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打算あり善行冒険者  作者: 唯野 皓司/コウ
第4章 5級冒険者 魔物討伐同行編
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第14話 てへ、ちょっとした失敗なのですよ

 魔生の森に入った直後、エンジェは鼻をスンスンと鳴らすと一声短くミャアーと鳴いた。

 敵を警戒してではない。

 この大気中の魔力に満ち、様々な生物、魔物の宝庫である魔生の森はエンジェにとっては自分が生まれた場所であり、母の眠る場所だからだ。

 エンジェの母の墓はない。


 シンはエンジェの母であるスカイタイガーの牙を4本、根元から折り、1本はエンジェの形見の品とし、残り3本はシンのものにしたが、遺体はそのまま放置する形となった。

 シン達がいなくなった後、エンジェの母の遺体は他の魔物や野生生物によって処理されたはずだ。

 母の墓がないことはエンジェにとって、悲しいことではない。

 野生に生きる多くの生物にとって、墓などないのは当たり前だからだ。


 まだエンジェが魔生の森を出て、シンやジルと生活を共にするようになってからたった2か月ほどに過ぎない。

 それでも生後3か月にも満たないエンジェにしてみれば、とても長い時間、母の眠る、生まれ故郷から離れていたように感じる。

 エンジェは魔生の森にただいまと挨拶を交わした。


「お帰りなさいなのです」


 エンジェの背に跨っていたジルにはエンジェの気持ちが理解できた。

 エンジェの鳴き声が静かに木霊した魔生の森に代わって、ジルはエンジェに挨拶を返す。

 そして、シンも腕組みしながら、エンジェに声をかける。


「今回の魔物討伐期間中は無理だろうけど、この依頼が終わったら、本格的に冬になる前に、コルドやターフネスを採取して、婆さんと一稼ぎするつもりだからな。その時、ついでにエンジェを拾ったあの場所に連れて行ってやるよ」


 ジルとシンの言葉を聞いて、エンジェは背中にこそばゆいものを感じた。

 これはきっとジルが自分の背に食べ物を零したせいだろう。

 昼食後にジルが間食をしていた覚えはエンジェにはないが、この困った妹のような姉ならば、自分やシンに気づかれないうちにささっと間食をしていてもおかしくはない。

 そう思いながらも、エンジェは知らず知らずのうちに穏やかな笑みを浮かべた。

 魔生の森はエンジェの生まれ故郷であるが、そこにエンジェの居場所はない。

 シンとジルの二人の隣こそが今のエンジェの居場所であり、帰る場所だった。




 シンは警戒しながら、魔生の森の浅層部を進む。

 今まで何度も訪れた魔生の森だが、普段とは様子が違う。魔物の気配が濃いのだ。

 騎士が言っていた通り、騎士団の魔物討伐に警戒した魔物が魔生の森の中へと身を潜めたというのがシンにも体感できた。

 エンジェが何度もミャアミャアと静かに鳴いては首をクイクイと振り、あっちの方角に魔物の臭い、気配がすることをシンとジルに知らせる。

 

「ほうほう、あっちには4匹いるのです。そっちには5匹なのです」


 ジルもシンの目線の3倍ほどの高さにまで浮かぶと、目視できる魔物の数を数えている。

 シンはエンジェとジルからの報告を受けて、どういった形で魔物を誘き寄せるか、考えていく。

 浅層部分にいる魔物の多くは7級の魔物、6級の魔物であり、1対1ならば、すでにシンの相手にならない魔物である。

 それでも四方八方から囲まれ、一斉に襲いかかられることがあれば、功徳ポイントを使わずに切り抜けることは困難だ。


 魔生の森に潜む魔物を森の外へと誘き寄せる。

 言ってみれば単純な役目だが、その役割は想像以上に冒険者としてのセンスが問われてくるものだ。

 森と平地の境界線が目視できる魔生の森の浅層部とはいえ、森の中で的確に魔物の位置と数を把握する能力。

 また、魔物に追われても、森の外に出る付近までは追いつかれずに森を駆け抜ける、魔力強化を含めた身のこなし。

 そして、もしも魔物を振りきれない場合には、その魔物を素早く対処できる戦闘能力。


 シンにはジルやエンジェといった相棒のおかげで魔物の位置の把握や警戒といった負担をある程度軽減させることはできるが、他のチームの冒険者たちも引きつけ役という役割を担う者達がいる。

