第23話 シンの答え
シンはロコの質問に対し、自分の中で出した答えを語る。
「ロコ、英雄ってのは大変なもんなんだ」
「そうなのか?」
ロコはシンの言葉に首を傾げる。
ロコにとって英雄とは格好よく、自分が憧れる者であっても大変なものだというイメージはない。
「ああ。絶対に正しいなんて言えないけど、俺が思う、皆が描く英雄像ってのはそういうもんなんだ。俺が思う英雄ってのは人に見返りを求めちゃいけない。知らない人でも知っている人でも公平に救わないといけない。そして、いつでも皆の期待にこたえなくちゃいけない。それができるから皆に英雄って言われるんだ」
「でも、それってすげーじゃん」
ロコにとっての英雄像もシンと大して変わらない。
皆を救ってくれる、助けてくれる。
そうであるから英雄なのだ。
「すげえよな。でもな、ロコ。俺はそんな大した人間じゃねえ。自分の手が届く狭い範囲でしか、誰かを助けることはできねえ。もし自分の家族と他の大して知らないやつが困ってる時、危ない時、ロコならどっちを助けたい?」
「そりゃ、父ちゃんと母ちゃんと姉ちゃん、それに爺ちゃん達も」
ロコは迷わず即答する。
シンはロコの答えに笑顔で大きく頷いた。
「そうだよな、それが普通だ。でも英雄ならきっとこう言うんだ。『どっちかじゃなく、俺はどっちも助ける!』ってな。俺はちっぽけな人間だから、助ける人を選ぶよ。だから、俺は皆の英雄なんかにはなれない。単なる打算的な冒険者だ、そういう英雄なんかにはなれない」
「英雄って大変なんだな。……そっかーシン兄ちゃんは英雄じゃないのか」
ロコはシンが英雄であることを否定すると少しばかり落ち込む。
自分の頼みを聞いてくれて、命がけで父と母を助けだし、マンイーターを退治したシンがロコにとっては英雄としか思えなかったからだ。
その本人が自分を英雄ではない、英雄にはなれないとはっきりと否定したのだ。
シンは落ち込むロコの頭を軽く撫でる。
「俺は人から良く思われたい、感謝されたい、親切にされたい、そんなただの冒険者だ。顔も知らない、話したこともない誰かなんかはほっといて、俺の大切な人達や俺に感謝してくれる人を助けたい。そんな打算的な冒険者だ。だからな、ロコ。俺にずーっと感謝しろ」
「えっ?」
ロコは不思議そうにシンを見つめる。
ロコの両親はマンイーターの巣から帰る時のことを思い出したのか、クスクスと笑い出す。
シンが何を言おうとしているのかもそれとなく察したようだ。
「シン、一生だな」
「ああ、一生だぞ」
シンがロコの父親に答えるとさらに笑い声が大きくなった。
「だからな、俺にずーっと感謝してくれるなら、もしもロコやお前の家族が困った時に助けに来れるかもしれない。さすがに知らなければ助けには来れないけど、困ってることを知ったらきっと助けに来てやるよ。ロコがずーっと俺に感謝してくれるなら、俺は皆の英雄にはなれなくても、ロコやお前の家族の英雄くらいにはなれるかもしれない。それでも良いって言うんだったら、俺はロコやお前の家族にとっちゃ英雄だな」
シンのロコの頭を撫でる力が少しばかり強くなる。
皆から求められるような英雄にはなれない。
なりたくもない。
だけど自分を慕ってくれる、感謝してくれる人が相手ならシンは英雄になれるかもしれない。
(お前は少なくとも俺たち家族にとっては紛れもない英雄だ、か)
シンはロコの叔父の言葉を思い出す。
皆じゃなく、誰かにとっての英雄にならシンにもなれる気がする。
それがロコの質問を真剣に考えたシンの答えだ。
「じゃあ、やっぱりシン兄ちゃんは俺にとっての英雄だな。父ちゃんと母ちゃんを化け物から救ってくれたんだぞ。父ちゃんと母ちゃんを見るたびに、俺はシン兄ちゃんを思い出して感謝できるから、ずーっと感謝できるぞ」
一度は沈んだ表情を見せたロコだが、シンの答えに目を輝かせる。
「そっか、じゃあ俺はロコの英雄だな」
「うん、英雄だぞ」
ロコは両親と繋いでいた手を離し、シンの手を握った。
そのまま村の出入り口まで5人は進む。
「じゃあな、お前ら俺に一生感謝しろよ」
シンはロコの手を離し、少し進んだところで振り返ると4人に対して言う。
「シン、本当にお前には感謝している。ロコとターニャとまた暮らせるんだからな」
