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打算あり善行冒険者  作者: 唯野 皓司/コウ
第4章 5級冒険者 魔物討伐同行編
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第1話 シンさん、今日は野宿なのですか?

 領都グランズールはシンが拠点とするボルディアナから東南東に位置し、直線距離にすれば120㎞ほど離れている。

 ボルディアナはシルトバニア辺境伯領の中でも五指に入る都市であるため、ボルディアナとグランズールの間には街道が整備されている。

 この区間の街道では魔物や盗賊たちと出くわさないというわけではないが、それでも魔物の棲みつきやすい森や水辺などを避けて作られている。

 それに加えて、馬車などの車輪が回りやすいように定期的に大きな石などの障害物が除かれ、土の魔法なども使い、舗装されているのでこの世界では快適な道だと言える。

 そのため、多くの商人達がグランズールで仕入れるよりも廉価で魔物の素材が手に入るボルディアナへと荷馬車を走らせる。


 商人の中にも一部の冒険者や騎士達の様に魔力袋を所持する者はいるが、商品の運搬の大半は馬車を使ってなされている。

 商人たちが商品の運搬に魔力袋をあまり利用しない理由としてはいくつかある。


 一番の理由としては魔力袋の購入費用だけではなく、魔力袋の魔石の維持費が高額であることだ。

 魔石は魔力袋の中に入れている重量と時間経過により消耗していくが、商人たちが取り扱う商品は常に高級素材と言うわけではない。

 グランズールからボルディアナへと続く街道を利用する商人たちの多くは、行きがけの駄賃代わりに街道から少し逸れた村々で農作物などを買い込み、ボルディアナで卸し、ボルディアナで購入した魔物の素材をグランズールに持ち帰る。

 だが、農作物や階級の低い魔物の素材を大量に魔力袋に入れるのは維持費のことを考えれば、逆に利益を損なうことになる。


 また魔力袋を持っていたとしても戦闘能力を持たない商人が街から街、村から村へと移動する場合には護衛をつけることが多いが、その護衛役になる冒険者たちにも移動の足を与える必要があるため、馬車を用いない場合には馬を余計に複数頭は用意することが必要となるし、馬を乗りこなせる冒険者の数はそれほど多くない。

 そのため、馬術技能を必須とするとそれだけ依頼料が割高になったり、依頼を受けてくれる冒険者がおらず、出発したい日に出発できるかわからなくなる。


 さらに魔力袋への商品の出し入れが入れた本人しかできないという不便性も商人たちが商品の運搬に魔力袋を利用しない理由だ。




 明け方ボルディアナを出たシンやジルを乗せたエンジェも日が高く昇り始めると街道で何度も商人たちの一行とすれ違った。


 街道を歩く冒険者の姿はこの時期少なくない。

 7級以上の冒険者であり、騎士への取り立てや有力者とのつながりを欲する者は積極的にグランズールへと赴き、騎士団の魔物討伐に参加するのだから。

 だが、パーティを組まず、一人で冒険者稼業を営むものは少数であり、さらにまだまだ子どもとはいえ、すでに猫と言うには無理のあるサイズに成長したエンジェと歩くシンは幾人かの商人の一行から少しばかり奇異の目を向けられた。

 エンジェが警戒して軽く唸り声を出していたところを見ると、おそらくすれ違った商人の中には、エンジェに対して商品を見るような視線を向けた者がいたのだろう。


「エンジェ、落ち着け。相手にするなよ」


 シンがエンジェを宥めると素直に唸り声を抑えるものの、それでも品定めのような視線を向けられるのは不満らしく、不機嫌な自分に構えと言わんばかりにシンの膝付近にエンジェは頭を擦りつけた。


「シンさん、シンさん。うちの子にいやらしい視線を向けたおじさんに正義の鉄拳を食らわさないのですか?」


 ジルもエンジェに金に濁った視線を向けられたことでプンスカと怒っている。


「アホか。そりゃいきなりエンジェを奪い取ろうとしたり、連れ去ろうとかしたんなら、こっちも手を出せるけど、いきなり俺の方から絡んで暴力なんか振るったら、俺の方が悪者だろうが。恨まれて功徳ポイントも減るだろが、お前も馬鹿なことを勧めるんじゃねえよ」


 シンは功徳ポイントの取立人と言う自分の立場も忘れているようなジルを呆れた目で見た。


「むう、じゃあ、あのおじさんの不幸をお祈りするのですよ。……あのおじさんの足が臭くなって、家族から総スカンを食らいますように。お腹が減って、立ち寄った食堂で食あたりをしますように。いえ、食あたりじゃなくて不味いものや嫌いな食材ばかりを出す食べ物屋さんにしか入れなくなってしまうことをお祈りしたほうがいいかもしれないのです。それとえーっと、えーっと」


