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打算あり善行冒険者  作者: 唯野 皓司/コウ
第2章 6級冒険者 開拓者の村編
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第19話 気づかないふりをして

 領都グランズール。

 ラドソル王国建国期の大将軍であった初代シルトバニア辺境伯が築いた辺境伯領シルトバニアの領都だ。

 建国して数年後、中央での政争には無関心だったグランズール・シルトバニア大将軍が、ラドソル王国の支配圏を拡大させるため、王から許可を得て、多くの魔物が生息する魔生の森に近い領域を開拓し始めたのが辺境伯領シルトバニアの始まりだ。

 領地を開拓し始めた当初はグランズールにも多くの魔物が押し寄せることがあったため、領都グランズールは城塞都市であり、年々、その城壁を拡張している。


 初代シルトバニア辺境伯が建国の大将軍であったことの影響か、シルトバニアの血族からは多くの優れた武人が輩出されている。

 今代の辺境伯であるドクトール・シルトバニアも建国の大将軍の末裔にふさわしい堂々たる武人だ。


 ひたすら愛馬を走らせ続けること4時間余り。

 グラスはようやくグランズールに到着した。

 そして、そのままグランズールの中央に位置する城へと向かう。

 城門の前で複数の衛兵がいるが、いずれも見知った顔の男達だ。

 グラスが馬を降り、辺境伯に謁見したい旨を告げると、すぐさま衛兵の一人が取り次ぎに行く。


 辺境伯は執務室で、魔物退治の途中経過の報告書を読んでいるらしい。

 許可を得て、城の者に大剣を預けたグラスは案内役もつけずに大股でズンズンと城の通路を進む。

 ラドソル王国の大貴族でもあるシルトバニア辺境伯の居城にしては通路内に煌びやかな美術品などはあまり飾られていない。あくまで貴族らしさを損なわないように、必要最低限の物は飾られてはいるが。

 その代わりに代々のシルトバニア辺境伯の肖像画と共に愛用していた鎧が通路の要所要所に飾られている。

 グラスはそれを誇らしく思う。

 理知的な者も嫌いではないが、自分の主は武も兼ね備えてなければならないと言うのがグラスの思いだ。

 執務室の扉の前には二人の騎士が護衛のため待機している。

 グラスはこの二人の騎士の実力も知っている。

 騎士の中でも上位に位置するだろう。だが、シルトバニア辺境伯の剣の腕前も決してこの二人に劣るものではない。


「連絡は受けております」


 執務室の前にグラスが立つと騎士の一人がそう言い、扉をノックする。


「入れ」


 中から低い男の声が聞こえた。



 執務室には机に向かい、書類に目を通す金髪の男がいた。

 歳は40を過ぎた辺りで、整えられた口髭をしている。

 背はグラスよりも小柄ながら、肩と背中の筋肉が発達しているのが服の上からでもわかる、一見貴族らしからぬ男だ。

 執務室に入ったグラスは跪き、頭を垂れる。


「グラス、何用だ?ボルディアナで待機中のはずではなかったのか?」

「はっ。命令に背きました。後で如何様にもご処罰ください。ですが、一つだけ私の頼みを聞いていただきたいのです」

「頼みとは?」

「以前、私に見せてくださった偽らざる鏡をお貸し願いたいのです」

「ほう……あれをか。訳を申せ」

「実は……」


 シラガイの村の件についてはまだ辺境伯には届いていない。

 グラスはできるだけ客観的にシラガイの村で起きた事件について語る。

 シルトバニア辺境伯はコメカミを軽く押さえた。


「免税にしていたせいもあり、どうやら開拓者の村への注意が足りてなかったようだな。今後は定期的に人員を割かねばならぬ。違法な取引をしている商人にも対応せねばな」

「はい、それがよろしいかと」

「……しかし、そのシンという若者を気に入ったのか?」

「気に入りました」

「だが、今回は見送るのか?」


 シルトバニア辺境伯は口髭をつまみながら、グラスに尋ねる。


「はい。見どころはありますが、まだまだ粗削り。もうしばらくはガルダの元で鍛えさせた方がよろしいかと存じ上げます」

「とは言いながらも、きっちり唾をつけておるのではないか。まあ、良い。無理矢理入れるのはこちらとしても本意ではない。これを宝物庫の者に見せよ」

「ありがたき幸せ」

「それと手段は問わぬ。どのような手段を用いても、その村の者達から違法な取引をしている者のことを吐かせよ。偽名を使っているだろうが、容姿の特徴などを詳細に語らせ、突き止めるのだ」