「シンさん、ありがとう」
ロコの両親はシンに頭を下げる。
「シン兄さん、ありがとう」
今まであまり積極的にシンと話をしてこなかったターニャもシンに声をかける。
「シン兄ちゃん、一生感謝するからまた来いよ。別に困ってない時でも遊びに来いよ」
ロコは大きくシンに向かって手を振った。
シンはそれ以降は振り返らず、ダラス村からボルディアナへの方角に向かって歩き出した。
ロコ達もシンの姿が見えなくなるまでシンに向かって手を振り続けた。
ボルディアナへと帰る途中、7級以上の魔物とは遭遇しなかったものの、一人で歩くシンに目をつけた8級のバンディットドッグが3匹襲い掛かってきた。
バンディットドッグは行商人の馬などを狙ってよく現れるため、商人から毛嫌いされている魔物だ。
3~5匹で群れをなし、一斉に襲いかかってくる習性を持つ。
シンは魔力を込めた一振りで、次々とその魔物達の命を刈り取っていく。
バンディットドッグの攻撃でシンにとって危ないのは喉笛への噛みつき程度だ。
7級のシンにとって、8級のバンディットドッグは冒険者の階級を上げるためのポイントを得られる魔物ではないものの、その毛皮は冬用のコートの材料として売れるため、3匹とも解体をこなす。
(やっぱ、強くならないといけないよな)
ジルドガルドに来た当初シンは、自分の力だけでは8級どころか最下級の10級の魔物にすら怯えることがあった。
だが、7級の魔物相手でも功徳ポイントを使わずに倒せるようになってからというもの、一人前になったという自信を持っていた。
だが、その自信はマンイーターの前で木端微塵に弾け飛んだ。
今は7級だが、もっと多くの功徳ポイントを貯めていくには冒険者の階級を上げ、脅威度の高い魔物の討伐依頼なども受けていく必要がある。
そのたびに、命の危険を冒すことはできない。
格下相手ですら、時と場合によっては簡単に死ぬのだ。
自分よりも格上が相手では、いくらポイントを捧げて実力を底上げしようとも死ぬときは死ぬ。
(もっと鍛えていかないと。訓練だけじゃなく、実戦経験も必要だな。それに今回は階級を上げる必要性も感じたし)
シンが7級冒険者ではなく、5級冒険者であったら、村長に魔力袋を渡さずとも信用してもらえたはずだ。
それを思うと早くに階級を上げていく必要性を感じた。
信頼を得るために、何かを担保しなければならないのは避けたい。
(階級が上がれば、その信頼も得やすい)
シンは思った。
ジルは先ほど魔力袋に入っていることを思い出したお菓子をシンから受け取ると、小さな口を大きく開けて堪能しているため、お菓子を咀嚼する音以外は静かなものだ。
「ジル、これから魔物退治の回数も増やすから、ジルもちゃんと起きて俺と一緒に行くんだぞ」
「ほへ?なんか言ったのですか?今、ジルはクッキーを堪能してて聞いてなかったのですよ」
「お前な……まあ、もう一度言うか。俺はもっと強くならないといけないし、これからは魔物退治の回数増やすから、ジルも二度寝は控えろよ」
「わかったのですよ」
「えっ?」
二度寝を好むジルにとっては正直嫌な提案だろうから、シンはジルが駄々をこねるとばかり思っていた。
そのジルが即座に了承したのだから、驚くのも仕方ない。
きょとんとしているシンに対し、ジルはクッキーを口に含みながらしゃべる。
「ジルはまだジルドガルドの食べ物を堪能しつくしてはないのですよ。お菓子だってまだまだ食べたいし、美味しいものをいっぱい食べたいのです。階級の高い魔物さんのお肉は美味しいって聞きますし、シンさんに死なれちゃ、ジルも困るのです。今回のようなことがあれば、ジルもこのふくよかな胸を痛ませることになるのですよ」
「お前なあ……」
ジルは凹凸のない胸を押さえて痛ましそうに答える。
シンはその解答を聞いて軽くこめかみを押さえた。
それならば、シンもある意味納得だが、少しばかりジルの回答に期待してしまったのが悔しい。
「それに、シンさんと早くにお別れするのは寂しいのですよ。シンさんがお爺さんになって、老衰で死ぬまでずーっと一緒にいてあげるのですよ」
クッキーを食べ終えたジルは、手をパンパンと払い、シンの肩へと飛び乗る。
