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打算あり善行冒険者  作者: 唯野 皓司/コウ
第4章 5級冒険者 魔物討伐同行編
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第15話 それぞれの思惑なのです

 魔生の森に到着して、三度目の朝を迎えた。

 今日も天候には恵まれたが、それとは異なり、上級騎士たちの多くは表情が固かった。


 空が明るくなり始めるよりも前に起こされ、ダルタニアとロッソエルから数日の内に領都グランズール、ウラヌイ湖周辺で魔物討伐を行っている第2騎士団、アザンドラ山脈の第3騎士団から予備人員が応援に駆けつけるであろうことを告げられたからだ。

 また、昨日までは5人の騎士と10人の冒険者を組ませて1チームとしていたが、今日からは騎士、冒険者をそれぞれ倍にして1チームとし、魔物討伐を行うこと。そして、魔生の森内部での引きつけ役には冒険者と騎士を一人ずつ出して、対応するようにという指示も出された。

 一部の上級騎士達にはそういった対応の変更理由について説明があったが、それをまだ年若い騎士や冒険者達に説明するのは禁じられ、建前上、今回の魔物討伐においては、魔物の数や群れが多いため、それに応じて、1チームの人員を増やしたという説明がなされていた。


「今日は荒れるかもしれん……」


 上級騎士の一人は魔物討伐開始前、説明にどこか不服そうな冒険者達の表情を見て、そう呟いた。

 だが、その上級騎士の予想は外れることとなった。

 昨日とは打って変わって、魔生の森から出てくる魔物達の数が急増したことが原因だ。

 魔物の数が急増したことで、冒険者の多くが好まない引きつけ役を行わずとも大量の魔物を効率よく討伐することができたこと。

 そして、1チームの人員を倍にしたことにより人的被害が最小限に止められたこと。

 何より、魔生の森の外に大量に魔物が出てきたことで、今日の魔生の森内部を確認した冒険者が誰一人としていなかったのだから。




 午前中から夕暮れ時まで大量に魔物がやって来たことで、昼休憩もろくに取れなかった冒険者たちは、無事に魔物討伐を終えたその夜、疲れ切ってはいるものの、その表情はどこか明るげだった。

 見せ場が多くあったからだ。

 騎士が一チーム10人に増加したことで、各チームに必ず、十騎長じゅっきちょうが配置されており、その者に自分の実力を見せる機会に恵まれたことが大きい。

 そして、今回の人員の増加について不審感を抱いていた者達も口々にロッソエルとダルタニアの英断を褒め称えた。


「さすがは騎士団の隊長様だな。これを見越してのことだったんだな」

「お前は朝からずっとグチグチ不満言っていたじゃねえか。まったく調子のいいやつだな」

「あれ?俺はそんなこと言ったか?まあ、それは忘れろ。今日の俺たちは魔物退治で存分に活躍できたし、それを10人の騎士達も確認している。これで、騎士に推薦される可能性が高まったはずだ」


 ある若い二人組の冒険者は一杯だけ許されたきつめの蒸留酒をゆっくりと噛みしめるように味わいながら、お互いの戦果を確認し、機嫌よさげに談笑していた。



「私、明日引きつけ役の話があったら、立候補してみようかしら」

「えっ?リーダー、本気?なんで?」

「ほら、よく考えてみなさい。これまで引きつけ役って役割は旨味がなかったけど、今回は違うじゃない」

「騎士も一人ついてくるって話?」

「そうそう。むしろ、討伐チームにいるよりよっぽど良いチャンスよ」


 複数人の女性冒険者たちも大きな声で談笑している。

 その中でもリーダー格である妙齢の女性は、獲物を待つ大蛇のように薄紅色の唇をぺろりと舐めて、笑みを浮かべた。

 レザーアーマーを魔物討伐中はつけているが、野営地ではボディーラインをはっきりとわかる軽装の彼女は娼婦経験もあるが、上客という運に身を任せる娼婦のままでは将来が暗いと冒険者となった女性であり、日頃から周囲の男性に女を意識させる行動を取る女性だった。


