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打算あり善行冒険者  作者: 唯野 皓司/コウ
第2章 6級冒険者 開拓者の村編
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第1話 誰がセクシーギャルだって?

「おーい、婆さん。……婆さん!客だぞ、ちょっと婆さんって!……ちょっとそこのお姉さん」

「ん?誰がダイナマイトバディーのセクシーギャルだって?」


 いつもいつものやり取りにシンは溜め息をつく。

 この老婆がダイナマイトバディーなら、見たくもない胸が地面に届くかのように伸びきっていることだろう。

 シンは少し想像してしまい、軽い吐き気を催した。

 インターネットを使用している時に、グロ画像を踏んでしまったような落ち込んだ気分になる。


「なあ、婆さん……これ、いい加減にしないか。本当は聞こえてんだろ」

「シン坊ときたら、まったく酷い子だね。子どもや若い未亡人には親切にできるっていうのに老い先短い婆さんのお茶目な冗談にすら付き合ってくれないとは……」


 薬師の老婆は俯いて、肩を震わせる。

 泣いているのではない。

 笑っているのだ。

 この老婆と半年以上の付き合いにもなれば、シンもこの老婆の性格くらい、とっくに把握している。


「それでなんだい?今日はリリサの薬じゃないだろ」



 リリサはつい先日、魔素欠乏症を完治させた。

 薬師の老婆のお墨付きだ。

 もう薬は必要ない。

 これからは病気の間に衰えた体力を回復させていく必要があるが、縫物の内職などをしつつ、仕事を探していくらしい。

 これからもしばらくは援助させてほしいとシンは申し出たが、リリサは金銭的な援助については断った。

 すでに病気は治ったのだ。

 いつまでもシンに頼るのは自分にとっても、シンにとっても好ましいことではないとリリサはシンに説明した。


 リリサの説明を聞き、少し落ち込むシンを見て、リリサはシンの頭を優しく撫でた。


「シンさん、ありがとう。でも、世の中には狡い女がたくさんいるのよ。優しいのは美徳だけど、あまり甘やかせ過ぎるのも良くないわ。それに私はあの子の母親だもの、しっかり親として頑張りたいの」


 ただ、リリサは金銭的な援助は必要ないが、マックスがシンに懐いているため、 時々でいいから、これからも遊びに来てほしいとは言ってくれた。

 シンはリリサが金銭的な援助を受けとってくれないのなら、なるべく遊びに行くときは果物や食材なんかを手土産に持って行こうと考えている。



「ああ、もうリリサさんは治ったからな。今日はまた打撲とかによく効く塗り薬を買いに来た」


 シンはそう言って、老婆に腕を捲り、青痣を見せる。


「シン坊、あんた。もうこの前の薬は使い切っちまったのかい?前にも言ったよね。いい加減におしって」

「いや、だって……」

「だっても糞もないよ。あれを使い切るってことはあんた、どんだけ痣だらけになってんだい?その身体で魔物討伐にも行ってんだろ?」


 老婆はギロリとシンを睨み付ける。

 普段の憎まれ口じゃなく、シンに対して怒っている時に老婆が見せる表情だ。


「ガルダさんの指導が最近またきつくなってさ。いや、体調とかは別に悪くねえし、痛みもそこまで長引いたりするわけじゃねえんだけど」


 老婆に睨まれたシンはたじたじになって言い訳をする。

 だが、言っていること自体は本当だ。

 ガルダはシンの体力、体調を見定め、耐えられるギリギリでシンをしごいているのだから。


「はあ、もう仕方ない子だね。次、こんなに早く使い切ったら、ただじゃおかないよ」


 老婆は溜め息交じりにシンを注意する。


「わたしゃ、あんたが別にどう生きて、どう死のうが関係ないし、興味もないさ。でもね、あんたみたいな坊やでも死んだら悲しむ人がいるんだよ。あんまり無茶すんじゃないよ」

