表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
打算あり善行冒険者  作者: 唯野 皓司/コウ
第2章 6級冒険者 開拓者の村編
30/88

第6話 ゴブリンさん達のご冥福をお祈りするのです

 ゴブリンは悪しき行いをしたがために、神々の怒りを買い、魔物化した土の精霊と闇の精霊の末裔であるとジルドガルドでは信じられている。

 その理由は大きな岩山に穴を掘って、自分たちの住処を作る習性と暗闇を好む性質にある。

 日中でも活動するが、彼らが本当に好むのは夜だ。

 夜目の利くゴブリンは昼間と違い、夜になると脅威度を増す。


 シンが洞穴を遠目に確認したままでしばらく過ごすが、ゴブリンが外に出てくる様子はない。

 ゴブリンの足跡が残っていることから、あの洞穴が巣になっているのは間違いないとは思うが。


「ジル、いつも通り頼むな」


 シンはジルに洞穴の偵察を頼む。

 ジルのモチベーションを高めるため、魔力袋に入れていたジルの顔のサイズのカステラを差し出すことも忘れない。


「へへへ。さすがは旦那、よくわかっているのです。この黄金コガネ色の輝きがジルを狂わせるのです」


 ジルはカステラをぱくつきながら、洞穴の中にヒューッと入っていく。

 ちょうど今は7刻(14時)と8刻(16時)の間、そう、つまりおやつの時間なのだ。

 普段でも昼食と夕食の間にお菓子をねだるジルだが、偵察がちょうどおやつタイムに行われる場合、一度お菓子を与えるだけで済む。

 偵察のための報酬と考えるなら、その後にさらにお菓子をねだりそうなものだが、偵察の際に与えられたお菓子で頭がいっぱいになり、よくおやつタイムを忘れてしまう。

 ジルは少しばかり頭の残念な子だった。



(さーて、どうやってゴブリンを退治するかだな)


 シンはジルが偵察をしている間に思考を張り巡らす。

 ゴブリンの洞穴の多くは細長く、さほど広くない。

 今回のゴブリンの洞穴もそれは同様だろう。

 剣を振り回すスペースがなく、暗い洞穴の中は冒険者にとって非常に不利だ。

 魔法に長けたものなら、洞穴の中に特大の火炎でもぶち込むといった荒業もある。

 その後、焼け死んだゴブリンの討伐証明の耳を切り取っていくのだ。


 こういった時に武器をメインにしている冒険者のセオリーは巣から魔物をおびき出すことだ。

 巣の前で煙を焚き、外へと誘きよせる。

 そして、出てきたゴブリンを個別に討伐していく。

 だが、ゴブリンと言えども知恵がある。

 全てのゴブリンが洞穴の外に出てくるわけではなく、警戒したまま出てこないケースもある。


 その場合、間違いなく長期戦になる。

 残り2~3匹程度なら松明片手で洞穴に入っていくという手段もあるが。


 そのセオリーを使わないとすれば、昼前にジルと採取したアルメドビアだ。

 洞穴の前で燃やして、その煙でゴブリンが深い眠りについた後、洞穴の中に入り、一網打尽にする。


 煙で外に誘き出すよりも楽に討伐できそうだが、どの程度の効力があるか、効力を発揮するまでにどの程度の時間がかかるかシンにはわからない。

 薬師の老婆が言うにはそれなりに即効性があるようだが。


(うーん、どっちの方法を取ろうかな)


「シンさーん、見てきたのですよ。数はえーっと20匹程度です。半分近くは昼間なのでウトウトしてるのです。もう半分くらいは起きていて、洞穴をさらに掘り進めているのですよ」

「ジル、ご苦労さん」


 ジルが洞穴から飛び出して、シンに中の様子を説明する。


(ここは一度アルメドビアを使ってみるかな)


