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打算あり善行冒険者  作者: 唯野 皓司/コウ
第2章 6級冒険者 開拓者の村編
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第16話 偽らざる鏡

 シンが冒険者ギルドの中に入ると、受付ではシラガイの村について説明をしてくれた受付嬢が仕事をしていた。

 シンはこれなら話が早いと思い、受付嬢に近づいていく。

 受付嬢はシンに気づくと声をかけてきた。


「良かった。シン君、無事だったのね。普段より帰りが遅いから少し心配していたのよ」

「ええ、無事です。これが依頼完了のサインです」

「はい、お疲れ様」


 そう言って、受付嬢はシンに報酬を渡す。

 シンは報酬を受け取ると受付嬢に尋ねた。


「それで副ギルド長にお会いしたいんですが、アポイントは必要ですか?シラガイの村の話です」


 受付嬢はシラガイの村の話と聞くと、表情を引き締める。


「ちょっと待ってね。すぐに副ギルド長に聞いてくるわ」


 受付嬢は周囲の者に後のことを頼むとすぐに副ギルド長の元へと向かった。

 数分後、受付嬢はシンの元へと戻ってきた。


「今から行ってもらって構わないわよ。副ギルド長の部屋はここの1番奥の右の部屋よ」


 シンは受付嬢に礼を言うと、副ギルド長の部屋へと向かう。

 副ギルド長の部屋で話をするのは初めてだ。

 マンイーター討伐後に顔を合わすとたまに声をかけてくれるが、深い話をしたことはない。

 シンは気を引き締めながら、副ギルド長の部屋の扉をノックする。


「シンか、入りなさい」


 副ギルド長の言葉に従い、中に入ると副ギルド長は難しい顔をして書類を読んでいた。

 シンが入ってきたのを確認し、書類を机に置くとシンに話しかける。


「話があるそうじゃな。まだ詳しい話までは聞いておらん。受付の者からは行方不明になった冒険者達のことでおぬしから話があるとは聞いたが」

「ええ、実は……」


 シンはシラガイの村で起こった事件について、副ギルド長へと報告をする。

 副ギルド長は真っ白なあごひげを手で触りながら、シンの話を聞いている。


「そうか、シンよ。それはご苦労だったな。殺された冒険者たちも少しは浮かばれよう。ギルドからも僅かばかりだが、褒賞金を支払うことにしよう」

「ありがとうございます。でも、褒賞金の方は辞退させていただきます。その代わりと言ってはなんですが、頼みたいことがあります」

「頼みじゃと……悪いが、ギルドは協力できそうにない」


 副ギルド長はシンが何を望んでいるかはすぐに理解した。

 だが、ゆっくりと首を横に振る。

 シンの頼みを聞く前に副ギルド長は拒絶の意思を示した。


「どうして!?」


 話も聞かずに断られるとは思わなかったシンは声を荒げた。

 副ギルド長はどこかシンの活躍を楽しげに聞いていた好々爺然とした雰囲気を一転させ、ギルドの中核を担う者にふさわしい威厳すら感じさせる表情を見せる。


「シン、おぬしの頼みというのはダリアと言うお嬢さんを救いたいということじゃろ?」


 シンは副ギルド長の言葉に大きく頷く。


「確かに儂がギルド長に頼み、ギルドとしてシルトバニア辺境伯様に手紙を送れば、そういった不幸な境遇の少女一人くらい、辺境伯様も見逃してくださるかもしれん。罪を犯したか、犯していないかに関わらずな」

「それなら」

「だが、ギルドとして、一人の少女を見逃してほしいと頼むことは辺境伯様に借りを作ることになる。今のギルドと辺境伯様との関係を崩す行為じゃ。もちろん、これ一つで辺境伯様も無体な真似などはせんじゃろう。だが、儂らは見ず知らずの少女などよりもギルドのことを考えねばならん立場にある。今のギルドと辺境伯様との関係をわざわざ崩すような行為を儂らからすることはできん!」