「調子悪い時は本当に休むようにするよ。でも、本当に酷い痛みが残ってるとかじゃないから……」


 老婆の口の悪さは良く知っているが、こういう叱られ方はシンも堪える。

 シンの口にした言葉に満足したのか、老婆は店の奥から塗り薬を取りだし、シンに渡す。

 そして、もう一つ小瓶に入った塗り薬を渡した。


「婆さん、こっちはいつも使ってるやつっぽいけど、こっちの方は?」


 シンが後から取り出した小瓶の方を指さすと老婆は説明する。


「こっちのは筋肉の疲労を和らげる塗り薬だよ。これを良く擦りこんだ後にでも、痣を治すのを使いな」

「いくら?」


 シンは尋ねると老婆が首を振る。


「試しに作ってみたやつで売り物にしてないから、お代はいらないよ」

「いや、そういうわけにも……」

「つべこべ言わずに受け取りな。またそのうち、必要な素材でもあれば、シン坊に頼むからさ。そんときゃ頼むよ」


 一度言い出したらシンの言うことなど聞きはしない老婆の好意をありがたく受け取り、シンは薬の代金である銀貨1枚を老婆に手渡す。

 老婆はそれを机の中に放り込むと思い出したかのようにシンに尋ねた。


「そういや、シン坊。あんた、イキのいい子を紹介してくれないかい?」

「はあ?」

「そうだね、別にスラムの子でも孤児院の子でも構いやしないよ。健康ならそれでいいさ」


 老婆はシンに対してにんまりと笑う。


「婆さん、さすがに俺も薬の実験台とかにされちまう子どもを紹介なんてできねえよ」


 健康ならそれでいいとの老婆の言葉から、シンは子どもを薬の実験台にする老婆の恐ろしい姿を想像した。


「あんた、馬鹿かい!私をなんだと思ってんだい!」


 老婆は顔を真っ赤にして見当違いの想像をしたシンを怒鳴る。


「……違うの?」

「こんな心の綺麗な婆さんに向かってなんだい、まったく。違うよ。最近歳のせいか、どうもすり鉢擦ったり、重いものを持つのが辛くなってきてねえ。あんたの知り合いで私の店で手伝いできそうな子がいないか、聞いてみただけだよ」


 シンは誰か老婆の手伝いができそうな知り合いがいないか考えてみる。

 孤児院の最年長者はアルバートだ。

 12歳であり、身体も丈夫だ。

 老婆の手伝いくらいはこなせるだろう。

 将来冒険者になるなら、今のうちから小遣い稼ぎでもして装備を整える準備をした方がいい。


「孤児院の子どもの中にアルバートって子がいるんだけど、その子にでも聞いてみようか。歳は12で体力はあるし。まあ、冒険者志望みたいだから15歳までって形になるけど」

「うーん、年齢的には問題なさそうだけど、冒険者志望のやんちゃ坊やかい。……せっかくだし、薬の調合なんかも教えてみるつもりなんだよ。ちょっと記憶力や手先の器用さ、根気強さなんかも必要だから、そういうやんちゃそうな子は合わないかもしれないね」


 アルバートがダメとなると……

 シンは頭を悩ませる。

 10代で手伝いができそうな知り合いがなかなか思い浮かばない。

 あいつはすでに仕事を持っている。

 あいつは性格的に薬の調合なんかには向かない。

 孤児院以外の知り合いも何人か思い浮かぶが、老婆の希望を満たせそうにない。


「婆さん、ちょっと保留ってことでいいかな。もし良さそうなやつがいれば、紹介するからよ」

「なんだい、手伝いできそうな子には心当たりないのかい。仕方ないねえ、小さい子ばかり可愛がって囲んじまってるシン坊に期待した私も悪かったよ」

「そんなのじゃねえよ!」

「ああ、そうだった。シン坊は未亡人狙いのお姉さん好きだったねえ」


 老婆はシンをおかしそうにからかう。


「だから、違うって」

「じゃあ、なんだい?あんた、まさか……この私の熟れた体をお望みかい?……駄目だよ、シン坊。あんたとわたしゃ歳が離れすぎてる。せめて私がもう20歳ほど若ければ、あんたの気持ちにも応えてやれたんだが……」


