第3話 なんかおじさん、難しいこと言ってるのです
「うふふ、冗談よ。いくら私でもそんな理由で剣を打つわけないじゃない」
「本当ですか?」
シンはクリスティーヌの言葉を信じきれず、疑いの目でクリスティーヌを見つめる。
クリスティーヌもちょっとおふざけが過ぎたかもと少しばかり反省中だ。
身体をくねらせもせず、シンの目を見て、ゆっくりと話しかける。
「……シンちゃん、あなたにも剣を振るう理由があるでしょ。あん、別に答えなくていいのよ。それでね、私の打った剣を求めてくる人の多くは何か剣を振るう理由があるのよ。シンちゃんは今6級冒険者だけど、階級相応の物でよければ私の剣なんて求める必要はないわ。シンちゃんが今まで買っていた武器屋にあるもので十分よ。いつもグラスちゃんみたいな人とやりあうわけじゃないでしょうし。シンちゃんがそれなりに稼いで、冒険者を引退し、誰かと幸せな家庭を築くことを希望するなら私の剣なんて必要ないと思うの」
口調はほとんど変わらないものの、クリスティーヌに茶化すような素振りは見受けられない。
シンも確かにそれなりの生活を求めるだけならば、クリスティーヌに剣を打つことを頼まず、他の鍛冶師や武器屋で剣を探せばいいと思い、頷いてクリスティーヌの言葉を肯定した。
クリスティーヌの言うようにシンには剣を振るう理由がある。功徳ポイントを稼ぎ出すことが最たる理由だが、それ以外にも理由がないわけではない。
グラスに敗れたときに抱いたもっと強くなりたいという思い。
今のままじゃ、助けたいと思った人に何かあった時に助けきれないんじゃないかと言う不安。
単に剣が砕けて必要だからではなく、そういったこともシンがガルダに鍛冶師の紹介を求めた理由だ。
「強くなりたい。名を上げたい。誰かを守りたい。復讐したい。剣を振るう理由なんて人それぞれだし、私にとって何でもいいの。美術品扱いで私の剣を求める馬鹿な人もいるけど、さすがにそんな人にはお断りしているわ。剣は斬るためにあるのよ。綺麗ごとなんて言わないわよ、たぶん私が作った剣で魔物だけじゃなく、罪もない人も大勢斬られていると思うわ」
少しばかりクリスティーヌは寂しげな表情を浮かべる。
クリスティーヌとしては自分の剣で罪もない人が斬られることを仕方ないとは思いはしても、肯定までしているわけではないのだから。
それでもクリスティーヌは客の善悪まで調べたりはしないし、調べようとも思わない。クリスティーヌにとって、本当に大事なのはそういったことではないからだ。
「私は剣を打つとき、一本一本愛情を持って打つわ。それこそ自分の子どものように思って、愛情を込めて打っているの。命を吹き込むかのようにね。でも、私ひとりじゃ剣に命を吹き込めない。……剣はあくまで斬るためのものだから、剣に命を吹き込むには使い手が必要なのよ」
使い手が剣に命を吹き込めるような者かがクリスティーヌにとってはもっとも大事なことだ。
「剣は語らず、されど剣は語りかける。剣は何も言わない、斬ることに対して善悪を問わないわ。でも、何かを斬る時、剣はその使い手の思いを載せているのよ」
使い手の思いを載せている剣はクリスティーヌが砥ぎの依頼で砥いでいても、生き生きとしたものが感じられる。
そして、クリスティーヌは自分の打った剣がそうなることを鍛冶師として何よりも喜ぶ。
善の使い方であるにこしたことはないが、悪の使い方であってもかまわない。
親としては子が善であろうとなかろうと生きていてくれるだけで嬉しいものなのだから。
最初に剣を打つようになった理由は、もう遠い昔のこと。
すでにぼんやりとしたものになっている。
おそらくは食べるため。まだ幼い頃、生きていくためだけに工房を開いていた鍛冶師に弟子入りしたはずだ。
