第5話 ジルに感謝するがいいですよ
「どうやら感動のあまり声も出ないようなのですね」
ジルは絶句した慎一が感動していると勘違いしたまま、嬉しそうに慎一に説明する。
「本当なら転生先を指定するって行為もあまり好ましくないものなのですよ。でも、ジルはご両親のことを思う慎一さんに感動したので特別に、特別にサービスなのです」
自分の提案に自信を持ったジルはえくぼを作り、えへへと照れる。
「確かに転生したのなら通常は記憶を消去されるのですけど、今回は大サービスです。記憶を残したままお父さんのサナダムシになり、他の悪性の寄生虫からお父さんを守ってあげれるようにしてあげます。ファイトなのです、慎一さんならきっと活き活き寄生虫ライフの頂点に君臨できるのですよ」
トップを狙うのです、エイエイオーなのですと言わんばかりジルはコブシを突き上げる。
記憶を残したままサナダムシ
恐ろしい言葉が慎一を現実に引き戻した。
「ど、どんな拷問だ!せめて記憶くらいは消せよ」
怒りで顔を真っ赤にする慎一を見てジルはきょとんと首をかしげる。
「ちゃんと今の慎一さんの条件から慎一さんの希望に沿った転生プランのお勧めなのです。慎一さんのご両親の側に生まれ変わりたいというご要望を満たしたナイスアイディアなのです」
「両親の側じゃなくて親父の体内だろが!」
「サナダシンイチからサナダムシに変わるだけなのです。大丈夫なのです。ちなみにそのまた来世はお母さんのサナダムシになるのですよ」
「上手いこと言ったつもりかよ。なんで2回連続サナダムシなんだよ、寄生虫から離れろよ!」
自分の考えたプランを否定する慎一の態度が気に入らないらしく、ムスッとした表情でジルは説明した。
「先ほども説明したように慎一さんは大赤字なのです。大赤字を解消するまでは下位の生物への転生でその赤字分を解消する必要があるのです」
「虫けらに転生しても善行なんてできないだろ」
「甘いのです。一寸の虫にも五分の魂なのです。虫や微生物といった不遇の来世を送る場合にはそれだけで魂が輝き、功徳ポイントうはうはのガッポガッポなのです。生きるだけで功徳ポイントを積める低功徳者向けのお勧めコースなのです」
「低所得者向けのお勧めプランみたいな説明すんな」
慎一はジルの一押し寄生虫ライフに突っ込みを入れた後、恐ろしいことに気づいた。
「なあ、大赤字を解消するまで下位の生物への転生ってことは俺は何回寄生虫とかに転生することになるんだよ?」
身に覚えのない話だが、慎一には功徳ポイントの大きな借金があるらしい。
例え記憶が残らなくても、何回も寄生虫に転生させられるのは勘弁してもらいたい。
「えーっと慎一さんの借入ポイントは……人に転生10回分なので10万ポイントが10回で100万の借金なのです。サナダムシはその生涯を送るだけで10万ポイントがつく、天界おすすめ転生プランでジルの一押しなのです」
10回もサナダムシ……
正直気が遠くなるような話だ。
最低でも10回サナダムシライフを送らないとかいけないのかと肩を落とす。
苦しむのは記憶がある今だけかもしれないが、それでもこれまで人として人生を送ってきた慎一には、寄生虫に生まれ変わらされることを想像するだけで身震いしてしまう。
「とりあえずお父さんとお母さんのサナダムシになってもらった後は身近な人のサナダムシライフを送れるようにジルがしてあげるのです。そしてサナダムシの人生は3年弱なので10回ほどサナダムシになってもらった後は南アフリカに住むゴリラさんのギョウチュウライフを満喫してもらうのです。ジルが特別に美人の牝ゴリ子さんを選んであげるです」
「ちょっと待ってよ!10回サナダムシになったら赤字解消してんだからもうちょっとまともな動物にでも生まれ変わらせろよ。なんでその後ゴリラのケツの中で生活しないといけないんだよ」
慎一はジルの計算間違いを指摘した。
おとぼけなところのあるジルなら計算間違いしている恐れがある。
サナダムシも嫌だが、ギョウチュウはもっと嫌だ。
何が悲しくてよりにもよってゴリラのケツで生活しなければならないのだ。
そしてゴリラの美醜については慎一にはわからないのに、美人の牝ゴリラを選んでくれるその気遣いに腹が立つ。
ジルは懐から縁の大きな真っ黒のサングラスをかけると人差し指を左右に振った。
「ちっちっち、甘いのです。ジルが先週食べたシュークリームのカスタードよりも甘いのです!慎一さん、世の中には利子ってものがあるのですよ。まさか天界が我儘な魂に対していちいち功徳ポイントを無償で貸し出すのとか正直ありえないのです。それにジルたちのお給料のことも忘れてるのですよ」
借りた覚えのない借金にいつの間にか高額の利子がついているみたいなものだ。
慎一はこの場で絶叫したくなった。
「いくらだよ?その利子の総額っていくらだよ!」
「えーっと借入が100万ポイントで10回分の転生期間なので1000万ポイントなのです。大丈夫です。寄生虫の寿命はそれほど長くないのでジルの300年のもやし生活が終わるころには慎一さんも寄生虫ライフで借金も綺麗に完済なのです」
300年の寄生虫生活、いくらなんでも酷過ぎる。
もっともゴネるだけでは先ほどのジルの主張を聞く限りどうにもならないだろう。
ジルが神様なのか神様の使いなのかはよくわからないが、本来いちいち慎一に対してこれほど事細かな説明をせずに輪廻転生の輪に入らせることもできたのだろうから。
そういう意味ではジルは善良な担当者とも言える。
慎一が300年の寄生虫生活を想像する一方で、ジルは今後300年に渡るだろうもやし生活を思い浮かべて落ち込む。
(こんなに食い意地張ってんだし、この方法ならちょっとは説得できるか?)
