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打算あり善行冒険者  作者: 唯野 皓司/コウ
第3章 6級冒険者 母と子、新たな相棒編
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第2話 クリスティーヌの鍛冶工房

少し下ネタが多いような気がするので苦手な方はご注意を

「俺、疲れてんのかな……」


 シンはそう言って、目をこすった。

 まるで悪い夢でも見たような気分だ。


「ジル、お前も何か見たか?」

「ピンク色した金髪のおっきいおじさんがいたのですよ!あれは新生物なのです!UMAなのです!これをギルドに報告すれば、また沢山お小遣いをもらえるはずなのですよ!」


 フンス、フンスとジルは新種の生物を発見した学者のように興奮している。

 どうやらシンの見間違えではなかったようだ。

 だが、あの男はクリスティーヌという名を名乗っていた。

 シンはもう一度この場所で間違いがないか、ガルダのメモを見ながら周囲を見回してみる。

 残念ながら、他に鍛冶の店はない。

 あの堅物なところのあるガルダがこんなふざけた冗談をするはずがない以上、この店でおそらく間違いないだろう。


 シンは意を決して、もう一度扉を開けてみた。


「あらん、迷子かしら?もう一度、このクリスティーヌのお店にやって来た飢えた獣さん」


 どぎついピンク色でハート模様が大量に入ったエプロンを身に着けた金髪縦ロールの化け物が開けた扉の目の前でシンを待ち構えていた。


「すいません、また間違えました」


 そう言って、シンはもう一度扉をすぐさま閉めようとしたが、その化け物は入り口と扉の間に身体を入れて、扉を閉められないように邪魔をする。


「どいてください!」


 シンは思わず声を荒げた。

 扉など閉めずに一目散に逃げればいいのだが、金髪縦ロールの化け物を見たせいで思考力が低下し、必死になって扉を閉めようとする。

 シンが力強く扉を閉めようとする力とその化け物が扉を閉めさせまいとする力、両者が拮抗し合ってミシミシと扉が悲鳴を上げ始めた。


「まったく、もぉ。お店の前で騒がないでほしいわあ。ちょっと目つきが悪いけど、素敵な黒髪の男の子をご招待~」


 そう言うと、金髪縦ロールの化け物は上級冒険者顔負けの力でシンを無理やり店の中へと引きずり込んだ。



「あらあら、お店の中に怖い獣さんが入ってきちゃったわ~」

「あんたが無理やり店の中に引きずりこんだんじゃないか!!あんたの方がよっぽどこえーよ!」


(いくらなんでも力強すぎだろ、このおっさん)


