エピローグ
シラガイの村の男たちの結末の描写に残酷な描写があるので、苦手な方はご注意ください。
翌日シンは朝食を食べた後、普段と違い、ジルと少しのんびりし、4刻(8時)の鐘が鳴り響いて少し経った頃に宿を出てカステラやハニードーナツや果実水などを買い、ダリア達の元へ訪れた。
ミーシャが言うにはグラスは昼までに戻ってくると言っていたらしい。
グラスのことだ。
昼までに帰ってくると言ったからには、約束通りに昼前には戻ってくるだろう。
もうシンとしても心配はしていないのだが、ここまでやったからには最後まで付き添いたい。
それにダリアが収容施設から解放されれば、ダリア達の今後の話もする必要がある。
シンがダリア達と収容施設の部屋でお菓子を食べながら歓談し始めて、しばらくすると通路を歩きながら大きな声でしゃべる男性の声が聞こえた。
グラスだ。
こんなところで大声を出すのはあの男しか考えられない。
ノックもせずに扉がバンッと開けられる。
シンの予想通りグラスだ。
「シンよ、約束通り偽らざる鏡を借りてきたぞ!」
先ほどまで機嫌良くお菓子を頬張っていたアイリスはグラスが入ってくるとすぐにダリアの後ろに隠れる。
ノックもせずにいきなり部屋に入ってきて、大声でしゃべる巨漢に怯えるのは無理もない。
シラガイの村の男たちに暴力を振るわれた恐怖は2,3日で癒えるものではないのだから。
「うむ?なんだ、えらく小さい童もいるではないか!」
アイリスが怯えてダリアの後ろに隠れているというのに、そのことに気にした様子もなく、グラスはずんずんと部屋の中を進み、ダリアとアイリスを見下ろす。
「グラスさん、まだアイリスは成人した男性なんかに近づかれると怯えるんです。やめてください。それでなくともあなたはでかいし、顔も強面なんだから」
シンはグラスの腕を引っ張り、ダリアとアイリスから距離を取らせる。
「むう、これでも騎士としてグランズールの童などから人気があるのだが……」
シンの指摘にグラスは落ち込むが、すぐに気を取り直す。
「そこの小娘がダリアか。それではこの偽らざる鏡を使い、取調官の前で色々と質問に答えてもらおうか」
グラスは簡単に偽らざる鏡の説明も行う。
ダリアはグラスの言葉に大きく頷いた。
ダリアは取調室へと連れられる。
シンとアイリスは取調室の前で待機だ。
室内には取調官、ダリア、グラス、そして嫌疑を受けている者が暴れた際に取り押さえる役目の衛士が2名いる。
さすがに関係者と言えども、一般人に過ぎないシンを取調室の中まで同行させることは取調官が拒んだ。
本来ならグラスにも断りたかったが、偽らざる鏡を持ってきたのは自分であると主張された。
その上、武と文の違いはあれど同じ辺境伯の元で働く者同士であり、第4騎士団副隊長という自分よりはるか上の役職を得ている相手であったため、取調官も断るに断れなかった。
取調官はまずその魔道具の効力を確認してみる。
試しに嘘をついてみると、偽らざる鏡が点滅し、10秒程度の間、取調官の姿を鏡は映さなくなった。
三度、四度繰り返して嘘をついてみたり、本当のことを述べるなどもしてみたが、嘘、真に応じて、きっちり効力は発揮される。
魔道具の効力には何ら問題がないことを確認した取調官はダリアに質問を行う。
同じ室内にはグラスがおり、自分たちを見ているために、まるで上司に仕事ぶりを観察されているようで少々緊張する。
普段取調べを行う時は机を間に挟み、向かい合って質問するのだが、今回ばかりは別だ。
鏡に映し出されるダリアの様子を確認するために、ダリアの斜め後ろ、鏡にダリアの姿が見えるような位置に席を移し、取調官は質問を行った。
「それでは、ダリア。これより一切の嘘偽りを禁止する。質問には的確に答えよ」
「はい」
「これまでシラガイの村で冒険者や行商人が強盗の上、殺害されたのは事実か?」
「はい。直接私が殺害されるところを目にしたことはありませんが、事実だと思います」
ダリアの姿が鏡から消えないことを確認すると、取調官は次々に質問を行う。
「これまで冒険者のシン以外に村を訪れた者を誘惑したり、その者の警戒心を解くために酒の酌やその他の行為をしたことはあるか?」
「ありません。その当時、私は村長宅から離れたところに閉じ込められていましたので会ったこともありません」
様々な質問を続けるが、取調官の質問に対し、一度もダリアの姿が鏡から消えることはなかった。
少なくともダリアは村の犯行に一切関わっていない。
取調官にもその確証は得られた。
聞かなければならないのはあと一つだけだ。
辺境伯直々に指示されている内容だ。
「これが最後の質問だ。ダリア、村と殺害されたものの所持品などの取引をしていた者の名前や容姿、何か知っていることはあるか?」
