第7話 いっぱい いっぱい稼ぐのですよ
「わあ~ジルドガルドならジルも管轄してるです」
「そうね、ジルの名前に良く似たぴったりの世界ね」
ジルドガルドが転生先であることを無邪気に喜ぶジル。
セシリアがジルの名前に似たと言ってるが、それもそのはず。
セシリアがジルと出会えた奇跡に感謝して、名前をつけた世界だからだ。
地球とは全く異なる異世界、それも剣と魔法の国。
もしも何の契約もなければ、慎一もその転生先を歓迎したかもしれない。
彼だって日本のサブカルチャーを楽しんだ少年だ。
もっとも1000万の功徳ポイントを厳しい条件で完済しなければならない以上、いきなり剣と魔法の国に転生とか言われても喜ぶことはできない。
自分が生き残れるかどうかすらわからないのに、人から感謝されるような者になれるのか。
「王族とかに転生させてもらえるんでしょうか?いや、王族じゃなくて普通に貴族の子どもや豪商の子どもとかでも」
善政を敷けば国民や領民から感謝してもらいやすい王族や貴族。
慈善事業に手を出せる豪商。
その子どもであるならポイントも貯められそうだという期待から、慎一はセシリアに尋ねた。
「それは無理」
慎一の要望をセシリアは鼻で笑った。
「あなたのいう希望って、ジルドガルドでも希望者の多い転生先なの。そんな枠をあなたに渡せるはずがないじゃない」
「じゃあ、一般市民とか農民の子どもですか?」
本当に何の有利な条件もないままデメリットだけ多くして途方もない功徳ポイントを貯めなければならないのか。
せめて少しでも有利な条件で生まれ変われることを慎一は願う。
「まあ、農民の子どもとかなら枠は空いてなくもないんだけど、たぶんあなた成人できずに死ぬわね。農民の子どもで成人できる子って病気や飢餓、口減らしもあるから半分くらいしかいないのよね」
成人できる可能性でたったの5割。
無事出産されれば、重い障害でもない限り、成人できる現代日本の常識は通じない世界。
命が軽い世界だと慎一にもはっきりわかった。
「どうしろって言うんだよ……」
成人できずに食うや食わずの生活を強いられる。
そして運良く成人できたとしても、コネなし金なしで莫大なポイントを貯めなければならない。
慎一の諦念の混じった呟きを聞いたセシリアはクスリと笑う。
「もっとも、あなたにはジルのお小遣いを稼いでもらわなくちゃならないし、そう簡単に死なれるのも私にとって不本意なのよね。だから成長した姿でそのまま送り込んじゃいましょ。と言ってもあなたの身体はすでに火葬されてるのよね。そこでジル、これで作っていいわよ」
そう言って、セシリアはジルに粘土を渡す。
ジルはその粘土を見て目を輝かせ、うずうずとし始めた。
「セシリア姉さま、本当にジルが作っていいのですか?ジルは作るの初めてです」
「いいのよ、ジル。ジルの初めてをお姉さまがちゃんとサポートしてあげるから。うふふふふ」
セシリアの許可を得たジルは粘土をこねくり回し、セシリアはジルの側でほのかに青白い優しげな光を照らす。
何をしているのか理解できない慎一はそれを黙って眺めることしかできない。
何より、機嫌よくジルのサポートをしているセシリアの怒りを買うことが恐ろしい。
「こねるです。こねるです。粘土をこねるです」
「ジル~上手よ。その調子!」
しばらく粘土をこねくり回し、柔らかくなった粘土でジルは不恰好な人形を完成させた。
「ふう、完成したのです」
「ジルってば上手にできたわね。とても初めてとは思えない出来よ」
一仕事したと言わんばかりに汗を拭うジルをセシリアは拍手で称えた。
「じゃあ、慎一さん。これをどうぞなのです」
そう言って、ジルはかろうじて人の形をした小さな人形を指さす。
(どうぞって、こんなものをどうしろって言うんだよ)
ジルの作り上げた人形を怪訝な顔で眺めていた慎一は後ろから強い力で突き飛ばされ、頭からその人形にぶち当たった。
「いってー」
地面に転がった慎一が起き上がるとそこには先ほどまであった人形の姿がない。
「やったです!成功したのですよ!」
慎一がキョロキョロと周りを見渡すとジルは飛び跳ねて喜び、セシリアとハイタッチを交わしている。
慎一が説明を求めようと思ったところ、自分の身体の中から今まで感じたことのない力の躍動を感じた。
「わかる?それが魔力よ。あなたたち地球の住人にはないものだからね。あなたの今のその身体はさっきジルが作った人形よ」
そう言って、セシリアは慎一の身体を満足げに見つめる。
「さてとそろそろあまり時間が無くなったことだし、ジル。分霊作っちゃいなさい。この駄目男の尻を叩くサポート役にしていいわよ」
「セシリア姉さま。私、下界に降りるの初めてなのです」
