第12話 こいつらに慈悲でもくれてやるつもりか
シン以外に立っている者はもういない。
村人たちは皆、骨を折られて立ち上がられなかったり、意識を失い、地に伏している。
(ジル、他に村の連中はもういねえよな?)
「シンさん、もういないのですよ」
(そっか、一応ダリアに聞いて人数確認しないとな。でも、その前に)
もしも気を失ったふりをしている者がシンの目を盗んで、起き上がってダリアを人質に取るようなことがあれば、不味いことになる。
村人たちを身動き取れなくしなければならないと判断したシンは、村人たちが倒れているにもかかわらず、追い打ちをかける。
警戒しながらも、村人たちの両膝と両肩を踏みつぶした。
シンとしても少しやり過ぎだとも思わなくはないが、警戒せずに後で後悔するようなことはしたくない。
シンはある村人達の前で立ち止まった。
ガキが壊れるまで遊びたい。
そんなことを言っていた者たちの前だ。
二度と使う機会はないだろうが、その者達の股間もライアス同様に蹴りを入れておく。
ライアスの物を潰した時に自分の股間も痛むような気持ちに襲われたため、さすがに本気では蹴れなかった。
おそらく潰れたとは思うが、本当に潰れたのかはシンにはわからない。
さすがにシンもそんなことまで確認したくない。
もう一度蹴ることも考えたが、潰れている場合の感触などを知りたくない。
そんなことをすれば、しばらく自分の股間が痛むことになるだろう。
骨を折られ、しかも急所に蹴りを入れられる。
男たちは声にならない声を上げながら苦悶の表情を浮かべるが、シンの前であんなことを言った彼らの自業自得だ。
死人は何も語らない。ただ、人が故人を偲ぶだけだ。
それでも、少しだけ死んだダリアの姉の仇を取れたような気がした。
そして、ダリアが死体を見ないように、村長が殺した村人の亡骸を少し離れたところへと隠す。
いくらなんでも生首や首を切断された遺体を女の子が見るのは不味い。
(よーし、これならダリアのところに戻って大丈夫だな)
シンは誰一人として一人では立ち上がることすらできなくなった村人たちを見て、そう思った。
「ダリア、終わったぞ」
シンがダリアたちの待つ家の扉をノックすると、ダリアは恐る恐る扉を開けた。
先ほどまで抱きしめていたアイリスを家の隅にまるで隠すように寝かしてある。
シンの無事な姿を見て、ダリアはホッと安堵の溜め息をつく。
「シン、無事だったのね。本当に良かった。……それで村の奴らはどうなったの?」
「あれだ」
シンは倒れ込んでいる村人たちを指さす。
まだ暗いとは言え、未だに手から離れた松明の火が燃えているため、ダリアの目にも村人たちが倒れている姿が確認できる。
「立ち上がったり、暴れたりできないように骨を折ってやったから、ダリアが近づいても大丈夫だと思うぜ」
「殺してないの?」
「……殺してやりたいか?」
「シンがあいつらをどうする気か知らないけど、シンが許してくれるなら……私、姉さんの仇を取りたい」
「好きにしろよ」
シンが許可を出すとは思わなかったのだろう。
ダリアは大きく目を見開き、もう一度シンに尋ねた。
「本当にいいの?」
「俺は別に復讐を止めろとか、復讐は何も生まないとかそんな馬鹿なことは言わねえよ。これまで散々ひどい目にあってきたんだから、その気持ちもよくわかる。刃物が欲しけりゃ、俺が貸してやってもいい。だけど、一つだけ言いたいことがある」
「言いたいこと?」
「ああ、ダリアは随分と優しいんだな。あんな奴らに慈悲を与えてやるんだから」
シンはニッと口角を吊り上げた。
「どうして……あいつらを殺すのが慈悲なのよ」
ダリアはシンの言葉に反感を持ったのか、少しばかり大きな声でシンに尋ねた。
「考えても見ろ。あいつらは、まともに身動き取れないように骨を折られたり、砕かれたりしてるんだぜ。これだけでも十分痛いよな。それに俺たちはこれからボルディアナに帰るんだ。俺たちが帰って、ダリアが冒険者ギルドで説明すりゃ、ギルドや騎士たちなんかもこっちに来るだろ。痛みに耐え、身動きも取れずに、こいつらは自分たちの破滅が近づいてくるのを怯えなけりゃならない。身動き取れないせいで当然トイレもいけねえ、食事も取れねえ。そんな状態で怯え続けるんだ。俺なら一思いに殺してもらいたい」
「……」