「じゃあ、帰ったらまずは屋台にでも行くのです。腹が減っては戦はできぬのですよ。お腹いっぱいにしてから頑張るのです。シンさんにはジルがついているです、大船に乗った気分でエイエイオーなのです」
シンはボルディアナに着くと、ジルが言っていたようにまずは屋台で適当に買い込み、自分は少しだけ食べると後はジルに渡しておく。
(今回は世話になったからな。それにジル、お前のあの回答は卑怯だぞ)
ジルは食べるのに夢中でシンの心の呟きには気づかない。
普段ならまずは冒険者ギルドで依頼完了の報告を済ませてから、屋台などに行くのだが、今日ばかりはさすがに別だ。
冒険者ギルドに着くと受付で依頼完了を告げ、依頼札や村長の手紙、マンイーターの討伐証明を提出する。
また5級の冒険者パーティーが村に救援に来た旨も伝えた。
ギルド職員達はシンが無事に帰ってきたことに、そしてマンイーターを討伐できたことに驚いたが、シンは報酬を受け取りギルドカードにマンイーター討伐のポイントを加算してもらうと軽く会釈して、すぐに訓練場の方へと向かった。
その日以降、冒険者ギルドの職員はシンが変わったと口にすることが増えた。
今まで週1くらいでしか行かなかった魔物討伐を隔日で週3回こなすようになったからだ。
相変わらず便所掃除の依頼なども続けているが、街での依頼の翌日は魔物討伐というローテーションを組んでいる。
また訓練場で剣を振るっている日が今まで以上に増えた。
ある職員はシンが高そうな酒を持って、ガルダに頭を下げている姿を見たという。
シンは週1回の休みを取り、孤児院やリリサやマックスの元へ行く日以外は、街の中の雑用(主に便所掃除)依頼と魔物討伐を交互に繰り返すようになった。
そして、ガルダに今まで以上に教えを乞うようになった。
あのグラスが一目を置くくらいの冒険者だったのだから、教わるべきことは山ほどある。
ガルダもシンの頼みを快く引き受けてくれた。
熱心に鍛錬しているものの、どこか強さへの向上心を欠けていたように思えたシンが強さへの向上心を持ち始めたことで、どこまで行くのか見届けてみたい、自分の剣技をもっと仕込んでみたいという気持ちを持ったからだ。
ギルドの指導員である以上、付きっ切りで指導をすることはできないが、時間さえあればシンの傍で指導を行う。
単に指導するに止まらず、立ち合いを行うこともあった。
治癒魔法をかけても完全には治らず、左足に後遺症を抱えたガルダだったが、シンの想像以上に強かった。
その場からほとんど動くことはせず、シンが攻撃をしかけてきたところを上手く捌いては剣身で打ち据える。
シンが衝撃波を放とうと同じように衝撃波を放ち、それを相殺する。
(これが怪我さえなければ、4級は確実と言われていたガルダさんの実力か)
後遺症を持ち、年齢により肉体が衰えたにもかかわらず、今の地力のシンでは歯が立たない。
剣身で打ち据えられているため、切り傷はできないものの、身体中が痣だらけになる。
ガルダは立ち合いを行った時、シンの実力に疑問を持った。
マンイーターを倒したはずであるのに、シンの実力がそれに見合わないからだ。
シンはどう説明していいものかと困ったものの、普段は使えない奥の手があるとだけ説明した。
ガルダも冒険者なら奥の手の一つや二つ持っているものだと言い、それ以上は聞こうとはしなかった。
斬撃、衝撃波がガルダの代名詞だったが、ガルダも強敵と戦う時だけ使う奥の手を持っていたからだ。
いずれ、もしシンが自分を純粋な剣技で超えることがあれば、それを免許皆伝代わりに教えようかと考えていた。
4月(花薫の月)が終わり、あっという間に5月(若葉の月)も過ぎる。
魔物討伐の回数を増やし、ガルダの指導や立ち合いの甲斐あってか、シンの地力も上昇を見せた。
6月(長雨の月)になる直前には、なんとかグリズリーウルフをポイントなしで倒せるようになり、6月(長雨の月)が終わるころには不意をつく形ではあったが、グレイトホーンブルを初めてポイントを使用せずに討伐することに成功した。
そして、7月(向暑の月)になる頃、シンは6級冒険者になっていた。
〈6月終了時のシンの功徳ポイント 2万8000〉
〈目標達成まで 残り 997万2000〉
これで第1章 7級冒険者編 は終了です。