第11話 お前ら別に逃げてもいいんだぜ?
戦闘描写の関係上、残酷な表現がありますので苦手な方はご注意を
シンは村人にこの家が取り囲まれるよりも先にジルと共に外へ出る。
ダリアはシンの言いつけどおり、シンが外に出た後は扉に木の板を置き、外からでは開けられないようにした。
家の中にはダリアとアイリスの他に村の男も一人いるが、寝ているだけではなく手足を縄でがっちり縛っているため、起きたとしてもダリアやアイリスの身の危険はない。
「よう、村長さん達。良い夜だな、こんな夜更けにどうかしたのか」
シンは家の近くに集まりだした村の連中に声をかける。
中には村長であるライアスもいた。
シンはすぐに村人の数と手に持っている武器を確認する。
人数は15人。この村の人口の半分程度に過ぎないが、おそらく誰かが他の者たちを起こしに行っている最中なのだろう。
シンの危惧する弓などの飛び道具は持っていない。
多人数で一人を相手にする時は弓なんかだと同士討ちの危険がある。
それを避けるためだろうが、シンにとっては好都合だ。
死角から喉や頭を狙われるのは、さすがに危険だ。
ほとんどは槍や斧、中には農具を持っている者もいる。
そして村長はひときわ目立つ立派な剣を手にしていた。
おそらく冒険者から奪ったものだろう。
「この糞ガキが!!てめえ、これからどうなるのかわかってんだろうな」
シンたちがいないことに気づいた村人に起こされた村長の機嫌は悪い。
寝起きのせいではなく、自分たちの破滅の足音が聞こえてきたからでもあろうが。
シンの前では丁寧な口調を心がけていた姿は影も形もない。
「あのさ、一つ提案なんだが」
「何だ?今更命乞いか、馬鹿言ってんじゃねえぞ!」
「いや、そんなのじゃないさ。俺はさ、はっきり言って、ダリアとアイリスさえ助けられればいいんだ。あんたらの殺した冒険者たちの仇討ちって柄でもないしさ。逃げるんだったら、俺はかまわねえぞ。せいぜい冒険者ギルドや騎士たちが動く前に逃げな。少なくとも半日は時間的に余裕があるぞ」
村の者たちは大声で笑った。
ライアスも鼻で笑いながら、シンの提案に応える。
「馬鹿言ってんじゃねえぞ。確かにお前を殺して、街へ帰さなきゃギルドの奴らも不審に思うだろう。そこまで疑われちまったら、俺らも逃げるしかねえ。でもな、お前をここで殺しておいた方がもっと時間を稼げるんだよ。それに裏切ったダリアや妹のアイリスにもきっちりお礼をしないとな」
ライアスはシンではなく、村の男たちの方を向いて大声で言った。
「お前ら、当分女も抱けねえだろうから、このガキを殺した後はあいつらを好きにしていいぞ。最後にはきっちり殺していくがな」
ライアスの許可を得て、男たちは興奮気味に歓声を上げる。
ダリアの姉が倒れてから、しばらく女を抱いていない。
久しぶりに抱ける女だ。肉付きが薄くてもライアスの許可は男たちにとって魅力的だった。
「俺は一度ガキが壊れるまで遊んでみたかったんだ!」
「俺もだ」
「こいつのせいで散々だが、そりゃいい話だぜ」
シンにとっては聞いているのもおぞましい内容を愉快そうにしゃべる男が何人かいた。
ここで猟師をしていたイアンもその一人だ。
シンの心は急激に冷え込んでいく。
「マジで言ってんのか?」
「なんでわざわざこの俺がこれから死ぬ奴に嘘をつかなきゃなんねえんだよ」
「そうか……」
シンは同じ人ではなく、ゴミを見るような目で村人たちを眺める。
金銭目当てに商人や旅人なんかを襲う山賊は屑だが、こいつらは屑だけじゃなく下種だ。それも最上級の。
(ジル、一応死角から弓とかで狙ってるやつがいないか上空で見といてくれよ)
「シンさん、あいつらにお仕置きするのですよ」
(わかってる)
あいつらがこんな屑で本当によかった。
シンとしても何の躊躇いもなく暴力を振るえるのだから。
ライアスもこの村の者も見誤っていたことがあった。
彼らは乱暴者だ。
村でも鼻つまみ者だったライアスと一緒に村を追い出されることになり、街に移り住んだ後も定職にはつかず、悪事を働き、生きてきた。
そして最初は10人ほどだった仲間が30人を超えるまでになった。
街で悪事を働き、弱者から奪う生活を行っていたが、行き過ぎれば上に目をつけられる。
ライアスも単なる馬鹿ではなく、そのあたりはちゃんと計算出来ていた。
その頃の彼らだったら、強者に対する嗅覚は健在だったかもしれない。
騎士や上級冒険者。
一度も拳や剣を交わしたこともないのに騎士や4級や5級冒険者を見ると震えた。
だが、このシラガイの村を作り、自分たちよりも強者であるはずの冒険者たちを嬲り痛めつけることを何度も繰り返してきたことが彼らを増長させた。
