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打算あり善行冒険者  作者: 唯野 皓司/コウ
第2章 6級冒険者 開拓者の村編
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第18話 どこまでも真っ直ぐな剣

 グラスと真っ向から剣をわしたシンだが、あの剛剣と名高いグラス相手に力負けすることがない。

 力ではほぼ互角。剣速はわずかではあるがシンの方が速い。

 だが、3合目を交わした時にシンは気づく。


(これでも、まだ届かない)


 わずかばかり剣速が速くても、経験の差でグラスはシンのさらに上を行っていた。

 それなら遠慮はいらない。

 グラスの顔、首、喉、肩、胸、腹、腰。シンは切りつければ致命傷になりかねない所へも一切遠慮なしに、剣で切りつけようとする。

 自分がグラスを殺そうと思って剣を振るおうとグラスは死なない。自分ではグラスを殺すことができない。

 そういった確信がシンにはあった。

 それに対してグラスはシンの剣を避けるのではなく、己の大剣をシンの剣に叩きつけるような形で受け止め、逆にシンの胸や腕、肩を狙って、剣を振り下ろす。

 シンの中でグラスと剣を重ね合わせることをどこか楽しむような気持ちが生まれていた。

 知らず知らずのうちにシンの口元から笑みがこぼれた。

 シンの笑みを見て、グラスは言う。


「どうだ、シンよ。剣を交わすことの楽しさを見出したか」


 シンの浮かべている笑みはグラスの浮かべている笑みと同じものだ。

 己の渾身の力を込めて剣を交わす喜び。

 グラスにとってそれは、どんな御馳走にも、どんな美女との逢瀬にも勝るものだ。


「そんなのわかんねえよ。どうでもいいから、さっさと俺の一太刀喰らえよ」


 シンの口調からグラスに対する敬語が消えた。

 そんな余裕など、もうどこにもないのだ。


「ははは。なぜこの俺がこんな楽しい時間を自分から終わらせねばならんのだ。俺を切りたければ、もっともっと力を捻り出せ。俺に何とか一太刀浴びせてみろ」


 シンに重い剣戟を浴びせながら、グラスは歯をむき出しにして笑う。

 それをシンは必死に受け止めると、グラスの胸をめがけて剣を斜めに繰り出した。



(力強い。何よりも速い)


 シンの剣戟を受け止めながらグラスは思う。

 純粋な剣速の速さだけなら、シンは全力の自分をも上回る。


(だが、粗削りで未熟だ)


 だが、グラスはシンが自分の能力を使いこなせていないのを感じ取る。

 どこか力に振り回されているように感じた。

 それにグラスと違い、対人戦闘の経験もまだまだ少ないのだろう。

 シンの方が速くとも、シンの視線、肩の動きから次にどこを切りつけてくるか予想できる以上、シンの剣を十分に受け止めることができる。

 シンの剣を受け止めるのではなく、受け流して切りつけることもできた。

 シンはほぼ互角のように感じているかもしれないが、決して互角ではない。

 グラスは何度でもシンを斬り伏せるチャンスがあったのだから。

 グラスがシンを殺そうと思えば、もう何度もシンは斬り殺されている。

 とは言っても、グラスが意図的に手を抜いているわけではない。


(そして、どこまでも真っ直ぐな剣だ)


 グラスがシンの剣を受け流すのではなく、受け止めているのは手を抜いていると言うよりもシンの繰り出す剣と己の剣とをぶつけ合いたい欲求に駆られるからだ。

 これが殺し合いであるのなら、グラスもそんな愚かなことはしない。

 相手の剣を受け流し、致命傷を負わせることに何の躊躇いもない。

 だが、これは殺し合いではなく、立ち合い。そして男同士の意地のぶつけ合いだ。

 どうしてグラスにこれほど真っ直ぐな剣を受け流すことができようか。


(ガルダめ、お前の育てている男はお前によく似ている)


