プロローグ 不幸な少女の物語
今回少し残酷な描写などがあるので苦手な方はご注意を
一人の少女が薄暗い部屋でベッドに横たわっている。
その身体は痩せ細り、骨と皮だけのような姿だ。
そして今にもその命の灯が消えかかろうとしている。
(もうすぐ、楽になれるのかしら)
少女は自分の前に死神が現れる瞬間を待つ。
(私はもういいの。だけどあの子たちは……誰か、あの子たちを助けてあげて!あの子たちはまだ何も悪いことをしてないの!)
少女が望むのは自分の宝物たちが救われること。
少女は自分の罪深さを知っている。
たとえ自分がそれを望んで行ったわけではなくとも。
だから、少女にとって死は安らぎに等しい。
ただ、自分が亡くなった後、自分の宝物たちがどうなるのかを考えると胸が張り裂けそうになる。
(次に機会が訪れたら、今度は間違いなくあの子の番。それまでは大丈夫だろう、でもその後はきっと……)
(その前にあの子たちを救ってあげて!誰かあの子たちを救ってあげて!)
すでに大きな声を出す力も出ない。
それでも少女は神と知らない誰かに祈る。
あの子たちが罪を犯させられる、犠牲になる前に助け出してくれる人が現れることを。
(あの人と一緒になれたらよかったな。あの人と一緒になりたかったな)
そして、少女が思うのは自分を愛し、自分のせいで死んでしまった男のこと。
一緒になろうと言ってくれたのに……
少女は自分の罪深さから彼と同じ所へはいけないと思っている。
それも当然だ。
自分が悪いのだ。
(ごめんなさい、そしてありがとう)
少女の目から一滴の涙がこぼれた。
「この阿婆擦れが!地獄に堕ちろ!」
少女にとっての初めての彼氏は口汚く少女を罵った。
特に罪の意識は感じなかった。
仕方ないのだ。
でも、ごめんなさい。
「どうして、俺を裏切ったんだ!さっさと俺をここから出せ!出さないとぶっ殺すぞ!」
少女にとって、二人目となる彼氏は少女を裏切者と呼んだ。
裏切ったのではない。
最初からそうする予定だったのだから。
でも、ごめんなさい。
「俺を助けてくれれば、お前らを助けてやる。俺と幸せになろう」
少女にとって、三人目となる彼氏は周囲の目を避けて、なんとか少女を説得しようとした。
でも、それは無理だ。
彼女にとって自分よりも大切な宝物が人質になっているのだから。
男は助けてやると言ったが、その眼は澱み、人の暗い感情に人一倍敏感になっていた少女は男を信じなかった。
だから、ごめんなさい。
・
・
・
「そっか、じゃあ仕方ないな。俺が助けられたら良かったんだけど、今の俺には残念だけどちょっと無理かな。……俺は先にあっちに行っているから、その時出会えたら俺と一緒になってくれないかい?」
少女にとって、最後の彼氏となった男は彼女に恨み言を言わなかった。
少女の宝物が人質に取られていることを知って、自分が助け出せるかを考えてみたが、少女の宝物は二つ。
両方を助け出す自信などは到底ない。
片方を助け出せても、逆上し、自棄になった者たちがもう片方を殺すだろう。
それに、すでに手足の腱などが切られて、身体に力が入りづらくなっている。
これがなければ、どうにかできた可能性もあるが。
助けてもらっても、魔力で身体強化した自分一人で逃げ出すことができればいいところだろう。
でも、それをすれば、きっと彼女もそして宝物たちも殺される。
できると嘘をつけば良かったのかもしれないが、男は裏切られても彼女のことを愛していた。
だから、嘘をつけなかった。つきたくはなかった。
男が少女に向かって最後に言ったのは心からの求愛。
(やめて……やめて……私に優しくしないで)
(こんなに薄汚れた私を愛さないで)
恨み言ならよかった。
他の男たちと同じように罵倒してくれればよかった。
自信がないのにできると嘘をつこうとしてくれればよかった。
でも、男が少女に言ったのは来世で結ばれようと言う言葉。
少女は何とか男を助けようとした。
この男に賭けてみたいと少女は考えた。
この人なら自分たちも助けてくれるかもしれない。
彼で駄目なら諦めよう。
少女は一か八かの賭けに出た。
だが、無理だった。
周囲の者が寝静まったところ、男が監禁された部屋に立ち入ろうとしたが、見張りの男たちに見つかった。
「今後この部屋に近づこうとすれば、お前の妹たちを慰み物にでもした後、ぶっ殺してやる」
ひとしきり少女に暴力を振るった後、男たちは少女にのしかかった。
いつものことだ。
監禁した男に拷問まがいの暴力を振るい、昂ぶった感情を少女で冷ます。
少女にとっては、ごくありふれたこの村での扱いだった。
こういう時は無反応に限る。
そのうち男たちも何の反応も示さない少女に飽きるのだから。
しかし普段は感情を押し殺していた彼女もこの時ばかりは泣き叫んだ。
彼をどうにかして助けたかった。
翌日、男の身体は冷たくなっていた。
今まで必死になって守っていた少女の心は壊れた。
何を口にしてもすぐに吐いてしまう。
少女は食べ物を口にできなくなってしまった。
これでは餌にならない。
男たちはそう判断すると、少女には何も食べさせなくなった。
心を壊し、食事も食べれないんじゃ、どうせすぐに死ぬ。
もしも地面に惨めに這いつくばり、食べ物をねだるようなことがあれば、その時は与えて、また利用すればいい。
まだまだ少女の妹は女としての魅力に欠ける。
この少女がまだ利用できるのであれば、そちらの方がいい。
少女は3人姉妹だった。
少女より二つ年下の妹、そして九つも年の離れた妹。
