第7話 考え過ぎだったのですよ
時はシンとギルガードの立ち合いが最終局面を迎える少し前に遡る。
(副隊長は何の意味もなく、こういった真似をする方ではない。これは俺やシンにとって何か意味のあることなのだろう)
ギルガードはシンとの立ち合いをグラスに命じられた際にそう考えた。
時折、グラスは何の意味もなく、こういう悪ふざけをすることがあったが、ギルガードは馬鹿正直にも何か意味を見出そうとするところがある男だった。
そして立ち合いが始まり、ギルガードがシンの剣を受けて思い出したのはボルディアナにいた頃に受けていたガルダの指導だ。
ギルガードからすれば、十分脅威になりうるシンの一太刀一太刀だが、ガルダの剣技と比べれば、まだまだ未熟なものだ。
それでもその根幹に流れるのはギルガードが憧れたガルダの剣技。
ギルガードの胸中には熱いものが込みあがった。
(副隊長が見ているのは、今のシンではなく数年後の成長したシンではないのか?怪我がなければ、ガルダさんが到達したであろうその高みさえをも軽々と越えていきそうな未来のシンを副隊長は見ているのではないか?)
ギルガードはシンを5級冒険者としては十分な技量を兼ね備えていると評価するが、自分を押しているとは言え、それでも現時点のシンはグラスがそこまで執着する実力の持ち主とは思えなかった。
未完の大器。
そんな言葉がふとギルガードの脳裏によぎった。
さらにギルガードはシンの剣技から大樹の根をイメージした。
それも単なる大樹ではない。
ガルダの指導という恵みの雨、栄養を根で余すことなく吸い上げ、天に上るように大きく太く成長していく神話に登場する世界樹だ。
対決しているギルガードでさえ、シンがこれからどこまで伸びていくのかその先が楽しみになってくる剣技。
(それでも、今はまだ負けてはやらない)
1年後、いや半年後のシンにさえ勝つことはできなくなっているだろうが、今のところ身体能力ではシンにわずかに劣るものの剣技の腕では決して負けていない。
ガルダから剣を学んだ先達としてのプライドがギルガードにもある。
そして、ある程度余裕を持たせた上での魔物討伐が中心の冒険者と、同等レベルのものと切磋琢磨する騎士とでは対人戦闘の熟練度という点でもギルガードに有利に働く。
(せっかくだ。今日は何としても勝ち、そしてそのまま勝ち逃げさせてもらうぞ)
これまでシンを睨み付けていたギルガードは不敵な笑みへと表情を変え、鋭い斬撃をシンに繰り出した。
(何かが変わった?)
シンはギルガードの剣を受け止めた時にふと気づいた。
ギルガードの表情だけではない。
ギルガードの振るう剣が今までよりも速く、そして重くなったような気がした。
事実、何合か木剣を交わすとそれは確信へと変わる。
(今まで手を抜いていたってことか?何が手抜きができない男だ)
シンは内心舌打ちをしたくなった。
ここまでシンの方がわずかばかりだが、確かに押していた。
ギルガードの剣技が騎士の中でどの程度のものかはシンにはわからない。
それでも功徳ポイントを使わない状態であっても、自分は騎士であるギルガードに負けてはいない。
今よりももっと強くなりたいと願い、ガルダに今まで以上に積極的に師事するようになってから半年。
騎士にも素の状態で押しているという目に見える成長ぶりを実感すると、グラスから逃げるための立ち合いであったにも関わらず、シンに勝ちに対する欲が自然と湧き出ていた。
しかし、勝ちの見えた状態であったのに、なかなか決定的なチャンスが見いだせず、ここに来て相手の斬撃が威力を増してきたのだからシンとしては愚痴の一つくらい溢したくなる。
だが、愚痴を言ったところで何かが改善されるわけではない。
シンは切り替えたつもりだが、その剣の振りは自然と今までよりも大きいものになり始めた。
ランスヴェルグからある種の死刑宣告とも言える魔獣討伐後の再教育を言い渡されたグラスだったが、それでも再び気を切り替えて、二人の立ち合いに目を注ぐ。
(ギルガードはきっかけを掴んだようだな)
そして、ギルガードの剣から迷いや力みが抜けた様子からそう評価した。
ギルガードは考え過ぎなのだ。