「チャンスってその話、詳しく」


 一人の女性冒険者は身を乗り出して、その話に食いついた。

 貧農の出であり、身売りをされるくらいならと成人年齢になる15歳前にほとんど何も持たない状態でボルディアナへとやってきて数年、冒険者としては一定の成功を収めつつある彼女は、チャンスや出世という言葉に対する反応は同じ女冒険者グループの中でも一際早かった。


 チャンスと口にした女性冒険者はクスクスと自分よりも年下の仲間を笑いながら、自分の考えを口にする。


「男って生き物は、こういった命の危険を感じた魔物討伐時に昂ぶる生き物なのよ。だから、馬鹿な野郎どもが魔物退治直後なんかに娼館で高い金を払って、精を発散させてるわけ。それは騎士であっても同じはずよ。それでね、私たちと一緒に行動している第1騎士団の若い騎士って、貴族の次男、三男、陪臣出でも、結構家柄のいい生真面目なお坊ちゃまなわけ。わかった?」

「えっ、つまり……」

「そう、澄ました顔をしながらも、まだ経験が浅くて、今回みたいな大量の魔物の出現には心の中では不安を抱えたり、気持ちをしっかり持とうとして昂っているわけ。でも、その捌け口はほとんどなく、周りは男だらけで、若い女といったら冒険者がほとんど。引きつけ役を一緒に行い、距離を縮めた若い騎士が昂ぶっているとなれば」


 色恋沙汰に不慣れな女性冒険者は顔を真っ赤にしながらも、コクコクと頷いている。


「でも、あんたじゃ無理」

「私は別にそういうつもりは……」

「あんたは、男を知らないし、まともに若い堅物の男のリードなんてできないわ。でも、安心しなさい。どうせ、人目につかず、行為を行える場所なんて、ここにはほとんどないし。私が誘い込むとしても、私たちのテントの中。男の夢の一つはハーレムだって言うし……うふふ、ちょっと楽しみね」


 リーダー格の女性の言葉におおよそ理解がいった女性冒険者たちはそれぞれ異なる表情を見せながらも、はっきりとした否定の言葉は口には出さない。

 仲間の反応に気を良くした女性冒険者は遠目にお目当てである若い騎士を見つけると、うっすら目を細める。

 その若い騎士は少し肌寒くなった秋の空気に軽くブルリと身体を震わせたが、それを気にせず、今日は身体を早く休めて、明日に備えようと決意した。

 先輩騎士や冒険者たちに甘くみられないようにと気を張る若い騎士は自分の足下に大蛇が口を開けて、構えていることをまだ知らない。



「下品な連中だ。やはり、娼婦はグランズールの娼館に限る」


 女性冒険者たちの姦しい会話を耳にしていた男性冒険者の一人は眉を顰めた。

 領都グランズールの高級娼館の女と比べれば、リーダー格の女性でも明らかに質の落ちる女性冒険者たちの会話を聞き、よほどの幸運に恵まれない限り、もしくは相手がよほど世間知らずのお坊ちゃまでもなければ、きっと功は奏さないだろうと思いながら。


「そう言ってやるな。それも彼女たちの持つ一つの武器だ。それにあながち間違いじゃない」

「お前の説明は理解できたが、そうは言ってもな」

「彼女たちの言うようにチャンスであることは確かだ。今は年若い騎士であっても、数年後はわからん。騎士になるかどうかといった話は置いておいても、交流を深める相手としては不足はないだろう。よほど、悪辣な者と当たらん限りは、誇りある騎士様ともなれば、そうそう一介の冒険者の手柄を横取りなどしないだろうしな」