 グラスはガルダに対する嫉妬の気持ち、また同時にガルダに対する称賛の気持ちが湧き起こる。

 1分間限定の奥の手はシンのものだろうが、剣筋や身体の動かし方は紛れもなくガルダが教え、育て上げたものだ。

 真っ向からグラスと剣を交わすシンから新たな時代の波を感じた。


 若い頃、魔物退治に同行していたガルダとは何度か剣を交わしたことがあった。

 真っ直ぐな剣を振るう、気持ちのいい男だった。

 いずれは騎士団に入ると思っていた。

 そして自分と切磋琢磨し、より高みへと登っていくものとばかり思っていた。

 だが、ガルダは怪我をした。

 治療が遅れたため、治癒魔法を使っても完全には治りきらず、冒険者を引退し、ギルドの指導員を務めるようになった。

 グラスは失望し、いつの間にかガルダのことを忘れるようになった。

 それから10年近くが過ぎ、今から数年前に騎士団に入ってきた冒険者の剣筋はガルダに似ていた。

 指導員をしていたガルダによく剣の指導をしてもらっていたらしい。

 それからだと思う。自分の鍛錬ばかりではなく、他の若い騎士にもよく指導をするようになったのは。


 グラスは笑みを浮かべながら、己の首筋を目がけて繰り出してくるシンの斬撃を受け止めると、今度はシンの肩を狙って、重い斬撃を振り下ろした。



 ミーシャは固唾を呑んでシンとグラスの立ち合いを見守っていた。


(シン君ってあんなに強かったんだ)


 ミーシャが騎士団に入って、グラスと立ち合いをして10合以上打ち合える者など騎士団長、隊長や副隊長クラスの人しか見たことがない。

 シンとグラスの立ち合う姿が、まるで英雄譚サーガに出てくる剣士たちの対決のようにミーシャには見えた。



 だが、いつまでも二人が剣を振るい続けるわけではない。いずれ、終わりの時が来る。


(今、何秒経った?わからねえけど、もうあんまり時間は残されていないはずだ)


 もう20合以上はグラスと剣を打ち交わしたはずだ。

 だが、一向にシンの剣はグラスに届かない。

 グラスと20合以上、剣を打ち合わせたせいでシンの手のひらの皮は剥け、血がしたたり落ちる。

 残された時間を考えるとジリ貧だ。シンはグラスの剣を受け止めた後、一度グラスの間合いから離れる。


「もう時間がない。俺の最後の一撃を受け止めてください」


 おそらくこれが最後の一撃になる。

 シンはそう予感し、グラスに宣言した。

 身体に残っている魔力を剣に全て注ぎ込んでいく。

 剣からピキピキという嫌な音が聞こえたように思えた。

 それでもこの一撃を何としてでもグラスに浴びせねばならない。

 そしてグラスの剣を弾き飛ばし、絶対に一太刀浴びせる。

 シンは剣から聞こえる嫌な音を無視し、全力で魔力を注ぎ込んでいく。


「良かろう。全力で俺の身体に一太刀入れてみせろ」


 グラスはシンを見て、自らも同様に練り上げた魔力を大剣に注ぎ込んでいく。

 楽しい時間が終わってしまうことに一抹の感傷を抱いたが、その思いもすぐにかき消す。

 シンが全力で最後の一撃を放つのなら、自分も武人としてそれに応えねばならない。

 グラスは頭上に剣を構え、シンが渾身の一振りを繰り出してくるのを待つ。


 シンはグラスの右胸から左肩にかけて自分の持てる全ての力を注いで、切りかかる。

 一方グラスもシンの左肩から右胸を斬りつけるように、大剣を振り下ろした。

 両者の剣が交わる。

 シンの魔力とグラスの魔力が剣の刃でまじわり、眩い光を放った。


 今度ははっきりとシンの耳に剣からピキピキと嫌な音が聞こえた。

 シンはふと自分の剣に意識を向けると、剣に大きなヒビが入っており、それに気づいた刹那の後、シンの剣が粉々に砕け散る。


(届かなかった)


