第11話 食べれない豚さんに用はないのです
日も沈みだし、空が茜色に染まり出した頃、街道で見かける魔物を狩りつつ行軍を続けた騎士団と冒険者たちの視界に、少し街道から逸れた草原に野営の準備を進める騎士達とその騎士達に雇われた近くの村の男衆の姿が入ってきた。
「今日はあそこで一夜を過ごす」
騎士達は周囲にいる冒険者たちにそう指示を出した。
魔物討伐に参加している冒険者も上から下まで実力、体力はそれぞれ異なる。
馬車での移動と徒歩を交互に繰り返した冒険者の中には少し疲れを見せはじめた者もいる。
まだまだ未熟な冒険者ほど、行軍中、騎士達の目に留まろうと無駄な力の入った行進を続け、魔物の姿を見るたびに我先に駆け寄り、剣を振るう傾向にある。
騎士のその指示にほっとした様子を見せた冒険者はいずれも年若く、7級冒険者が多かった。
(あいつらはダメだな)
そんな冒険者たちを横目にシンはそう思う。
自分のペース配分すらできない冒険者は長生きできない。
自分たちだけでなく、大勢の騎士や他の冒険者と共に行軍しているため、気が大きくなってしまう気持ちはわかるが、魔生の森に到着前からわずかばかりでも疲労を見せるようでは話にならない。
その考えはシンだけではなく、騎士団の中にも同じ考えを抱く者達が多数いた。
日が沈むと野営地では一定の間隔で大きな篝火が焚かれ、夕食が振る舞われる。
昼食時にある騎士が説明したように、保存食の味気ないものとは違い、村などで食糧を買い集め、調理されたものだ。
村では、冬場にかかる飼育コストを減らすため、もう二月もすれば成長しきった家畜の一部は屠殺され、保存食に姿を変える。
夕食で振る舞われている豚肉のステーキも、元々そうなる予定だった豚が村の保存食から、村の現金収入へと変わっただけだ。
大地に染みついた、豚を屠殺し、解体した血の匂いに惹かれたのか何頭かのグレイウルフの群れが遠くから野営地の様子を窺っていたが、近づくのは危険だと判断したのか、大きく遠吠えを上げるとその場から離れ、姿を闇にくらませた。
シンは篝火の近くで腰を降ろし、与えられた夕食を口にしながら、周囲の様子を観察していた。
出立前の集合や行軍中からシンは違和感を感じていた。
その違和感とは第1騎士団には他の騎士と毛並みの違う騎士が一部含まれていること。
そして、そういった騎士からは時折敵意とは言わないが、どこか冒険者を馬鹿にするような素振りが見て取れたことだ。
シンは第4騎士団の騎士ギルガードが酒の入った甕を担いでいるのを見つけると、立ち上がり、ギルガードの元へ近づいた。
そんなシンに気づいたギルガードは甕を地面に降ろすとシンに声をかけた。
「シンは第1騎士団の方だったのか。どうした、俺に何か用か?副隊長から酒を持ってこいと急かされているから長話はできんぞ」
シンはギルガードに自分の感じている違和感を説明する。
「よく見ているな。シンがそう感じた騎士達は貴族出身の連中だろうな。第1騎士団にはそういった連中が多くいるからな」
「貴族?」
「ああ、貴族って言っても領持ち貴族の嫡男なんかじゃなく、三男以降や陪臣の子弟だがな」
ギルガードは少し顔を顰めつつ、シンに説明を行う。
シルトバニア辺境伯騎士団はラトソル王国でも名を馳せる騎士団だ。
そこに一時期でも在籍していれば、箔付にもなる。
歴代のシルトバニア辺境伯が中央の政治に深く関わらないと言っても、貴族同士の付き合いをなくすことはできない。
自分と付き合いの深い貴族や自分の派閥に属する貴族、その陪臣の子弟など第1騎士団では受け入れていた。
「それってコネ入団じゃ?」
「そういうのをあいつらの耳に入れるんじゃないぞ。入団試験はきっちり受けさせられるし、幼少の頃からきちんとした指導も受けてるから実力はあるんだが、選民意識というか、なんというか……」
貴族にとって、多くの冒険者は取るに足らない者達だ。
冒険者は一攫千金を得られる職業でもあるが、貴族からすれば賤しい食い詰め者が成る職業に過ぎない。
現・総団長が一時的に冒険者をしていたことや騎士の中にも冒険者出身がいることから、はっきりとは口に出さないものの、魔物討伐で冒険者を同行させることに不満を抱く者もいるのだろう。
「だいたい理解できました。ありがとうございます。ところで……早いとこ、グラスさんのところにお酒を持っていかないとどやされますよ」
シンは冗談交じりにギルガードに感謝を述べる。
「酒を持っていくのを遅れたくらいで副隊長は叱責したりはしないが、急いで持っていくことにしよう」
シンの言葉に笑みを浮かべたギルガードは酒の入った甕を担ぎ、第4騎士団の野営地の方へと足早に戻っていく。
(貴族ねえ……)
シンは先ほどまで座っていた場所へと戻ると腕を組みながら、考え事を行う。
(第1騎士団になったのは運がいいのか、悪いのか)