村の者たちはたかが冒険者一人くらいなら、自分たちでなんとでもできると思うようになり始めた。
まともに冒険者たちの実力を見たことすらないのに、そういった勝手な想像が彼らの中では真実になりつつあった。
ライアスは、村の者たちほど馬鹿ではない。村の者たちほど冒険者の実力を侮ってはいない。
だが、シンはまだ若い6級冒険者だ。おそらく、6級に成り立てで7級冒険者と大差ないだろう。
5級以上の冒険者は強さの壁が一つ変わると言うことが頭にあっても、6級であるシンの見た目からは怖さはそれほど感じられない。
シン一人ならば、村の者が総出でやれば、何とでもできるだろう。
場合によっては何人かはシンに殺されるかも知れないが、ライアスにとってはそちらの方が好都合だ。
30人以上の村人を連れて逃げれば目立つし、せっかく蓄えた分け前も減る。
山賊や盗賊をやるにしても、ある程度人員を絞りたい。
そうすれば、冒険者ギルドや騎士に見つかるリスクも減らせるだろう。
ライアスにとっては大切なのは自分一人だ。
最悪シンに全員が殺されようと自分一人が助かればいい。
ライアスはどこまでも自分勝手な男だった。
彼らはシンの実力を見誤った。そして、これまでの報いの時が今訪れようとしていた。
魔力で身体能力を上げたシンは村の者からすれば暴力の化身のように見えたことだろう。
村人がシンを槍で突こうとしても、ガルダとの立ち合いにようやく慣れつつあったシンからすれば止まっているようなものだ。
するりと躱し、槍で突いてきた者の脇腹に拳を入れる。
耳障りな音と共に、その者の肋骨が砕けた。
剣は切るためではなく、村の者たちを殴るために使う。
得意の衝撃波も質を落とし、ただ魔力量のみを増やす。
切れ味はないものの、分厚い魔力でできた衝撃波はまるで巨大なハンマーだった。
シンが衝撃波を放つたびに、何人もの男が吹き飛ぶ。
おそらく、その身体に衝撃波を食らった者たちの骨はいくつも折れていることだろう。
シンを殺そうと増援にかけつけてきた村の者を合わせても、まともに立っている者は減る一方だ。
ライアスもシンをもう舐めてはいない。
このままだと自分も村の連中も終わりだ。
シンの強さを見て、村の連中の腰が引けはじめている。
ライアスは青ざめた顔でシンが健在な村人たちをどんどん減らしていくのを見ていたが、あることに気づいた。
「恐れることなんてねえぞ。そいつはまだ誰も殺せちゃいねえ!どうやら正義の味方さんは俺らにも優しいようだ。何としてでも殺せ!奴は俺らを殺せねえ、何としてでも殺すんだ!」
ライアスは絶叫して、村の者たちの士気を高めた。
シンとしてはこいつらを殺してしまっても別に悔やんだりはしないだろうが、意図的に殺さずにいたことで相手は勝手にシンのことを優しいと思い込んだようだ。
(ここであっさり死んだ方がきっと楽だろうに)
ライアスがいくら士気を高めようとしても、実力差が埋まるわけではない。
松明の火のおかげでシンの視界ははっきり見えている。
もしも松明の火を消し、一斉にかかってこられていたら、シンとしても脅威を感じたかもしれない。
また一人、また一人、シンはどんどん立っている村の者たちを減らしていく。
村人の中でも一際大柄な男がシンの前に立った。
2mはあろうかという上背はこのジルドガルドでも珍しい。
手には馬鹿でかいとさえ言える大斧を持っている。
「お前ら、いくらなんでもこんなガキに手子摺り過ぎだろ」
男は大きな斧を肩に担ぎ、呆れたように、倒れている村の者達を馬鹿にした。
男はこの村の中でも一番の力自慢だ。
10kgほどもある斧を軽々と片手で振り回す。
大した技術ではないが、身体を魔力で強化することもできる。
村の者だけではなく、ライアスも一目を置いているゴオマンという男だ。
「つええ冒険者って言っても、殺しを怖がるようじゃ、まだまだママのおっぱいが恋しいガキだぜ」
ゴオマンはそう言って、勢いよくシンに向かって大斧を振り下ろした。
シンは避けようともしない。
手に持っていた剣に注ぐ魔力量を増やして、振り下ろされた大斧に真っ向から剣を叩きつけた。
剣の刃を当てられた大斧の刃は粉々になって砕ける。
単なる力比べであるなら、ゴオマンの方がよほど有利だっただろう。
だが、身体能力を高める技術はシンから見れば、あまりにお粗末であり、そして斧に対してまともに魔力も注ぎ込めていない。
シンの膨大な魔力が注ぎ込まれた剣の刃とその斧の刃がぶつかれば、斧の刃が砕けるのは当然だった。
自慢の斧が砕かれるとは思いもよらず、茫然とするゴオマンの鳩尾をシンは剣の柄頭で突く。