 全力ではないにしても、身体能力を魔力で底上げした状態だった。

 それにもかかわらず易々と店の中に引きずり込まれてしまったシンはこの金髪縦ロールの化け物に少しばかり恐怖を覚えた。


「さーて、冗談はさておいて、一体何の御用かしら。坊やがこのマダム・クリスティーヌの鍛冶工房に訪れた理由は?」

「あの、ゴンザレスさんですよね?」

「クリスティーヌ」

「いや、そういう冗談は抜きにして、ゴンザレスさんで合ってますよね?」

「……遠い昔、そんな名前で呼ばれていたこともあったわ。今の私はクリスティーヌよぉん」


 やはりこのクリスティーヌと名乗るこの男がガルダから教えられたゴンザレスで間違いないようだ。

 ウザさと見た目のきつささえ我慢すれば、会話できなくもない。

 話も聞かずに客をいきなり店の外に放り出す頑固おやじなどに比べたら、ある意味、まだマシな方かもしれない。


「あのですね、ゴンザレスさん。実は、」

「だからクリスティーヌって呼べっつってんだろが、このジャリ餓鬼が……!」

「あっ、はい」


 耳元でドスの利いた声を囁かれ、シンは思わず返事をしてしまう。


「それで、その、クリスティーヌさんって剣とかを作ってますよね?」


 シンがクリスティーヌと呼んだことで男は満足そうに頷きながら答える。


「そうよ、ここはクリスティーヌの鍛冶工房。そっちにあるのが私の作った剣よ。良かったら見ていってね。買っていってくれるとクリスティーヌ喜んじゃう~」


 ピンクの金髪の化け物ことゴンザレス改めましてクリスティーヌが指をさす方向には、大量のピンクの小物の間に剣が並べられていた。


 今すぐ帰りたい。


 シンは今すぐ帰って、訓練場で雄たけびを上げながら剣を振り回したい気持ちに襲われる。

 だが、剣を新しく打ってもらわなければならないし、あまり失礼なことをすれば、ガルダの面子を潰すことになりかねない。

 シンはグッとクリスティーヌのウザさを我慢する。


 シンはクリスティーヌが作った剣をじーっと見つめた。

 クリスティーヌのこのキャラに合わない、相手を斬ること、倒すことに特化した無骨な剣達だ。

 どれもシンが以前購入した剣を置いていた店にあった物よりも切れ味鋭そうな業物に見えた。

 人格はともかく、少なくとも剣を打つ技術だけは信頼できそうだと感じたシンはクリスティーヌの目を見て、話をする。


「すでに作られてるやつじゃなくて、俺に合わせた剣を作ってほしいんです」

「あらあら、オーダーメイドってやつかしら。うちは一見さんのオーダーメイドはお断りしているのよぉ。それとも誰かの紹介でもあるかしら?」


 クリスティーヌはスーッと目を細め、シンに尋ねた。


「ガルダさん。冒険者ギルドで指導員をされているガルダさんの紹介です」


 そう言って、シンはクリスティーヌにガルダからの紹介状を手渡す。


「何よ、ガルダちゃんの紹介?それならそうとさっさと言いなさいよ」

「ガルダちゃん?」

「まったくもぉ。このクリスティーヌを焦らして、どうする気なのかしら?」

「どうもする気ねえよ!」


 身体をくねらせながら、手紙を受け取ったクリスティーヌの言葉にシンは思わず突っ込んだ。

 シンの突っ込みを物ともせず、クリスティーヌは丁寧に折りたたまれたガルダからの紹介状を開いて読む。


「あらあらあら、あら、あらん。まあまあまあ」


(手紙くらい黙って読めよ。この野郎)


 くねくねと身体をくねらせてながら手紙を読み、気持ちの悪い声を発するクリスティーヌの言動がシンの心をいらつかせる。

 ガルダが言った癖のある人物という意味がシンにも理解できた。

 シンが鍛冶師を求めたときになかなか返答できなかった理由も察することができる。

 いくら腕が良くても、このクリスティーヌを紹介するのは相当迷いもするだろう。

 弟子や友人からこのクリスティーヌと親しいなどと思われれば、とんだ風評被害をうけることになりかねない。


 ガルダからの紹介状を読み終えたクリスティーヌは紹介状を折り畳み、エプロンのポケットへとしまう。

 そして、シンを興味深そうに眺めた。


「シンちゃんってば、なかなか見どころのある坊やなのねん。ガルダちゃんにここまで気に入ってもらってるなんて」

「シンちゃん?……もういいです。好きに呼んでください。それよりも俺に剣を打ってもらえるんですか?」

「うーん、そうねえ。なかなかトレビアンな坊やだし、打ってあげてもいいわよぉん。ただし、手紙にあったんだけど、グラスちゃんとやりあったみたいじゃない?その話をまず聞かせてもらおうかしらん」

「そんなことでよければ」


 シンはクリスティーヌの言葉にホッとした。

 このオカマ口調のクリスティーヌに「グフフフフ……剣が欲しければ、この私にその若い身体を委ねなさい」なんて言われた時には、クリスティーヌを予備の剣で斬り捨ててでも逃げようかと思案していたところだ。


