第14話 騎士たちの来訪
もう日は昇り始め、空が白んできている。
シンはダリアたちを連れて村長の家を出た後、村の出入り口付近から少し外れたところにあるカトレアの墓の前で立っていた。
ダリアとアイリスは熱心に祈りを捧げている。
(……もう少し長く生きてくれりゃ助けれたかもしれねえけど、運が悪かったな。俺は謝らねえ。だけど、ダリアとアイリスがボルディアナでちゃんと生活して行けるようになるまでは、少なくとも見守るつもりだから心配はしないでくれ)
シンは死んだカトレアにとっての一番の供養はダリアとアイリスが幸せになることだと思う。
だから、カトレアが二人を心配しないように心の中で約束を交わす。
ダリア達の祈りも終わり、そろそろ村を出発しようかと考えるシンの目に北西方角から二頭仕立ての馬車を二台連れた一団が見えた。
ひょっとして違法商人ではないかと疑ったシンだが、まさか魔生の森の方角から取引に来るとは考えられない。
シンはもっとよく見ようと目を凝らす。
山賊や盗賊が着るには似つかわしくない鎧を着て、さらには大柄な馬に乗っている。
どうやら騎士の一団のようだ。
騎士であるなら魔生の森の周辺で魔物退治をしている騎士団がいる以上、その方角から来ること自体には不思議はない。
「心配はない。どうやら騎士の人たちみたいだ」
ダリアやアイリスはこちらにくる馬や馬車の様子に警戒していたため、シンは二人に声をかけて安心させる。
シン達の姿に気づいた一団の一人が、こちらへ馬の速度を速めて近づいてくる。
その騎士はシンたちのすぐの近くで馬を止めた。
身長は180㎝あまりで、口髭を整えた壮年の男性だ。
「私は今、魔生の森の近くで魔物退治をしている第二騎士団の十騎長のローランドだ。君たちはこの村の者かね?村長に頼みがあるから、村長の家まで案内してもらいたい」
ローランドはシンの姿からして冒険者であることは気づいたが、ダリアとアイリスはこの村の者だと判断して、ダリアに大きな声で話しかけた。
「私はこの村の者です。騎士様、いったいどのようなご用件でしょうか?」
「なに、魔物退治の期間が少しばかり長引きそうでな。最初に用意してきた食糧では心もとなくなってきたため、周辺の村から余っている食糧があれば提供してもらおうと思い、ここまで参った。もちろん、対価は支払おう。それで村長はどこかね?」
「村長はいますが、お話しできる状態ではありません」
「それは一体どういうことかね?」
ローランドが詳しくダリアから話を聞こうとした時、ローランドに遅れて7名の騎士が村へと到着した。馬車を操る騎士とローランドを入れれば10名になる。
「騎士長、こんな小さな村の余ってる食糧じゃたかが知れてますし、さっさともっと大きな村にでも行きましょうよ」
少し癖のある金髪の若い騎士がローランドに声をかける。
「村の者達の前で何を言っている!貴様も誇りある騎士団の一員ならば、言葉を慎んでシャキッとしろ!」
ここに住む村の者達がいる前でその男のしゃべった内容を不快に感じたらしく、 ローランドはその若い男を叱責した。
どうやらローランドは真面目な気質の持ち主らしい。
「すまない。それで、そうだ。まずは君たちの名前を聞かねばな。いつまでも君と呼んでいるのもなんだ、教えてもらえるかな」
「私はダリアです。こちらは私の妹のアイリスです」
「ボルディアナからゴブリン退治の依頼を受けて、昨日ここへやって来た冒険者のシンです」
「ダリア、アイリス、シン。よし覚えたぞ。それで、どうして村長が話をできない状態なのか教えてもらおうか」
「はい、実は……」
ダリアはローランドにこれまでこの村で行ってきたことを説明する。
この村がこれまで冒険者や行商人相手に強盗行為をやっていたこと。
姉が男と親密な関係になるように村の者達から命じられてきたこと。
その姉が死んで、自分に出番が回ってきたときにシンがやってきたこと。
そして、そのシンが自分たちを救ってくれたこと。
嘘、偽りなく、ダリアは自分のわかる範囲のことをローランドに説明した。
アイリスが隣にいるため、親密な関係の具体的な中身については話すことはしなかったが。
ローランドはダリアの話を聞いた後に、シンの方にも確認する。
シンもローランドに自分のわかる範囲で説明をする。
冒険者ギルドの職員がこの村について不審に思っていたこと。
たかがゴブリン退治なのに熱烈に歓迎されたこと。