 一度借りを作れば、なし崩しに関係が変わる恐れがある。

 それを副ギルド長は危惧していた。

 今はまだ辺境伯がギルドに対し、何らかの強制をすることはできない。

 だが、借りを作られ、今の関係が壊れれば、さらに大きな借りを作られるきっかけにもなりえる。

 そうなれば、いずれ辺境伯はギルドにメスを入れてくるかもしれない。

 今は募集の形である、騎士団の魔物退治も一部の冒険者に対しては強制のものになるかもしれない。

 また今の関係ではたとえ隣国との戦争が起こっても、辺境伯が冒険者を強制的に参加させることはできない。

 だが、関係が崩れてしまえば、いずれは辺境伯がギルドや冒険者に参加を強制しうる立場になりかねないことを副ギルド長は警戒した。

 考えすぎかもしれない。単なる杞憂で終わる可能性も高い。

 それでも、ギルドを背負うものとして、シンの頼みを聞くわけにはいかなかった。

 副ギルド長個人としてはマンイーターを討伐を引き受けてくれたシンを好ましく思っているとしても。


「儂ができるとすれば、ギルドから頼むのではなく、この事件を解決した立役者としておぬしの書く手紙などを届けることくらいが精いっぱいじゃ。おぬしが望むなら、ダラスの村のマンイーター事件を一人で解決した冒険者であることくらいは儂が紹介状にでも書き記しておこう。そうすれば、辺境伯様もおぬしに興味を抱くかもしれん。だが、シン。辺境伯様がおぬしに興味を抱くという意味、グラス殿から騎士団に勧誘されたおぬしがわからぬとは言わせぬぞ」


 副ギルド長はシンがグラスから騎士団に勧誘されたことをつい先日になって知った。

 グラスがシンは出かけているのかと尋ねたからだ。その際に、グラスから話を聞くことになった。


 ギルドとしては借りを作りたくない。だが、借りを作るのがギルドではなく、シン自身であるなら話は別だと言うのが副ギルド長の話だ。

 気まぐれで辺境伯が何の条件もつけずに恩赦を出してくれる可能性もあるが、恩赦を出す代わりに騎士として仕えることを求められる可能性もある。

 辺境伯は軟弱な貴族ではなく、騎士団だけではなく自らの武も誇りにする武人だ。

 人伝えにしか聞いたことがないが、その武は並みの騎士では歯が立たないほどのものだと聞く。

 グラスが目をつけているということも合わせて知れば、シンに興味を抱くかもしれない。

 そうなれば、シンの望みは叶えられるかもしれないが、その代わりにシンは自由を失うことになるだろう。

 今はまだこの街を離れる気もなければ、騎士になる気もなかったシンにその考えは重くのしかかった。


「少し考えさせてください」

「それはかまわぬ」

「あとシラガイの村で依頼を受けた4パーティから、カトレアという少女以外にダリアという少女を知っているものがいないか確認をお願いできませんか?その4パーティの証言があれば、多少はダリアの疑いが晴れるかもしれませんし」

「それくらいなら問題ない。明日以降にでも4パーティから話を聞いてみよう」


 シンは副ギルド長と話が終わると険しい顔つきで部屋を出る。


「シンさん、あんまり怖い顔しちゃ嫌なのですよ」


 ジルは心配そうにシンに声をかけた。

 シンが険しい顔つきをしているのは自己嫌悪が原因だ。

 ダリアに助けてくれと言えと言ったのに、必ず助けてみせると約束したのに、騎士に取り立てられるかもしれないことでシンは副ギルド長にすぐに手紙を出す願いをできなかった。

 手紙を出したとしても辺境伯がどう扱うかわからない。

 手紙を出しても、ほとんど考慮せずに無視されるかも知れない。

 そう思い、シンは自分を騙そうとした。

 そのことを自覚してしまったシンは表情を険しくしている。


(俺はどうすれば……)


 グラスに頼みに行っても、副ギルド長と同じ話になるかもしれない。

 グラスは悪い人物ではないと思うが、以前シンを勧誘したことがある。

 もしグラスに騎士団に入ることと引き換えに、ダリアの恩赦を辺境伯から引き出してやると言われた場合、どういう判断をすればいいのかわからず、シンはグラスにすぐに会いに行くことに抵抗を覚えた。