慎一はもやし生活を嫌がるジルを見て、ジルに交渉を持ちかけてみようと決心した。
「なあジル、もしも俺がジルのことを処罰されないように嘆願書とかを書けば処罰されなくなったりするのか?」
「慎一さん!ジルが悪くないって嘆願書を書いてくれるですか?慎一さんの嘆願書があれば、月に一度はお菓子を買えるのです」
慎一の申し出にジルは食いつく。
それと同時に慎一はジルの発言を聞き、ジルの評価を下方修正した。
自分が嘆願書を書いても、月に一度しか好きなものを食べられない。
ジルのミスは慎一だけでなく、他の転生予定者に対しても行われてきたものだと予想できた。
だが慎一にとってそれはジルを説得する上では好材料だ。
慎一が何とかなるかもしれないと思い、口元をにやつかせるとジルは青ざめ、凹凸のない胸をかばい出した。
「慎一さん!あなた、何が目的なのですか?まさかジルのナイスバデーな身体を目当てに」
「ちがーう!勝手に人をロリコン扱いするな!!」
「ジルはロリじゃないです~将来美人確定のお姉さんなのです~」
慎一の笑みを何やら勘違いしたジルだったが、ジルの身体目当てでないことが分かり、ほっと一息つく。
そしてジルは慎一の少し狡賢そうな笑みを見て、慎一の狙いに気づく。
「慎一さん、まさかあなた……また功徳ポイント借りようとしています?ダメです、ダメなのです。慎一さんはすでにブラックリスト入りの転生破綻者なのです!今の状態じゃお貸しできません」
「なあ、ジル。頼むよ、一回分。一回分でいいからさ。そうすりゃジルの嘆願書でも何でも書くよ。魂への刷り込みに失敗してたんだから、もう一度だけチャンスくれよ」
幼女に対して土下座して借金を申し込む少年。
慎一にとって、これは一時の恥。
認めてもらえなければ300年の寄生虫人生なのだ。
必死になるのも無理はない。
「無理です~それを許せばジルが怒られるのです」
月に1度大好物のシュークリームを食べれることと上司に怒られることを天秤にかけ、揺れる心を精いっぱいに抑えようとするジル。
ジルの食い意地の張ったところにこそ、交渉の余地があると慎一は判断した。
「ジル、さっき功徳ポイントって担当者の給料になるって言ったよな。担当者ってどのくらい功徳ポイントもらってんだ?」
「はいです。担当者は転生者さんの生涯の功徳ポイントから1割をもらっているです。さらに1割は天界の維持費として徴収されているのです」
2割か。思ってたよりも良心的な徴収だ。
もしも半分以上持って行かれてたのなら慎一は交渉を続けることすらできなかったかもしれない。
「ジル、毎日シュークリーム食べたくないか?」
「はう?そんな方法があるのですか。ジルは担当が少ない上に減給処分を何度も食らってるから安月給なのです。そんな方法があれば教えてほしいのですよ」
「3割。今後俺の転生する際にはジルが担当ならずっと3割取っていい」
ジルが担当の間はずっと3割。
それがどのくらいの負担になるのかは慎一には正直計算できない。
ジルが渋るならもう1割加えることも覚悟している。
「さ、3割ですか!慎一さん太っ腹です!でもジルには判断できないのです。赤字転生者への貸し出しには上司の許可がいるのですよ」
そう言うとジルはうんしょと掛け声を出し、スカートのポケットから携帯電話らしきものを取り出す。
「最近の人間が考える道具は便利です。以前なら鳩便で上司にお手紙出してたのですが……」
ジルはキーを押し、上司に電話をかける。
「あっ、もしもしジルなのです。はい、実はですね、そのまたやってしまいまして……」
通話口から内容ははっきり聞き取れないがジルを叱責する声が慎一の耳にも届いた。
「はい、でもでも慎一さんは嘆願書を書いてくれるらしいのです。それでですね、あの~」
不安げに慎一の提案内容をジルは上司に説明する。
(あっ、これはダメな流れだ)
慎一は自分の提案内容の浅はかさに気づき、顔を歪めた。
慎一の提案は天界や上司にとっては何の利益もない。
ジルにとっての利益にはなるが、それだけでは上司も納得しないだろう。
ジルが上司に報告した上でそれが却下された場合、慎一にはこの状況をなんとかする術は思いつかない。
何よりジルには権限がないのだから、ジルにどんな交渉材料を持ちかけようと無駄だ。
(万事休すか)
慎一は俯き、歯を食いしばる。
「あの~慎一さん、上司が慎一さんとお話あるからこちらに来るらしいのです……」
そう言って、ジルは上空を指さした。
慎一がジルの指さす方向に視線を向けると、こちらの方に飛んでくる大きな鳥の姿が見えた。