 シンの首筋近くにはグラスの大剣が止められており、はっきりと勝負が決したのがわかる。

 シンの身体から急激に力が抜け始める。

 自分の意思で立っていることすらできず、シンの身体は地面に崩れ落ちた。


「うぁああああ!」


 地面に倒れたシンは慟哭する。

 悔しい。勝てなかった。渾身の力を込めた剣がグラスには届かず、逆に自分の剣が砕け散ってしまった。

 約束も果たせない。このままではダリアが罪人にされてしまい、アイリスと離ればなれにされるかもしれない。

 本来ならすぐにでも他の方法を模索すべきところだろうが、悔しさと共に悪いイメージばかりが溢れて、シンの頭の中は真っ白になった。

 平原にシンの咆吼が鳴り響いた。



(うーむ、しまった……)


 グラスはそんなシンの慟哭を聞きながら思う。

 ここまでやる気は正直なかった。

 当初はシンがグラスを納得させるだけの力を見せられたのなら、最後辺りで、シンの剣を自分の胸にかすめてやってもいいとさえ思っていた。

 だが、ついつい楽し過ぎて、そんなことさえ忘れてしまっていた。

 グラスはこれからどうするか考えながら己の大剣を見つめていると剣の刃に小さなヒビが入っていることに気が付いた。

 己の大剣とシンの剣がかち合えば、重量、材質ともに優れた自分の剣が勝つのはわかりきっている。

 それなのにシンは自分の剣にヒビさえ入れたのだ。

 十分に合格だ。十分すぎる。

 だが、最初に一太刀と約束していた以上、このまま無条件に認めてしまうのはグラスにも抵抗がある。

 ふとグラスはあることを思いつき、ニカッと口角を吊り上げた。

 そして、地面に崩れ落ち、剣の柄さえ手放したシンの首元のレザーアーマーを片手で掴み、シンの顔を自分の目線まで持ち上げる。


「男がそんな情けない声を出すな。見ろ。一太刀は浴びせられなかったものの、俺の剣にヒビを入れたのだ。泣くのではなく、誇れ。敢闘賞はくれてやろう」

「敢闘賞?」

「そうだ。条件付きだが、お前の頼みを聞いてやる。安心しろ、騎士団に無理やり入れるような真似はせん。だが、シンよ。次の10月(夜長の月)の騎士団の魔物退治に同行しろ。敢闘賞と合わせて、その条件で俺が辺境伯様から魔道具を借りてきてやろう」