 どこか騎士を小馬鹿にした発言をする理知的な男性冒険者は、その後、仲間内にだけ聞こえるような小声で囁いた。


「とはいえ、指名でもされない限りはやめておいた方が無難だろう」

「それって……」

「嫌な予感がする。とは言え、これはあくまで俺の勘だ。あんまりおおっぴらに言うようなことでもないが、お前らも一応は気をつけろよ」

「お前の勘は良く当たるからな。活躍の機会が十分にありそうな以上、わざわざ地味で危険な役割を選ぶ必要はないだろうしな」


 これまで、その勘に何度か救われたことのある仲間の一人は賛成の意を示した。




 すべての冒険者が妄信的に騎士団隊長の対応を褒め称えたわけではないが、概ね好意的な意見が多く、いまだ不審感を抱く者でも、それを明らかに示すのは臆病者呼ばわりされかねないとして、口を慎む。

 そういった傾向が野営地の冒険者たちの間でははっきりと見られた。


 第1騎士団隊長のダルタニアは夕食を作る使用人に成りすまさせた密偵から、冒険者にそういった風潮が生まれている報告を聞き、安堵の溜め息をついた。


「このまま、予備人員が来るまで持ちこたえればよいが……」


 冒険者たちの間で、今夜それほど不満の声が聞こえてこないのはダルタニアにとっては幸運ではあるが、一方で自らやロッソエルの対応を称賛する冒険者たちに対して、どこか罪の意識を感じ取っていた。

 特に今日は行われなかった冒険者と騎士が共同で引きつけ役を行うという対応の変化はダルタニアにとっては苦肉の策だった。

 斥候、引きつけ役を行う際に何事もなければ、武力に優れた年若い騎士にシルトバニア辺境伯領における重要地域である魔生の森内部の経験を積ませ、今後に役立たさせる思惑もあったが、本当の思惑はそこではない。

 窮地に陥るようなことがあれば、共同で役割を担うはずの冒険者を生贄にしてでも、騎士がその場から離脱し、ある魔物の痕跡を報告させる思惑がダルタニアとロッソエルにはあった。


「これが一番被害を減らす上で好ましい対応のはずなのだ」


 今、冒険者たちに抜けられるわけにはいかない以上、ダルタニアの知ることをすべて告げることはできない。すべてを語れば、この討伐隊における多数を占める冒険者たちのうち、どれほどの数が戦線からの離脱を望み、戦意を喪失してしまうか。

 そうなれば、今回魔物討伐に参加している騎士達の犠牲が増加するだけでなく、最悪の場合、いくつもの開拓者の村が消滅する恐れもあった。

 いくつもの思惑を天秤にかけ、最終的に自分とロッソエルが決断した判断なのだ。

 今回の自分たちの判断のせいで問題が大きくなったと非難されるようなことがあれば、責任を取ることも考えている。


「すべての冒険者がグラスのような者であればな……」


 ロッソエルの腹心である第4騎士団副隊長のグラスが他の上級騎士達と共にダルタニア達からの報告や予想を告げられた時に、好戦的な魔力の昂ぶりを抑えきれず、口角には笑みを浮かべていたことをダルタニアは思い出すと、そう呟いた。