シンは貴族があまり好きではない。
時折、商人などの話から聞こえてくる他の領内貴族の統治や私生活が気に入らない。
それに恵まれた環境を生まれながら有している彼らはシンにとっては妬みの対象でもある。
シンからすれば功徳ポイントを稼ぎやすい環境を生まれながらに有しているように見えるからだ。
(俺が貴族の跡取りとかだったら、もっと楽に稼げるのにな。まあ、それは置いといて、あいつらと交流を図るべきか)
跡継ぎではなく、三男以降や陪臣の子弟であると言っても、シンにとって将来的にプラスになる人脈などを有している可能性は高い。
一方でそういった選民意識を持つ者達が5級冒険者とはいえ、一介の冒険者に好意的に接してくるはずはなく、最悪厄介事だけを押し付けられる可能性すらある。
シンは食事を終えてウトウトとし始めたジルとエンジェにグリズリーウルフの皮で仕立てたマントを被せ、自分は支給された毛布で暖を取りつつ、静かに目を閉じた。
翌朝、日が昇りはじめる前に朝食を摂り、日が昇りはじめると速やかに行軍が開始される。
午前中は昨日とまったく同じだ。
冒険者は馬車と徒歩の移動を交互に行いながら、目的地である魔生の森の方向へと進んでいく。
そして、昼になると味気のない昼食を摂り、身体を休めた。
だが、昼からの行軍は初日とは少し異なった。
街道からほど近い村には騎士が馬を飛ばして赴き、魔物の住処が村の周辺にないか尋ねる。
常備兵が領都グランズール周辺で魔物討伐をする領域を越えたためだ。
そして、村の方から魔物の巣が村の周辺にできたという情報が得られると幾人かの騎士と偵察役の冒険者が巣の殲滅へと向かう。
その際、行軍のペースを遅らせないために馬車ではなく、徒歩で移動中の冒険者から同行の志願が募られることになるが、これは多くの冒険者から不評だ。
街道からほど近い村と言えど、徒歩なら1時間近くかかる場合もある。
巣の殲滅後、わざわざ村にそのことを報告するのにも同行していかなければならない。
騎士は馬に乗っているからいいが、冒険者は魔力で身体能力を向上させ、その騎士と行動するのだからかなりの体力を消耗することになる。
さらに偵察役という地味な役割を同行している騎士達が真っ当に評価してくれるとは限らない。
そうであるなら、大隊と行動を共にし、魔物を狩ることで自分を売り込みたい。
そういった冒険者の方が多いためだ。
だが、シンは自分から積極的に志願した。
シンの場合、魔力量に自信があり、せいぜい徒歩で一時間程度の距離を走り続けるのは大した疲労にはならず、偵察役にジルやエンジェを活用できる。
そして何より、単に行軍中に魔物を狩るより、少数の騎士について、村周辺の魔物の巣を殲滅に向かった方が村人などからの功徳ポイントが期待できるからだ。
「冒険者、遅れるなよ」
どことなく偉そうな口ぶりから、シンは自分と行動を共にする騎士の一人が貴族出身であることを察した。
見事な金髪を伸ばした貴公子然とした年若い騎士にシンは内心軽くイラッとしながらも笑顔を向ける。
「足には自信がありますし、こいつは鼻も利きますから」
シンはエンジェを指さしながら、騎士にそう答えた。
シン達が殲滅に向かった魔物の巣は7級の魔物である豚人の巣だ。
オークの巣は基本的に6~7匹程度のオークで構成され、群れになると6級の脅威に認定されることもある。
オークは雑食であり、肉も植物もどちらも好む。
そんなオークにとって、村人が住み、農作物の収穫時期を迎えた村は宝の山に見えることだろう。
騎士団の魔物討伐時期であることと村からまだある程度距離が離れていたことで、冒険者ギルドに依頼を出すか、悩んでいた村にとっては騎士達の申し出は渡りに船だった。
(どうせなら、騎士団に同行中じゃない時にこの仕事をしたかったな)
周囲を警戒しつつ、オークの巣があると教えられた森の前で馬から降りた騎士達を先導するシンは心の中で愚痴をこぼす。
功徳ポイントを期待してはいるものの、あくまでメインは騎士だ。
冒険者と騎士ではほとんどの者の関心が騎士に寄せられることだろう。
エンジェはシンの横ですんすんと鼻を鳴らすと嫌そうな声で小さく鳴いた。
オークの悪臭が気に入らないためだ。
(近いな。ジルもそろそろか)
シンは先行させたジルがそろそろ戻ってくることを予想した。
距離の離れたところだと人の鼻では感じ取れないが、エンジェであれば、オークの巣のある方角を察することができる。
そのため、その方角にジルを先行させていた。
「くっさい。くっさいのですよ」
シンの予想通り、その直後、ジルは顰め面で鼻をつまみながら戻ってきた。
「豚さんは綺麗好きなはずなのに豚の風上にも置けない臭い連中なのです」
先行させられたジルはグチグチとオークに対する不満を口にする。
(それでジル、オークは何匹だ?)
