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打算あり善行冒険者  作者: 唯野 皓司/コウ
第3章 6級冒険者 母と子、新たな相棒編
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第8話 ジルの見つけてきたもの

 魔生の森。

 そこは手つかずの植物などが生い茂る、魔物たちの楽園。

 シルトバニア辺境伯領だけではなく、ジルドガルドの幾つもの国の領土に接し、その面積はシルトバニア辺境伯領の優に5倍を超えるとされている。

 魔生の森は浅い領域でも6級の魔物が多く出てくる危険な森林であり、森の中心部ともなれば、5級どころか4級、3級の魔物たちが多く棲みついている。

 そのため、7級以下の冒険者達が訪れるようなことはめったになく、6級や5級冒険者であっても、森の浅い領域までしか立ち寄らない。

 澄み切った空気と豊かな自然、そして大量の魔物。

 魔生の森の奥深い領域では4級や時には3級以上の冒険者が希少な魔物を狩り、金になる植物を採取する。

 また諸国を武者修行中の強者達の中には魔生の森を好んで修行の場にする者もいる。

 だが、そんな彼らでさえ一歩判断を誤れば死亡、行方不明になるといったケースが後を絶たない。

 いまだ、その森の全貌を知る者はいないとされるジルドガルド最大級の魔境の一つだ。


 シンとジルはまだ薄暗い、3刻(6時)の鐘が鳴る前にボルディアナを出発した。

 魔生の森の入り口はボルディアナから西に直線距離で40㎞弱。

 シンがひたすら西へと急いで進めば、3時間とかからずに着く計算になる。

 

 途中で何度か魔物と出くわしたが、一太刀で斬り殺すと素材を剥ぐこともなく、魔生の森へ向かって駆けていく。

 心の中ではもったいないとは思いながら。


 シラガイの村に行ったとき、グレイトホーンブルの剥ぎ取りやアルメドビアの採取で到着が遅れたおかげで結果としてダリア達を助けることができた。

 だが、今日は時間を無駄に使うわけにはいかない。

 魔生の森の中で日が沈むようなことがあれば、ジルという相棒がいても、実質的には一人で活動しているシンにとってはあまりに危険な状況に追い込まれることになる。

 万が一ボルディアナまで日帰りできないとしても、魔生の森を抜けて、見晴らしのいいところで野営をして一夜を過ごす必要がある。

 帰りに時間の余裕があれば、金になる部位や昇級のための討伐証明部位などを剥ぎ取ることもあろうが、少なくともどのくらい時間がかかるかわからない行きの段階からそんなことをしている余裕はない。


 シンは魔生の森の入り口付近にたどり着いたのは予定通り、太陽の位置からして4刻半(9時)頃だった。


 シンとジルは魔生の森に入る前に軽食を摂る。朝食を食べた時刻が早かったこともあり、小腹が減っているうえに、ひとたび魔生の森に入れば、次はいつ頃軽食を摂れるチャンスがあるのかわからないからだ。

 

 ジルはシンから手渡されたサンドイッチを頬張りながら、シンに尋ねる。


「ところでシンさん、どういった形でお婆さんから頼まれた薬草を探すつもりなのですか?」

「なんか婆さんの話だと、金になるターフネスって薬草は土の養分を相当奪うものらしくてな。逆にコルドって薬草はそれほど土の養分を必要としないから共生できるんだとよ。どの方向を進んでいけばいいかとか目印になりそうなのを婆さんから一応聞いてるけど、ジル、サンドイッチを食べ終わったら、空高く飛んでくれ。魔生の森の中で、木があまり生えてないところがないか確認してくれ。そのターフネスが群生しているような場所だと樹木の背丈が低かったり、木があんまり生えてないと思うんだ」

「そうなのですか。なるほど、わかったのです。それはそれとして、サンドイッチお代わりなのです。シンさんもしっかり食べるのですよ。腹が減っては戦はできないのです」


 ジルはシンにサンドイッチのお代わりを4回ほどした後、「それでは行ってくるのですよ」と手をシュバッと上げるとパタパタと飛翔する。

 200mほど飛翔して、魔生の森を眺めるジルの目にはどこまでも緑が続く広大な森の様子が映った。

 魔生の森は奥に行けば行くほど、その木々の大きさは増している。

 すぐ入り口の浅い部分では木の背丈は10mから20m程度のものが多い。

 だがジルの視力でも確認できる森の深い部分ではジルの飛翔した高さと大して変わらないような背丈の巨木の姿を見ることができた。


「この森は随分とおっきいのですねえ」


 ジルは感心したかのように独り言を口にした。

 とはいえ、老婆の話では森に入って2時間程度に群生している場所があるらしいから、森の入り口から見て、5㎞から10㎞程度の距離を中心に見ていけばいい。

 ジルが目を凝らして確認すると、入り口から10㎞もいかない距離に木々の背丈が一際小さくなり、ぽっかりと丸く開けた場所に草花が生えている緑の絨毯が見つけることができた。