 今後の魔物の巣討伐などで役に立つと思われるアルメドビアの効力は、シンとしても一度知っておきたいところだ。

 仮に効果が弱く、ゴブリンを殲滅する前に起きられたとしても、他の魔物の巣で同様のことが起きるのと比べれば、はるかにマシだ。

 シンはアルメドビアを使ってみることに決めた。


 洞穴の手前で昼間に採取したアルメドビアの3割程度を置く。

 この量でどのくらいの煙が出るかはわからないが、煙が少なければ、さらに燃やしてみればいい。

 シンは指先を舐めると、風向きを確認した。

 燃やして出る煙が自分の方に来ないかを確認しなければ、自分の身が危ない。


「破壊と再生を司る炎の精霊よ。古より我らに英知を授けたる偉大な炎の精霊よ。我は汝に糧を与える。願わくば我に力を与えたまえ」


 シンは右手で剣を持ち、瞬時に対応できる姿勢を取ると炎の精霊を称える詠唱を唱えていく。

 シンのアルメドビアに向けた左手の手のひらから魔法を発動する際に起きる眩い光が発生する。


「燃やし尽くせ!業火ヘル・ファイアー!」


 シンの手のひらから握り拳よりも小さな炎が生み出され、アルメドビアを燃やす。


「相変わらず可愛らしい炎なのです」

「ジル、気が散るから黙ってろ」


 ジルはシンが必死に出した炎を小馬鹿にする。

 アルメドビアから勢いよく煙が立ち上る。

 思っていた以上に煙が多く出る植物のようだ。


 風がほとんど吹いていないせいで、立ち上る煙はわずかばかりしか洞穴の中に入って行かない。

 このままじゃ、アルメドビアを無駄に消費してしまうことになりかねない。


「悠久の年月を重ね、多くの種を運び、ジルドガルドの大地に豊かな植物を芽吹かせた風の精霊よ。時に試練を与え、時に安らぎを与える偉大なる風の精霊よ。我は汝に糧を与える。願わくば我に力を与えたまえ」


 シンはアルメドビアがきちんと燃え出したことを確認すると今度は風の精霊を称える詠唱を唱える。


「吹き飛ばせ!豪風ハイ・ウィンド!」


 そして、風が巻き起こる。


「おー、今日は暑いからシンさんの出す風が心地よいのです」

「だからジル、邪魔すんなって。煙に風が届かなくなるだろ」


 シンの巻き起こした風を気持ちよさそうにジルは浴びる。

 シンの巻き起こした風は髪をなびかせる程度のちょっと強めの風に過ぎないが、それでも煙を洞穴の中に流していくには十分だ。


 煙が立ち上る数分間、シンは魔力を消費し続け、風を起こし続ける。

 そして煙が消えてから、さらに十数分の間、シンは様子を窺う。


「ジル、度々で悪いけどまた中の様子を見てきてくれるか」


 ジルはさすがに先ほどのカステラでお腹が膨れているのか、手を出して、おやつをねだることもなく「それじゃあ行ってくるのですよ」とシンに手を振って、再び洞穴の中へと入っていく。


(ジルがもし戻って来なければ、いまだに睡眠性の煙が残っていると見たほうがいいな)