 ジルはむうむうと必死に頭を捻りながら、商人の不幸を祈っているが、その内容がしょぼい。

 内容が内容ながらもそれでもジルが自分のために真剣に怒っていることでエンジェは少しは機嫌を直したようで、通り過ぎた馬車を睨むのをやめ、シンの隣を寄り添うようにして歩く。


「エンジェ、グランズールはボルディアナよりも大きな街だからな。色んなやつがいるだろうけど、いちいち相手にするなよ。あと、俺からあまり離れるな。トラブルのもとだからな」


 シンの言葉にエンジェはそんなこと言われなくてもわかっていると言わんばかりにミャアとまだまだ子猫のような高い鳴き声で返事をした。


「エンジェ、グランズールは大きい街だからきっと美味しいものもたくさんあるのです。シンさんを連れてお店巡りとか楽しみなのです」

「こら、遊びに行くんじゃないぞ。グランズールに着いたら、まる1日くらいはのんびりできるけど、その後は騎士団の魔物討伐に同行するんだし、あんまり食べ歩きとか遊んでるような時間はないからな」

「シンさん、甘いのです」

「何が甘いんだよ」

「偉い人が言ってました。腹が減っては戦はできぬと。つまり食べ歩きなんかをして美味しいものをたくさん食べて、英気を養うこともまた仕事なのです」

「言葉の意味を都合よく解釈すんな。まあ、確かに騎士団との同行中、どんな飯が食えるかはわからないからな」


 騎士も冒険者も身体が資本だ。

 魔物討伐に参加する冒険者にも騎士団から食事も提供されるらしいが、野外で調理設備も整っていない場所での調理ともなれば、味よりもボリュームを重視したものになりそうだとシンは予想している。

 数日くらいであれば、単に肉や野菜を焼いただけのものと固めのパンでも量があれば問題ないが、何週間もそういった食事であればさすがに飽きてくる。

 そのため、美味しいものを食べて英気を養っておきたいという気持ちはシンにもある。


「そうなのですよ。食べれるときにきちんとしたものを食べておくことが大事なのです」

「……あっちに行って、手続きとかやることやってからだぞ」


 上手くシンから言質を取ったジルはまだ見ぬグランズールでの食べ歩きに思いを馳せた。





「そう言えば、シンさん。今日は野宿なのですか?」


 今日はエンジェの背の上で楽をしていたジルがシンに尋ねた。

 エンジェは時折ジルが自分の毛で遊ぶのを鬱陶しそうにしているものの小柄なジルを背に乗せていても別段疲れた様子は見せていないが、ジルとシンの会話に聞き耳を立てている。

 エンジェはベッドで丸まって眠るのがお好みだからだ。

 野外で眠るのも嫌ではないが、家と野外とでは家の方が良いに決まっている。

 ある意味では野生の本能が薄まっているように思われるエンジェだった。


 明け方にボルディアナを出発し、昼飯の時以外にも二度小休憩を挟んでいる。

 あと1刻(2時間)もすれば日も沈むだろうが、まだボルディアナとグランズールの中間地点に達したくらいだ。

 魔力袋にレザーアーマーと腰に帯びた剣という軽装のシンだが、さすがに日の昇っている間に百数十㎞という距離を進むことは魔力をフルに使っても少し無茶がある。

 鍛冶師クリスティーヌの言葉を信じるなら、いずれ3級冒険者になるであろうクリスティーヌのダーリンは自分の足でボルディアナとグランズール間を一日で移動したことがあるらしいが。

 シンもやってみれば、意外とできなくはないかもしれないが、いくら街道とは言え、途中で魔物や盗賊などと遭遇する可能性もあるのにそんな無茶な真似は試そうとも思わない。

 エンジェが成体になった時には、この距離であってもシンもジルの様にエンジェに乗せてもらうことで移動できるようになるだろうから、おそらくシンがクリスティーヌの妻の様に無茶な挑戦をすることは一生ないだろう。