「名前や容姿については一切知りません。ただ、以前の取引は5月で、次の予定が8月だったということは村長から話を聞きました」
「……そうか。ご苦労だった。ダリア、君の疑いは晴れた。いつでも、この施設から出てよろしい」
取調官はダリアの嫌疑が晴れたことを認め、そう言い渡した。
今まで黙っていたグラスもダリアに厳つい笑顔で話しかける。
「良かったな、小娘。童と共に達者で暮らせ。とは言っても、俺もまだシンのやつに用事があるから一緒に部屋を出るがな」
グラスはダリアと共に取調室の外で待つシンとアイリスの元へと向かう。
ダリアはシンと顔を合わせると笑顔で感謝を述べる。
「終わったわ。もう私はここから出てもいいって。シン、本当に色々とありがとう」
「そっか。ようやく終わったか。じゃあ、外に出て3人で飯でも行こうか。まだ俺の方から話もあるし、飯でも食いながら話そうぜ」
ダリアの今後の話だ。
シンとしては勧められるところは二つしかないが、ダリアが望むのならどちらかを紹介し、シンの方からも頼もうと考えている。
「シンよ、少し待て。渡すものがある」
そう言って、グラスは革袋をシンに投げ渡す。
シンは片手でそれを受け取る。革越しに伝わってくる感触から金銭であることがわかる。
「グラスさん、これは?」
「今回のシラガイの村の件での褒賞金だ。俺の方からも少し色をつけた。遠慮なく受け取れ」
シンは中をチラッと見てみると革袋の中には金貨が入っている。
グラスに剣を砕かれてしまったが、ギルドから受け取れるはずの褒賞金も入れれば、新しい剣を購入する以上の金額になるはずだ。
「ありがたくいただきます」
「おう。それと10月の魔物退治の件忘れるんじゃないぞ。場合によっては俺が引きずり出しに来るかもしれんぞ」
そう言って、グラスは大声で笑う。
「大丈夫です。こっちも約束は破りませんよ。それではグラスさん、また」
「ああ、まだ数日はこの街にいるからな。場合によってはどこかで会うかもしれんな。例えばギルドの訓練場などで」
「できれば10月まではお会いしたくないですね」
シンはグラスの言葉に苦笑いを浮かべた。
シンがダリア達と施設を出た後、グラスは取調室へと戻る。
取調官がダリアの語った内容をまとめ、そろそろ別の村人を詰問しようかと思い始めた矢先、グラスはノックをすることもなく、部屋の扉を開けた。
「おい!この際ついでだ。残った村人にもそれを使うぞ。有罪が確定すれば、取調官ではなく、尋問官の出番となるが、きちんと伝えておけ。手心は一切加えるなと」
偽らざる鏡は嘘を見抜くが、本当のことを無理やりしゃべらせるといった効力を持つ魔道具ではない。
ダリアとアイリス以外のシラガイの村の者たちが死刑になるのはすでにグラスの頭の中では確定しているところだが、辺境伯に命じられた違法な取引をしている者について語らせる必要がある。
おそらく偽名を使っている以上、偽らざる鏡で真偽を確認するだけではなく、過酷な尋問、拷問をしてでも、その者の容姿やしゃべり方、身なりなどを聞きださねばならない。
些細な事でも記憶の奥底から引きずり出させる必要があるのだ。
村人たちの悲惨な未来をグラスは思い描いたが、奴らへの同情などはひとかけらも湧かない。
グラスは獰猛な笑みを口元に浮かべた。
シンはよく行く食堂でダリア達と昼食を摂りながら、ダリアにこれからのことを尋ねる。
「それでダリアはこれからどうする気なんだ?この街に知り合いとか伝手はないのは知ってるけど、なんかやってみたい仕事とかあるのか?」
「うーん、急に取調べとかで頭がいっぱいであんまりこれからのことはよく考えてはいないわ。それに身寄りのない私を雇ってくれそうなところって探すのもなかなか難しいし」
アイリスは牛すじ肉と牛すね肉をトロトロになるまで煮込んだ野菜入りのスープを美味しそうに飲みながら、二人の会話を聞いている。
「特に希望がないのなら、二つだけだけど紹介できそうなところがあるぞ」
「本当?仕事を見つけるのはなかなか難しそうだし、その話を聞かせてくれる?」
「ああ、まず一つ目は孤児院の手伝いって形になるな。前に話をしたところだ。院長のロベルド先生も高齢で一人じゃ結構負担が大きいみたいで、子どもの面倒を見たり、文字を教えたり、家事を手伝ってくれる人を探してるんだ。あんまり給料は出ないと思うけど、住み込みで働けるから食事や寝る場所には不自由しないし、アイリスにも同年代の友達ができると思う」
「そう。それでもう一つは?」
「俺が普段から薬なんかで世話になっている薬師の婆さんだ。ちょっと偏屈なところもあるけど、悪い人じゃねえよ。雑事以外に薬の調合なんかも仕込みたいって言ってたし、頼めば住み込みで働かせてくれると思う。どっちを紹介すればいい?」