 おそらく老婆の言っていた場所はあそこで間違いないだろう。

 ジルは森の浅い部分で目印になりそうな大きめの木々やそこに行くまでの小川などの数を確認したうえでシンの元へと戻る。


「ジル、どうだった。わかったか?」

「ジルの穢れのない綺麗なこのまなこがばっちり確認したのですよ。お婆さんの言ってた通り、10㎞もここをまっすぐ行けば、木がちっちゃくなってて、森なのに原っぱみたいになっているところがあるのです」

「そっか。じゃあ、そろそろ森に入って、さっさと採取を済ませて帰るか。婆さんからターフネスで作った薬の利益を受け取ったら、ジルの小遣いも少し多めにしてやるから、森に入ってからも途中で何度か位置を確認してくれ」


 そう言って、シンはジルの頭をグリグリと撫でる。


「わ~い、これでまた充実した市場巡りやお店巡りができるのですよ」


 ジルはお小遣い増額という話を聞いて、諸手を挙げて喜んだ。



 シンは左肩にジルを乗せると魔生の森へと入っていく。

 ジルはシンの肩に後ろ向きに座ると、首をキョロキョロさせて後方と左右を確認する。

 シンは剣を片手に持ち、いつ魔物がやってきても即座に対応できるような姿勢を取りながら、森を前へ前へと進んでいく。

 魔生の森は巨木が大量に生えているため、日が昇っているというのに薄暗い不気味さを感じさせる。

 時折、魔物の鳴き声が聞こえてきたり、風で木の枝が揺すられる音がするたびにシンは立ち止まり、周囲を注意深く観察した。

 およそ10分おきに魔物と出くわす。

 前方にいることもあれば、シンの肩に座って周囲を警戒していたジルが左右、後方にいるのを発見することもある。

 シンはそのたびに魔物達の命を刈り取っていく。

 いくら後方にいる、回避していける魔物と言えど、放置しておけば、後で囲まれる恐れもあるからだ。

 薬草の採取地まで魔物を引き連れていくわけにはいかない。

 ブラッディ―グリズリー、獲物を見つけると猛突進してくるレイジボアーという大猪、獰猛で肉食であるキラーラビット。

 シンが斬り殺した魔物の血や遺体は大地へと還り、やがてこの魔生の森の植物の栄養源と変わるだろう。

 また、斬り殺された魔物の遺体は他の魔物の餌にもなる。

 シンが立ち去った後、冒険者などが倒した魔物の肉を狙うことから屍肉漁り(スカベンジャー)と呼ばれて嫌われる犬型の魔物がシンの斬り殺した魔物の肉に嬉々として牙を立てていた。


 魔物を効率よく狩る上で、魔生の森はそれに適した場所と言えるだろうが、ソロで活動しているシンには向かない。

 シンが魔生の森の中で剥ぎ取れるのは、討伐証明箇所と本当に欲しい一部分の素材程度だろう。

 長々と剥ぎ取りを行ううちに、魔物に囲まれでもすれば、それだけ命の危険が増すからだ。

 じっくりと剥ぎ取れるとすれば、見通しのいいところで倒した魔物くらいに限られてくる以上、シンがこの魔生の森を狩場として利用したことは数えるほどでしかなかった。

 普段の狩場では見つからない魔物などを早く見つけて討伐し、欲しい一部の素材だけを剥ぎ取るために訪れたことがあるだけだ。


 何度かジルに飛んでもらい、コルドやターフネスのありそうな場所の位置の確認を繰り返す。

 ようやく、魔物を警戒しつつも足早に魔生の森の中を進んだシンの目の前に、木々の少ない、開けた場所が見えてきた。

 魔生の森に入って、2時間足らずといったところでシンとジルは目的地に到着することができた。


 老婆が言っていた通り、その場所にはコルドやターフネスが多数群生していた。

 一度に大量に取り過ぎるとせっかくの群生地が失われることになりかねないから、間隔を空け、間引きしていく形で群生しているうちの半分程度を採取してくるようにと老婆はシンに厳しく言い聞かせた。