 老婆は自分の肩を抱きしめ、悲しそうに首を振る。


「ふざけんなよ!婆さんは熟れてるどころか、枯れてるか腐ってるだろ。それに婆さんは20年前でも婆さんだろが!って、婆さん歳幾つだよ。20歳若ければって厚かまし過ぎるぞ」

「ははは、シン坊。あんた、女はいつまで経っても女さ。婆相手であっても歳なんて聞くんじゃないよ」


 老婆はからかわれて怒るシンを、さもおかしそうに笑った。



(そう言えば、今日はジルのやつ、やけに静かだな)


 老婆との会話も一段落し、シンはジルが黙ったままなのが気になり、店の周りを見回す。

 外に出かけた可能性もシンは一瞬考えたが、ジルは店の隅っこで棚に置かれた野草らしきものをじーっと見つめている。


(ジル、どうかしたのか?)


「シンさん、なんだかこれすごくいい匂いがするのですよ。美味しいものかもしれないのです。ちょっとお婆さんに聞いてほしいのです。食べれるなら買ってほしいのです」


 ジルはシンの問いかけに対し、その野草を指さしてねだる。

 シンも棚に近づき、野草の香りを嗅ぐ。

 甘い香りがする。

 この香りを枕にでもつけておけば、幸せな気分で寝れそうな気がした。

 優しい、甘い香りだ。


「なあ、婆さん。これって食えるの?」


 シンはその香りを堪能した後、老婆に野草について尋ねる。


「なーに、馬鹿言ってんだい。間違っても食べんじゃないよ」

「えっ、毒草かなんかか?」

「ちょっと食べるくらいじゃ死なないけど、量を食べると危ないだろうね。あんた、冒険者やってるくせにこれを知らないのかい?」


 シンも冒険者をやる以上、一定程度は薬草などの知識を持っているが、この野草については見覚えがない。

 シンが頷くと老婆は説明する。


「最近の若い冒険者は魔物狩ることばっかで、薬草や毒草なんかの知識に欠けてるのかね。私が若い時の冒険者だったら知っているやつもいたのに。これじゃあ私が材料調達するのに苦労するはずだよ。これはアルメドビアって言う植物だよ、私は睡眠薬なんかの調合に主に使ってるけどね」


(婆さんの若い頃の冒険者って、いったい何十年前だよ……)


 シンは老婆の説明を聞いて納得する。

 香りを嗅ぐだけで眠りに誘われそうな気分になる植物だ。

 さぞかし、良い睡眠薬の材料になるだろう。


「婆さんって睡眠薬なんかも作って売ってんの?」

「シン坊、覚えときな。金持ってるやつとか成功した奴の中には、他人に恨まれてるような奴も当然いる。そいつらの中には不安で寝つきが悪いってのがいるのさ。私にとっちゃ、いい金蔓さ」


 老婆はにんまりと笑う。

 スラムの金のあまり持ってない者たちからではなく、そういった富裕層から巻き上げた金がこの老婆の主な収入源だった。


「シン坊、最近の冒険者でこれを採取してくるのがあんまりいないようだから、もし見つけたら採ってきておくれよ」


 そう言って、老婆はこのアルメドビアの特徴をシンに説明する。

 よく群生している場所の特徴、葉の特徴や色合い等々。


「それとこいつは燃やすとさらに甘い香りを出して、香りを吸った生物を深い眠りにつかせる効果があるから、もしも魔物の巣なんかに立ち入る時は有用だよ。あんたも冒険者なら、そんくらいはしっかり覚えときな」


 シンは、村から依頼が出される魔物討伐の際にも有用だと考え、老婆の説明をしっかりと記憶に刻み込んだ。

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