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打算あり善行冒険者  作者: 唯野 皓司/コウ
第3章 6級冒険者 母と子、新たな相棒編
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第1話 ガルダさんからの紹介なのです

 シンは訓練場でガルダを相手に剣を振るう。


 グラスはつい先日グランズールに戻った。今頃は騎士団で命令違反の罰を受けていることだろう。

 グランズールに戻ったら騎士団が使用する施設の便所掃除をするようにと、騎士団団長から文書で命令されたグラスの顔はなかなか見ものだった。

 シンがガルダの指導を受けていても、グラスが訓練場にやってきて、シンとの立ち合いを所望することはもうない。

 ガルダから指導を受けている最中にグラスがシンに声をかけてきたことが2度ほどあったが、ガルダがグラスを上手くあしらってくれた。

 グラスもギルド長との約束を守らなければならず、そこを突かれると不満そうな顔を見せながらも引き下がる。

 シンとしてもグラスと立ち合うのであれば、功徳ポイントを使用しなければ、まともに相手をすることすらできない。

 さらに新調した剣が砕かれ、予備の剣を使用しているというのに、その予備の剣まで砕かれるのは何としてでも避けたいところだ。

 そのためグラスと立ち合いをしたくないシンは、追い払ってくれたガルダとグラスに条件を付けたギルド長に感謝していた。



 ガルダは自らが振るう剣にある程度反応してみせるシンに対し、少しばかり感心する。


(やはり、目が良くなった?いや、相手の動きを全体で捉える術を身につけ始めたと言うべきか……それに思い切りも良くなった。私を相手に怯む様子がない)


 グラスと立ち合った時間は1分程度の時間に過ぎなかったが、シンにとっては大きな経験となっていた。

 ガルダがそろそろ教えなければならないと思っていたことをシンは自力で身につけ始める形となった。

 相手の攻撃を目で追うのではない。相手の視線、足、肩の動きなど相手の全体を見ることで相手の攻撃を予測する、観の目と言われる技術だ。


(とは言ってもまだまだ甘いがな)


 ガルダはシンが両手で振り下ろした剣を右手で握った剣で受け止めると、左手で掌底打ちをシンの腹部に放った。


 呼吸ができず、痛みで蹲るシンを見下ろしながらガルダは思う。


(グラスにあれほど気に入られるということは、おそらく以前に話をしていた奥の手を使ったのだろう。グラスが気に入ったことを考えれば、剣が折られたというよりも、シンとグラスの立ち合いに剣が耐えきれなかったという方が正しそうだな)


「今日はここまで!」

「……あ、ありがとうございました」


 ガルダが今日の指導の終わりを告げると、何とか呼吸を整えたシンがガルダに礼を言う。

 ガルダは軽く頷くと少し足を引きずりながら、他の冒険者たちへの指導に向かう。

 ガルダはギルドに雇われている指導員だ。シンに何時間もつきっきりで指導を行えるわけではない。

 だからこそ最近は立ち合いの時間を増やし、指導の質を高めている。

 おかげでシンの技量が上がろうと痣の数は一向に減らない。


 シンはシャツを脱いでしばらく涼んだ後、持ってきていた清潔な布で汗を拭うと、ガルダが打ち据えた場所に塗り薬を塗り始めた。

 痣が濃い場所には老婆の作った塗り薬を使い、痣の比較的薄い場所にはダリアからもらった塗り薬を使う。

 先日ダリアから老婆の指導の下でダリアが作った塗り薬を手渡された。


「まだまだ店に並べられるようなもんじゃないけど、怪我ばっかりしているシン坊には十分さ。ありがたく受け取ってやんな」


 老婆の許可をちゃんともらってのプレゼントだそうだ。

 老婆が言うには、ダリアは薬師としての適性があるらしい。

 根気強く、細かな分量の調合を苦にせず、手先も器用だ。

 アイリスも老婆のことを「お婆ちゃん」と呼んで慕い、村にいたころに比べると少しずつふっくらとした子供らしさを取り戻しつつある。

 三人の関係は良好なようだ。元々面倒見のいい老婆だ。口は悪いが、これまで不幸だったダリアとアイリスを任せられる、信頼できる人物だ。


 シンは薬を塗り終わると訓練場の隅に行って、座禅を組む。

 自分が功徳ポイントを使った時の身体能力での立ち合いをイメージする。

 仮想敵はグラスだ。

 あの時、どうすればもっとグラスの実力に迫ることができたか、どうすればもっと効率よく身体を動かせたかを考える。

 これからも功徳ポイントを大量に使うことがあるはずだ。

 本当は功徳ポイントを用いた状態でガルダやグラスなどの強者と立ち合うのが一番なのだろうが、訓練のために功徳ポイントを大量に使用する気にはなれないシンとしては、イメージトレーニングで経験不足を補っていくしかない。