 冒険者達が薬草の群生地帯を見つけると軒並み引き抜いてしまうことも多い。

 そのため、老婆は自分の信頼する者にしか薬草の群生地の位置を教えない。

 シンとの付き合いで、そういった浅はかな真似をする者ではないということはわかっている。

 またシンの実力であれば、魔生の森の浅い部分であるなら魔物を相手しながらでも問題なく採取して来れるだろうと老婆は判断した。

 そのため、今回の薬草採取で老婆は初めてシンに自分が秘匿している薬草の群生地の一つを明かすことにしたのだった。


 シンは老婆の言葉に従い、間隔を空け、間引きをしていくような形で次々とコルドとターフネスを採取していく。

 老婆は「きちんと根元から抜いてくるんだよ」と言っていたので、土を掘り起こし、一本一本根元から引き抜いていく。

 なかなか手間のかかる作業だ。数も数だけに、ほんの数分で終わるような作業ではない。

 木の生い茂っていない開けた場所と言えども、魔物がやって来る可能性があるため、ジルは警戒役としてシンの近くでキョロキョロと周囲を見回している。

 シンはジルが「魔物がいるのです」と言うたびに、薬草の採取を一時的に中断し、剣を構えて魔物に近づき剣を振るう。

 そして、また薬草採取に戻るのだ。

 採取を始めて1時間を過ぎた頃だろうか。

 シンはようやく必要な分を薬草の採取を終えた。

 ちょうどほぼ太陽が真上に来ているのを確認できたため、おそらく今はまだ6刻(12時)を少し過ぎたところだというのがわかった。

 時間的にはまだだいぶ余裕があるため、ボルディアナに戻る前に少しだけ休憩をしていくことにし、魔力袋から果実水と軽食を取り出すと、ジルと二人で食べ始めた。


 思ったよりも時間に余裕がある。

 これなら、8刻半(17時)になる前にボルディアナに戻れるだろう。

 森の中を通り抜けるにしても、行きよりも帰りの方が早く帰れる。


(今日中に婆さんにコルドとターフネスを渡せそうだな。婆さんがすぐに熱病の治療薬を作れるって言うなら、明日、村に届ければいいな)

 シンはそう思った。


 軽食を食べ終え、果実水で喉を潤したシンに対し、ジルは神妙な顔つきで声をかけた。


「シンさん、シンさん。ちょっとジルに時間をもらえないですか?」

「なんだよ、どうかしたのか?」

「ここに来るとき、ちょっとあっちに行ったあたりでジルの大好きな果物を見つけたのでデザート代わりに採っていきたいのです」

「なんだ、そんなことか。まだ時間に余裕があるし、10分程度なら構わねえぞ。さっさと行って来い」

「は~いなのです。10分以内に戻って来るのでシンさんはここで少し待っていてほしいのです」


 ジルはシンの許可を得るとパタパタと目的の果物が生っている樹木のあった場所へと飛んで行った。


 シンは食い意地の張ったジルを見送った後、剣を握りしめ、魔物が現れた場合でも即座に対応できるように態勢を整えた。

 ジル一人ならいくら魔物と出くわそうと安全だ。

 仮にジルを視認できる魔物がいようが、ジルの方から触ろうとしなければ触れることはできない。

 武器を持った魔物やブレスを吐くような魔物なら、その武器やブレスで一応は攻撃できるものの、ジルは天界に住むジルの分霊だけあって異常なほど頑丈だ。

 ジルの言葉によれば、ドラゴンなどの炎のブレスでも髪を焦がしてアチチで済むらしい。

 シンの身体は天界のジルの作ったものであり、ジルと深く関わっているため、シンが殴ると本当に痛いらしいが。

 その話を聞いたシンはジルドガルドに来て間もない頃、真剣にジルを何かに括り付けて、防具か何かに活用できないかと考えたが、シンの考えを読んだジルが大泣きをして嫌がるので結局すぐに断念する形となった。


 シンもこの辺りの魔物なら大して苦もなく倒せるし、ここは森が開けた部分で見通しも利く。

 シンは魔物を警戒したものの、ジルが戻って来るまで特に魔物がやってくるようなことはなかった。


 ジルは飛び去って10分も経たないうちに戻ってきた。

 ジルの両手にはある物が抱えられていた。

 シンはそれを見て、頭を抱えた。


「シンさーん。シンさーん」

「……なあ、ジル。お前、何を拾ってきてんだ」

「猫さんです。ジルが拾ってきたのでジルのものなのです」


 ジルが拾ってきた子猫はジルに掴まれていない両足をジタバタさせながら大きく口を開けて「ミャアー」と一声鳴いた。

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