ジルは自分の少しウェーブの入った金髪を数本プチプチと抜き、ふっと息を吹きかけると50㎝弱のミニサイズのジルがそこに現れた。
「ジルが初めて作った身体に、分霊とは言え、初めての下界行きの従者……本当に、本当に妬ましいわ」
いつのまにやら慎一がジルの下界行きの従者扱いされている。
ミニサイズのジルを抱っこしたセシリアが唇を強く噛みしめ慎一を睨み付ける。
セシリアの鋭い視線から目を逸らした慎一は遠くの方から暗い影がゆっくりと迫ってくるのに気づいた。
「本当にもう時間がないから簡単に説明するわよ、真剣に聞きなさい。ジルドガルド世界のルールはあなたが住んでいた地球のルールよりもシンプルだけど、もしもわからないことがあれば、後でその可愛らしいサイズのジルから聞きなさい」
「はいなのです」と言わんばかりにジルとミニサイズのジル、略してミニジルは挙手する。
「まず、あなたのその身体、ジルが丹精込めただけじゃなく私がサポートしてあげたからジルドガルドの住人よりちょっぴり高性能だわ。家庭を持ち、子どもを作ることだっても可能だし、文字や言葉も理解できるようにしているわ」
どの程度かはわからないが高性能であるに越したことはない。
それに子どもや家庭を持てるというのは慎一にとってもありがたいし、文字や言葉を理解できるというのはある意味で最高のサポートだ。
「次に功徳ポイントの説明よ。これは同族、あなたなら人族ね。善行をして相手からの感謝が大きければ大きいほどポイントが高くなるわ。せいぜい人から感謝される人生を送りなさい。それと同じ人からの感謝は週に1度しかポイント化されないから、日頃から多くの人から感謝されるような人物になることね」
人に落し物を届けてあげた感謝と人の命を救った感謝とではポイントの大小が違うのも当然だ。
そして同じ人からは週に1度だけ、慎一にとっても重要な法則だ。
慎一はこくんと大きく頷いた。
「逆に人から恨まれるようなことがあれば、ポイントは減点されることもある。逆恨みなんかだと当然引かれないわ。罪もない人を殺せば、当然大きく減点される。もっとも重犯罪者なんかを殺そうが、戦争で殺し合いをしている相手を殺してもポイントは減点されない。まあ、そうじゃなければあちらの世界の英雄なんて皆ポイント低くなるから当然ね」
平然と殺し、殺されるの話を行うセシリア。
そしてミニジルを抱き上げ、説明を続ける。
「この子はあなたが今回ジルドガルドで生きるうえでサポート役をしてくれるわ。そして月に1度、その月に得たポイントから8割を回収して天界の方へと送還する。自分の持ち分であるポイントをこの子に捧げれば、あなたの身体を作った繋がりから力を増幅してくれることも可能よ。せいぜいこの子達に貢ぎなさい」
ミニジルは力を貸してくれることがある債権者と言ったところか。
ジルドガルドについての知識がない以上、その世界も管轄していたジルならある程度の情報を持っているはずだ。
剣と魔法の世界ってことからモンスターとかもいそうだし、力を捧げれば増幅してくれるのも慎一にとって大きなメリットとなる。
なんだかんだ言っても、きちんとしたサポート体制をセシリアは作り出してくれた。
「セシリアさん、本当にありがとうございます」
深々と頭を下げ礼を言う慎一の肩をポンと叩き、セシリアは声を低くして慎一に語りかける。
「せいぜいジルに貢ぐことね。それと……この子にいかがわしいことなんかしたら、その時点で魂から消滅させてやるから覚悟しなさい」
「こんなサイズの子に俺が何をするって言うんだ!」
慎一はあらぬ疑いをかけられ、即座にそれを否定した。
50㎝サイズの少女姿のミニジルに、いかがわしいことするような変態扱いするのはやめてもらいたい。
少し大きめのお人形サイズの少女に欲情するなんてどんな変態だ。
だが、現代日本における闇すらも熟知したセシリアだったため、一応忠告と言う名の脅迫を行っておいたのだ。
もう慎一の目前まで暗い影が近づいている。
「それでは行くのです。ジルドガルドに向かってレッツゴーなのです」
セシリアの手から離れ、ふわふわと浮いていたミニジルがしっかり慎一のシャツを掴み、暗い影へと飛んでいく。
「は、離せ。あそこに入ればいいんだったら、一人でもちゃんと飛び込める」
じたばた手足をばたつかせる慎一だったが、ミニジルはそれを無視して飛んでいく。
ジルは自分の分霊と慎一との別れを惜しむかのように両目に涙を浮かべ、二人へ向かって大きく手を振った。
「頑張るのですよ~!いっぱい、いっぱい稼ぐのですよ~!」
慎一とミニジルはそのまま暗い影に飲み込まれ、ジルとセシリアの前から姿を消した。