「エンジェの夜間の索敵能力なんかを把握したいから、それでも良かったんだけどな。もうすぐ行ったあたりで村があると思うから、今日はそこで宿を取るぞ」


 シンはジルの野宿かという問いにそう答えた。


 ボルディアナとグランズールの距離を一日で移動する商人や旅人、冒険者などはほとんどいない。

 グラスの様に飼いならしたレッドホースの中でも大柄な駿馬に乗っての単独移動であるならともかく。

 そのため、街道から少し外れる形となるが、街道にほど近い村では空き家や宿泊専用の家を建て、宿を求める者に有償で提供している。

 村にとっては貴重な収入源となり、また日頃から冒険者や護衛を連れた商人を寝泊まりさせておくことは村を魔物が襲った場合でも助勢を求めれる可能性すらある。

 もちろん、冒険者や護衛を連れた商人もただで助けてくれるお人よしな者などほとんどいないが。

 シンが今日宿を取る予定の村はボルディアナを拠点とする他の先輩冒険者から勧められた村だ。

 その者も5級冒険者であり、グランズールでのんびりしてから騎士団の魔物討伐に同行するらしく、数日前にボルディアナを出発していた。

 おそらくすでにグランズールに到着していることだろう。


「なんていう名前の村なのですか?」

「ヴィアーテって名前の村らしいな。たぶん、この道を少し外れたあのあたりでうっすらと見えるあれがそうだと思うぞ」


 シンは街道から少し逸らして指さした先に薄らと村の姿が見えていた。



 ヴィアーテの村は人口500人を超える大きな村だ。

 ボルディアナとグランズールの中継地であり、多くの商人が護衛を連れて寝泊まりするため、金が落ち、自然と村自体が大きくなった。

 ベッドや机、椅子などを備え付けられた空き家を十軒以上用意し、それを訪れた者に貸し出しているだけではなく、他の村では滅多に見ない酒場までが村の中に建てられている。

 いずれは村ではなく、宿場町と呼ばれる規模に発展することだろう。


 シンがヴィアーテの村に着くと村の入り口付近にいた村人に村長の家を尋ね、村長の家へと向かう。

 村長宅にたどり着くまでに、すでに複数の商人の一行がこの村で宿泊のために空き家を借りているのが、大きな馬車が何軒かの家の前に泊められている様子からよくわかる。

 村長の家は今までシンが見た他の村長宅と比べても一際大きく立派なものだった。


「ボルディアナで冒険者をしているシンと言います。宿を借りたいんですが、空いている家はありますか?」


 シンはドアを叩いて、出てきた家人にそう告げると白髪交じりの黒髪の中年が出てきた。

 腹が突き出ており、着ている服もグランズールかボルディアナの物を商人から購入したのだろう、村人らしさがあまり感じられない者であり、その生活にはかなりのゆとりがあるのがシンの目からも読み取れた。


「お一人ですかな?空いているところは一軒だけ残っておりますが、うーん……」

「何か問題でもありますか?」

「いえ、複数人が寝泊まりできるところでして、お一人で泊まられるには割高になりますから、お一人で寝泊まりされるなら、他の商人の一行の護衛の方たちに頼んで、相部屋という形で安く済ませることもできますが、どうなされますか」


 村長がシンに告げた一泊の料金は銀貨2枚。

 相部屋と言う形であれば、大銅貨6枚と3分の1程度の料金になるらしい。

 食事は村の中にある酒場に行けば、提供されるが無料なのは一人分だ。

 足らない場合には、別料金になる。

 こういった村にしてはかなり高額な宿泊料金だ。


「別に割高になってもかまいません。ちゃんとギルドで登録していますが、魔物を連れているので相部屋なんかだとトラブルになりかねないので。賢い子で家の中を汚したりしませんが、空き家の中にこの子を連れても問題ないですよね」


 シンはエンジェを指さし村長が頷いたのを確認すると銀貨2枚を村長に手渡し、村長から空き家の鍵を受け取る。


「確かにいただきました。空き家の扉の前には数字が入れられているので11と書かれた家をシン殿はお使いください。あと、酒場にいる女性に対して声をかけるのは別に結構ですので村や他の村の者には気兼ねなくどうぞお楽しみください」


 一人で空き家に宿泊したいといったシンの言葉を曲解した村長はにやにやと少しばかり不愉快な笑みを浮かべる。

 シンは村長の言葉でなぜ他の先輩冒険者がこの村を勧めたのか理解した。


 他の村でも身なりの良い若い男性の商人や冒険者に時折街に憧れる娘が夜這いを仕掛けることもあるらしいが、この村ではある種村公認で夜の商売が認められているようだ。

 余所からの人が増えれば、そういった需要が生まれるのはシンにもわかる。

 不愉快な笑みを浮かべられたものの、悪意は感じられないし、ジルがこの村長の突き出たお腹以外には興味なさげにしていることから、悪行を重ねているわけではなく、美人局的なものでもないだろう。


 それでも、シンにこの村を勧めたのはこれまで何度かシンがいまだに女を知らない身であることをからかった冒険者だ。


(あの野郎、大きなお世話だ!)


 シンよりも数日先に出発したその男性冒険者はこの村で身も心も軽くしただけではなく、おそらく垢抜けたグランズールの街娘に鼻の下を伸ばしている頃だろう。

 シンは今度その男に会った際には一発ぶん殴ってやろうと心に決めた。


「これがなんたらを拗らせたってやつなのですよ」


 ジルはエンジェに対して、シンを指さして、シンには聞こえないように小声でそう教えていた。

次回は20日の午前11時

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