「……薬師のお婆さんを紹介してもらえるかな。調合とかそういった技術的なことを覚えられれば、将来的にも安心だと思うの。孤児院で子どもの面倒見るのも悪くはないんだけど」
「そっか、それじゃあ飯を食い終わったら、婆さんのところに案内するぜ」
シンとしてもどちらかを選んでくれれば会う機会も増えるから、功徳ポイントを稼ぐ上ではダリアがその二つから選んでくれたのは好都合だ。
心配なのは薬師の老婆がシンについてあることないことを面白がってダリア達に言わないかくらいだ。
シン達は昼食を終えると薬師の老婆の店へと向かった。
「それで婆さん、この二人をここで住み込みの手伝いとして雇ってくれないかな?」
シンは老婆に事情を説明した後、二人のことを頼む。
ダリアもアイリスは労働力にはとてもならないが、その分、自分が頑張ると言って老婆に頭を下げて頼み込む。
老婆はダリアとアイリスを見ながら、考え事をしていて、すぐには返事をしない。
「領主やギルドから褒賞金も出たから、ダリアがある程度仕事覚えるまで俺がダリア達の生活費も持つし、お願いします」
住み込みの負担を嫌がってるんじゃないかと思い、そう言って頭を下げたシンの後頭部を老婆は持っていた杖で強く殴りつける。
「これだから小僧っ子は!女、子どもの前で金の話なんてするんじゃないよ。どうしてあんたはそう頭が悪いんだい。私は一言も嫌だなんて言ってないよ。それにシン坊、あんたより私の方が銭持ってんだからね!どうして、あんたからそんな金を受け取んなきゃならないんだい」
シンが口にした内容が気に入らなかった老婆はシンをギロリと睨み付けたままだ。
「それじゃあ、婆さん。いいのか?」
「ああ。元々、人手は欲しかったところさ。ちっと細いが、本人もやる気があるんだ。明日からがんがん働かせるから覚悟しな。それとダリア、アイリス、あんたらが住み込みで私の店で働く以上身内も同然さ。特別にお婆ちゃんって呼ぶことを許可するよ。ただし、シン坊。あんたは今まで通り、お姉さんって私を呼びな」
「相変わらず婆さん、厚かましいぞ。あんたがお姉さんって呼ばれる年齢なのは何十年前の話だよ!」
「うるさいね!男が細かいこと気にするんじゃないよ!」
老婆はダリアとアイリスを見て、皺だらけの顔に笑みを作る。
ダリアとアイリスは老婆とシンのやり取りを見て笑った。
それから1週間後、ボルディアナの街の外れの処刑された者が民衆に晒される場所に、腐敗や異臭を防ぐために魔法で氷漬けされた33人の男の生首が並べられた。
目玉は抉られ、片方の耳が削がれていたり、何本もの歯を引き抜かれ、死の恐怖に怯える苦悶の表情を浮かべた凄惨な生首だ。
罪状などを詳しく書いた立札もその前には置かれている。
10日ほど晒された後、墓などは作られず、魔法によって首のない遺体共々燃やされ、わずかに残った骨は街から離れた、罪人の遺体を集めて捨てる場所に打ち捨てられた。
また同時期にグランズールとボルディアナに店を構えていた商人とその店の番頭の首もグランズールで民衆に晒され、店も取り潰されることとなった。
一方、グラスは待機命令違反を理由に1か月間騎士の使う施設のトイレ掃除を団長から命じられた。
本来であれば、こういったトイレ掃除などは騎士見習いの仕事である。
騎士団副隊長のするようなことではないが、命令違反に対する罰としては軽い。
ボルディアナをグラスが留守にした間に問題が起こらなかったことと辺境伯からの取り成しもあったことがこの程度で済んだ理由だ。
それから1か月間、騎士の使う施設のトイレから「うーむ、臭いのである」と唸る男の低い声が聞こえることとなった。
そして、シラガイの村の話だ。
無人状態になったシラガイの村をそのままにしておくのは惜しいと辺境伯達も考え、そこを新たに開拓する入村者を募ったが、人は集まらなかった。
それも当然かもしれない。村人のほとんどが罪を犯して処刑され、また何人もの冒険者や行商人が殺害された地だ。
一から村を作るよりはそこに入村する方がはるかに楽だが、あまりにも縁起が悪すぎた。
罪を犯す気がなくとも、入村すれば、いずれ自分たちも不幸な目に遭うかもしれない。
そういった不安を持ち、開拓者になるにしてもシラガイの村のあった場所を避ける者がほとんどだった。
結局、シラガイの村があった場所には人が集まらず、廃村となり。荒れ果てることとなった。
その荒れ果てた廃村には多くの野花が咲き誇るようになる。
ダリアが姉の墓石の周囲に植えた野花が力強い繁殖力を発揮し、より多くの野花を咲かせたからだ。
そして、季節が移り、年月を重ねようと、その野花は花を咲かせ、その花の蜜を吸いにたくさんの蝶達が訪れるようになった。
これで第2章 6級冒険者 開拓者の村編は終了です。
1月15日の午前11時から第3章の投稿を開始します。