 幸い、グラスとの立ち合いは記憶にまだ新しく、さらに都合の良いことにシンの限界ギリギリまで身体能力を高めた状態での立ち合いだ。

 そして相手も自分がこれまで見た中で一番の強者。

 ガルダもシンからすれば強者だが、足に後遺症がある分、グラスに比べれば劣る。

 またガルダはシンの実力にある程度合わせて、立ち合いをしてくれるため、功徳ポイントを使用したイメージトレーニングの対象にはなりにくい。


 シンが座禅を組み、目を瞑ってしばらく経つと、これまで聞こえていた冒険者たちのかけ声や素振りの空を切る音が次第に聞こえなくなっていった。



 夕暮れ時になり、訓練場で鍛錬を積む冒険者の数が減っていく中、シンもようやくイメージトレーニングを終わらせた。

 そして、さきほどまで他の冒険者に指導していたガルダに声をかける。


「ガルダさん、今日これから時間が空いているなら夕飯でも一緒にどうですか?」

「シン、それは構わないが何か話でもあるのか?」

「ええ、ガルダさんに相談が」

「かまわん。別にこの場でもよいのだが」


 シンはちらりとジルの方を見る。

 ジルは今からシンがガルダと長話をして夕食が遅くなるのはごめんだと言わんばかりに首をブンブンと横に振っている。

 シンとしてもガルダと話をしている最中にジルのお腹の虫が鳴り響き、愚図られるのは勘弁してもらいたいところだ。


「いえ、ゆっくり話をしたいので夕飯に行きましょう。いつもお世話になっているし、相談料代わりに俺に払わせてください」

「……そうか。せっかくだから御馳走になろうか」


 ガルダは自分よりも半分も歳を取っていないシンに奢られて良いものかと少し悩んだが、シンがそれなりに稼いでることを思い出すと断るのも野暮だと考え、シンの提案を受け入れた。



 シンがガルダと向かったのは以前ギルドの職員から教えてもらった落ち着いた雰囲気のある酒場だ。

 ガルダはあまり騒がしいのを好まない。

 シンとしては騒がしかろうが、静かだろうが、味と値段が釣り合ってさえいれば多少のことは目を瞑るが、相手を自分から誘うのであれば話は別だ。



 シンは夕食をある程度腹に入れ、一息ついたあたりでガルダに話を持ちかける。


「それでガルダさん、相談なんですが……」

「ああ、そう言えば相談したいと言っていたな。どういった話だ?相談されても俺では役に立たない可能性もあるが、まあ話してみろ」


 ガルダはきつめの蒸留酒を氷で薄めながら、チビチビと酒器を傾けつつ、シンに内容を尋ねた。


「ええ、実は最近新調したばかりの剣が砕かれてしまって」

「グラスと立ち合った時に砕けてしまったらしいな」

「砕かれたのは俺の技量が未熟というものもありますし、俺もグラスさんのような人としょっちゅうやりあうわけではないのですが、やっぱりもっといい剣が欲しいと思いまして。お金ならギルドや領主さまから褒賞金をいただいたし、貯金もあるのでかなりゆとりがあります。もしガルダさんがボルディアナで腕のいい鍛冶師を知っているなら俺に紹介していただけないでしょうか?」


 ここ数日、シンはよりいい剣を探して、武器屋を尋ねまわっていたが、前に新調した剣よりもはっきりと優れている剣がなかなか見つからなかった。

 そこでガルダに腕のいい鍛冶師の知り合いがいないか尋ねてみることにした。

 ガルダはこの街に住んで長い。現役で冒険者をしていた時も4級間近と言われていただけあり、シンよりも広い人脈を持っているだろうと考え、ガルダに鍛冶師の紹介を求めることにしたのだ。


 ガルダはシンの願いに対して、なかなか返答しようとはしない。

 やはり、領都グランズールにでも行かなければ、あれ以上の剣を見つけるのは困難かと思い始めた矢先、ガルダは溜め息をつき、それに答えた。


「……腕のいい鍛冶師か。知っている。かなり癖のある人物だが、腕は一流だ。少なくともこのシルトバニア辺境伯領にいる者で俺はあれ以上の鍛冶師を知らない……」

「そんな人がいるんですか!?……その人を紹介してもらえませんか?」


 ガルダの答えはシンの期待以上のものだった。

 あの剣をはるかに上回るものを打ってもらえそうな予感に胸を高鳴らせ、シンはガルダの言葉に飛びついた。


「……それはかまわない。打ってもらえる保証まではできないが、俺の方からも一言手紙を書いておこう」


 そう言って、ガルダは2枚の紙を取り出し、一通目はシンにその鍛冶師の住所を書き記し、もう一通にはその鍛冶師に宛てた手紙を書く。


「まあ、初めて会った時は色々と思うところはあるだろうが、腕は一流だ。それに悪い奴ではない。お前がボルディアナでいい剣を欲するなら、あの男に頼むのが一番だろう」

「ありがとうございます!」


 期待はしていたが、このボルディアナどころかシルトバニア辺境伯領でもガルダが一番とまで言う名匠を紹介してもらえるとまでは思わなかった。

 シンの頬も緩む。


「それよりもシン、嫌でなければグラスとの立ち合いについて話をしてほしい。お前があいつにどう戦ったのか俺としても少しばかり興味がある。グラスに使ったんだ。お前の奥の手、詳細までは行かずとも、俺にも多少は話せるんじゃないか?」


