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打算あり善行冒険者  作者: 唯野 皓司/コウ
第3章 6級冒険者 母と子、新たな相棒編
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第16話 ガシャーン、ガシャーン。発進なのです

 翌朝、シンは朝食を食べて少し経ってから、ジルとエンジェを連れて、ゴンザレス、もといクリスティーヌの鍛冶工房に訪れた。

 スカイタイガーの牙の加工、細工をできないかの相談だ。

 シンとしては今のところ親しくない人にはエンジェの正体をばらしたくないため、信頼の置ける者でないとスカイタイガーの牙の加工などは頼めない。

 その点、クリスティーヌは性格や見た目はともかく、シンがスカイタイガーの牙を持って行ったところで誰かに言いふらしたりはしないだろう。


「お邪魔します。クリスティーヌさん、シンです」


 そう言って、シンはクリスティーヌの工房の扉を開けた。

 今日のクリスティーヌは朝早くから剣を打ち、一息ついたところだ。


「あら、シンちゃん。朝からクリスティーヌに会いに来てくれたの?」


 そのため金髪縦ロールのかつらをかぶって優雅に足を組み、お茶を飲んでいるところだった。

 今は昼下がりではないから、クリスティーヌの最近のテーマである気だるげな昼下がりの貴婦人とは関係ない。

 単に被りたかったから被って、お茶を飲んでいるだけだ。


「クリスティーヌさん、それ、そろそろやめときましょうよ。何かこの前、ギルドで耳に挟んだんですけど、この店をたまたま訪れた冒険者が悲鳴を上げて逃げ出したらしいじゃないですか」

「んもう、失礼しちゃうわよね。きっと、あの子ね。そんないけない子には剣を打ってあげないんだから。プンプン!」


 いかついおっさんが金髪縦ロールのかつらを被り、ハート模様の入ったピンクの作業着を着ているのはなかなか目にきついものがある。

 しかも可愛い子ぶって、指で頭に角を作って、少しでも表情が可愛らしく見えるようにと斜めを少し意識しながら、プンプンと言っているんだから、初対面でなくても精神的にかなりくる。

 クリスティーヌを見て悲鳴を上げてしまった冒険者に罪はないだろ、とシンは口には出さないものの思っている。


「クリスティーヌさん。これ、お土産です。お子さんたちと食べてください」


 シンはまず昨日ランカサスで購入させられた果実をいくらかカウンターの上に置いていく。

 孤児院に持っていくにしても、やはり量が多いのだ。

 子どもを2人抱えているクリスティーヌにも多少おすそ分けをしておくべきだとシンは考えた。


「や~ん、お土産なんて持ってきてくれるなんてクリスティーヌ超感激。シンちゃんってば、やっさしーい」


 クリスティーヌは果物のお土産に身体をくねらせながら、喜んでいる。

 ジルもクリスティーヌの真似をして、身体のくねらせ方を研究している。

 クリスティーヌの仕草の破壊力だけではなく、ジルがまたしてもいらない知識を身に付けてしまいそうな状況に、シンとしては頭が痛くなってくる。


「この身体のくねらせ方はボクシングのディフェンスに通じるものがあるのですよ。一流は一流を知るってところなのです」


 ジルが戦う機会はないのだから、ボクシングのディフェンスなんかを覚えてもまるで意味がない。

 いや、ひょっとするとエンジェへのリベンジを考えているのかもしれない。

 だが、あまり深く考えるのはやめよう。

 ジルの言っていることを深く考えると熱が出てきそうだ。

 シンはクリスティーヌの真似をするジルを見て、そう思った。 


「あら~ん、シンちゃんってば、今日はトレビアンなお客様まで連れてきているじゃない!」


 シンの足下にいたエンジェに気づいたクリスティーヌはエンジェにゆっくりと近づく。

 意外なことにエンジェは警戒した様子を見せない。

 シンとしては、エンジェがド迫力満点なクリスティーヌに驚いて、フシャーと声を上げることを予想していた。


 だが、エンジェは今のところ人間の美醜や服装などに興味がない。

 まだ人間をそれほど多くは見ていないため、こういう人間もいるのかと思う程度だ。

 エンジェにとっては、人間でいえば美人に当たるとしても、いきなり抱きつこうとするアメリアの方が警戒すべき相手だ。


「ええ、こいつのことでちょっとお願いが」

「あら、お願いって何かしら。お土産もくれたし、クリスティーヌは今ご機嫌だからカモン、カモンよ」

「クリスティーヌさんってアクセサリーとかの細工とかもできますか?」


 シンはクリスティーヌにスカイタイガーの牙を見せた。



「そういうことね。つまり、シンちゃんはこの子に形見の品で何か作ってあげたいって話なのね。私、そういった話には弱いのよ。ここはクリスティーヌに任せなさい」


 シンから一通り話を聞いたクリスティーヌはその逞しい胸をドンと叩いた。

 クリスティーヌは実用的ではあるが、儀礼の際にも使えそうな剣も作ったことは数多くある。

 その際に煌びやかな装飾が施された鞘を作ることもあったため、シンの要望くらいは十分にこなせる自信があった。


 シンがクリスティーヌにエンジェのことを詳しく語った理由はクリスティーヌが金にほとんど興味のない人間であり、エンジェに危害を加える可能性がほぼないに等しいと判断するからだ。