少女たちは不運だった。
両親が山賊に殺され、まだ未成年だった少女たちは村長の預かりとなった。
そして、その半年後大雨の影響で村が作物の実りが悪かったため、村で口減らしをしなければならなかったところ、村長は真っ先に身寄りのない少女たちを売り払った。
少女が成人する数か月前、14歳の時だ。
少女たちは不運だ。
だが、このジルドガルドではよくある話だ。
少女たちは三人揃って、開拓者が作った新しい村で生活することになった。
奴隷商に売られてから数か月後、少女たちは買われたのだ。
開拓者の村はまだできたばかりで女っ気がない。
村人を元気づけるためには若い女性が必要だと説明し、その村の村長は少女たちを3人とも買った。
本来であるなら奴隷には奴隷であることを示す刻印が刻まれる。
村長は奴隷商には養女にするからと言って、それを拒んだ。
粗野で野蛮そうに見える壮年の村長だが、少女はいい人かもしれないと思った。
奴隷になるのと比べれば、開拓者が作ったまだ新しい村の生活が貧しくとも、はるかにマシだろう。
自分には自由は認められず、村長の気に入った村人と将来的には結婚させられることになるだろうが、それでもまだ幼い妹たちと離ればなれで売られ、二度と会えないことを考えれば、なんという幸運だろうか。
少女は神への感謝の祈りを捧げた。
だが、期待は裏切られた。
村についた3人の姉妹は、まず最初に引き離された。
そして暴力を振るわれる毎日。
唯一の救いは性的な暴力を加えられないことだけだ。
食べ物もほとんど与えられず、奴隷商にいた頃よりも酷い生活を強いられた。
村長を含む、その村の男たちは姉妹を恐怖で縛りつけようとしたのだ。
週に1度だけ少女たちはお互いの無事を確認できた。
痣ができ、以前よりも痩せ細った妹たちを見て、少女は男たちに頼んだ。
「あなたたちの言うことを聞くから、妹たちに酷いことをするのはやめて」
男たちはその一言を聞くと満足そうに笑った。
それが全ての始まりだった。
「そんな鳥骨のような身体じゃ、男を誘惑できねえだろ。これからはしっかり食わせてやるよ」
村長は少女にそう言って、しっかりした食事をとらせた。
以前よりは妹たちにも食事をくれているようで、暴力を振るわれることも減ったらしく、目立つ痣なども減った。
だが、それでも十分な食事が与えられているとは少女には思えない。
少女は自分の分を妹たちに回してくれるように頼んだが断られた。
「お前にはこれから餌になってもらわなくちゃなんねえから、しっかり食べろ!お前が食わねえんだったら、妹たちに食わせる分も減らすぞ!」
村長は少女に対し、そう怒鳴った。
肉付きがよくなった少女は美しかった。
村長が目をつけた通りだ。
人質になる妹なんかがいるのも好都合だ。
少女は自分たちを裏切れない。
裏切れば、妹たちがどうなるのか理解させている。
この少女がダメになったら、次に二つ下の妹を使えばいい。
末の妹は、どこぞの変態にでも売り払えるだろう。
少女たちは奴隷よりも不幸だった。
少女が身体を壊すと少女の妹は今までより、食べ物をもらえるようになった。
男を欲情させるには痩せ細り過ぎる。
次の機会が来るまでに、もう少し肉付きを良くしないといけない。
少女の妹は、自分の食べる分を隠れては姉である少女のところに持って行った。
姉に食べさせ、たとえ姉が吐き戻そうともったいないとは一つも思わず、少しでも姉が回復することを願って。
姉に生きていて欲しかったから。
姉があの男たちにこれまで何をさせられていたかは知っている。
次は自分の番だ。
でも自分の番を恐れてではなく、単に少しでも長く、姉に生きててもらいたかった。
どんなに辛くても、私たちと共に生きて。
そんな妹の願いもむなしく、少女の命の灯はすでに燃え尽きようとしている。
(ごめんね、先に逝ってしまうお姉ちゃんを許して)
すでに骨と皮だけの痩せ細った身体であるのに涙だけはとまらない。
(あれ?私を待っててくれたの?)
優しく微笑む、少女を愛してくれた男が少女の前に現れた。
幻だ。
少女の気持ちが作り出した幻であることは少女も理解している。
(それでもいい、ありがとう。私に会いに来てくれてありがとう)
少女の身体は軽くなり、男を抱きしめた。
翌日、少女の身体は冷たくなっていた。
その死に顔は少し微笑んでるようにも見えた。
それを見つけた妹が大粒の涙をこぼした。
それから数週間後、少女は祈りを捧げていた。
少女の前には少し大きめの石がそこには置かれている。
姉の墓だ。
死んだ姉の遺体は腐ると悪臭がするということで、燃やされた。
その燃やされた姉の骨を少女が拾い集めて作った墓だ。
石の周りには野花が多数植えられている。
単に石を置いただけでは、あまりにも寂し過ぎる。
(もうすぐ、私の番。姉さんがいない以上、私だけでもあの子を守らないと。あの子は必ず守るわ。だから姉さん、私を見守っていて)
もうすぐきっと男が来るだろう。
自分は餌だ。
少女は自分の役目を理解している。
まだまだ女としての魅力に欠けた身体ではあるが、未通であるため、男の気を引くことはできると思う。
そして、何をされても生き延びて、ここから妹と逃げ出すチャンスを掴んで見せる。
(姉さんはもういない。私はあの子の姉。きっとあの子を救ってみせる)
少女が墓の前から立ち去ると、2匹の蝶がやってきて、石の周りに植えられた野花にとまり、蜜を吸う。
そして、その蝶たちはしばらく村の周りを飛んでいたが、いつのまにやら2匹仲睦まじく飛び去っていた。