だが、自分の打った剣から息吹を感じたときの感動はつい昨日のことのようにはっきりと覚えている。
自分の打つ剣がまるで自分の子どものようにクリスティーヌには思えた。
クリスティーヌが折れず、曲がらず、砕けない、そんな頑丈な剣を作り上げようとできる限りの努力を始めたのはその時からかも知れない。
「私がシンちゃんに剣を打つことで望むのは私の打った剣、私の子どもに命を吹き込んでくれることだけなのよ。ふう、なんだか、よくわからない話になっちゃったわね。剣を打つ前にシンちゃんの身体のことを色々と知らないとあなたに合った剣は打ってあげられないわ。まずは色々とシンちゃんについて調べてみましょ」
クリスティーヌは手招きして、シンを工房の奥へと誘う。
少なくとも剣を打つことに対しての真摯さは伝わってきたので、シンとしてもクリスティーヌに工房の奥へと誘われることに不安は感じない。
シンはクリスティーヌの手招きに応じて、工房の奥へと入っていた。
工房の奥には5m四方の広い部屋があり、所狭しと剣が立てかけられている。100本どころではない。少なくとも200本近くはあるだろう。
「この部屋は一体?それに凄い数の剣ですね」
シンはクリスティーヌに部屋の用途や並べられている剣について尋ねた。
「ここにあるのは売り物じゃないわよ。剣を打ってほしいって依頼してきた人にはここでまず自分にあった剣の長さや太さ、重量、柄なんかの好みを確かめさせてもらってるのよぉ。ところでシンちゃん、グラスちゃんに砕かれちゃった剣って持ってきてるぅ?」
シンは魔力袋から剣の残骸を取り出し、クリスティーヌに渡す。
クリスティーヌは剣を鞘から抜くとじーっとその砕かれた剣の刃や柄を食い入るように見つめた。
「こんなになるまで頑張っちゃって。馬鹿な子……グラスちゃんの大剣に勝てるはずもないのにね」
「わかるんですか?」
「グラスちゃんのぶっとくて固い大剣を打ったのはこの私よ。私がこの子を打ったわけではなくても、この子を見ればわからないはずがないわ。この子がグラスちゃんの大剣を相手に1分も剣を重ね合わせたんでしょ。シンちゃん、この子に感謝してあげなさい。この子はあなたのために限界を超えてまで頑張ってくれたのよ」
そう言って、クリスティーヌは砕かれた剣の刃を愛おしそうに撫でた。
まるで頑張った我が子を愛おしむ母のようにシンには思えた。
「シンちゃん、よかったら短剣も作らない?別に剥ぎ取りナイフとかでもいいのよ。私、この子も入れて打ってあげたいわ。さすがにこれからシンちゃんに作る剣は素材が違うだろうから、入れてあげることはできないけど、短剣の一本としてならこの子も使ってあげられそうなのよ。このままこの子が朽ち果てるの、私には耐えられないわ」
「……お任せします。切れ味のいいナイフなら、いくらでも使い道はありますし」
クリスティーヌにそう言われてはシンとしても断りづらい。
それにクリスティーヌに言われて気づいたが、グラスとの立ち合いで頑張ったのはシンだけではないのだ。
もしも新調する前の剣で立ち合っていたのなら、わずか数合で砕かれていたかもしれない。
役に立たないものを長々と保存する趣味はシンにはないが、切れ味のいいナイフに生まれ変わるのであれば問題はない。
「わかってくれてありがとう。嬉しいわ。それじゃあ、シンちゃんに合った剣がどういったものなのか、これから調べてみましょ」
クリスティーヌはそう言うと以前の剣によく似たサイズの剣を見繕いだす。
クリスティーヌに剣を振るう時の筋肉が見たいと言われて、シンは迷うことなく上着を脱いだ。
シンはその渡された剣の柄の持ちやすさ、使いやすい長さ、重量などを確かめながら、軽く数回剣を振るう。
