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打算あり善行冒険者  作者: 唯野 皓司/コウ
第1章 7級冒険者編
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第3話 お前らには礼儀、常識、何より感謝が足りない

「お前らさっき俺を見捨てて逃げようとしてたよな」


 シンは魔物が討伐されたことに気づいて足を止めた冒険者たちを捕まえると、グリズリーウルフの遺体の傍まで彼らを連れ戻した。

 血の付いた剣を片手に持って睨み付けるシンに対して、どうにか誤魔化そうと苦笑いを浮かべる男達。


(あ~こいつらに感謝を期待するのも難しいか)


 シンは溜め息をつきたくなった。



 一般的に冒険者には教養がなく、道徳や倫理観を持ち合わせたものは少ない。

 一攫千金を夢見て無学な者が多く集まってくるからだ。


 街中の依頼が中心ならぎりぎり日々をしのぐだけの金銭しかほとんど稼げず、それなりの収入を得ようとすれば命をかけなくてはならない。


 日々に命をかける。たとえ格下の相手であっても油断すれば大怪我を負うし、最悪の場合死亡する。その生活には何の保証もない。


 5級以上の冒険者の中で実力だけでなく人格的にも優れた者は騎士や魔道騎士に取り立てられることがある。

 刹那の時を魔物退治で命を燃やしたい一部の戦闘狂でもなければ、社会的地位も高く、戦争でも起こらなければ集団での魔物討伐を年に数回こなすくらいでほとんど命の危険のない騎士への取り立てを喜ぶものがほとんどだ。



「いや~兄貴がここまでお強いとは思いもしませんでした」


 そう言って、揉み手を行う濃い茶髪の男が愛想笑いを浮かべる。

 どのようにしてこの場を誤魔化すか。

 男は普段大して使いもしない脳みそをフル回転させ、なんとかシンの機嫌を損ねないようにと考える。


 グリズリーウルフを一太刀で殺すような相手だ。

 機嫌を損ねれば命の保証はない。

 ましてや自分たちは助けを求めたにも関わらず、シンを生贄にしてでも生き残ろうとしたのだから。

 人目のない森で自分たちを殺害しても誰も咎める者はいないだろう。


「お世辞はいいからとりあえずお前ら名前とギルドカード見せろ」


 剣についた血を拭きながらシンは男たちに要求した。


 男たちはトマス、アクバ、オリバと三人順に名前を告げ、大人しくギルドカードを差し出す。


 トマスは揉み手をしている濃い茶髪で破損した槍を持った傷の多いレザーアーマーを着たヘラヘラした男。

 アクバは剣を腰にぶら下げた軽戦士といった装備をした赤みがかった髪の男。

 オリバは杖を持った顔色の悪い金髪のひょろりとした男だ。

 オリバは一番軽装の割には走って体力を消耗したためか、色白の顔を真っ青にしている。


「三人とも8級か」

「俺ら去年の不作時に親に口減らしで奴隷として売られそうだったんで、その前にさっさと村から抜け出して冒険者になったっすよ」


 トマスは悲惨な境遇を感じさせない口調でへらへらと揉み手をしながら、シンの機嫌を損ねないようにペコペコと頭を下げつつ説明を行う。

 アクバは顔色の悪いオリバの背中を擦りながら、不安げにシンの様子を窺っている。



「別にお前らが冒険者になった経緯とか正直興味がないけど、お前らなんか忘れてないか?」


 シンは三人に対して笑顔で尋ねる。


「いや、謝礼ならきちんと払いますって。ただ、槍も壊れちまったし、しばらくお時間を頂ければなあって、ははは……わっ、怒んないでくださいよ。逃げたりしませんから」


 トマスはシンに睨まれると地面に跪き拝むような姿勢で懇願する。


「金のことじゃねえよ!そうじゃねえだろ。感謝だよ、感謝!俺は命の恩人だぞ、金とか謝礼とか兄貴とか言う前にまずは言うことあんだろ」


『えーっと助けてくれてありがとうございます?』


「なんで疑問形なんだよ。命救ってやったのに何でまったく感謝の気持ちが篭ってねえんだよ。依頼で便所掃除してやっただけの老夫婦でもきちんと感謝してくれるのに、お前ら一体どういうことだよ」


 首をかしげながら尋ねるように感謝を述べる三人に対して、呆れたように愚痴るシン。


 とは言っても三人の冒険者が冒険者として非常識というわけではない。

 助けた礼として謝礼の話をまずは進めるのではなく、感謝しろと要求するシンは三人の、いや一般的な冒険者の常識から異なる。

 役にも立たないのに分け前を堂々と請求するような冒険者の方が彼らにとっては理解の範疇内の存在だ。


 冒険者にとって感謝や誠意を示すというのは金銭なり、コネの斡旋である。

 文字通り心からの感謝などを要求されることなどないのであるから、三人がシンに対して疑問形で感謝を述べてしまうのも止むを得ないことかもしれない。



「それで兄貴……こいつどうすんですか?」


 トマスは動かなくなったグリズリーウルフをじっと見つめる。


 先ほど助けてもらう直前にシンは魔力袋が一杯だと言ってた。

 グリズリーウルフの肉は臭みがありさほど市場受けしないが、それでも魔力が篭っているため味自体は悪くなく食肉になるし、皮や爪、牙といった素材もそれなりの値段で売れる。