 シンに魔鋼銀の剣を作った時、相場をはるかに下回る値段しか取らなかったことから考えても、それは明らかだ。


「でも、穴を作ってチェーンなんかを通すだけじゃ、スカイタイガーの牙だって気づく人がいるから、色々と削ったりして形を変えたいけど、いいのかしら?」

「エンジェ、それでもいいか?」


 シンはエンジェの頭を撫でながら尋ねるとミャアーとは鳴いたが、特に嫌がる素振りは見せない。

 おそらく問題ないだろう。

 あと3本は残っているし、最悪エンジェが気に入らなくても何とかできる。


「そう言えば、スカイタイガーの牙ってどのくらいの価値なんですか?あんまり市場に出回っていないってことくらいしかわからなくて」

「ん~、確かスカイタイガーって4級なんだけど、撃退はともかく、倒すとなるとかなり難しいって話は聞いたことがあるわ。勝てないと思った相手には飛んで逃げちゃうだろうし。よほどの腕利きが隙をついて一気に決めるか、汚い手段でも使わないと倒すのは相当困難だから、正確には値段がつけられないのよ」


 シンとしてはスカイタイガーの牙を金に換えることも将来的には検討していたから、値段が決まっていないのは困る。

 オークションに出すにしても目安となる金額がないと、シンとしては判断に困るのだ。

 どうしようかと頭を悩ませるシンにクリスティーヌは助言をする。


「シンちゃん、残りの3本は売らずに置いといたほうがいいかもぉ。シンちゃんが上を目指していくなら、そのうち貴族にも知り合いができるかもしれないし、贈り物にもなるわよ。スカイタイガーは雄よりも雌の方が牙の価値は高いの。子どもを守るためなのかしら、身体は雄よりも一回り小さくても雌の方が牙は立派なの。これぞ、母の愛ってやつね。トレビア~ン。だから、子供の健やかな成長を望む貴族なんかにはお守りとして人気があるわよ」


 それを聞き、シンは一旦スカイタイガーの牙の売却を保留にすることにした。

 クリスティーヌは首飾りにするよりも分断したものに丸みを持たせ、チェーンなどを通し、腕輪にすることをシンに勧めた。

 魔物登録の首輪がある以上、首飾りにするよりも腕輪の方がエンジェにとって好ましいと判断したためだ。

 そして残りの部分は、髪飾りでも作ってそれに付け加えようとシンに提案する。


「エンジェちゃんも女の子なんだから、うんとお洒落をさせてあげないとね」と言うのがクリスティーヌの言葉だ。

 シンはエンジェが雌だと言った覚えはないのだが、クリスティーヌの乙女の直感が発動したらしい。

 シンにウインクをするクリスティーヌに対し、突っ込まない、突っ込まないぞとシンは必死になって自分を抑えた。



 シンはクリスティーヌに腕輪と髪飾りの前金を支払うと、少し早めに昼食を済ませる。

 ちょうど昼時なのでまだ少し早いかと思ったが、シンは孤児院を訪ねることにした。

 デザート代わりに果物のお土産を届けてやろうと思ったからだ。

 昼食を済ませたジルはシンから受け取った果物を食べ終えると、エンジェの背に跨り、鼻歌を歌っている。

 何の歌かはわからないが、音程が外れているようにシンには感じられる。

 間延びしたしゃべり方をするジルは歌を歌っても、のんびりと歌うせいでどうもいまいちなのだ。

 自己風にアレンジしているようだが、それでも上手いとは言い難い。



 ジルは他から可愛がられるエンジェに少し嫉妬することはあっても、エンジェのことが大好きなようだ。

 シン以外の遊び相手ができたと喜んでいる。

 一方エンジェはジルは認めないだろうが、ジルを自分よりも下、良くて同格程度に見ているようにシンには思える。

 魔生の森からの帰路にジルがエンジェの猫パンチに敗北したためだろう。

 それでも二人の仲は良好だ。


 シン達が孤児院に到着した時、まだお昼ご飯を食べている最中なのか、孤児院の敷地には子どもはいない。

 シンが孤児院の中に入ると、子どもたちのにぎやかな話し声が聞こえた。


「おーっす。デザートに新鮮な果物はどうだ?」


 シンはそのまま子どもたちが食事を摂っている広間に上がり込む。


「あっ、シン兄ちゃん。猫も一緒だ」


 この前、エンジェと遊びたがっていた子どもたちはエンジェを見つけると喜んだ。


 子どもたちはシンから果物を受け取ると、小気味良い音を立てて、皮も剥かずに食べる。

 ジルが先ほど食べたにもかかわらず、子どもたちが食べている様子を見て、涎を垂らしているのを見て、シンはもう一つだけジルにも渡した。

 シンもリリサに孤児院に渡す予定だった残りの果物を渡し、一部でシン用のジャムを作ってもらえないかと頼むとリリサは快く引き受けてくれた。


 昼食を摂り終えた子どもたちは孤児院の敷地で追いかけっこを楽しむ。

 エンジェも一緒だ。

 子どもたちにはエンジェを強く掴んだりしないように注意をし、エンジェにも子どもたちを引っかいたり、噛んだりしないように注意するとシンは遠巻きからエンジェと子供たちの様子を眺める。