 シルトバニア辺境伯は自筆のサインと印章を押した許可証をグラスに投げ渡した。



 7刻(14時)の鐘がボルディアナで鳴り響いてしばらく経った頃、シンはようやく目を覚ました。

 まだ頭ははっきりとは冴えない。

 後頭部からはなぜか心地良ささえ感じる柔らかさと温かみを感じる。

 青々と茂った緑と視界を遮るような膨らみがシンの目に入った。


「ん?何だ、これ?」


 シンは手でその膨らみに触れようとしたその時、誰かの手が伸び、シンのその手を掴む。


「今、何をしようとしていたのかな?シン君」


 ミーシャの声に驚き、シンはその手を振りほどくと寝返りを打った。

 ジルがシンのお腹の下敷きになり、蛙が潰れるような声をあげる。


「グェェェ!お、重いのです。痛いのです。真っ暗なのです。シンさん、ヘルプ!ヘルプなのです」

「えっ?」


 シンはもう一度寝返りを打ち、ジルを重みから解放してやる。


「ねえ、シン君。いきなりお姉さんの胸を触ろうとするわ、膝枕から逃げるとか酷いんじゃない?まさかシン君がどさくさに紛れて女性の胸を揉もうとするいやらしい男の子だなんて……お姉さんショックだわ」


 ミーシャはシンをじーっと睨む。


「あ、いえ、そういうつもりでは……なんかすいません」

「ふう。別に怒ってはいないわよ。……シン君、ところで痛いところとかはない?」


 シンは起き上がり、伸びや屈伸をしてみる。

 手を握ったり、開いたりもしてみるが、痛かった手の方も問題ない。

 これならすぐにでも6級の魔物程度なら問題なく狩れそうだ。


「大丈夫です。マンイーターの時だけじゃなく、今回もまた治療してもらって本当にありがとうございます」

「そうね。今日は後で食事でも奢ってもらおうかしら。とっても高そうなお店で」

「そうなのです。シンさん、ジルもお昼を食べてないのでお腹減ったのですよ」


 シンのお腹に潰されたジルもすっかり立ち直り、ミーシャに便乗して食事を要求する。


「ははは。ってそうだ。すいません、ミーシャさん、俺これからすぐに行かないと」

「ダリアって子のところね。私もグラスさんから頼まれているし、一緒に行くわ。それが終わったら、シン君には奢ってもらうからね」

「グラスさんに剣を砕かれてしまったので、お手柔らかにお願いします」

「女の子の前でお金がないみたいなことを言わないの。男の子はどっしり構えて、気前の良いところを見せないとね」


 ミーシャは、ちょっと困った顔をしているシンの背中をパンと軽く叩いた。

 シンは頬をポリポリと掻いて思う。


(女の人に食事を御馳走するって、これデートに当たんのかな?)