対決中に相手の癖を見抜こうとする、勝ちへの道筋を考える。それはいい。
対決後に勝敗の有無にかかわりなく問題点を検討する。それもまた当然だ。
だが、対決中のギルガードの思考はどこか後ろ向きなものであり、それが剣を鈍らせ、思い切りを悪くしているようにグラスには見えた。
冒険者時代に付き合いのあった知人でギルガードにとって格上や対等と言える者はそれほど多くはいなかっただろう。
だがガルダの指導を受けたと言えども、騎士になれば、周りには自分と同等、はるか格上の者達が大勢いた。
そのためギルガードは騎士になって以来、ある一定以上の技量を持った騎士達との訓練中の立ち合いで負けが込んだ。
そして、いつの間にか負け癖がついた。
その結果、一戦一戦の気迫に欠けるようになった。
次に勝つための布石として相手を注意深く観察している、自分の剣技について見つめなおしていると言えば、聞こえがいいかもしれない。
だが、グラスからすれば、勝負に対する執念に欠ける、勝負に対して言い訳をしている。
そう言わざるを得ない。
勝敗にかかわらず、一戦一戦に思いを込められないような戦いぶりではある時点から上へと上がれない。
ギルガードがどれほど熱心に練習してきたかは知っているグラスとしては歯痒いところがあった。
勝負に対する執念は誰かに指摘されて身につけるものではない。
少なくともグラスが言葉や指導でギルガードに学ばせてやることはできない。
だが、年下である意味では弟弟子と言えるシンが相手ではどうだろうか。
冒険者時代に憧れていただろうガルダの剣を色濃く刻まれたシンならば。
グラスはそう考えた。
結果として、グラスのたくらみは上手く行った。
今ここで何としてでもシンに勝とうと言う執念がギルガードから余計な雑念を振り払い、練習中に時折見せるギルガードにとっての渾身の一撃を勝負中に繰り出すことができている。
一方シンは……
「あれがあなたのお気に入りの冒険者ですか」
グラスに言うべきことを言った後、ランスヴェルグの目も自然とシンとギルガードの立ち合いに向けられた。
「なかなか先が楽しみな面白そうな子ですね。ですが、歪でもあります」
ランスヴェルグの目から見て、シンの戦いぶりは歪に見えた。
「ええ、そのようですな。ギルガードは成長のきっかけを掴んだ。そしてシンは歪さが目立ってしまった」
ガルダは対人戦で同程度の者とほとんど戦ったことがないというのを歪と評した。
シンはこれまでガルダやグラスといった格上の相手を除けば、自分よりも格下の連中としか対峙したことがない。
自分と同程度の力量を持った相手との対人経験に欠けているのだ。
もちろん、騎士と冒険者という環境の違いはある。
それでも普通は冒険者であっても、同程度の技量を持った仲間や知り合いと鍛錬を積む。
また同じ人から指導を受ける者同士で手合せを行う。
だが、シンの場合はそうではなかった。
原因はシンにある。
冒険者という人種は感謝をあまりしない連中だと判断し、一定の距離を保った付き合いしかしてこなかったことが同程度の技量を持った者と対人戦を積むきっかけを奪った。
格上を我武者羅に相手するときや、明らかに格下を相手するときは目立たないが、同程度のものを相手する場合のシンの歪さがグラスからすれば目立つ。
だが、ランスヴェルグがシンを歪と評価したのはそれだけではない。
「あの子の剣は何かを背負う剣、心に期するものがある剣でしょう。ですが、その背負うものに比べて、まだまだ彼の精神が追いついてはいないように私には思えます。背負うものがあるからこその歪さ?」
ランスヴェルグはどこか独り言のように呟く。
グラスにはランスヴェルグが何を言いたいのかはっきりとは理解できず、首を傾げた。
ランスヴェルグはグラスの期待に反し、どういった意味なのか説明をしない。
ランスヴェルグ自身、確信を持った説明ができないのだ。なんとなく感じ取っただけだ。
だからこそ、対人戦に未熟ではなく、抽象的に歪と評した。
「どうやら、そろそろ決着のようです」
ランスヴェルグがそう言ったのはシンの渾身の一撃でギルガードがかすかによろめいた瞬間だった。
(もらった!)