 シンはその場合、もう数十分は様子を見るつもりでいる。

 シンは魔力袋から松明と布を取り出し、洞穴の中にいつでも入れるように準備を整える。


「シンさん、大丈夫なのですよ。ゴブリンさん達は皆すやすやと眠りについているのです」

「そっか、ジルの方は大丈夫か?眠気とかないか?」


 シンは睡眠性の煙を吸ったのではないかとジルの身を気遣う。

 それに睡眠性の煙が残ってないかはシンにとっても重要な問題だ。


「うーん、眠気とかは特にないので大丈夫なのですよ。でも、シンさんとジルは違うので保証はできないのです」


 シンはジルの言葉を聞いて、炎の精霊を称え、松明に火を灯した後、念には念を入れ、口や鼻を布で覆い隠し、少しでも煙などを吸わないように心がける。


「うっし、それじゃあさっさとゴブリンを殲滅してくるとするか」

「ガガーン!シンさん、その姿はまるで押し入り強盗のようなのです。実録・ジルは見た、平和なゴブリンの巣を狙う凶悪な冒険者の影!なのです」

「くだらないこと言ってないで、さっさと依頼を済ませるぞ」


 シンは右手には剣を、左手には松明を持って、ゴブリンの洞穴に入っていく。

 シンは前方を、ジルには後方から新手のゴブリンが巣に戻ってきたりしないかを警戒させながら、足元に気を付け、進んでいく。


 ジルの言葉通り、ゴブリンたちはすやすやと寝ていた。

 ゴブリンの表情なんてシンにはわからない。

 ただ、気持ちよさそうに寝ているように見えた。


 ザシュ

 ザシュ

 ザシュ


 シンは淡々と、寝ているゴブリンたちの首を刎ねていく。

 初めてゴブリン退治を受けたとき、シンには人型の魔物の命を奪うことに対する嫌悪感が少なからずあった。

 だが、それも今はない。

 ゴブリンを放置すれば、人に犠牲が出ることになるし、何より人は日々他の生命を奪いながら生きているのだから。

 すでにシンを狙って襲ってきた盗賊が相手だったとは言え、何度か人を斬ったこともある。

 襲われて、慌てて身体を功徳ポイントで強化し、無我夢中で剣を振り回した。

 初めて人を斬った時、さすがにその夜は寝つけず食事も取れなかったが、今ならそういうこともなくなった。

 むやみやたらに傷つけるなんてことはしないが、自分に危害を加える、命を奪おうとするなら、たとえ相手が人でも躊躇しない。

 そんなシンは眠っているゴブリンの首を刎ねるくらいでは躊躇わない。


 巣にいたゴブリンたちの首を刎ね終わった後は討伐証明部位である耳を切り落とし、革袋に入れていく。

 巣の討伐依頼において、村人たちがそこまで確認に行くのが困難な場合、討伐証明部位がなければ、依頼をこなしたと認められることはまずない。

 シラガイの村は十数匹と依頼で述べていた数よりも多いが、少ないよりは多い方がいい。

 ゴブリンたちの耳を革袋に入れた後は、シンは洞穴の外へと出る。

 すでに日が少しずつ沈み始めている。


(急がないとな)


 シンは最後の仕上げにゴブリンの巣の入り口に向かって、衝撃波を叩きこむ。

 ドガーンと衝撃波がぶつかる音と共に、洞穴の入り口が崩れ落ちる。

 このまま放置していれば、また新しくゴブリンや他の魔物が住み着くことになりかねない。

 もしも、この巣のゴブリンの中に外に出かけていたものがいたとしても、洞穴が崩れ落ちていれば、一匹や二匹程度では掘り起こすこともできず、別の場所へと移るだろう。


「さてとこれで依頼完了だな。そろそろシラガイの村へ戻ろう」


 ゴブリンの巣の討伐をようやく終えたシンはジルに声をかける。


「そうなのです。そして早く帰るのです。あんな村からはとっととおさらばなのです」


 シンもあの村の厄介事に絡まれるのは正直ごめんだが、ジルも功徳ポイントマイナスの者たちばかりが住むあの村がお気に召さないようだ。

 だが、シンとしてはあの村からボルディアナにまで今日中に帰るのは困難だと思っている。

 シンがグレイトホーンブルやアルメドビアなんかに気を取られていなければ、ボルディアナに帰れたかもしれない。

 すでに太陽の位置からして7刻(16時)を過ぎているのがわかる。

 村に帰り、ゴブリンの耳を確認してもらい、依頼完了のサインをもらってから、ボルディアナに帰るとなると到着前に日没してしまう。

 日没前でも薄暗くなり、視界が悪くなれば、魔物から不意打ちを食らう危険も高くなる。


(とりあえず急いでシラガイの村へと帰ることにしよう)


 仮に村長の確認や依頼完了のサインがあっさりと済めば、ボルディアナに帰るのを検討してみてもいい。

 30㎞という長距離を魔力で常に強化しつつ走るのはさすがにシンにとっても疲れるが、今日のゴブリン退治では大して魔力を消費していないため、十分に可能だ。


(でも、あの村長の態度からして、そんなあっさりと確認やサインをして、俺を帰らせてくれるとは思えないんだよなあ)


 いつもと違う行動を取るのはやはり駄目だ。

 もっと時間的に余裕がある時なら、ともかくとして。


 シンはジルを肩に乗せると急いでシラガイの村へと帰った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