 そう言って、ガルダは笑みを浮かべた。

 自分の教え子が昔自分と切り結んだグラスとどう戦ったのか、興味が出てくるのは当然だ。


(やっぱ、ガルダさんも興味あるのか。どこまで話をすればいいものか)


 シンとしてもいずれガルダには話をしておかなければならないとは思っていた。

 日頃からシンを指導しているガルダはシンの力量をよく把握している。

 ガルダはマンイーターやグラスとの立ち合いについて、それほど詳しく聞こうとはしてこなかったが、今のシンの実力を考えれば、この二つの件について色々と不審に思われても仕方ない。


(話さないってのも不義理だよな。ガルダさんならグラスさんみたいに追いかけまわしたりしないだろうし、俺のことをポロポロと話さないだろうからある程度は話してもいいか)


 シンは自分の奥の手である功徳ポイントを使用した身体能力と魔力のブーストについて、功徳ポイントの話を省き、ある程度ガルダに話すことを決意する。


「わかりました。話せる範囲でお話します。でも、俺の話の後、ガルダさんもグラスさんとの切り結んだ話とかをしてくださいよ」

「俺の話か?まあいいだろう。今更、老兵の昔語りを聞いても面白いとは思わんがな」


 ガルダは氷で薄まった蒸留酒を一気に呷る。


(……美味い酒だ)


 自分の教え子の目覚ましい成長ぶりを実感したガルダの機嫌は良かった。


 シンはまず前置きとして自分の奥の手が1分間程度限定のもので、それを使い終わった後は自力では立ち上がれないくらいに疲労すると説明した。

 その上でグラスとの立ち合いについて語る。

 ガルダは最後まで黙って聞いていたが、シンの話が終わるとシンを一発軽く小突いた。


「グラスのような男だから、問題にはならなかったものの自分から弱点をばらす馬鹿があるか。もう少し考えた上で行動しろ」


 そうシンを叱りつけながらも、ガルダの口元はどこか楽しげだった。


「それでは、今度は俺の番だな。俺とグラスが初めて会ったのは20年近く前の話になる。俺がまだ6級冒険者だった頃の話だ……」


 ガルダは蒸留酒を手酌で酒器に足しながら、昔を懐かしむように語りだした。

 ゆっくりと夜が更けていく。

 シンだけでなく、ジルもガルダの話をふんふんと聞いていたが、お腹が膨れて眠くなってきたのか、ガルダの昔語りを子守唄のように聞きながらシンの膝の上で惰眠を貪り始めた。




 翌日の昼下がり、シンは鍛冶師の住所が書かれた紙を手に持ちながら、鍛冶師の工房へと向かう。

 ボルディアナの北西の片隅、あまり人通りのない通りに一軒の鍛冶工房を構えていた。

 あまり大きくはないが、鍛冶とだけ書かれた小さな看板がこの店の鍛冶師の人柄を表しているようにシンには思えた。


「ゴンザレスさんか」


 どんな鍛冶師だろう。

 髭の生えたドワーフを想わせる無骨な老人だろうか。

 鍛冶には筋力が必要だ。

 そのため皺だらけの手をしているが、筋骨たくましい、人嫌いの無愛想な老人をシンは想像した。

 ガルダがシルトバニア辺境伯領で一番だと言う名匠が商業ギルドや鍛冶ギルドのある街の中心から外れたこんな場所に店を構えているのだ。

 よほどの人間嫌いの可能性もある。


(嫌われないようにできるだけ礼儀正しく振る舞おう)


 シンはそう思いながら、扉を叩いて数秒後、「失礼します」と大きな声で挨拶をし、扉を開ける。

 店の中はまるで異世界だった。


 ピンク

 ピンク

 ピンク


 所狭しと並べられたピンク色の小物やぬいぐるみ。

 どう見ても少女趣味としか言えない物が大量に飾られている。


 男が店の中で優雅に足を組み、お茶を飲んでいた。

 体格はグラスに負けず劣らず。

 異様なのは厳つい男であるにもかかわらず、その髪型は金髪縦ロールで、ピンク色のハート模様がいたるところに入ったエプロンを着て、小指を立てながらティーカップを持っていることだ。


 男はシンに気が付くと、野太い声を無理やり高くしたような声でシンに話しかける。


「あら、いらっしゃい。お客様かしら?今日もまた、私のこの愛の巣マダム・クリスティーヌのお店に私の大切な息子(剣)を求めて、見知らぬけだもの達がやってきたのね。……ん、んっ、んっ。あ~ん、トレビア~ン」

「すいません、間違えました」


 シンはすぐさま店の扉を閉めた。

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