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打算あり善行冒険者  作者: 唯野 皓司/コウ
第2章 6級冒険者 開拓者の村編
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第3話 開拓者の村からの依頼なのです

 シンは今日も朝早くからギルドの掲示板に目を通す。


 現在、騎士団の魔物討伐の真っ最中なので、村からの魔物討伐依頼は少ないが、シンにとって村からの魔物討伐依頼は重要な功徳ポイント源だ。

 たとえ依頼料が安くても、効率よく感謝が得られそうな村からの魔物討伐依頼はシンにとっては美味しい依頼であり、他の冒険者に取られてしまうのは悔しい。

 7級以上でなければ受けられないため、今の時期は依頼を受ける競争相手も少ないこともあり、騎士団の魔物討伐が始まってる最中ながら、すでに今月に入ってからシンは二度、村からの魔物討伐依頼をこなしている。


 騎士団の魔物退治が終わり、他の7級以上の冒険者の数が多くなる前に、あと一度か二度は魔物の討伐依頼をこなしたいというのがシンの希望だ。


「……そうだな、これなんかが良さそうだな」


 そう言って、シンが選んだのはシラガイの村からのゴブリン退治の依頼。

 ゴブリンは身長150㎝程度で、単体では脅威度の低い9級の魔物に過ぎないが、繁殖力が強く、放置しているとどんどん数を増やしていく。

 そして時折、シャーマン級やソルジャー級、リーダー級といった変異種が生まれ、その変異種が多数のゴブリンたちを率い、村や小さな街を狙い、襲撃をしかけてくる。

 シラガイの村の依頼書によれば、まだ十数匹程度の数に過ぎず、村に本格的な襲撃を仕掛けてきたこともまだないため、そういった変異種は生まれていないと考えられる。


 ゴブリン退治では大した感謝を期待できない。

 それでも放置しておけば、将来的には村の脅威になりかねない以上、多少感謝してくれる人もいるかもしれない。


「でも、シラガイの村なんて知らないなあ。この辺りなのか?地図でも見たことねえや」


 シンはその依頼書を掲示板から外すと、魔力袋の中に入れてある地図で位置を確認する。

 シルトバニア辺境伯領の地図としては5年前ほどに改訂されたはずのまだ新しい地図だ。


 シンはボルディアナ周辺の村に目で確認する。

 だがシンの記憶通り、やはり地図にはシラガイという名の村はない。


「仕方ない。受付の人にでも聞いてみるか」


 シルトバニア辺境伯は領内の生産力を高め、領内の北西方向の魔生の森を人の生存圏に変えるため、村の次男坊以下に開拓を推奨している。

 開拓して村を作れば、村を作ってから5年間は免税。

 さらに僅かな金銭ではあるものの、初年度と二年度目は支援金も出している。

 そのため、ここ数年で開拓者の村が幾つか増えたというのをシンも耳にしている。


(おそらく、そのどれかだろう)


 シンはそう思い、受付へと向かった。



「すいません、この依頼を受けるのでお願いします」


 シンはそう言って、受付嬢にギルドカードと依頼書を渡す。

 今日の受付嬢はシンもよく知る女性だ。

 同じギルドに勤める男性と去年結婚したため、嬢と呼んでいいかはともかくとして。


「シン君がこの依頼を受けるの?」


 普段からギルドに時折差し入れをしているシンに対して受付嬢は親しげに対応する。


「ええ、自分好みの依頼が他にないことですし。でも、このシラガイの村って俺よく知らないんですけど、この近くなんですか?」

「シン君、その地図ちょっと見せてくれる?」


 受付嬢はシンの持ってきた依頼書に判を押し、シンの名前を書き記すと、シンに地図を出すように求めた。

 シンは手に持っていた地図を受付嬢に渡すと、受付嬢は地図の何もない部分にペンで薄らと印を入れる。

 ボルディアナから北西30kmほどの場所だ。

 この距離ならシンの足で日が沈むまでにはボルディアナに帰って来れそうなので、シンとしても好都合な位置にある。


「ここなんだけど、4年ほど前かな。そのくらい前にできたばかりのまだ新しい村なのよね」


 シンの予想通り、最近できたばかりの開拓者の村だ。


「助かります」


 シンは受付嬢に礼を言うが、受付嬢は軽く眉間にしわを寄せ、何か考え事をしている。


「どうかしたんですか?」

「うーん、この村って魔物討伐の依頼が結構多いのよね」


 開拓者が作る村はボルディアナから北西の方角、広大に広がる魔生の森の近隣に位置することもあり、魔物のリスクは高い。

 そのため、ゴブリンの巣ができても初期の段階であれば、村人総出でゴブリンを駆除するケースもある。


(別に報酬とかで揉めたこともない村だし、問題はないとは思うんけど……)


 受付嬢はふと自分の夫が話していたことを思い出した。


「すぐに戻るから、しばらくお願いね。シン君、ちょっと私の旦那様の話を聞いてくれる?」


 受付嬢は他の女性に一声かけるとシンの手を引っ張る。


「どこへ連れて行くんですか!?」

「つべこべ言わないで、私について来て。これから私の旦那様が仕事をしている、資料室に行くわよ」


 資料室。

 そこでは日々、魔物の生息地帯や弱点、習性、金銭的に価値のある魔物の部位、そして薬草や毒草の特徴、群生地などの知識、情報がまとめられており、それらの知識、情報は冒険者にも広く公開されている。