「ところでクリスティーヌさん……」

「シンちゃん、なーに?」

「その……ずれています」


 シンはそう言いながら、クリスティーヌの頭を指さす。

 クリスティーヌが手紙を読みながら身体をくねらせている最中に、金髪縦ロールのカツラがずれ始めて、シンとしては困っていたところだ。

 黙っていようかと思ったが、これ以上ずれてしまえば笑いを堪えられる自信がない。

 悪い意味で目のやり場に困る。それでなくとも破壊力抜群の容姿なのだ。


「あら、やだ。これからお仕事始めるってのに、こんなもの邪魔ね」


 クリスティーヌはそう言って、カツラをヒョイッと外すとカウンターにポーイと投げ捨てる。


「外すのかよ!」

「あれはお茶を楽しむ時くらいしかつけないわよ。気だるげな昼下がりの貴婦人が最近のテーマで~す。ブイブイ」


 クリスティーヌがカツラを外すと中からツルツルのスキンヘッドが現れた。

 もし、オカマ口調と気持ちの悪いピンクのエプロンさえつけていなければ、まさに頑固気質な鍛冶職人にふさわしい風格がにじみ出ていたかもしれない。

 もっとも、このオカマ口調で酷いエプロンをつけながら、シンを相手に斜めを向きながらブイサインを出すクリスティーヌからそんなものは欠片も感じない。

 シンはクリスティーヌから顔を背けて軽くため息をついた。

 ジルはシンとクリスティーヌをほっておいて、「おお、トレビア~ンなのです」とクリスティーヌの真似をしながら、ピンク色の小物やぬいぐるみ遊びに勤しんでいた。



 シンがクリスティーヌにグラスとの立ち合いに剣が耐えきれず、砕かれてしまったことを含めて話を行うと、クリスティーヌはうんうんと頷きながら、シンに尋ねる。


「ふう~ん。つまりシンちゃんはグラスちゃんの剣に負けないくらい固くて、ぶっとい、トレビアンな剣が欲しいってわけね?」

「いや、間違ってないんですけど、もうちょっと言い方を考えましょうよ」


 シンはオカマ口調のクリスティーヌの卑猥にも聞こえる言葉を嗜める。


「あら、なにを想像しちゃったの?ダメよ。私には子供がいるのよ」

「クリスティーヌさん、あんたって子どもがいるのかよ。それなら子どものことをもっとちゃんと考えてやれよ!」


 もし自分の親がこんなだと間違いなくグレる。

 クリスティーヌと真面目に会話していると、キリキリとシンの胃が痛みだした。


「大丈夫よ。この私が愛情持って育ててるから。すくすくといい子に育って、クリスティーヌってば超感激~ってところだから」

「そっすか。ところでクリスティーヌさんって、どうしてこんなところで店構えてるんです?ガルダさんがあなたのことをこの辺境伯領一番の鍛冶師だって言ってました。あなたなら、こんな街の外れに店を構えるんじゃなく、グランズールやこの街の中央でも店を構えられるんじゃないんですか?」

「ふふふ、私の過去に興味があるのね。困った坊やね、まったく。いいわ、特別に教えてあげる」

「いえ、やっぱいいです」

「5年ほど前まで私、グランズールにお店を構えていたの。騎士団の偉い人や辺境伯様からも依頼を受ける超一流の鍛冶師として順風満帆だったわ」


(語り出しちゃったよ、この人……)


 シンとしてはなるべく早く剣の注文を済ませて、帰りたいところだったが、途中で話を遮ろうとしても上手くいかず、諦めてクリスティーヌの話を聞くことにした。

 意外とクリスティーヌは話し上手でシンがあまり知らない騎士の事情や辺境伯の話を交えて、鍛冶師の仕事を面白く語り、なかなか飽きさせない。


「そんなある日のこと……突然私に悲劇が訪れたの」

「何が起こったんです?」

「身なりのいい男が突然私のお店を訪ねてきたのよ。私に剣を打ってもらいたいとのこと。私もいつもの依頼だと思ったわ。でも、そうじゃなかった。まさか、あんなことになるなんて思いもよらなかったのよ」

「一体どうしたんです?」

「オーダーメイドで剣を打つにはその人の背丈や筋肉なんかも私は確かめることにしているの……その男がなかなかキュートなお尻をしていたせいで、ついつい我を忘れて触っちゃったのよ。そしたら、その人、別の領地だけど結構な御貴族さまの跡継ぎで大激怒よ」

「客にナチュラルにセクハラかましてんじゃねえよ!」

「その人は私のことを打ち首だって騒いだけど、辺境伯様が私の剣の腕を惜しんでかばってくれて。……でも、さすがにそこで店を続けるわけにも行かず、ここに流れてきたってわけ。私も最初はボルディアナの中央に店舗を構えたかったんだけど。本当に失礼よね、鍛冶師ギルドの偉いさん達。人のことを化け物呼ばわりするのよ……クリスティーヌってば超悲しい」

「鍛冶師ギルドのお偉いさん達、あんたら本当にいい仕事してくれたよ」


 貴族相手に気持ちの悪いオカマがセクハラかまして無事だったってことは、よほど辺境伯がクリスティーヌの鍛冶師としての腕前を惜しんだということだろう。

 鍛冶師ギルドもさすがにこのクリスティーヌに街の中心部に店を構えられるのは避けたかったようで、猛烈な反対があり、クリスティーヌはこの街外れの工房で仕事を始めることにしたようだ。

 グランズール時代からの常連客もいるらしく、わざわざボルディアナへ剣を研いだり、新調する際には尋ねてくるようで、こんな辺鄙なところで店を構えていても、金銭には困ったことがないらしい。


「なんでクリスティーヌさんが鍛冶師してるのか、俺には不思議です。失礼かと思いますけど、はっきり言って、クリスティーヌさんって鍛冶師って柄じゃないんじゃ?可愛い洋服屋とか装飾屋とかお菓子の店でも開いてればよかったんじゃないんですか?別に親の跡を継いだってわけじゃないみたいですし」


 見た目は確かに如何にも鍛冶屋の親父ってところだが、妙にピンクや可愛いもの好きのクリスティーヌが鍛冶師をしていることを不思議に思ったシンは尋ねてみた。


「ん~、そりゃ私はそういう可愛いのも大好きだけど、やっぱり一番の天職は剣を打つことよ。だって……」

「だって?」

「屈強な男たちが私の作った固くて、ぶっとくて長い剣、いいえ私の息子たちを握りしめて、毎日毎日汗を流すのよ!!あ~ん、もう最高。痺れちゃうわよね、トレビア~ン&エクスタシー!!」

「わざわざ言い直すなよ!」


 頬を軽く上気させて興奮した口調で剣を卑猥に語るクリスティーヌと話をして、シンはここ最近で一番疲れたような気がした。

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