 ジルは相棒兼ペット枠みたいなものなので性別が女性であろうと当然除外だ。

 シンとしては初デートの相手がジルだと言うのは嫌だ。分霊とはいえ、セシリアの嫉妬も少し怖い。

 そんなことを考えながらシンは刀身部分の大半が失われた剣を拾って鞘に戻した後、ミーシャと共にダリアのいる収容施設へと向かった。



 収容施設に着いた後、シンとミーシャは一旦別れる。

 ミーシャはグラスからの頼まれ事を取調官や他の騎士たちに伝えるらしい。

 シンは騎士の一人に連れられて、ダリアとアイリスのいる部屋を訪ねる。

 午前中に取調べが再度行われ、ダリアは色々と詰問されていたようだが、暴力的な行為などは受けた様子はないというのがその騎士の話だ。


 シンは扉の前で一度呼吸を整える。

 どういった説明をしたらいいか。

 グラスが魔道具を借りてくると約束をした以上、問題はないはずだ。

 だが、どういった話をすればいいものかシンは少し迷う。

 その魔道具を借りるためにグラスと立ち合ったことも話すべきか。

 効率良く感謝を稼ぐためにはグラスとの立ち合いについても色々と話をして、恩に着せるべきにも思える。

 だが、シンはそれをするのに少しばかり抵抗があった。

 まるで自分で自分の英雄譚を語りだす酒場の中年冒険者のように思えて、自分の口で語るのは正直恥ずかしい。

 グラスとの立ち合いを説明したところで、グラスの強さを理解できないだろうダリアに立ち合いのことを説明してもイメージしにくいかもしれない。

 恥ずかしい思いをして説明してもいまいち効果がないくらいならば、決闘のようなことをして大変だったってアピールするより騎士団の偉い人から協力を得られたくらいの説明でいいのではないかともシンには思える。


 感謝は欲しいが、女、子どもの前では見栄も張りたい。


 シンもなかなか難しい年頃だった。


「シンさん、早くお姉さんに報告して。その後は早くご飯に行くのですよ」


 そんなシンの悩みを理解しないジルはシンに早く扉を開けるように急かす。

 あまり、この場で立ち止まっているのも変だと思ったシンは扉をノックする。


「ダリア、俺だ。シンだ。入ってもいいか」


 中からダリアの返事を確認したシンは扉を開けて部屋の中へと入る。

 ダリアは椅子に座っており、アイリスはそのダリアの膝の上にちょこんと座っている。

 ダリアは少し疲れているようにも見えるが、それ以外は問題なさそうだ。


「ダリア。もう心配ないぞ。ダリアが嘘をついていないのなら、もう何も問題ない」

「シン、それはどういうこと?」

「マンイーター討伐の時に知り合った騎士団のお偉いさんが動いてくれた。明日、嘘を見抜く魔道具を持ってここに来てくれるはずだ」

「本当?でも、よくそんな方が動いてくれたわね」


 ダリアはシンが変な条件でも押し付けられたのではないかと心配する。

 それに対して笑顔でシンは答えた。


「まあ、ちょっとした条件はつけられたぞ。10月の騎士団の魔物討伐に同行することが条件だってさ。俺も元々そろそろ同行してみようかと思っていたから大した条件でもないさ。偉いさんから目をかけてもらってるんだ。普通に同行するよりもよっぽどいいはずだ。俺からすれば好条件ってところだな」


 シンは口ではそう言ったものの、ダリアはシンの様子を目ざとく観察し、あることに気づいた。

 シンの普段着ているレザーアーマーに凹みができていることと剣の柄部分が黒ずんで汚れていることに。

 昨日見たときにはそんな様子はなかった。おそらく今日、ダリアを救うために手を尽くした時にできたものだ。

 ダリアはそれを指摘したい気持ちに襲われたが、グッとこらえる。

 この人は見栄っ張りで恥ずかしがり屋なのだ。だから言わない。


(それでも、私は忘れない)