 魔力袋に入らないのであればシンが一人でこれらの素材をすべて持ち運びするのは難しいので、せめて自分たちが運搬に協力するから少しでもお零れをもらえないかというのがトマスの希望だ。

 今日は槍を壊し、獲った獲物も逃げる時の餌にしたのだから少しでも収入を得たいと考えるのは冒険者として当然だった。

 もちろん、そんなことを口にすればグリズリーウルフのように首と胴が永遠に別れを告げることになるのもありえるわけだから、シンに対して口にしないが。


「もうあんまり入んねえからな」


 シンは自分の魔力袋を眺め、ひとしきり思案する。

 討伐証明になる右手と薬の材料としてよく使われる肝の部分以外はシンにとってはさほど必要ない。

 見通しの悪い森の中で解体するのは危険が生じるし、欲張って大荷物を抱えるのは危険だ。


「右手と肝以外はいらねえし、荷物になるから欲しけりゃくれてやるよ」


「いいんですか!?さすがは兄貴!」


 トマスは驚いたように声を上げる。アクバとオリバもシンの申し出に喜んでいる。


『ありがとうございます!』


 三人は気前よくグリズリーウルフの素材を譲ってくれるシンに対して深々と頭を下げ、お礼の言葉を述べた。


「うわ、さっき命を救ってもポイントつかなかったのになんで素材譲ったら50ポイントもつくんだよ。……こいつらだったらいけるか?」


 きちんと礼を述べた三人に対しシンはぶつぶつと呟いた。


「ただし」

「ただし?」

「毎日とは言わねえよ。毎週とかお前らに押し付けても仕方ねえ。ギルドとか街中で俺のことを見かけたら、時々でもいいから命救ってもらって素材まで譲ってもらえたんだなって気持ちを込めて俺に感謝しろよ」

「そりゃ命救ってもらって素材まで頂いたんだから兄貴を見かけたら感謝くらいはしますけど」


(さっきは命の恩人に対してまともに感謝してなかったのに現金な奴らだ)


 気持ちの入ってない感謝は必要ない。

 こいつらに対して目の前にすらいないシンに対して感謝するように強制してもほとんど意味を持たないだろう。

 それならシンを見かけたときだけでも感謝するように求めたほうがいい。


 シンは自分の必要な部分だけ切り取ると後は三人に譲った。




「兄貴のおかげで何とか武器の修繕もできて、飯のくいっぱぐれを防げます」


 シンの後をついてくるトマス達は素材を背負いニコニコとしている。


「兄貴、兄貴って言うな。ギルド内なんかで絶対兄貴呼ばわりすんなよ。周囲から笑われるだろ」

「えーっ?何でですか、俺らまだ15っすから、シンの兄貴の方が兄貴っすよ」

「兄貴ってのは俺らなりに目上の人に対する敬意を示してるんですよ」


 日焼けして肌の荒れた風貌から多少老けて見えるものの、トマス達はまだ15だった。

 農村の暮らしは厳しい。

 朝早くから畑仕事に精を出し、時間があれば森に狩りに出る。

 洗顔料や乳液もないこの世界で日焼けして肌の荒れた容姿であるトマスが、シンから見て老けているのは仕方のないことかもしれない。

 剣術や魔法を学んで冒険者になったような一部を除くと、冒険者になりに来る面子の中で狩猟経験のある農村の出身が特に冒険者に向いている。

 まだ15で冒険者になりたてにもかかわらず、武器が壊れるまでは6級のグリズリーウルフとそれなりに対峙できた三人はミスさえしなければ、冒険者としてそれなりに成功する可能性がある。


(こうして慕ってくれるなら少しは感謝にも期待できるかな)


 兄貴、兄貴と言われるのは少し照れくさいが、慕われること自体は悪い気がしない。

 運さえ悪くなければ、能力的には長生きできるかもしれない三人からは末永く感謝してもらいたいというのがシンの希望だ。


「でも、兄貴って正直変わったお人ですね」


 体力を回復したのか顔色から青白さの消えたオリバがシンに対して言った。


「命救って謝礼出せとか、子分になれって話ならよく聞きますけど、感謝の祈りを捧げろなんて話は初めて聞きました」


「今の俺には金よりも必要なものだからな」


 オリバの顔はシンの説明に納得したわけではなかったが、今日初めて会ったばかりの相手に深い事情を聴くのは好ましくないと判断したのかそれ以上は追及しなかった。


(お前らだって死後虫けらに生まれ変わるとかだったら、俺と同じように人からの感謝を求めるようになるんじゃないかな)


 後ろからついてくる三人の方をちらりと確認すると、シンは少しばかり歩くのを早めた。


(俺だってあんなこと告げられなけりゃ、人に感謝を求めるようなことなんかしないさ)


 シンはこの世界に来ることになった2年前のことを思い出した。

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