そして、ダリアからの相談を受け、アイリスを助け出したこと。
二人を連れて逃げる前に、村の者達に気づかれ、危害を加えられそうになったので全員を叩きのめしたこと。
ローランドは口髭に手を伸ばしながら、二人の説明を聞いている。
「まさか、食糧の提供を願いに来ただけでこんな事件に関わるとは思わなかった」
「騎士様、この村にある食糧ならいくらでも持って行ってくださって結構です。私たちはこれからボルディアナに行く予定なので」
「それは助かるが、それよりもこの村の者達が強盗行為をしてきた証拠はあるかね?」
ローランドの問いにまずシンが答える。
「日が昇る前、この村の者とやりあうことになった際に、村長は一際立派な剣を所持していました。おそらく、この村の犠牲になった冒険者の物だと思います。それをボルディアナの冒険者ギルドに持っていけば、おそらくその者のパーティメンバーが行方不明になった冒険者の物であることを証明してくれると思います」
ダリアもローランドの問いに答える。
「村長が取引をしていた商人が来るのは来月らしいので、この前の冒険者から奪った所持品が他にも村長宅に保管されているようです。少なくとも、村長であるライアスが魔力袋を楽しげに眺めている様子は私も見ました。中から取り出した素材や金銭なども、家のどこかに隠してあると思います」
「そうか。それではまず、村長宅を案内してもらおうか」
シン達は騎士たちを連れて、村長の家まで向かった。
騎士たちはダリアの許可を得ると村長の家を手当たり次第探し出した。
村の者が所持するにはふさわしくない鎧や、グリズリーウルフやグレイトホーンブルの鞣革、そして、村長の部屋の屋根裏から大量の金貨や銀貨が発見される。
また、村長は取引金額を記した紙をその金貨や銀貨の入った革袋の中に入れていた。
だが、誰と取引したかまではそこからは読み取れない。
ローランドはライアスを捕縛、尋問する必要性を感じ、シン達に村長たちを押し込んでいる家までの案内を頼む。
「それはかまいませんが、ダリアとアイリスはその場所から少し離れたところで待機していてもよろしいでしょうか?」
もし、ダリアとアイリスを村長たちのところへ連れていけば、特にアイリスが怯えかねない。
それにライアスが殺した村人の遺体を目にする可能性もあり、シンはローランドにダリアとアイリスは少し離れた場所で待機させてもらえるように頼む。
事情はおおよそ理解しているローランドは、シンの頼みを聞き、自分の信頼する騎士の一人にダリアとアイリスを見守るように命じた。
シンはローランド達を連れて、33人の村人がいる家へと向かう。
途中でローランドが、首のない遺体を発見したが、それについては村長が逃げようとした村人を殺したものだと説明した。
また、シンは村長が持っていた剣を見つけると、それを拾って、ローランドに差し出す。
「これが村長の所持していた剣です。たぶん証拠になると思うので、騎士様がお持ちください」
「これがそうなのか。確かに村長と言えども村人にふさわしくない剣だな……腕の足りない者に使われるほど、剣にとって不幸なことはない」
ローランドは渡された剣を見ながら、独り言のように呟いた。
シンが村人たちの押し込まれた家の扉を開けると、酷い臭いが鼻を襲い、鼻をつまんだ。
血と尿の臭いだ。
ローランド達も思わず鼻をつまむ。
「これは酷い……」
一人の若い騎士がその惨状を見て呟いた。
山賊を退治したこともある若い騎士だが、それでもこれだけのことを一人の年若い冒険者がしたのかと思うと、あまりの容赦のなさに眉をひそめる。
こんな狭い中に30人以上が押し込まれ、手足が砕かれ、そして血と尿が垂れ流しになっている。
まだまだ経験の浅い騎士であったため、冒険者を取るに足らない者達と侮る傾向にあったが、その思いはこの光景を見てかき消された。
「なぜ、この者たちは皆寝ているのだ?」
「ある植物を燃やすことで出る催眠性の煙を吸わせています。呻き声なんかが子どもに聞こえるのは俺が嫌だったんで」
ローランドはシンがそういった知識まで持っているのかと少し驚く。
「どれが村長だ?」
「あのズボンの股間付近を血と尿で汚している者が村長です」
「あのだな、シン……ひょっとして潰したのか?」
「はい、村長は間違いなく潰しました」
「他にもいるのか?」
「あそこの3人は未確認ですが、おそらくは……」
騎士たちの中には無意識に自分の股間を押さえ、天を仰ぐ者が何人もいる。