シンは自分の一撃でよろめいたギルガードを見て、勝利を確信した。
よろけた体勢から即座に剣を繰り出すことはできない。
シンは追撃をしかけ、勝負を決めようとした。
が、よろけたはずのギルガードは即座に体勢を立て直すと剣を握るシンの右手手首を打ち据えた。
よろめいたのはギルガードが自ら作った隙。
シンの油断を誘うためのフェイントだ。
ギルガードもシンからなかなか決定的なチャンスを見いだせなかったものの、シンと打ち合いを続けることでシンの対人経験の未熟さを見抜き、勝負に逸る未熟さを利用したのだ。
シンの手から木剣が離れ、シンの首筋にはギルガードの木剣が突きつけられた。
「勝負あり!そこまで!」
グラスの声が訓練場に響き渡った。
立ち合いに負け、呼吸の少し乱れたシンの額から汗が滝のように流れ落ちる。
(勝てる試合だったのに……)
今一歩、半歩だけ勝ちを得るのに足らなかった。
負けたとしても不利益はない。だが、シンの胸中には悔しさが込みあげる。
(もう一度やれば今度は……)
シンの頭にはそんな考えがふとよぎる。
シンは同じく額から汗を噴きだしているギルガードの顔を見た。
ギルガードはシンとの立ち合いを終え、満足げな表情で言葉を口にする。
「俺はもうやらないからな。やりたいなら、他をあたれ」
「何も言ってねえよ」
考えを読まれたシンは慌ててギルガードの言葉を否定する。
「どうだかな。顔は納得してないぞ。だが、俺は相手をしてやらん。受付に戻る必要があるしな。やりたければ、他に暇そうにしているやつに相手をしてもらえ」
「だから、何も言ってないだろ」
「勝ち逃げさせてもらうぞ。お前は一生俺に勝てない」
「なんだよ、それ。きったねえぞ」
シン達の言い合いを余所にグラスはランスヴェルグに声をかけた。
「総団長……」
「さて、私はそろそろ書類仕事の続きがあるので自室に戻るとします。ああ、グラス、言っておきますがくれぐれも強制はいけませんよ。強制は」
「……わかっております」
ランスヴェルグの言葉の裏を読み取ったグラスはニイッと口角をあげ、立ち去るランスヴェルグに一礼をする。
「ギルガード、そろそろ受付業務に戻るのだ。ふははは、シンよ。負け犬がキャンキャン吠えるのは見苦しいぞ」
「誰が負け犬だ。キャンキャン吠えてなんかいねえって」
「どうしてもギルガードと再戦したければ、そこにいるギルガード以外の騎士たちに全勝できるようになってみせろ。あいつらならいつでも喜んでお前の相手になるぞ」
「ちょっと、副隊長」
約束のため自分との対戦は加えないものの、グラスはシンにギルガードとの再戦のための条件をつける。
勝ち逃げを決め込んでいたギルガードは思わぬグラスの言葉に声をあげた。
「一回だけやって勝ち逃げするなど騎士のすることではないのである。勝ち逃げをしようなどとするのは次にやれば負けるかもしれんと自ら認めているようなものだ。どうして、自分の方がシンより成長が遅いと決めつける」
「……精進します」
次も負けてはやらない。
ギルガードは心にそう誓い、訓練場を後にした。
(あいつ、絶対吠え面かかせてやる)
シンには負けず嫌いなところがある。
勝ち逃げを宣言したギルガードにイライラとしているところにグラスに負け犬呼ばわりされ、いつの間にか訓練場にいた他の若い騎士達と立ち合いを行う羽目になった。
対戦成績は2勝4敗。
2勝のうち1勝はともかく、もう1勝は運の要素が大きい。
シンは魔獣討伐後にもう一度再戦してもらうことを約束し、昼過ぎに訓練場を後にした。
ギルガードを含めると休憩を何度か挟んだとはいえ、疲れが足に出てきていた。
シン達は4の城壁で預けた荷物を受け取ると、どこかで昼食を摂ろうと2の城壁と3の城壁の間にある庶民層のエリアへと戻る。
「シンじゃないか。お前ももう着いていたのか」
口髭を生やし、手には花束を持った男がシンに声をかけてきた。
シンにヴィアーテの村を勧めた冒険者であり、ヨーゼフと呼ばれる20代後半の男だ。
自称ボルディアナ1の伊達男であり、香水の匂いを普段から漂わせている。
「んだよ、ヨーゼフさんか。花束なんか抱えて、これから女遊びか」
「おいおい、女遊びなんて下品な言い方はよしてくれ。蝶は可憐な花々の間を飛び回る生き物なのさ」
「はいはい、そうですね」
「なんだ、お前。ひょっとして、足に来ているのか。さてはお前、ようやく女を知ったか。いくら覚えたてでも足腰に、グフォッ!」
騎士たちとの立ち合いで疲れていたシンはヨーゼフを見かけても、ヴィアーテの村の一件での仕返しをする気は起こらなかったが、満面の笑みを浮かべながらシンをからかおうとしてきたため、反射的に無防備な腹に一発入れてしまった。
ヨーゼフへの行動で功徳ポイントを減らされなかったことからすれば、ヨーゼフへの一撃は仕返しとして許容範囲内だと判断されたのだろう。
ついつい手が出てしまったシンは崩れ落ちるヨーゼフを見ながら、ホッと安堵の息をついた。




