第8話 へっへっへ やってやったのですよ
「ダリアか。話ってなんだ?」
「はい。ご迷惑でなければボルディアナの街やシン様のことを教えていただきたいなと思い、伺わせていただきました」
「ダリア一人なのか?」
「はい。そうですが?」
シンは突然来訪したダリアを警戒したが、ダリア一人にシンをどうこうできるとは思えない。
ジルがダリアの功徳ポイントはマイナスになっていないとも言ってた。
それならば、この村で起こっている出来事について相談に来たのかもしれない。
シンはそっと扉を開け、ダリア一人であることを確認すると、ダリアを中に入れた。
「まあ、好きな場所に腰を下ろしてくれ。……でも、ボルディアナや俺のことを教えてくれって言われても、俺は何を話せばいいのかよくわからないな」
シンがベッドに腰を下ろすと、ダリアもシンのすぐ横に腰を下ろす。
「近い、近いって」
「こちらの方が話しやすいですし、私が近くにいるとご迷惑でしょうか」
「別に迷惑とかそんなんじゃないけど」
シンはいきなり自分の真横に腰を下ろしたダリアを意識して、少し心臓の鼓動が激しくなる。
単に横に座られたということではなく、同じベッドに座っているという事実がシンを意識させてしまうのだ。
「げへへへ、旦那。この女、完全に誘っているのですよ」
ジルはシンの少し狼狽えた様子を見て、楽しそうにシンを茶化す。
(ジル、お願いだからそういう冗談止めような)
シンはジルがボルディアナの歓楽街をうろついているのを知った時、別に害はないだろうと放置していた過去の愚かな自分を悔む。
本当に知らなくてもいい知識をジルは身に付けてしまった。
「シン様は普段どのようにボルディアナでお過ごしでしょうか?」
ダリアの問いにシンは答えていく。
ボルディアナの市場やお店の話、冒険者ギルドと冒険者の話、普段の鍛錬、魔物討伐に行く回数が最近増えたこと、シンにとって一番の強敵だったマンイーターの手強さ、そしてシンにとって大事にしている孤児院との付き合い。
ボルディアナに住むようになってから2年以上経つというのに、シンはあまりボルディアナの街の魅力などについては上手く説明できない。
それでもダリアはシンの話を興味深そうに頷きながら聞いている。
そのダリアだが、孤児院の話になると少し表情を変えた。
どこか人形のような取り繕っていた表情から、ダリアの本当の表情が表われたようにシンには見えた。
「ん?どうかしたか?」
「いえ、何でもありません」
「そうか」
「ええ。……シン様はお優しい人みたいですね」
シンとしては話せる内容が乏しいせいで孤児院の話も出してしまったが、ダリアはシンに対してそう言った。
(格好つけることになっちまったな)
優しいと言われたシンは少しばかり照れる。
「優しいっていうか、自己満足なんだ。俺は人から感謝されるのが大好きな男なんだよ」
そして、シンは軽口を叩いた。
「ふふふ。……楽しいお話でした。それではあまり遅くまでシン様にお話をねだるわけにもいかないので、そろそろ私も帰ります」
シンの軽口にダリアは少しだけ笑うと表情を元に戻し、帰宅することを告げた。
「ああ、あんまり遅くなると親父さんも心配するだろう」
ダリアの表情が凍りついたように固まった。
「ええ、そうですね。父も心配しますね。それではシン様、また明日お別れの時にでも会いましょう」
シンはライアスの話を出すと急に表情を固めたダリアのことが少し気になった。
(なあ、ジル。悪いんだけど、ダリアにちょっとついていってくれないか?)