 他の冒険者たちが引きつけ役の役目は、シンよりも難易度が高く、そして負担の大きなものとなるだろう。

 そこに華々しさはなく、泥臭く、そして命の危険も少なくない。

 この役目が正当に評価されているのかわからなければ、不満を募らせる冒険者が出てくるのは当然だろう。

 

「魔物討伐で引きつけ役するのがわかっていたなら、婆さんにでも相談したんだけどな」


 薬師の老婆であれば、魔物が好む臭いを発する薬草や薬品についての知識も持っているかもしれない。

 そういったものがあれば、魔物を誘導する難易度は下げることができただろう。


「まあ、ない物ねだりしても仕方ないか。そうなると俺にできそうなことは……」


 シンは自分の剣の鞘に手を当てる。

 ガルダから学んだ剣技とクリスティーヌに作ってもらった魔鋼銀の業物がシンの冒険者としての大きな武器だ。

 斬撃から衝撃波を飛ばす術も、以前と比べれば、格段の成長を遂げている。

 そこに魔鋼銀の剣が加われば、溜めも作らずに繰り出す衝撃波でも魔物の分厚い皮を深々と切り裂くことも可能だろう。


 群れをなしている魔物に衝撃波をぶつける。

 うまく急所に当たれば、一匹程度はそれで殺すこともできるはずだ。

 その後、魔物の群れがどういう動きを取るかは運次第だ。

 シンを警戒し、より森の深い場所へと逃げるのであれば、それはそれでいい。

 無理にその魔物の群れの誘導を試みる必要もない。

 逆にシンの攻撃で怒り狂い、シンの方へと駆けてくるのであれば、こっちのものだ。

 魔物の追撃を逃げながら、エンジェやジルが確認している他の魔物の群れの近くを駆け抜け、騎士や冒険者たちが待機している森の外へと向かっていくつもりだ。

 上手くいけば、他の群れも引きつけることも可能だろう。


「よし決めた」


 考えが纏まったシンは周囲を警戒しながら、エンジェとジルの導く方角を歩みを進めた。



 シンが最初に狙いを定めた獲物は森の狩人(フォレストハンター)と呼ばれる狼の群れ。

 5匹、6匹で群れをなし、集団で獲物を狩るといった習性を持つ。

 単体なら6級の下位に当たる魔物でも、群れをなし、他を翻弄しながら狩りを行えば、5級の下位に近い実力を発揮するとも言われる魔物だ。


 シンは剣を上段に振り構えるとほとんど溜めを行うこともなく、剣を振り下ろした。

 シュッとした耳鳴りを感じると共にシンが放った衝撃波が群れの一匹の胴体に当たると血を噴き出させ、胴を綺麗に真っ二つに切り裂いた。


「えっ?」


 フォレストハンターの一頭の胴が輪切りになる様を見て、シンは自分でも驚きの声を上げる。

 これほどあっさりとフォレストハンターを輪切りにできるとは思わなかったためだ。

 シンとフォレストハンターの距離は相当離れている。

 威力が半減されているにも関わらず、自分の想像以上の威力が発揮できたことにシンはあんぐりと口を開けた。


「あれで、あんなに威力が出るのか……」


 自分の実力が以前よりも格段に上がっていることは理解していた。

 それに以前の白銀の剣よりも名工クリスティーヌの打った魔鋼銀の剣の方がはるかに優れた代物であることも。

 だが、剣を新調してから、何度も衝撃波を放ったが、ほとんど見敵必殺のつもりで技を繰り出し、それに成功していたため、迂闊ながら、牽制に過ぎない技でどの程度の威力を発揮するかを把握しきれていなかった。