 そんな男をある程度扱えるロッソエルという友に感心しながらも、これまでダルタニアとしては戦闘狂の嫌いのあるグラスを自らの腹心に欲しいとは思わなかった。

 だが、今、この時ばかりはグラスという稀有な武人を腹心に持つ友が少し羨ましかった。

 死中を楽しみ、そこに活を見出す男が周りに及ぼす影響というものは計り知れない。

 たとえ、死を想像し、怯み、恐れを抱こうとも、この者と一緒であれば助かると思える人材は得ようと思っても得られるものではないのだ。


 もっとも、ダルタニアは自分の部下の面々を思い浮かべると、自分の部下がグラスに劣る者達ではないと思い直し、うっすらと笑みを零した。

 第1騎士団は育ちの良い者が多い。

 時折、貴族や上流階級の意味をはき違えて、育ち、入団してきた者もいるが、成長していく過程でそれに気づく者も多数いる。

 武人としてはまだまだでも、将来が楽しみな者達ばかりだ。


「だからこそ、仮に私が泥を被ることになろうとも……」


 ダルタニアはそう口にすると、一杯だけ酒を呷り、そして、寝具に身体を委ねた。




「というわけだ」


 魔生の森の内部に入った直後、ラインバッハは自らが十騎長から聞いた内容、具体的には冒険者を生贄にしてでもある魔物の痕跡を報告する指示を受けたことをシンに告げた。


「……なあ、この際だから言っとくぞ。馬鹿だろ、あんた」


 ラインバッハから今回の斥候、引きつけ役での思惑を聞いたシンは呆れた表情を浮かべながら、そう口にした。


「ジルも知っているのです。確か、こういう人を馬鹿正直というのです」


 ジルもウンウンと頷きながら、事情の説明を行ったラインバッハをそう評価した。

 魔生の森に到着し、4度目の朝を迎えたこの日は魔生の森からほとんど魔物が出てこず、魔生の森への斥候、引きつけ役を頼まれたシンがラインバッハと行動するといった形を取っていた。


「貴様などに馬鹿にされる謂れはない!何より窮地に陥ることなど、この私にあるはずがないだろう」


 豊かな金髪の髪をかき上げながら、自信たっぷりにラインバッハは反論する。


「そういう意味の指示じゃ……」

「それにだ。万が一、私が窮地に陥ることになれば、この私には幾分劣るであろう貴様も窮地に陥っているだろう。たとえ、その場合であっても、どちらかが報告を果たせれば、私たちは任務を成功させたことになる」


 シンの言葉を途中で遮ったラインバッハは自信げな表情を少し歪めつつも、シンの顔を見据えて自分の思いを口にする。


「両方が事情を知っているのと知っていないのでは、任務の成功率に影響が出るだろう。私はな、死よりも何もなせずに家名に傷をつけることの方が恐ろしい。それにシンも臆病者ではないだろう」


 自分が事情を説明したとしてもシンがすぐに魔生の森から抜け出したとは言わないだろうと思えたからこそ、ラインバッハもシンに事情を説明する気になれた。


「……言ってろ。俺はやばそうだって判断したら、あんたを置いてでも森を抜けるからな。あんたもそうしろ。……で、その魔物ってのはどんな魔物なんだ」


 気恥ずかしくなったシンはラインバッハの顔も見ずに尋ねた。


「単眼の大蛇だそうだ。名はサイクルサーペント。貴様は聞いたことがあるか?」

「……悪いが、知らねえな」

「まったく、冒険者でありながら魔物について知らないとは無知なやつめ。とは言っても、魔生の森の中層部に生息する魔物であるから、浅層部でしか活動しないシンが知らないのも無理はないのか」


 サイクルサーペントの名前も知らないシンに溜め息をつきながら、十人騎士長から聞いた、魔物の姿かたちの説明を説明する。


「強敵っぽいっちゃ強敵っぽいんだけど。本当に騎士団の上が警戒するような魔物なのか?」

「一応分類としては5級の魔物にあたるらしいが、よくは知らん!私も聞かされていないからな」

「あんたな……」


 ラインバッハも本当にそれ以上のことは聞かされておらず、シンに対し、突っ放した言動を取る。

 ラインバッハが斥候役に選ばれたのは、サイクルサーペントは氷結系統の魔法を苦手としており、ラインバッハがシン達のチームの中で最も氷結魔法を得意としていたからだ。

 斥候役には向かないタイプではあるが、そこはシンとその騎獣であるエンジェの能力を信頼してのことだった。


「エンジェ、ニョロニョロなのです。ニョロニョロには注意するのですよ」


 ジルはエンジェに単眼の大蛇をイメージしやすいようにウインクをしながら、両腕を頭の上で伸ばし、身体を左右に揺らして、ニョロニョロニョロニョロと説明していた。

 生後3か月と言っても、蛇くらいはわかると言いたげなエンジェだったが、一生懸命説明しようとしているジルには呆れながらも、コクンと頷き、一声鳴いた。

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