シンが十数回の試行を繰り返すことで、クリスティーヌの中でシンの新しい剣のイメージが出来上がっていく。
「そのくらいでいいわ。これ以上はいくらやってもシンちゃんのために打った剣じゃないから、しっくりとは来ないでしょ。シンちゃんの新しい剣には魔鋼銀を使うことにするわ」
「魔鋼銀!?」
思わずシンの声が裏返った。今まで使っていた白銀のワンランクどころかツーランク上の素材だ。
魔力の通しやすさや頑丈さは白銀よりはるかに勝ると言われているが、その分、魔鋼銀で作られた武器の値段は高い。
シンが新しく剣の購入をするために想定していた予算の5倍以上の価格で市場取引がなされている。
名匠と言えるクリスティーヌの腕を考えれば、それよりもはるかに高い価格となりそうだ。
「クリスティーヌさん、いくらなんでも魔鋼銀の剣なんてすぐには購入できませんよ」
シンはそう言って、自分が剣の購入に費やせる予算をクリスティーヌに教える。
貯金全てを崩せば支払えるかもしれないが、蓄えのほとんどをなくしてまで新しい剣を購入すると言うのも抵抗がある。
せめて半分くらいはローンにしてもらえれば、助かるのだが。
「あら、結構持ってんじゃない。十分よ」
「ガルダさんの紹介だからって、クリスティーヌさんにそこまで大赤字させるわけには……」
「シンちゃん、ちょっと勘違いしてるみたいね。魔鋼銀で作られた剣がどうして高いのかわかってないようね」
「どういう意味ですか?」
「魔鋼銀をちゃんと使いこなせる職人が少ないから、希少価値がついてすっごくお高くなっちゃってんのよぉ。でも私なら楽々こなせる仕事だから、シンちゃんが思ってるほど高くはないわよ」
そう言って、クリスティーヌの提示した金額は前の剣よりも少し高い程度に過ぎない。
砕かれた白銀の剣も用いて作る短剣を合わせてもシンの貯金をほとんど崩すことなく、ギルドと領主からの褒賞金を合わせれば何とか支払える金額で当初の予算とさほど変わらない。
「本当にそんな値段でいいんですか?」
シンとしてはクリスティーヌの提示した金額は非常にありがたいのだが、クリスティーヌが無理をしていないか不安になり、再度確認を取る。
後からやっぱり払えと言われても、シンとしても困るのだ。
「いいのよぉ。私としてはシンちゃんが私の作った剣に命を吹き込んでくれるなら満足だし。それにシンちゃん、私のことを化け物とか言わなかったし、なかなか突っ込みも激しくてクリスティーヌってば超エクスタシーだったからポイント高いのよ。もちろん粗末な使い方していたら、二度と店には入れてあげないけどねぇ」
クリスティーヌはシンにそう言いながら、パチンとウィンクを行う。
相変わらず、そのぶりっ子の破壊力は抜群で、気の弱い老人なんかだと心臓に危なそうだ。
「10日ほど時間をもらうわね」
「わかりました。10日を過ぎたら取りに来ます。今、代金を全額支払えばいいんでしょうか?」
「前金として半分。完成時にもう半分を支払ってもらうことにしているわ」
シンは革袋の中から金貨を取りだし、枚数を数えるとクリスティーヌに手渡した。
「うん、確かに。じゃあ、カウンターに行ったら、お金を受け取ったことを紙に書いてサインしちゃうからちょっと待ってねぇ」
シンもクリスティーヌに付いて行き、カウンターのところへと移動する。
カウンターのガラス窓から差し込む光から、すでに夕暮れ時になりつつあるのがわかる。
ジルはピンクの小物や人形で遊び疲れたのか少しウトウトし始めていた。
(前金受け取ったってサインももらえたことだし、そろそろジルを連れて帰るか)
シンがそう思った時、店の扉を開ける音がした。