「俺、やっぱり強くなっているよな」

「シンさん、凄いのです。これなら、功徳ポイントを控えても、ガンガン稼げそうなのです」


 ジルはシンの呟きにウンウンと感心したように呟いた。

 半年ほど前からガルダに本格的に弟子入りしたものの、普段から鍛錬でもガルダのいいようにあしらわれ、グラスには功徳ポイントをフルに使っても敗北し、最近では騎士たちとの木剣での立ち合いでも負け越している。

 少しだけ自信喪失しそうになるが、そんな中でも自分のはっきりとした成長を実感できたシンが笑みを零したのも束の間、フォレストハンターの一頭が大きく吠える声がシンの耳にも届いた。

 群れの同胞が無残にも殺されたことで怒りながらも冷静に他の群れに救援を求める声だ。

 そのことに気づいたエンジェはミャアミャアとシンのズボンの引っ張りながら、森を抜ける方角へと首を振る。


「いっけねえ。ぼさっとしている場合じゃねえ。エンジェ、全力で駆けるぞ」


 エンジェのその素振りからフォレストハンターの今の鳴き声が何なのかを遅れて理解したシンはエンジェに声をかけると、全速力で騎士たちの待つ待機場所へと駆け出した。

 本来なら、群れがシンの後を追いだしたら、他の魔物の群れのすぐ近くを駆け抜けることで他の魔物も刺激するつもりであったが、そんなことをしている余裕はない。

 だが、シンがそれをする気はなくとも、フォレストハンターの群れには関係のない話だ。


 仲間に救援を求めて鳴いた後、遠距離攻撃を使うシンに警戒したためか、直線上ではなく、ジグザグと動き回りながらシンの後を追う。

 魔生の森の浅層部においては、フォレストハンターの群れは強者の分類に入る。

 そのフォレストハンターの群れが狩りを行うつもりで動き回れば、他の7級や6級の魔物をも刺激することになる。


「いそげ、いそげ」


 意図せずにフォレストハンターだけではなく、他の魔物まで誘導する形になったシンは額から汗を流しつつ、必死になって、森の外へと駆け抜けた。




「貴様は阿呆か」


 ラインバッハは少し顔に疲労の色を見せながら、端的にシンのことを罵倒した。

 それに対し、シンは返す言葉がない。


「私は先ほど貴様に多すぎず、少なすぎない数の魔物を引きつけて来いとは言ったはずだ。貴様は数も数えられないのか?」


 そう言って、ラインバッハは死骸となった魔物達に視線を向ける。

 フォレストハンターが9体はまだいい。少々少なめながらも、適正な数だろう。

 だが、フォレストハンターが他の魔物を刺激したことで、何群もの他の魔物の群れをも引きこんでしまったのは不味かった。

 合計30頭を超える魔物達だ。

 とは言え、騎士や冒険者の数も14人が待ち構えていたため、幸い討ち漏らしはなかったが、まさか最初からこれだけの数の魔物を誘導してくるとは思いもよらなかった討伐側は大いに焦った。