結局ダリアはこの村について何一つ話さなかった。
ダリアの表情の変化が気になったという理由もあった。
ダリアが家に帰った後、ダリアや村長であるライアスの様子をシンは知りたくなり、ジルにダリアの後をついて行くように頼んだ。
そして何かわかれば、それをギルドの職員に教えてみるのもいい。
場合によってはギルドからも報奨金くらいもらえるかもしれない。
どのように情報を得たかについては秘匿するつもりだが。
「む~、今日のシンさんはジル使いが荒いのです。まあ、いいのです。ジルも少しこの村のことは気になっていたので行ってくるのですよ」
ジルはシンの頼みを聞き入れた。
ダリアがシンに一礼し、外に出ていく際にジルも一緒になって外に出る。
「お姉さん、どうしてそんなに悲しい表情をしているのですか?」
ジルがダリアに話しかけるが、もちろんダリアにはジルの言葉は聞こえなかった。
ダリアが村長宅の扉を開け、中へと入る。
「父さん、ダリアです。今、帰りました」
ダリアが家の奥にいるライアスに声をかけると、ライアスはダリアに返事をする。
「部屋まで入ってきなさい」
ダリアがライアスの自室に行くと、ライアスはかなりの酒を飲んでいた。
すでに顔を赤くしている。
「それであの男はどうした?」
「シン様は家でお休みになっています。私一人で帰ってきました」
「様付けなんぞ、あの男がいないところではせんでいい。それよりダリア、帰りがやけに早いが、あの男に抱かれてきたのか?」
「いえ、ベッドに座ってあの方の傍で何度かアプローチをかけてみましたが、私に触れようともしませんでした」
「お前は馬鹿か!」
ライアスはダリアに酒の入った酒瓶を投げつける。
幸い酔っているせいか、ダリアには当たらず、壁に当たり、酒瓶が割れ、酒が飛び散る。
そしてダリアの後ろにいたジルに酒が降りかかった。
「うわ、臭いのです!お酒臭いのです!」
酒の匂いのきつさにジルは床でジタバタ悶絶している。
「お前の役目を忘れたのか!?あの男にせいぜい媚びて抱かれろと言っただろうが!あの男には再び自分の意思でこの村に来てもらう必要があるんだぞ。さすがに俺たちも冒険者ギルドに目をつけられるわけにはいかん。あのガキの持ってる剣や魔力袋を今すぐにでも奪ってやりたいところだが、そういうわけにもいかん。どうしてこんなやり方をしているのか、お前には理解できんのか!」
ライアスは椅子から立ち上がり、ダリアを怒鳴りつける。
酒のせいで紅潮しているのか、怒りで紅潮しているのか見極めるのが困難だ。
ダリアは俯いて震えている。
「わかってます。私だって……」
「じゃあ、今すぐ行け!もう一度行って、男の前で裸にでもなって誘え!何、せいぜい娼婦くらいしか知らない男だろう。お前の貧相な裸でも、未通であることをアピールすれば、男なら食いつくはずだ。それともなんだ?お前は最初から村の男共を相手にするのがお好みか?まあ、それもいい。失敗すれば、俺もさすがに村の男共を我慢させることはできん。お前の姉が倒れ、死んでから村の男共も相当ご無沙汰だからな。お前も初めては優しくしてもらえる方がいいだろ?」
ライアスはヒヒヒと下劣な笑い声を上げた。
ダリアは今にも泣きそうな表情を浮かべている。
ジルはライアスのあまりの暴言に眉をひそめた。
「むむむ、この村長さんマジで嫌なやつなのです」
このジルドガルドに来てから、これほど嫌な奴を見たのはジルも初めてだ。
ダリアは俯いた状態でライアスにもう一度シンのところに行ってくると告げ、ライアスの部屋の扉も閉めることなく、家の外へと出る。
ジルはライアスを睨み付けている。
そして、何かを閃いたという表情を浮かべ、ポンと手のひらを叩くと、ばれないように静かにライアスの後ろの椅子を後ろに引いていく。
「ふう、まったく。あっ」
ライアスは、もう一度椅子に座って酒を飲みなおそうとしたものの、先ほどまでと違い、椅子が大きく後ろに下がっているせいで、転倒し、後頭部を椅子の角でぶつける。
ぐおおおお
後頭部を手で押さえ、獣のようなうめき声を出して悶絶するライアスを見て、ジルは笑った。
「へっへっへ、やってやったのですよ。ジルは悪を退治したのですよ」
