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打算あり善行冒険者  作者: 唯野 皓司/コウ
第1章 7級冒険者編
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第6話 ブラックリストが調子こいてんじゃねえ

 慎一とジルの前に着地した大きな鳥の背中から、胸元の大きく開いた真っ白なドレスを身に纏った金髪の女性が降りてくる。


「セシリア姉さま、わざわざご足労ありがとうなのですよ」


 セシリアと呼ばれた女性がリンゴのような赤い唇を妖艶に弧を描かせ、ジルに対して微笑みかける。


「ジル、あの人ってジルのお姉さんなのか?」


 幼い容姿のジルと似ても似つかぬセシリアを見て、慎一はジルに尋ねた。

 慎一にはジルの年齢がわからない。

 それでもセシリアとジルの間の年齢が遠く離れていることと、二人の容姿には金髪くらいの接点しかないことくらいはわかる。


「違うのです」


 ジルは慎一に対してセシリアとの家族関係を否定する。

 それなら姉さまというのは年長者に対する敬称と言ったところか。


(子どもみたいなジルが300年のもやし生活は嫌だとか口にするくらいなんだから、俺らなんかとは生きる時の流れが違う相手。いったい何千、いや何万歳なんだろ)


 見かけどおりではない年齢であるセシリアだが、その容姿は美しく、開いた胸元からこぼれんばかりの胸は豊満で、まだ15歳の慎一の目は釘付けになるのも無理はない。


(とりあえず拝んどくか。何歳だろうが素晴らしいものは素晴らしいからな)


 セシリアは慎一を一瞥することもなく、ジルの側に駆け寄り頭を撫でる。


「ジル、偉いわね。今日はちゃんと私に連絡できたのね」


 先ほど電話でジルを叱責していたとは思えないような優しい声色でジルを抱き上げ、頭を撫でる。


「えへへ、ジルもやればできる子なのですよ」


 セシリアから褒められているジルも満更ではなさそうだ。


「さてとジル、お姉さまは少しあの男と話があるから、ジルはちょっと席を外しなさい。大丈夫、ジルの悪いようにはしないわよ」


 ジルの頭を撫で終えたセシリアは、ジルの身体から名残惜しそうに手を離し、ジルに対して指示を出した。


「あの、あの慎一さんをあまり怒っちゃやなのですよ」

「大丈夫よ、ちょっと契約内容について話をするだけだから。ジルが心配するようなことは何もないわ。ローゼ」


 セシリアが地に伏していた大きな鳥の名を呼ぶとローゼは嘴でジルを抱え、バサバサと上空に飛翔した。


「ぜ、絶対なのですよ~」


 心配するジルの姿が猛スピードで慎一の視界からは遠ざかる。

 慎一はセシリアが契約内容について話をするという言葉を聞き、まだ交渉の余地は残されていると気を引き締めた。


 セシリアは遠く離れていくジルに対して手を振り終わると、慎一の方を初めて見た。

 ジルに対する視線とは違い、凍りつくような冷たい見下した目線。

 慎一とセシリアとの間にはある程度の距離があったはずだが、慎一が気づいた時にはセシリアとの距離は目と鼻の先だった。


「ブラックリストが調子こいてんじゃねえわよ!」


 セシリアは大きく振りかぶり、慎一の鳩尾に拳を突き放つ。

 心の臓を震わせるような深い痛みが慎一に走った。

 口から唾液や胃液は出ない。

 ジルの説明ではすでに慎一は魂の存在になっているのだから。

 代わりに直接魂を削られたような気すらする。


「ふん、ジルに免じて一発だけで勘弁してあげるわ」

「そ、それはどうもありがとうございます」


 慎一はセシリアには絶対逆らってはならない。頭ではなく心でそう理解した。


「さてとそれじゃあ話を契約内容の話に移るわね。一応ジルに被害が及ばないように嘆願書を思いついたことだけは褒めてあげるわ。それでね、あなた今回ジルに与えた損害についてちゃんと理解してるのかしら」

「損害?」


 慎一とて、ジルが自分に功徳ポイントを貸し出し、それが回収できない以上はジルも叱責されることくらいは理解している。

 それでも損害について理解しているのかと言われると、どういった損害がジルに発生しているのかまでは理解できていない。


「わかってないようね、ジルが転生者から1割のポイントを給料として受け取るのと同様に貸し出した損害の一割がジルの借金になるのよ」


 慎一の出した赤字はおおよそ1000万ポイント。

 そうなると当然ジルにも100万ポイントの借金が発生している。

 ジルを可愛がっていることが傍目にもわかるセシリアが慎一に対して怒りを持つのも仕方がない。


(でも、魂への刷り込みが失敗してなかったらきっと俺だって日頃から)


 慎一の考えを読んだかのようにセシリアは慎一を諭す。


「確かにジルにもミスした責任がないわけじゃないわ。でも10回も人として生きるチャンスをもらえてたのよ。あなたが覚えてなくとも10回の転生のためのポイントを前借りし、それに利子がつくのもあなた自身が納得したもの。10回もチャンスがあったのだからそのうちの一度でも多くの人から日頃から感謝されるような人間になっていれば、ここまでの赤字は出なかったはずよ」