 子どもたちはエンジェを誰が一番先に捕まえられるか競争しているようだ。


 エンジェを人に慣れさせる上で孤児院の子どもたちは格好の相手だ。

 もしエンジェが引っかいてしまっても、小さな怪我ならロベルドが治してくれるし、誰もエンジェをそこまで責めないだろう。

 それに子どもたちがエンジェに対して敵意や金銭目的な邪な考えを抱くことはない。

 まずは子どものような相手に慣れさせるのがエンジェがこれから人間の多い街などで生活していくうえでの第一ステップになるとシンは考えている。

 それに慣れたら、敵意のようなものにも慣れさせるためにスラムなどを一緒に回ってみようと考えている。

 シンはスラムで顔が売れているため、一緒に回ると言っても、一定の距離を保ちながら、エンジェの好きに行動させてみるつもりだ。



「シン君、果物をたくさんいただいたようでありがとうございます」


 エンジェと子供たちを眺めているシンの後ろからロベルドが声をかけた。


「ロベルド先生、こんにちわ。エンジェを、あいつを子どもたちと遊ばせています。許可も取らずにすいません。実は、あいつ」

「ええ、魔物の子どものようですね。それはかまいませんよ。シン君が飼う子なら、きっとエンジェも子どもたちにとって良い友達になれるでしょう。何、子どもは多少転んだりして怪我をするものです。特に心配する必要はありませんよ」


 ロベルドはシンの謝罪の言葉とエンジェの首輪から、エンジェが魔物の子どもであることをあっさり見抜いた。


「まあ、シン君のことですからわかってくれているとは思いますが、お預かりまではできませんけどね。もし何かあれば、私としては子どもたちを優先しなければなりませんし」


 ロベルドの言いたいことがシンにもわかる。

 アメリアから忠告されたことだ。

 シンが遠出をするからと言って、エンジェを孤児院に預ければ狙われる可能性がある。

 万が一、子どもが連れ去られたりした場合、ロベルドはエンジェと交換してでも子供を助けようと考える。

 だから、ロベルドは預かることはできないとあらかじめシンに言っているのだ。


「わかってます。あいつはもう俺の身内ですし、どこか遠出する際でも連れて行くつもりです。あいつにも狩りとかを覚えさせる必要もありますし。まあ、野生の本能として教えなくてもやれそうな気もしますが」

「それがいいでしょう。でも、シン君がここに来るときは、これからも連れてきてやってください。子どもたちも喜びますから」

「はい、そうします。ところで、マックスは皆と上手くやれてますか?」

「ええ、マックス君もビアを助けてからは上手くやっておりますよ。時々ですが、兄のように小さな子の世話も見てくれるようになりました」

「そっか。それは良かった」


 ロベルドはそれから少しシンと話をしていたが、代筆作業、孤児院の運営の帳簿をつけるために書斎に戻った。

 リリサがここで働くようになってから、ロベルドも少し余裕ができたようで、神殿には秘密でスラムの怪我人の治療を行う回数を増やしている。


 以前からロベルドのスラムの住人の間での評価は高い。

 そのため、スラムの住人で積極的に孤児院を狙うような者は少ないだろう。

 もし、ばれれば、即座に通報されるだけではなく、周囲から袋叩きに遭う可能性が高いからだ。

 シンとしては最初はまったくの善意だけで治療行為を行っているのかとも思ったが、ロベルドの中ではそういった計算もある。


 犯罪を犯すのはやはりスラムの生活困窮者などが多い。

 そのスラムを押さえておけば、より孤児院と孤児院で暮らす子どもたちの安全が増す。

 もちろん、ロベルドとしては少しでも多くの困った人に手を差し伸べたいと言う思いがあるが、そういった思惑がないとは言えない。



「じゃあ、ジル。俺たちも追いかけっこに混ざるとしようか」


 シンは果物を齧りながら、エンジェと子どもたちの追いかけっこの様子を少し羨ましそうな顔で眺めていたジルに声をかけた。


「ふぇっ?でも、子どもたちにはジルは見えないから混ざってもつまらないのですよ」


 シンはジルを肩に乗せるとジルに説明する。


「子どもたちにはジルは見えないから、普通じゃ一緒に遊ぶのは難しいだろうな。だから、今日のジルは操縦士になったと思えばいい。ジルの指示に合わせて、俺が動いてやるから混ざりに行くぞ」


 ジルはシンの言葉に目を輝かせた。


「それじゃあ、早く行くのですよ。ガシャーン、ガシャーン。シンさんロボ、発進なのです」


 その日、シン達はクタクタになるまで子どもたちと追いかけっこをした。

 子どもの遊ぶときの体力は相変わらず無尽蔵なものがあるとシンは実感した。

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