ライアスが悶絶している姿を見て、気を良くしたジルはライアスに気づかれることなく、シンの元へと戻る。
ダリアは村長の家とシンのいる家のちょうど真ん中あたりで、星空を見上げていた。
両手を合わせ、星にでも願うかのように。
「お姉さん、きっと、きっとシンさんならお姉さんを助けてくれるのですよ」
ジルはダリアに聞こえないにもかかわらず、一声かけるとシンが泊まる家の煙突部分から家の中に侵入する。
あの家の窓は閉まっているし、ダリアに無人で扉が開くのを見られると拙いと判断したからだ。
「とう!シンさん、ジルがミッション終了して帰還したのですよ」
ジルは村長宅で見聞きしたことをシンに対して、説明する。
ジルの説明ではところどころわかりにくい点もあるが、シンにもこの村が何をしているかは理解できた。
(美人局強盗ってことか。ダリアの姉さんが今まで無理やり協力させられてたけど、病かなにかで倒れ、死んでしまったせいで、ダリアに役目が回ってきたってことか……)
こんな悲惨な話を聞かされ、シンは溜め息をつきたくなった。
ダリアはしばらく星空を眺め、やがて意を決したようにシンのいる家の前にまでやってきた。
(姉さんもこんな気持ちだったのかな)
ダリアはシンが自分のことを少し鬱陶しがっているのはわかった。
話している時も淡々と話し、自分の気を引こうとしていないのも理解できた。
でも、孤児院の話を始めたシンはダリアにはとても楽しそうに見えた。
きっと孤児院の子たちを大切に思っているのだろう。
(ちょっと素直じゃないけど、きっと優しい人。その子たちがちょっと羨ましいな。親もいないのに、孤児院の先生やシンからいつも優しくしてもらえてるんだもの)
親を失い、奴隷として売られ、そしてこの村での悲惨な生活。
その孤児院の子どもたちがダリアには羨ましかった。
(そんな人をこれから私は騙そうとするんだ……助けてって言えば助けてくれるかな?わからない、わからないよ)
孤児院の子達に向けられた優しさが自分達にも向けられるとは限らない。
助けを求めても断られ、そしてそれがライアスや村の者たちに知られれば、自分だけじゃなく、妹もただでは済まない。
助けてくれる確信があるのならともかく、今の状況ではダリアはシンに助けを求めることができない。
それならシンよりも大事な妹の方を選ぶのは当たり前だ。
(シン、ごめんね。私を恨んでくれていいよ)
ダリアはシンのいる家の扉を叩いた。
コンコン
ジルの話を聞いていたシンだが、外から扉を叩く音が聞こえた。
すぐに誰が訪れたかわかる。
ライアスに言われて自分に抱かれに来たダリアだろう。
「ダリアか」
「はい」
扉越しでダリアの返事が聞こえた。
(本当なら、この村のことをギルドに任せるのが自分にとっちゃ一番楽なんだけど、それをやるとダリアがな……)
村の男たちの慰み者にされてしまうのはほぼ間違いないだろう。
どうやらジルの話を聞き、情が湧いてしまったようだ。
シンはダリアを家の中に入れることを決めた。
扉を開けると真っ青な顔をしたダリアが外で立っていた。
(ダリアのお姉さんがどうだったのかは知らないけど、この子に美人局なんかできないだろ)
会ってから今まで表情を取り繕えていた時ならともかく、今のダリアに男を誑かせるとはシンには到底思えない。
取り繕えていたときでも、肉付きの薄いダリアから男を誘うような色気は感じられなかった。
(もしもベッドの横で座っていたのが色気のある大人の女性とかだったら……)
シンは首を振って、そういった不埒な想像を頭から遠ざける。
「入れよ。夏場でも夜になると少し冷えるからな。顔色も良くないみたいだし、果実水でもあっためてやるから、適当なところに座っていろ」
シンはダリアを家の中に入れると自分は机の上に置いていた果実水の入れた革袋を手に取り、火で温めようと調理器具のある場所へと向かおうとした。
パサッ
シンの耳に衣服が床に落ちる音が聞こえた。
シンが振り返ると、ダリアは真っ青な表情をしたままで上半身に着ていた衣服を脱いでいた。
そして、ダリアはシンに向かってこう言った。
「シン様、お慕いしております。私をあなたのものにしてください」
シンは手に持っていた果実水が入った革袋を床に落とした。