ゴオマンは口から泡を吹き、地面に崩れ落ちた。
そして、シンはその崩れ落ちたゴオマンの肩を踏み砕いた。
ゴオマンがやられると村人たちは恐慌をきたし始めた。
あっさりゴオマンがやられる姿など想像できなかった。想像したくもなかった。
「シンさん、右から魔法なのですよ!」
シンが右を振り向くとシンの20mくらい先に大きな炎が発生し、シンの方へと突き進んでくるのが見えた。
ひょいっと避けると、シンの周囲を囲んでいた男の一人がその炎に巻き込まれた。
男は叫び声を上げ、火を消そうと必死になって地面を転がり続ける。
肉の焼ける嫌な臭いがした。
視界にさえ入っていれば、あんな遅い速度の炎の魔法を何度使われようともシンには問題ないが、もしもダリアたちがいる家に炎が当たれば不味いことになる。
シンは他の村人は無視して、魔法を使った男の元へ走る。
長距離ではなく短距離に限るなら、シンの速度は駿馬にも劣らない。
男は姿勢を低くし、剣を持って、まっしぐらに向かってくるシンを見て、まるで狼や虎が自分に襲いかかってくるように感じた。
駆け抜けるように男の喉を潰す。
ゴキャッと嫌な音がすっかりシンの迫力に押され、静まり返りつつあった村に鳴り響く。
シンは後ろ向きに倒れ込んだ男の膝を踏み砕いた。
まともに叫ぶことすらできない男は声にならない声をあげた。
残りはすでに7人だ。
シンは先ほどまで自分を囲んでいた男たちの元へと戻る際にも、一人の男の膝を蹴り抜き、その骨を砕いた。
もう男たちとしてはシンの相手などしたくない。
どんなことをしても勝てそうにない。
さすがに男たちにもそれはわかった。
一人の村人がシンから逃げようとした。
だが、村人は逃げることができなかった。
その男の首は地面に転がったからだ。
ライアスだ。
ライアスが所持していた剣で逃げようとした男の首を刎ねたのだ。
「に、逃げるな!逃げるやつは俺が殺すぞ!」
(自分の腰も引けているのに他の者には、逃げるな、か)
もしもライアスがリーダーにふさわしい器を身につけていたなら、シンにかなわないと思った時点で早々に逃げたはずだ。
どこまでも身勝手で愚かな乱暴者に過ぎなかった。
(あいつは最後だな)
チャンスがあれば、ライアスを先に潰しても良かったのだが、ライアスの言動を見て、シンは考えを改めた。
自分の周りから仲間がいなくなるのを震えて見ていればいい。
また一人、また一人、立っている村人たちがいなくなる。
ライアスが仲間の首を刎ねて叫んでから、ほんの数分でシンとライアス以外には立っている者がいなくなった。
「おい、俺を見逃してくれたら、こいつらにも黙っている金の在り処を教えてやるぜ」
ライアスがこの村の者を従えるだけの暴力の持ち主とはいえ、ゴオマンと大して力の差はない。
ゴオマンを簡単に倒したシンを相手にするなんてまっぴらごめんだ。
そこでライアスはシンに対し、自分を逃がしてくれるように提案を持ちかけた。
ライアスは奪った冒険者の持ち物や行商人の品物などを商人に横流しし、多額の金銭を得ていたが、その一部どころか、かなりの額を村人たちには黙って、自分の隠し場所に持ち込んでいた。
最悪冒険者ギルドなどにばれ、逃げることになっても自分だけは苦労せずに生活できるようにするためだ。
シンには隠した金の一部の在り処を教えて逃がしてもらい、その後ほとぼりが冷めたころを見計らい、残りの隠し場所から金を持って行けば、しばらく生活には苦労しないだろう。
「お前の貯めた汚い金なんて、俺にはいらねえよ」
「それなら女はどうだ?ダリアはもちろんお前のもんだが、もしも俺がいい女捕まえたら、お前にくれてやる」
「断る。お前が俺に与えられそうなもので、俺が欲しいものなんてないんだよ」
「じゃあ、お前の欲しいものってのはなんなんだ!?」
金も女も欲しくない。
ライアスにとって、シンが得体のしれない魔物のように見えた。
「俺が欲しいものはな……人の心からの感謝だよ!」
そう言って、シンは恐慌をきたして剣を振り回すライアスの元へと駆ける。
ライアスの振り回す剣を自分の剣で受け止めると、シンはライアスの股間を蹴りぬいた。
ダリアの姉を弄び、そして死に追いやった主犯の男に対する当然の報いだ。
魔力で身体能力を強化したシンに股間を蹴りぬかれ、ライアスの巨体が少し浮き上がる。
ブチュ
ライアスの男として大事なものがシンの鋭い蹴りで潰された音だ。
ライアスは顔を真っ青にしながら崩れ落ちる。
(自分で蹴っておいてなんだが、自分の股間もちょっとヒュンとするな)
シンは片手で自分の股間を軽く押さえながら、そう思った。