 薬草の新しい群生地などを報告すれば、情報料も得られるため、冒険者も自分の知ったことについて、ギルドに報告することは多い。

 もちろん自分だけの知識として保有し、利益を少しでも多く得ようという冒険者も当然いるが。


 受付嬢がシンを資料室まで連れて行くと、部屋の中には眼鏡をかけた若い男性が紙にペンを走らせていた。


「あなた、ちょっといい?」


 受付嬢は自分の夫である男性に声をかける。


「ああ、君か。仕事は?僕に会いに来てくれたのかい?」


 男性は自分の妻を見て、嬉しそうに微笑む。

 そしてシンに気づくと、妻が会いに来てくれて嬉しそうにしていた顔を急に曇らせ、ワナワナと身体を震わせた。


「妻が……妻が僕以外の男を部屋に連れ込んだ……待て、ちょっと待ってくれ。離婚したいって言っても僕は首を縦には振らないぞ。落ち着こう。不満があるのなら、まずはよく話し合おう」


 男性はシンの手を引いて妻が自分に会いに来たのを別れを告げに来たのとでも勘違いしたのか、慌てて受付嬢の傍へ駆け寄る。


「そんなわけないじゃない。私の世界一の旦那様に私が不満を持つなんて。ずっと一緒よ。愛してるわ、ダーリン」

「ハニー、僕の方こそ君のいない世界なんて考えたくもない。死ぬまで、いや死んでも君と離れないぞ」


 そして二人はお互いを強く抱きしめあう。


「それじゃあ、俺帰ってもいいですか?後は夫婦で仲良く」


 二人の世界から放置されたのはシンだ。

 いきなり資料室に引っ張って来られたかと思うと、バカップル、いや、おしどり夫婦のラブロマンスを見せつけられる。

 シンは舌打ちをしたい思いに駆られた。


(さっさとゴブリンを退治して来て、帰ったら今日は早めに寝よう)


 少しばかり一人身の寂しさを実感したシンだった。


「シン君、ちょっと待って。あなた、この前、私に話してくれたことをシン君にも説明してほしいの」

「前に話したこと?」

「シラガイの村について」

「また、あの村から依頼が来たのか。……そうだな、シン。少し僕の話を聞いてほしい」


 シラガイの村の名前を聞いて、さきほどまで妻とイチャイチャしていた男性は急に真剣な顔つきに変わる。


「シラガイの村は魔物討伐の依頼が多いんだ。いや、それ自体は問題ない。きちんと相場に近い金額の報酬もこれまで支払われている。村に行った冒険者たちもちゃんと依頼を達成させたうえでボルディアナに帰ってきているし、村人たちから歓迎を受けたと報告している」


「それのどこが問題なんです?何一つ問題ないじゃないですか?」


 それだけ喜び、歓迎してくれるのであれば、シンにとっては好都合だ。

 こりゃ感謝の稼ぎ甲斐がありそうだなと軽く頬を緩ませる。


「ああ、本来ならば問題ないんだ。だけど、僕はその後の冒険者たちを調べたところ、気になる点があったんだ。この1年ほどの間にその村の依頼を受けた冒険者パーティは4つ。そして、その4パーティともここの依頼を受けて、しばらく経った後、パーティメンバーの1人が行方不明になっているんだ」


 冒険者が行方不明になることは珍しくはない。

 パーティを組んでいても、パーティの休養日に一人で魔物を狩りに出かけて、そのまま帰らぬ人となるケースも少なくない。

 だが、村からの依頼である魔物討伐を行えるのは7級以上の冒険者たちだ。

 10級、9級、8級の冒険者たちと比べると格段にその確率は下がる。


「それに、その行方不明になった冒険者はいずれも、シンの持ってる魔力袋を所持し、パーティの共有財産や素材なんかも保有していたんだよ」


 一気にきな臭くなる。

 単に冒険者が行方不明になった程度ならシンも気に留めない。

 それでも7級以上の冒険者で、しかも魔力袋を所持し、パーティの共有財産や素材を保有していたものが立て続けに行方不明になっているのなら気に留めないわけにはいかない。


「さらに僕が個人的に調べてみたところ、あの村へ行商に行った者や途中で寄る予定だった者が時折行方不明になっているんだ」


 その村に問題があるのか、それともその村周辺に山賊や脅威度の高い魔物などが住み着いているのかわからない。

 ただ、単なる偶然で済ませるわけにはいかないほど、シラガイの村に関わった者たちが行方不明になっている。


(あー、なんか厄介そうだな。でも、依頼をすでに受けちまったし、やっぱりやめるってわけにもいかないよな)


 受付嬢が依頼書に判を押す前なら、やっぱり別の依頼を受けるという方法を取ったかもしれないが、すでにシンが依頼解決の担当者となっている。

 少なくとも依頼を受けた冒険者たちはいずれもボルディアナに帰ってきているようだし、厄介ごとの気配がするものの、そこまで心配する必要性はないかもしれない。

 油断しすぎなければ、たぶん問題は起きないだろうとシンは考える。


「シン、僕はこの件について、もう少し調べてから副ギルド長に報告するつもりだったんだが、シンがこの村の依頼を受けるのなら、村の様子を見てきてもらいたい。さすがに今の状況じゃ、僕の単なる推論に過ぎないから、ギルドの方としてもそこまで積極的に動いてくれないだろうし」


 男性はそう言って、シンに頼んだ。


「まあ、これからそこに行くわけだし、様子くらいは確認しますし、変なところがないか注意することにしますよ」


 シンは男性の頼みを了承する。

 それくらいなら、シンの負担にはならないし、何より貴重な情報提供者を無碍に扱うわけにもいかない。

 こういったところで、関係を深めていく方が得策だ。


 その後シンは魔物討伐のための身支度を整えると、ジルを連れて、ボルディアナを出発した。

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