間違いなく、領民には見せられない姿だ。
「おい、ランベル。骨の方はいいが、せめて止血はしてやれ。このままでは尋問する間もなく、死んでしまうことになりかねない」
ランベルと呼ばれた男は先ほど叱責された金髪の若い騎士だ。
ランベルはローランドの部下で唯一治癒魔法を使える者であり、股間を押さえて、天を仰いだ者の一人だ。
「えええ、俺ですか。本当に勘弁してくださいよ……」
そうは言っても、ローランドの命令には逆らえば、後が怖い。
嫌々ながらも、ライアスに近づくとズボンを脱がす。
ランベルは治癒魔法を使えるものの、熟練度は今一つだ。
そのため、治癒魔法を使うには治療部分に直接触れる必要がある。
「あああ……騎士長、潰れてます」
「いちいち報告せんでいい。いいから、さっさと早くやれ」
「あの、騎士長。村人がこれだけいるんだから別にこいつが尋問前に死んでもいいんじゃないですか?」
「一番情報を持っているのはこの男だろう。死なせるのは惜しい」
「嫌だ。これに触るくらいなら騎士をやめて、俺は冒険者にでもなる」
ランベルは何とか抵抗を試みるが、ローランドに耳元で何かを言われると顔を青くして命令に従った。
「治れ、治れ、治れ。お願いだから早く治って」
ランベルの祈りが通じたのか、普段よりも早く治癒魔法が効力を発揮する。
ランベルは治療後すぐに水の溜まった桶に手を入れ、必死になって手を洗う。
そんな中、ローランドはランベルに無慈悲な命令を出す。
「じゃあ、次はあの3人だ。情報源はなるべく多い方がいいからな」
「もう嫌だ!……そこの冒険者、何てめえ笑ってやがる。お前のせいなんだぞ、勘弁してくれよ」
ローランドとランベルのやり取りを見て、少し笑ってしまったシンに、ランベルは恨み節を口にした。
シンが股間を蹴った3人も案の定潰れていた。
治療を終えたランベルは涙目になりながら、執拗に手を洗っている。
股間の要治療者だけでなく、火傷の酷かった者まで治療させられた。
騎士と言うことで街娘に騒がれるのは大好きだが、使い勝手の良い治療要員にされるのは、なるべく避けたいと言うのがランベルの本音だ。
ランベルが手を洗い終わるとローランドは一人の騎士に馬車をこちら側へと持ってくるように命じる。
ここで尋問をするのではなく、ひとまずボルディアナに男たちを連れていくためだ。
騎士たちは、次々に男たちを一つの馬車の中へ押し込んでいく。
またローランドは別の騎士数名にも第2騎士団の駐留場所へと戻り、馬車を率いて、こちらに戻り、この村の食糧を回収するように指示を出す。
この村から村民は一人もいなくなる。食糧を置いてても仕方がない。
ローランドは金品などについてはいずれ犠牲者の関係者に渡すとして、この村の食糧は第2騎士団の食糧に当てるつもりだ。
村の男たちを積んだ馬車をボルディアナへと先行させる。
死体を除いた村の男達33人が積まれている馬車だが、馬車を引く馬は並みの馬ではない。
幼少から飼育した圧倒的な馬力を誇る馬の魔物、レッドホースが二頭だ。
力強い足取りで、馬車はボルディアナへと向かっていく。
シンはローランド達と共にそれを見届けると、ダリア達の元へと向かう。
どうやらローランドがダリアとアイリスにつけた騎士は責任感の強いタイプのようだ。
ダリア達のこの村での境遇を考え、付かず離れずの状態であまり怖がらせないように気を配っていた。
これが仮にランベルなら、きっとナンパでもしていたことだろう。
「もう怖い人達はいなくなったから、アイリスも安心していいぞ」
シンはアイリスに声をかける。
ダリアの手を握ったまま、アイリスは嬉しそうにコクンと頷く。
ローランドはそんなシン達を見て、何やら悩んでいる様子だ。
眉間に皺を寄せている。
「どうしたんですか?」
シンがローランドに尋ねても、ローランドはしばらく黙ったままだ。
そして、ようやく決心したのか、一度息を吐いて、ゆっくりと話し始めた。
「落ち着いて、私の話を聞いてほしい」
『はい』
シンとダリアは同時にローランドに返事をした。
「……ダリア、すまないが君にも我々に同行してボルディアナに来てもらわなければならない」
一瞬何を言っているのか理解できずにいたシンだが、意味を理解するとダリアを自分の背に庇い、ローランドを睨み付ける。
ダリアはローランドの言葉を理解した後、顔を真っ青にした。
2章が終わるまで正月も11時に毎日更新予定です