「6匹なのです。ここから歩いて5分くらいのところで木の枝とかを積み上げた巣を作っているのですよ」
(そうか、御苦労さん)
ジルとのやり取りを終えると後ろからついてきている騎士達にシンは声をかけた。
「こっちの方角をもう少し進んだ先に巣があるようです。数は5~6匹」
「どうして、そんなことがわかる。方角はともかく、数までとは」
騎士の一人にそう尋ねられ、シンは自分の迂闊さに内心焦ったものの、それを顔には出さずに、素知らぬ顔でエンジェを指さす。
「こいつがオークの数だけ先ほど小声で鳴いて教えてくれました」
ジルの姿が見えない騎士達にはそう説明するしかなかったが、一応納得した表情を浮かべてくれたことでシンはホッとした。
「エンジェじゃないですよ。ジルなのですよ、ジルのお手柄なのですよ。この泥棒猫」
ジルはシンの騎士への説明が気に入らないのか、軽く拗ねながらエンジェに文句を言っている。
(悪いな。お前のことを説明できない以上、仕方ねえだろ。それとジルもお姉ちゃんなんだったら我慢しなさい)
「仕方ないのです。妹に手柄を譲るのもお姉ちゃんの役割なのです」
お姉ちゃんという言葉に単純なジルの機嫌は少し持ち直す。
一方、エンジェの方は猫呼ばわりされた挙句にジルから妹呼ばわり、少し不服そうにしつつも小声で6回鳴いた。
シンの説明に信ぴょう性を持たせるだけではなく、ジルを偵察に先行させなくても、人数くらい臭いでわかるという意思表示でもある。
「貴様よりそのペットの方がよほど役に立つではないか」
「ラインバッハ、止めないか」
金髪の貴公子然とした騎士はそうシンを揶揄すると年かさのいった騎士がそれを諌める。
ラインバッハと呼ばれた男は不愉快そうな表情を浮かべたが、先輩騎士の言葉に従い、シンを揶揄するのを止める。
(貴族出身でも先輩騎士の言葉には従うのか。確かにギルガードさんの言っていた通り、単なるボンクラではないっぽいな)
シンは騎士達の様子を観察しながら、そう感じ取った。
オークの巣まで到着すると後は早かった。
ラインバッハが詠唱を唱えて、木の枝などを積み上げた巣に火の矢を放ったからだ。
「いきなり何してんだ!森が延焼したら」
ラインバッハの行動を見たシンが抗議の声をあげるが、ラインバッハはシンの方を一瞥することもなく、また別の詠唱を行い、今度は巣の周りに大量の氷の矢を放った。
延焼を防ぐ措置だ。
「そんな間抜けなことをするはずがないだろ、構えろ」
シンに対し、巣を燃やされ、外に飛び出してきたオークに剣を構えるように指示を出す。
シンはその指示に従い、火傷を負い、外に飛び出してきたオークの首を一太刀で刎ねる。
他の騎士も同様だ。
6匹のオークの首はわずか数秒余りでその厚みのある胴体と永遠の別れを告げた。
オークの遺体は一か所に集められるとまたラインバッハは詠唱を行い、遺体を焼き尽くす。
「食べられない豚さんに用はないのです」
ジルは遺体を燃やされているオークをそう評価する。
オークは豚面ではあるものの二足歩行の人型の魔物だ。
そのため、ジルドガルドではその肉を食べることは生理的に受け付けない者が多い。
また、それだけではなく、臭みが強い上にえぐみがきつい。
ジルにとっては臭い上にえぐみがきついオークなど豚の風上にも置けない魔物でしかない。
冒険者である場合、オークは討伐証明部位にその鼻を切り取るが、騎士たちはわざわざ討伐証明部位を切り取ったりはしない。
騎士と冒険者では信頼が違うのだ。
オークの遺体を焼き尽くした後、速やかに村に赴き、殲滅が完了したことを報告したが、わざわざ討伐証明を求められたりはしなかった。
(結局俺にはほとんど感謝はなしか)
騎士達には笑顔で感謝を言葉にする村の者達も一部の者を除いては冒険者にはあまり目を向けない。
あくまで主役は騎士なのだ。
頭では理解できても、同じ仕事をしたのに対応に差をつけられてはシンとしては面白くない。
(今度から志願するのはやめるか)
ほとんどポイントが入らないなら、わざわざ労力を割く必要はない。
だが、もしかすると別の村なら感謝してくれるものが多い可能性もある。
迷いを残しつつ、本隊に戻ったシンだが、エンジェとジルのおかげで偵察役として優秀だと認められたためか、志願者がいない場合に半ば強制的に選ばれるようになってしまった。
シンのおかげで自分たちは楽ができていると周囲の冒険者からは感謝され、第1騎士団の騎士の中にもねぎらってくれる者がでてきたことだけが、シンにとっては救いだ。
2日目、3日目、4日目と幾度も村周辺の魔物の巣を殲滅し、行軍を続け、4日目も夕暮れに差し掛かった頃、ようやく行軍の目的地だった魔生の森近くに設置された大規模な野営地にシン達はたどり着いた。