 受付嬢に礼を言い、そのままシンはギルドを出て、もう一度よく考えてみようと思った。


「おお、小僧ではないか。なんだ貴様、そんな顔をして。誰か人でも殺してきたのか?」

「グラス様……」

「様はいらん。ケツが痒くなる。グラスさんと呼べ」


 ギルドから外に出たとき、シンに声をかけてきたのは今シンがもっとも会いたくなかったグラスだった。



 グラスはシンを無理矢理引きずる形で、ボルディアナに来てからの行きつけとなった飯屋に入る。


「好きなものを頼め。ここは俺が奢ってやろう」


 グラスとしては、シンを訓練所に引きずって行こうかと思ったが、ギルド長との約束とすでに日が暮れてきたこともあり、夕食でも食べながら話をすることにした。


「グラスさんのお勧めで」

「ここのは何でも美味いんだがな。店主、いつものを二つ頼む。それと俺には冷えたエールを。小僧は何を飲む?」

「それじゃあ、オレンジを搾ったものを」


 しばらくすると2つの大皿に馬鹿でかい肉の塊が運ばれてきた。

 おそらく1皿でも2㎏近くあるだろう。大皿の端には野菜も盛られているが、あくまで添え物に過ぎず、肉の塊が圧倒的な存在感を放っている。

 ジルはその肉の塊を見て、目を輝かせる。


「話もしたいが、遠慮はいらん。まずは冷めないうちに食え」


 グラスはそう言って、エールを一口飲むと黙々と肉を食らいだす。

 グラスの普段の行動からして、肉をそのまま齧りつきそうなイメージだったが、大きめには切り分けているものの、きちんとナイフとフォークを使い上品に食べている。

 シンもナイフとフォークで切り分け、口に運ぶ。

 ジルもその切り分けられた肉をパクパクとつまみ出す。

 農耕用の牛の肉であるため筋が残り、脂も乗っていないため、本来ならあまり美味しくはない。

 だが、この店の料理人が上手く調理しているため、そういったことを感じさせない。

 グラスが行きつけになるのも納得できる味とボリュームだ。


 シン一人なら到底食べきられないボリュームの肉も半分以上なくなりだした頃、グラスは肉を食べ終わり、店主に4杯目のエールを頼んだ。

 シンとしては切り分けるだけ切り分けたので、後はできるだけジルにでも任せるつもりだ。


「それでどうした?あんな顔、男のする顔ではない」


 グラスは話を切り出す。

 シンは少し迷いながらも、シラガイの村の話を始める。

 そして、ダリアと言う少女の無実を証明してやりたいと言うことを述べた後、仮に無実を証明できないにしても恩赦などを得る方法がないか、シンは意を決してグラスに尋ねた。


「なるほど。だが、罪人への裁きはまつりごとだ。魔物退治や治安維持の話ならともかく、俺から辺境伯様にお願いするわけにはいかんな」


 グラスはシンに何か条件をつけることもなく、恩赦について首を振った。

 シンとしては完全に当てが外れた気分だ。残された方法は副ギルド長に自分の手紙を辺境伯に届けてもらうことくらいしか、今のところ思い浮かばない。


「そうですか。嘘を見破る魔法とかでもあれば……」

「あるぞ」

「えっ?」

「確か以前に辺境伯様に見せていただいたことがある。あの方の所持されている秘蔵の魔道具にそういったものがあったはずだ。偽らざる鏡と言ったかな、鏡の前で嘘をついた者の姿を鏡には映さなくするという変わった魔道具だ」


 シンはグラスの話に飛びついた。


「じゃあ、罪を疑われた場合、それを使用してもらえるんですか?真偽が分からない場合、それが使用されるんですか?」

「単なる罪人には使用されないものだ」

「どうしてですか?」

「考えても見ろ。一罪人のために、辺境伯様の貴重な魔道具を持ってくるわけにはいかん。一年間にどれほどの罪人が出ると思っているのだ。その者達のために貴重な魔道具をいちいち輸送し、それを守る人員を割かねばならんようになるのだぞ。領都に罪を犯したと思われる者をすべて集めることもできん。せいぜい重い罪を犯したと疑われている家臣から真偽を問い質すくらいにしか使用されてはおらん。もっとも、辺境伯様はそういったやり方があまりお好きでない。よほどのことがない限り、使用されてはおらん」

「今回だけでもお借りするわけにはいかないのですか?」

「一度それを認めれば、口を閉ざしてもいずれは広まることになるだろう。無実だと主張する者やその関係者の間で不満が生み出されることになりかねん。容易に前例を作るわけにはいかんのだ」


 シンは考える。

 容易に前例を作るにはいかないと言うなら、逆に厳しい条件をつければ、前例を作り、そのことが広まったとしてもさほど大きな問題にはなりにくいのではないかと。


(この条件ならグラスさんを説得できるんじゃないか?)


 シンは真剣な表情でグラスを見据えた。


「ほう、そんな表情かおもできるではないか」

「グラスさん、俺と立ち合ってください。そして、俺がグラスさんに勝てば、グラスさんから辺境伯様にその魔道具を貸してくださるようにお願いしてもらえませんか?」

「……わはははは!いいぞ。実に俺好みだ。欲しいものがあるのなら、剣で勝ち取る。シンプルで、実に美しい答えだ。……うむ、その条件なら今後、魔道具を貸してほしいと言ってくるやつには俺や騎士団の精鋭が相手をすればいいと言うわけだな。俺たちが納得させられる人材がいれば、騎士にも誘えるだろうし、なかなか面白い考えだ。辺境伯様もその条件なら面白がるだろう」


 グラスは愉快そうに大声で笑い、自分の膝をバシバシと叩く。

 シンはグラスの問いに頷いた。


「だが、シンよ。俺とお前とでは力の差があり過ぎる。……一太刀だ。もしもお前が俺に一太刀でも浴びせられれば、お前の希望通り、俺が何としてでも辺境伯様から偽らざる鏡を借りてきてやろう」


 グラスはシンを小僧とは呼ばず、初めてシンと呼んだ。

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