 10回の人生で一度も自分が多くの人から感謝されるような人物にはなれなかったと指摘され、慎一は黙り込んだ。


「そしてあなたはもう一度チャンスを求めているようだけど、あなたが今度も失敗すればまたジルの借金が増えるだけだわ。……まあ、あなた程度の赤字なら私にとっては痛手じゃないのに、ジルったらこればっかりは『自立した大人の女性は人に頼らないのです』って言って私の援助を受けないし」


 1000万ポイントの借金もセシリアにとっては端金に過ぎない。

 本来なら慎一のような人間をセシリアが相手をすることはないのだが、セシリアが可愛がっているジルに関わるとなると話は別だ。


「とは言っても担当相手の少ないジルをこのままにしておけば、私もジルを見ていて辛いわ。そこであなたに選択肢をあげる。素直に輪廻転生の輪に加わるか、ジルの取り分を5割にするか」


 5割。天界の取り分を入れると6割。

 正直厳しい条件だがそれに縋るしか慎一には術がない。


「あら、勘違いしてるようね。ジルには5割だけど、天界に2割、あなたの今回の借金を今回肩代わりする私に1割よ。天界もブラックリスト入りしてる者に貸し出すんだから1割で済むはずないじゃない。そしてジルの立場は今回については私から委託を受けた担当者って形ね。もちろん完済できれば、来来世からは私は取らないし、天界の取り分も1割に戻るわ。ジルの取り分もあなたがジルに持ち出した3割で構わないわ」


 セシリアとしてはこれ以上ジルの借金を増やさないようにするために考えた提案だ。

 天界にも後で慎一にチャンスを与えたことを責められないようにするための条件であり、決して悪辣なものではない。

 セシリアが貸し出す以上、セシリアが一割を受け取るのも規定通りに過ぎない。



 合計8割が差っ引かれる。

 2割で1000万ポイントを稼ぐ必要があるから、最低でも5000万ポイントを稼ぐ必要がある。


(どんな聖人にでもなれば、それだけのポイント稼げんだよ)


 それでもセシリアの提案を蹴れば300年は寄生虫生活。

 慎一が受け入れれば、もう一度人としての人生を送ることができる。

 まだまだやりたいことのあった慎一はセシリアの提案を受けることにした。

 続きを読みたい漫画やゲームもたくさんある。

 恋愛だってしてみたい。

 条件がきつくともやってみるだけの価値がある。

 資産家になって寄付とか発展途上国の発展に寄与できれば、うまくポイントを稼げるかもしれない。


「その条件でお願いします」


 慎一がセシリアの提案に頷くと上空に向けたセシリアの手のひらから神々しい光が放たれる。

 豆粒レベルだった鳥の姿がどんどんと近づいてくる。


「あわ~怖いのです!高いところは怖いのです」


 ジルの悲鳴が慎一にも届く。


「自分でも飛べるのに高いところを怖がるジルって本当に可愛いわあ」


 セシリアはうっとりとジルの悲鳴を楽しんでいる。

 セシリアにとって、泣いているジルも喜んでいるジルも笑っているジルもすべてが愛おしいのだ。


「あう、地面です。母なる大地にジルはたどり着いたのです!」


 地面にようやく到着したジルはその小さな足で大地を踏みしめ喜びの声をあげる。

 セシリアはそのジルの雄姿を携帯の動画機能を使い、鼻から情熱を垂らしながら撮影している。


「ジル、この男と話が済んだわよ。やったわね、ジルの取り分は5割になったわよ」

「お~凄いのです。これでお菓子買えます?」

「ジルがたくさんお菓子を買えるようにこの男にも頑張ってもらわなくちゃね」


 5割ということで興奮するジルの頭を撫でながら、慎一との契約内容をセシリアは説明する。

 自分の取り分が5割と言うことに興奮していたジルだったが、今回における慎一の取り分がたった2割に過ぎないことに気づくと顔を少し青ざめさせた。


「セシリア姉さま、それじゃあ慎一さんがあまりにも可哀想なのです」


(ジル大好きセシリアなら、ジルを味方につければ少しは条件が改善されるかも)


 慎一がそう思い、ジルを何とか説得できないかについて思案してみたが、それはすぐに諦めた。


「大丈夫よ、ジル」

「大丈夫なのですか?」

「ええ、大切なのは相手を信じてあげる心なのよ。ジルが慎一を信じてあげるだけできっと慎一は頑張れるはずよ」

「おお~なんかカッコいいです。さすがはセシリア姉さまなのです」


 慎一ですらチョロいと思ったジルを説得するなどセシリアにとってはお手の物だった。


「あの、せめてできれば、日本のちゃんとした教育の受けれる家庭に転生させてもらえませんか」


 慎一は日本に転生できることを願った。

 英語はそれほど得意でもないし、貧困の厳しい国の家庭に生まれ変わる場合、それだけ1000万ポイントの完済が難しくなる。


「それは無理よ」

「じゃあ、どこの家庭に生まれ変わるんですか?イギリス、アメリカ、フランス?まさか人口の最多な中国?」

「地球じゃないわよ、地球じゃ人型転生が大人気過ぎて今はブラックリスト入りしてる転生者に使う枠なんてないの」


(地球じゃない?それじゃあ俺は宇宙人にでも転生するのか)


 頭のでかい火星人なんかの姿を思い浮かべ、慎一の頭はくらくらした。

 そんな慎一を見て、セシリアはにっこりと笑い、転生先の名前を告げた。


「安心しなさい、そんなんじゃないわよ。あなたたち日本人が大好きな剣と魔法の世界、ジルドガルドよ」

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