音がし、シン達が振り返るとそこには一組の冒険者と騎士がいた。

 どちらもシンの知る人物だ。

 片方は、騎士を目指すヴィアーテの村出身の冒険者ハースト。

 もう片方は、そのハーストと以前口論をしていたあご髭を生やした20代後半の騎士だ。


「ホーネット先輩……」


 ラインバッハも騎士とは面識があるようで、その騎士の名を呟いた。


「先客はラインバッハ達か。そうか、ここもか……」


 シン達に対して、軽く手を上げ、挨拶したホーネットは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「ここもって他にも?」

「ああ、ここよりは規模は小さいが大量に魔物の死骸が転がっている場所を見つけてな……その跡を追ってみたら、ここにたどり着いたってわけだ」


 自分に問いかけたシンの顔を見ながら、今回の斥候の役割を理解していると推測したホーネットはラインバッハに視線を送ると、ラインバッハが少しばつの悪そうに頭をわずかばかり下げている様子からも、そのことが間違いではないことがわかる。


「お前は相変わらず腹芸のできない馬鹿正直なやつだな。だから、長……いや済まない。謝る必要はないぞ。それについては俺も同罪だ。後で隊長に報告する際に共に頭を下げることにするか」


 ホーネットもラインバッハと同様、魔生の森に入った際にハーストに冒険者を餌にしてでもというくだりは除き、今回の斥候の目的を説明していた。

 やる気を出させるためと、警戒心を持たせるため、そして何より自分に何かあれば、ハーストだけでも報告できるようにだ。

 だが、今回の斥候の役割が騎士隊長直々の重要な任務であると言うことから、ハーストが想像していたよりはるかにやる気を出してしまったため、少々頭を悩ませていた。

 人の扱い方が下手だと以前周囲から苦言を呈されたこともあったが、やはり自分には人に発破をかけたりするのは向かないと思いながら。


「ホーネットさん、何をしているんですか?ここにもまた大蛇の通ったような痕跡がありますよ。さっさと先に行きましょう」


 シン達を無視して、辺りを観察していたハーストは目敏くシンの見つけていた大蛇の痕跡が森の奥へと続いていくのを見つけるとホーネットを急かした。


(俺たち以外にも見つけたやつがいるってことは)


 ハーストは軽く舌打ちをした。


 魔物の墓場になっている場所も、大蛇の痕跡も見つけたのは自分だ。

 重要な任務であり、騎士団の上層部の覚えめでたくなるように正確な情報を得るため、ハースト自身がさらなる追跡を提言したのだが、慎重なホーネットが最初に言っていたように、あの場ですぐに騎士団の野営地に戻り、報告をしていたのなら、真っ先に有力な情報を伝えることができたはずだ。

 シン達が見つけたということは、騎士とペアを組んでいる他の冒険者の中にも見つけたものがいてもおかしくはない。


 先ほどよりも規模の大きな魔物の墓場を前に、森の外へと抜け出したい気持ちに駆られるが、今更帰っても大した功績にはならないだろう。

 だが、魔物が本当に単眼の大蛇サイクルサーペントかの確認ができれば、上手くいけば、騎士団の隊長や幹部と直接会話する機会が得られるかもしれない。

 実績と共に顔と名前を覚えてもらえる、この機会はハーストにとって、喉から手が出るほど欲しいチャンスだった。


「ここも先ほどと同様のようだし、お前たちがすでに調べた後だから、調べる必要はないか。あの冒険者は放っておくと先に先にと進みたがるから、ラインバッハ、またな。お前たちは一旦戻って報告するのも良いかもしれん」


 ホーネットはシンとラインバッハの肩を軽く叩くと急いでハーストの後を追う。

 取り残されたラインバッハは、進むか戻るか頭を再び頭を悩ませているが、シンには気になることがあった。


(他の場所でも見つけたってことは……)


 木々の開けた、この場所の地面を這うように見つめながら、周辺をぐるぐると周る。

 草花を押しつぶしたこの跡は、間違いなく大蛇のような魔物が這ったことでできた跡だ。

 その痕跡はこの場の様々な場所で見つけることができる。

 同サイズのように見えた痕跡だったが、よく見れば、わずかばかりサイズが異なっているものもあるように見えた。


(規模が小さいのをあいつらは見つけたって言っていたし、それなら……)


「さっきから、何をやっている?シンとしては進むか、一度戻るかどちらが好ましいと」

「わかった!複数いるのか!」


 今後の方針をシンに尋ねようとしたラインバッハはシンの近くで声をかけようとするが、突如シンが大声をあげる。


「複数いるだと?おい、それは本当か」

「ああ。この場所にいた大蛇は、少なくとも三匹はいる」


 同種の成体の魔物とはいえ、少しずつ大きさや長さが異なる。

 同じ大きさに見えた大蛇の痕跡も、良く見れば、少なくとも三通りには大きさが分かれていた。


「最低でも三匹……」


 5級の魔物がそれ以上、この付近にいる可能性もある。

 もしもシンの見落としや、この場所に痕跡を残していない大蛇がいるなら、いったい何匹がこの付近にいるのか。

 ラインバッハはプツプツと自分の肌が粟立つのを感じ取った。

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