「ママー、お兄ちゃんがご飯出来たって」
まだ4歳程度の女の子だ。その子はクリスティーヌをママと呼んだ。
クリスティーヌとは似ても似つかぬ可愛らしい容姿の持ち主だ。
「あらん、今日の御夕飯は何かしら」
「えーっと、クリームシチューだって」
「それはとってもトレビアンだわ。楽しみね」
クリスティーヌは目を細めて、その女の子の髪を撫でる。
「クリスティーヌさん、その子は」
「なーに、シンちゃん?私の母乳で育てたわけじゃないけど、私の可愛い子どもよ」
「あんたに母乳が出るはずないだろ!想像したくもねえよ!」
「やーだ、失礼しちゃうわ。私だって気合を入れれば母乳くらい出せるわよ、きっと」
「気合さえ出せば母乳が出るってこええよ!」
女の子はシンの大声でビクッと怯えた。
「ごめんな。別にお前のママを怒ったわけじゃないんだ。大声出して悪かったな」
「ママをいじめない?」
どちらかと言えば、シンがいじめられている、いじられている側だがシンが反論せずに頷くと女の子はホッとした表情を見せる。
「じゃあ、ママ。私、先に戻ってお兄ちゃんのお手伝いしてくるからママもすぐに来てね」
女の子はシンにペコリとお辞儀をするとクリスティーヌに向かって手を振り、店の外へ出る。
「クリスティーヌさん、あの子って」
「よく勘違いされちゃうけど、私の実子よ。私と愛しい人の愛の結晶なの。……その人は今はいないけどね」
クリスティーヌは少し寂しげな表情を浮かべた。
こんなクリスティーヌにも愛しい女性がいた事実にシンは衝撃を受ける。
(ひょっとして、母親を亡くして子どもが寂しがらないようにするためにクリスティーヌさんはこんな口調や仕草を……)
クリスティーヌの奇抜な言動などはもしかして子どもに母親を与えたいという愛情だったのではないかとシンは思った。
「年に何回かは戻って来るけどね」
「えっ?」
「ダーリンったら、腕利きの冒険者であっちこっちに出かけて、あんまり帰ってこないのよね」
「死んでないんですか?」
シンはすでに母親は病死か事故死でもしたものとばかり思っていた。
だからこそクリスティーヌが……と思い始めた矢先にそれを否定されてしまった。
「勝手に殺さないでよぉ。4級の女冒険者よ。あの人ならきっと3級にもいずれ手が届くわ」
「へー、そうなんですか」
4級の女冒険者。
少なくともシンの知っている人物で心当たりはない。
クリスティーヌの言うようにボルディアナに本拠を置かず、あちこちを転々としているのだろう。
「ええ、とっても情熱的でトレビアンな人で私がダーリンの剣を打ってあげたら、数週間後に私のお店を訪れて、私にこう言ったのよ。『これだけの剣を作り上げるお前に惚れた。お前の子を産むぞ』って」
「どんな女性だよ!」
「嫌がる私の唇を強引に奪って、その後は……。あはーん、とってもトレビアンな夜だったわ」
クリスティーヌは頬を紅潮させ鼻息を荒くしながら、激しく身体をくねらせた。
近年稀に見る気持ちの悪さだ。
このクリスティーヌの子どもを産もうと考えたその女冒険者は間違いなく常人の思考をしていないとシンには思えた。
「その状況で興奮すんなよ。無理やり押し倒されたんだろ。もういいよ、もういいから」
「ちなみに上の子は8歳のお兄ちゃんで、妹のあの子は私が貴族の跡継ぎのお尻を触ったことであの人がジェラシー感じてくれちゃって、その夜、一晩中燃え上がった時にできたはずの子どもよ。それでね、」
「ああああ!聞きたくない!聞きたくない!!……じゃあ、俺は10日後に剣を取りに来るから、後はよろしく頼みます!」
シンはウトウトとしているジルを掴むと、これ以上クリスティーヌの話に付き合わされるのは御免だと言わんばかりに慌てて店を飛び出した。