 ダリアはアイリスも安心させようとおどけた素振りを見せているシンに深く感謝した。



 シンは明日またここに来るとダリア達に約束をした。アイリスにはお菓子なんかも買ってくると言う約束をしたところ、ジルはシンを指さした。

 口にすれば殴られるとジルも理解しているのか、何も言わずに指をさし、ニヤニヤしているその顔がシンをよりイラつかせる。

 だが、殴っては負け。そういった気分に襲われ、シンの拳は行き場を失う。

 部屋を出て、しばらくするとミーシャも取調官や騎士との話がついたのか、こちらにやってきた。


「さーて、シン君奢ってもらうわよ」

「ミーシャさん。それは別にかまわないんですが、時間帯が微妙じゃないですか?」


 すでに8刻(16時)の鐘が鳴りそうな時間帯だ。

 お昼ご飯としては遅すぎるし、夕飯を食べるには早すぎる。

 ジルはお腹を押さえているが、さっき殴れなかったためシンは無視を決め込む。


「うーん、じゃあ一度シン君は宿に戻って、夕方に合流しよっか?ちょっと汗臭いよ。夕食前に身体を拭いて、服も着替えたほうがいいんじゃない?」


 夏場にレザーアーマーを着こんでグラス相手に立ち合ったのだから、すでに汗は引いているとはいえ、確かに臭う。


「そうします。それでどこで待ち合わせしましょうか?」

「9刻(18時)の鐘が鳴ったら、街の中央の噴水で待ち合わせすることにしましょ」


 シンは施設を出た後、ミーシャと一度別れる。

 市場の近くを通り、宿屋へ戻ろうとするとジルのお腹の鳴る音がさらに大きくなった。

 シンは溜め息をつきながら、ジルと共に市場の屋台へと向かう。

 市場で大量に買い込んだ料理をジルと一緒に摘まみながら宿へと戻った。



 9刻(18時)の鐘が鳴る前に普段着に着替えたシンは、街の中央の噴水へと向かう。

 噴水の前に到着したころ、鐘の音がシンの耳に届く。

 その後、数分後にミーシャも噴水の前に到着した。

 先ほどまで着ていた修道服によく似た衣服とは違い、ワンピースを着たミーシャの姿がシンには新鮮に感じる。


「お待たせ。それじゃあ行こうか」


 そう言って、シンがミーシャに連れられたのは街の中流層が外食するような区域にあるものの、落ち着いた雰囲気のある酒場だ。


「ボルディアナで冒険者やってた時はよく来たんだ。あんまり高くないから安心しなさい」


 ミーシャはそう言って、シンに微笑む。

 ミーシャとの食事は最初の方は色々と話が弾み、シンも楽しかった。

 だが、ミーシャが果実酒を3杯お代わりした辺りから、少々酷いことになった。

 ミーシャの口からはグラスに対する愚痴が何十分も続く。


「ミーシャさん、そろそろお酒を控えたほうが……」


 シンがそう言っても、ミーシャのお代わりは止まらない。

 次第に呂律が回らなくなり、何を言っているのかはよくわからないが、グラスだけではなく、シンもなぜか責められているということだけは理解できた。

 ミーシャには軽い酒乱の気があった。


 冒険者時代には男の冒険者にも誘われることがあったが、大抵は階級の高いミーシャのお零れを狙うような者達で、ミーシャは相手にもしなかった。

 そのせいで考えてみれば、男性と二人っきりで食事をすることすらほとんどなかったミーシャが緊張をほぐそうとお酒を普段よりも速いペースで飲んでしまったことがここまで酔ってしまった原因である。


 ジルはミーシャが酔い出すと、ミーシャの目を気にすることなく、残っている料理に手を付けていく。ジルが残った料理を食べ終えるころにはミーシャはすっかり泥酔してしまっていた。


 途中で寝てしまったミーシャを置いて帰るわけにもいかず、シンは支払いを終えるとミーシャの肩を担いで騎士の駐留している施設に向かう。


(ミーシャさん、せっかく美人なのになあ)


 まさかミーシャが食事中に泥酔するとは思わなかった。

 ミーシャの顔がシンの顔のすぐ近くにあり、自分の身体に柔らかいものが当たり、少し誘惑に駆られる気持ちもないわけではないが、シンの心はいたって落ち着いている。

 なぜならミーシャの吐く息がとても酒臭いためだ。

 少し年上女性に憧れるところのあったシンだが、こういった状況なら相手をあまり意識せずにいられる。

 むしろ、こんなになるまでお酒を飲んでしまうミーシャのことが心配になった。


(男の前で泥酔するとか本当に危ないな。今度注意したほうがいいかも)


 シンは騎士たちに許可を取り、ミーシャの寝泊まりしている部屋までミーシャを運び、ベッドに寝かせる。


(こんなに酔ってるんじゃ鍵とか閉められないよな。騎士の人たちが酔っている女性に何かするとは考えづらいけど、このまま本当に帰ってしまっていいのかな?)


 ミーシャには2度も治療で世話になっている。

 シンは水を飲ませながら、もうしばらくミーシャに付き添う事に決めた。

 シンのこの配慮は後にミーシャを苦しめることになる。


 それから2時間程度でミーシャが意識を取り戻したことを確認したシンは、特に部屋の中でミーシャに何か不埒な行いをすることもなく退出した。

 だが、この2時間程度という時間は人の想像を働かせるのに十分すぎた。

 その話を他の騎士から聞きつけたグラスが事あるごとにミーシャを「若い冒険者に自室にお持ち帰りされた女騎士」とからかうことになる。


 シンに醜態を見せてしまったことやグラスにからかわれる恥ずかしさで、ミーシャはしばらく悶える日々を送ることになった。

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