「それに村長の口ぶりからすれば、どうやら違法、闇商人なんかとのつながりがあるみたいだし、楽に死なせてはもらえねえよ。たぶん、ここの領主さまにとっても一大事じゃねえかな? 大怪我負ってるのに、情報を引き出すために何をされるか……こええよな。そして、しゃべった後は用済みだ。何人もの冒険者や行商人たちを殺してるんだから、たぶん……最後は、こうだぜ」
シンはそう言って、指で首を掻き切るジェスチャーを見せた。
「シン……酷いよ。そんなこと言われたら、あいつらを殺せないじゃない」
「だから、俺はやめろなんて言ってねえよ。好きにすりゃいい。さすがに全員は困るけど、何人か残してくれれば、俺としては別に何でも構わねえぞ。ダリアがあいつらをどうしようと、別に軽蔑したりもしねえし」
「……」
「まあ、個人的な気持ちを言わせてもらうと、俺はダリアにあいつらのことで囚われてほしくねえなあ。人を殺すってことはそいつに囚われちまうことになりかねないし。姉さんが死んでんだ。忘れることなんてできやしないだろうが、それでもこれから新しい人生を進むダリアにこんなやつらのことで囚われてほしくねえ」
「……わかった。あいつらを殺そうとなんてしないわ」
ダリアの意思を確認した後、アイリスの方に振り返ったダリアの目を盗んでシンは軽く息を吐き出した。
(言ったこと自体は全部本当だけど、ダリアが復讐を諦めてくれて良かったぜ)
シンとしては殺さない方があいつらを長く苦しめられるとは思っている。
だが、あいつらを殺さずにギルドや騎士たちに引き渡そうと考えたとき、シンはダリアがどういった反応を示すか危惧していた。
ダリアが自分の手であいつらを殺そうとしないか正直なところヒヤヒヤだった。
荒事に慣れてもいない女の子が人殺しをするところを見守るなんてのはシンとしては勘弁してもらいたい。
「ダリア、この村の男の数って、この家で寝ているやつを入れて34人で合ってるか?」
シンは先ほど自分で数えた村人の数をダリアに確認する。
もしもその人数が合わなければ、まだ警戒する必要がある。
もっとも、村人のほとんどを倒したシンにかかって来るより、隠れて隙を見計らい、逃げる可能性の方が高いだろうが。
「ええ、34人で合ってるわ。私とアイリスを入れて36人だったもの」
ダリアの答えにシンは安心する。
できれば、日が昇るまで少し身体を休めたいところだ。
「そっか。じゃあ、とりあえず一安心だな。それじゃあ、まだ日も昇ってないけど、飯にしようぜ。村長の家なんかだとそれなりに材料もありそうだし、アイリスに飯を食わせてやんねえと。俺も動いて、ちょっと腹が減ってきちまったし。ダリアって料理できるのか?」
「この村に来てからは、私に刃物を持たせるのを警戒してなのか、作る機会は減ったわ。でも、シンが昨日食べるなら、私が手料理を作れって言われていたし、両親がまだ生きてて、別の村で暮らしていたときはよく手伝いをしていたから大丈夫だと思う」
「それなら話は早い。まだちょっと早いけど、朝飯作ってくれ。感謝以外のお礼ももらわないとな。俺は強欲だから」
「あの、シン……ジンクスは?」
「おう、あれはもちろん嘘だ。美味い朝飯、期待してるぞ。それと俺はめちゃくちゃ食うから量も頼むぜ」
ダリアはシンの言葉を聞いて、少し笑った。
シンはダリアにアイリスを連れて、村長の家で朝食の準備にかかるように頼む。
ダリアが先に行った後、シンは最後の仕上げに取りかかる。
呻き声をあげている男たちをアイリスが隔離されていた家に引きずっていく。
一人の死体を除き、火傷を負っていたやつでも区別なく、大して広くもない家の中に押し込む。
ようやく全員を入れ終わったかと思うと、家の中で男が焦っている声が聞こえた。
どうやら縄で縛っていた男がようやく起きたようだ。
ひょっとすると家の中でのむさ苦しい呻き声が耳に入って、起きてしまったのかもしれない。
「よう、おはようさん」
シンは男の鳩尾を蹴った後に、他の村の者達と同じように両肩と両膝を踏み砕く。
男は痛みで叫び声を上げると、先ほどまで痛みのせいで意識を失っていた村の者達も何人か起きたが、肩と膝をシンにやられたせいで、立ち上がることもできず、喚き声や呻き声をあげている。