 重傷者はいないものの、予想を超える魔物の数に焦った若輩の冒険者の一人が腕に軽傷を負うことになった。


「ラインバッハ、そのくらいにしておけ。魔物の数がいつもよりも多いのに、どこか気を抜いていた俺たちの方にも非はある」


 ラインバッハの長時間の説教に少々シンのことが不憫になってきた騎士の一人が助け船を出す。

 この程度の数なら、魔物討伐の中盤や終盤になり、引きつけ役になれてきた冒険者が上手く誘導してくることがないわけではない。

 魔物の数が多い以上、誘導する最中に他の魔物を刺激してしまい、数が増えることはなかなか避けることが困難だ。


「もう一度気を引き締めよう。そうすれば、次からはもっと上手くやれるだろう。シンも。そして俺たちも」


 シンがそれに頷き、討伐側と共に休憩を行った後、再び魔物討伐を再開させる。

 10頭から20頭の魔物を何度も森の外へと誘き寄せながら、日が沈みだすまで魔物を狩る。

 少し不機嫌になったラインバッハの機嫌が持ち直すまでの戦果を出し、シン達は野営地へと戻った。




「あー、もう忙しくて、嫌になっちゃうな」


 ミーシャはようやくありつけた夕食を口にしながら、愚痴を零す。

 それなりの戦果を挙げて、帰還したミーシャのチームだったが、その後ミーシャに待っていたのは負傷した騎士や冒険者の治療だ。

 魔生の森の様相がいつもと違うため、引きつけ役の多くが普段よりも多くの魔物を誘導してきてしまい、負傷者の数が多く、その治療にミーシャも狩りだされる形となった。


「いやー、やっぱり新人は辛いね。こっちが疲れていても、容赦なく、治療させられるんだから。グラスさんや隊長も人遣いが荒いよ」


 独り言を口にしながら、夕食をかきこむ。

 そんなミーシャの視界に一人の冒険者の姿が入った。


「あっ、シン君。今日の討伐はどうだった?怪我はない?」


 疲れた身体と頭では余計なことを考えずに済むのか、ミーシャは自然とシンに声をかけることができた。


「ミーシャさん。大丈夫、チームのやつが軽傷負ったくらいで俺に怪我はないし、討伐自体もまずまずといったところです」


 ミーシャに声をかけられたシンは少しばかり嬉しそうな表情を浮かべた。

 先日そっけない態度を取られたが、今日はミーシャの方から話しかけてもらえたためだ。


「俺よりもミーシャさんの方が疲れているような……」

「うん、お姉さんってば、大変なんだよ。日中は一生懸命魔物の討伐をやって、帰ってきたら大量の負傷者の治療が待っているんだから。だから、シン君は私にこれ以上苦労させないように怪我なんかしちゃ駄目だからね」


 シンの気遣いが嬉しいのか、ミーシャは自分の隣にシンを座らせるとペラペラと愚痴を零し始める。

 シンは苦笑を浮かべながらも、そんなミーシャに付き合った。

 ひとしきり、ミーシャも愚痴を零して、すっきりとしたのか言葉数が少なくなり出した。


「そう言えば、シン君。約束覚えてる?」


 約束。

 シンはその言葉にある出来事を思い出した。

 マンイーター討伐の後、ミーシャに治療を行ってもらった時のことだ。


「……もちろん。ミーシャさんが困ったり、危なかったりしたら、俺が助けるって話ですよね。俺が治癒魔法使えたら、ミーシャさんのお手伝いできるんでしょうけどね」

「まあ、それは仕方ないよ。でも……んふふふ、覚えてるんだ。そっか、そっか」


 シンの言葉に機嫌を良くしたミーシャは立ち上がり、食器を持って、炊事場の方向へと向かう。


「シン君。私、器を戻したらそろそろ寝るから、シン君も明日に備えて早く寝るんだよ」


 にやけた表情をシンに見られないように背を向けながら、シンに語りかける。

 今日は良く眠れそうだ。

 ミーシャはそう思いながら、シンの傍を離れた。




 夜も静まり返った後、第1騎士団と第4騎士団の隊長専用のテントでダルタニアとロッソエルが密談を行っていた。


「それで本当にあの魔物を見かけたのか?」

「そのようだ。そう報告があった」


 苦虫を噛み潰したような表情を両者ともに浮かべている。


「浅層部であれを見かけたとなると……」

「……ああ、思った以上に今回の魔物討伐は不味いことになりそうだ」

「他の騎士団や領都への知らせは……」

「緊急連絡用の魔道具を用いて、もう行ったさ。しばらくすれば、他のところの予備人員程度は回してもらえるはずだ」


 知らず知らずのうちに手を強く握りしめていたロッソエルの手のひらから薄らと血が滲んでいる。


「そうか。それならいい。俺たちも明日に備えなければな」


 今日の戦果報告では怪我人は多数出たものの、死者は今のところ出ていない。

 せめて、救援がつくまでその状況が続くことをロッソエルは神に祈った。

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