「……そんなのでいいんだったら、お願いします。だから偽らざる鏡を……」


 いずれは騎士団の魔物退治に一度同行して、今よりも人脈を広げたいと思っていた。

 魔物退治に同行する程度の条件なら、シンとしても何ら問題はない。

 その期間中は功徳ポイントを得にくいだろうが、何かあった時のために人脈を広げる必要性を今回の件でよく理解した。


「そうか。それでは俺はこの後すぐに辺境伯様にお会いしに領都へと向かう。シン、今は休め」


 シンはグラスの言葉を聞いて安心したのか、そのまま気を失う。

 グラスはシンの手のひらから大量の血がしたたり落ちるのを見ると、そのままシンを掴んだまま、ミーシャの方に近づく。


「ミーシャ、シンの手当をしてやれ」

「わっ、いきなり何するんですか?怪我人を放り投げないでくださいよ」


 ミーシャはグラスに放り投げられたシンを腕と胸を使って、丁寧にキャッチする。

 レザーアーマー越しだがシンの胸板がミーシャの胸を押し潰す形となり、シンの顔はミーシャの青髪や首筋に触れる。

 これでもしシンが目を覚ましていれば、ミーシャに抱きしめられたことで慌てふためき、おかしな反応を示したかもしれない。

 幸か不幸か、疲れ切ったシンはグラスに放り投げられても目を覚まそうとはしない。


「後は任せた。俺は今から領都に赴かねばならん」

「ちょっと、グラスさんここでの待機を命じられているでしょ。何を考えてるんですか?領都に連絡しないといけないのなら、他に人を使いましょうよ」

「男と男の約束は待機命令なんぞよりも優先されなければならん」

「そんな訳ないでしょ!」

「うーむ、これだから女は。男の浪漫を理解しようとせん。まあ、いい。シンが起きたら、シンを伴い、取り調べを受けている者などを収容している施設へ向かえ。俺が領都で辺境伯様とお会いするから俺が戻るまでダリアという少女に対して手荒な真似をするなと伝えておけ。取調べの段階では手荒な真似などするとは思わんがな。それでは、ミーシャ。明日の昼過ぎまでには戻る」


 グラスはミーシャにそう言い残すと、自分の愛馬を取りに騎士の駐留してる施設へと走り出す。


「また団長に叱られても私はかばったりしませんからね~!」

「何、団長も男と男の約束なら納得されるだろう!何ら問題などありはせん。仮に魔物退治の緊急依頼が入った時、シンが目を覚ましているのなら協力させろ!」


 グラスにシンを任されたミーシャはシンの手のひらと、グラスに最初に大剣で殴られたお腹を治療する。

 レザーアーマーを着ていたおかげでろっ骨などが折れている様子は見受けられなかったが、打撲し、真っ青な痣などは出てきているはずだ。

 さすがに男の子を脱がせるのには抵抗があるミーシャは鎧の上から手を当てて、治癒魔法を行使する。

 皮がめくれ血が流れている手は、ミーシャが水の魔法で浄水を作り出し血を洗い流した後に治療を行う。

 指の骨や中手骨と呼ばれる5本の指の付け根部分の骨、手根骨あたりにもヒビが入っているようだった。


(さてとこれからどうしようかな?)


 シンはしばらく起きそうにない。

 できれば、シンの泊まっている宿屋に戻ってシンを寝かせてやりたいところだが、シンがどこに泊まっているかミーシャは知らない。

 騎士の駐留施設に連れて帰り、寝かせるのも一つの手段だが、それをやると男を連れ込んだとグラスが他の騎士たちと一緒にミーシャをからかいそうだ。

 このまま地面で寝かすのも可哀想だし、強い太陽の日差しで日焼けすることになる。

 周囲を見回すと平原にそびえたつ大木がミーシャの目に留まった。


(そうだ、あそこで起きるまで休ませてあげよう)


 ミーシャはシンの肩を担いで引きずるように大木の影へと移動する。

 そして、シンの背を大木の幹にもたれさせようと考えたとき、悪戯心がむくむくと湧き起こる。


(シン君、どんな反応を見せてくれるかな。それにグラスさん相手にあれだけ頑張ったんだから、お姉さんがご褒美あげないとね)


 影に入ると、シンの背を大木の幹にもたれさせるのではなく、ミーシャは正座を崩した姿勢を取ると枕にする形でシンの後頭部をミーシャの膝の上に載せる。

 そして、軽くシンの髪を撫でた。


(まーた、人助けばっかりして。しかも、今度は女の子?そんなことばかりしてると、いつか女の人に後ろからグサッと刺されちゃうかもよ)


 ジルは先ほどまでシンの傍で心配そうにしていたが、ミーシャが治療を終え、シンの身体が大丈夫そうなのを確認するとシンのお腹辺りをベッドにする形で、シンが起きるまでお昼寝をすることに決めた。


 ミーシャがシンに膝枕をし始めて、すぐミーシャ達の近くを1頭のレッドホースが駆け抜けた。

 グラスが愛馬に跨り、ミーシャ達のすぐ横を通り過ぎたのだ。

 グラスはミーシャがシンを膝枕しているのを目ざとく見つけると口元を吊り上げた。


「ミーシャよ、野外での行為は風紀を乱すから慎むのである!」

「ばーか、ばーか!グラスさんなんて死んじゃえ!」


 グラスにからかわれたミーシャは顔を真っ赤にし、グラスに怒鳴った。

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