「ああ、まだ朝日も昇らないうちに、こんな気味の悪い声を聞いたりしたら、子どもの精神衛生上よくないよな。ちょっともったいないけど、お前ら、これでも吸ってもう一度寝ておけ。ああ、それと起きたら、せいぜい騒いで苦しめ。じきにギルドや騎士たちが来るからな。それじゃあ、お休みなさい」
シンは魔力袋からアルメドビアを取り出すと、自分の口と鼻を押さえて、火が赤々と灯るランプの中にそれなりの量を入れる。
そして、自分が煙を吸わないように息を止めつつ家の扉を閉めると、ダリアの待つ村長宅へと向かった。
ダリアはライアスから与えられていた部屋のベッドにアイリスを寝かすと、鼻歌交じりに料理をしていた。
ようやく助かった、救われたという気持ちがダリアの中でも実感できたためだろう。
肩の荷が降ろされ、解放された気分だ。
この2年半以上の抑圧された状態からシンが解放してくれたのだから。
料理をするのが楽しい。
もう姉さんもお父さんもお母さんもいないけれど、それでも食べてもらいたい人たちのために料理を作るのは、あの楽しかった頃に戻れたような気分になれた。
手際よく野菜を切り、調味料で味を調え、トロトロになるまで煮込んだ野菜スープを作る。
また先ほど鶏小屋を確認した時に、鶏が卵を3個産んでいたため、最後にスープに入れるつもりで大切に置いてある。
ダリアの姉のカトレアが死んでから、ダリアはアイリスに会わせてもらえていなかった。
アイリスに会いたければ、次に来る冒険者をうまく誘惑するように言われて、しばらく顔も見れなかった。
以前に会った時よりもアイリスは痩せていた。
きっと肉などの重たい料理は食べにくいだろう。
もし食べられるのならと思い、アイリスの分は、肉を小さめに切って、少しでも肉が柔らかくなるよう、よく叩いて、準備はしている。
だが、飲みやすい卵入りの野菜スープと、固いけれどもスープでふやかせば、柔らかく食べられるパン、そして温めたミルクなどがアイリスにとっては好ましいのではないかとダリアは考える。
シンは量を食べると言っていたから、昨日シンが自分たちと夕食を取る場合に用意していた鶏肉などに下味をつけて、シンがいつでも食べられるように準備を整えた。
(シンがもっと早くに来てくれていたら……)
後はスープをじっくり煮込む段階になり余裕ができると、ダリアはカトレアのことを考えてしまった。
だが、ダリアはすぐに首を振り、カトレアのことを想い、そんな風に考えてしまった自分に恥じる。
シンに対してあまりにも失礼だ。
何もできなかった自分に感謝だけで助けてやると笑いながら言ってくれた、優しいお兄さんのような人にそんなことを思ってしまうなんて。
これからのことを考えると少し不安はある。
確かに暮らしは貧しいかもしれないけど、それでもアイリスと一緒に暮らすことができる。
そう考えると勇気が湧いてきた。
シンがダリアの今後の生活に言及していなかったせいでもあるが、ダリアはアイリスと一緒に生活していくために、娼婦に身を落とすことさえ覚悟している。こんな痩せた身体だが、それを好む人も中にはいるはずだ。
親から文字を教わり、ある程度は文字を書けるが、身寄りもない自分をまともに雇ってくれる人がいるなんて都合の良いことはさすがに考えていない。
もちろん、できるだけきちんとした仕事を探すつもりだが、最悪の場合もダリアは考えていた。
(でも見ず知らずの男性を相手に初めてを失うくらいなら、自分たちを救ってくれたシンが相手の方が嬉しいかな)
そんなことをふと考え、ダリアは顔を真っ赤にした。
シンは自分に対して女を意識してくれたようだけど、きっと想っている人がいるのだろう。
ダリアは、シンがベッドの中で一緒にいたときの様子を思い出すとそう思えた。
年上の男性なのに、慌てる姿が少し可愛らしく思えた。
コンコン
扉を叩く音が料理をしているダリアの耳にも聞こえた。
「ダリア、俺だ。シンだ。入るぞ」
自分とアイリス以外には誰もいないというのに、わざわざ律儀にノックをするシンにダリアは少し苦笑する。
(もしかしたら昨日、私が脱いだからなのかな)
自分が着替えなどをしている時に出くわして、気まずい思いをしないように声をかけたのだろう。
ちょっとぶっきらぼうだけど、強くて優しい、そして恥ずかしがり屋のシンに対して、ダリアは大きな声で返事をした。




