第22話 朝食前の祈りとロコの質問
ミーシャやグラス達がダラスの村から立ち去った後、シンは少しばかり考え事をしていた。
(騎士か、功徳ポイント稼げるなら正直なってもいいかもしれないな。ただ、魔物討伐が年に3回だけだし、新人騎士がどれだけ感謝を稼げるか正直疑問だ)
シンとしてもまったく騎士に魅力を感じないわけではない。
少なくとも7級冒険者よりはるかに社会的信用と安定を得られる騎士はポイント云々さえ考えなければ、むしろ魅力的な職業と言える。
(騎士団の中でも頭角を現せば、なんとかなるかもしれないけど……グラスさんみたいな人がうじゃうじゃいるんじゃ、正直無理だと思うし、今の俺じゃ明らかに実力不足だよな。グラスさんには限界ギリギリの500ポイントを使っても、勝てるイメージがまったく浮かばねえ。しかも1分だけだぞ、その後もう一度ポイント使っても、疲れがある以上ジリ貧だろ)
騎士団に入っても、自分の実力では上位の騎士には正攻法ではとても勝てそうにないと感じるシンは、今の自分の実力不足を痛感する。
ポイントを自分の許容値限界まで使って、マンイーターを倒せる程度に過ぎないのだ。
(それに普段、騎士って何をしてんだろ?正直訓練と村の巡回くらいしか思い浮かばねえ)
村の巡回は少しくらいポイントを稼げるかもしれないけど、それでもそこまで頻繁ではないだろうし、魔物退治などに比べれば、格段に稼げるポイントが減るだろう。
(どこに配属されるかにもよるけど、おそらく騎士になれば、ボルディアナから出ていくことになるよな。うん、やっぱりないな)
さらにシンの脳内にマックス、リリサ、ロベルド、孤児院の皆の顔が思い浮かぶと少なくとも今の段階では騎士になろうという気は完全に掻き消えた。
それから少し経つと部屋の扉をノックする音がした。
「シン殿、儂じゃ。入りますぞ」
村長はシンが返事をするとシンのいる部屋へと入る。
昨日も遅くまで報告書などを書いていたというのに、疲れを感じさせない。
もうそれなりの年だが、長男が後を継いでも、まだまだ新人村長の尻を叩いて、長男と口喧嘩をしそうな元気さだ。
「シン殿、そろそろ朝食の時間じゃて。用意はできとりますが、もう身体の方は大丈夫ですかな?」
「ええ、騎士の方たちに治療してもらえたので、少しだけ気怠さが残ってるくらいで問題ありません」
シンは村長の質問に答える。
「それでは、我々と一緒に朝食をしましょう」
「一緒にですか?」
「何か不都合があれば、こちらまでお持ちしますが」
シンはジルの方をちらりと見る。
村長たちと食事をする時にジルが一緒で大丈夫かとシンは少しばかり悩む。
「ジルはお留守番なのですか?シンさんだけ朝食を楽しむのですか?」
ジルは恨めしそうにシンを責める。
(部屋に持ってきてもらった方が無難なんだけど、すでに治療して動けるのにわざわざ部屋に持ってきてもらうのは相手の気分も良くないよな)
さすがに部屋にまで持ってきてもらうのは感じが悪いとシンは思う。
見ようによっては一緒に食事をしたくないように思われかねないからだ。
(ジル、一緒に食べに行くぞ。ただ、他の人の皿から食べたりするなよ。俺の皿だけだ。朝食終われば、ボルディアナに帰る予定だし、その後もう一度朝食を摂るなり、早めの昼食でも摂ろう)
シンはジルを連れて、村長たちと朝食を食べることに決めた。
「いえ、問題ありません。ちょっと一家団欒にお邪魔していいのか、迷っただけです」
「ほほほ、そのようなことを気にせんでくだされ。昨晩はシン殿に会えずじまいの孫たちも喜びましょう」
村長はシンに長男か次男の古着と思われる上着を渡す。
シンがレザーアーマーの下につけていた服は、血や汗で酷く汚れていたためだ。
シンもさすがに上半身裸で村長の家族と食事をするわけにもいかず、急いでそれに首を通した。
「そう言えば、そろそろこれもお返しせねば」
そう言って、村長がシンに返したのはシンが担保代わりに預けていた魔力袋だ。
シンは魔力袋をちらっと見る。元々、中に大したものも入れておらず、魔石もすり替えられた様子もない。
シンは魔力袋の紐をズボンに括り付ける。
その後すぐ、シンはジルと共に村長に誘導されて、大きなテーブルのある広間へと到着した。
大きなテーブルには村長の妻や長男夫婦とその子供らしき13~14歳くらいの少年、そして次男夫婦とロコ、ターニャが席についている。
シンが広間に入ると、ロコは嬉しそうにシンに手を振る。
ターニャもぺこりとシンにお辞儀をする。
「さてとシン殿から話を聞きたい者もいようが、飯は冷めぬうちに食わねばの」
そう言って、村長は胸に手を当て、目を瞑る。
他の家族も胸に手を当て、目を瞑った。
「我らに日々の糧を与えてくださる豊穣の神、エルドナ様に感謝を」
『感謝を』
シンにとってはあまりいけ好かない光景だった。
豊作の時はエルドナ様の慈悲が与えられたから。
不作の時はエルドナ様への信仰が足りないから。
そう説明する神殿の者たちが考えた食事前の祈りだからだ。
高校生になるまで日本で生まれ育ったシンにとって、収穫の良し悪しは働く人の努力と自然環境という運だというイメージが強い。
それを神殿にとって都合の良い説明をするのは正直シンには受け付けない。
ジルはエルドナなんて知らないのですよって言ってたが、仮にいたとしても、そういう都合の良い解釈を行う神殿の連中にこそ怒りそうなものだ。
シンも宗教が必要ないとは言わない。
苦しい時、悲しい時、辛い時、何かにすがりつきたくなるのが人間だ。
それを宗教が一緒に背負ってくれるのなら、それはいいことだと思う。
だが、それとこれとは話は別だ。
(せめて、作物や畜産に携わった人、狩猟する人とかも一緒に称える祈りだったら、少しはあいつらのことも見直せるのにな)
シンはそう思いながらも、一応胸に手を当て、目を瞑る。
食事の前の祈りが済んだようなのでシンは目を開けようとしたが、村長の言葉は続く。
「そして、私たちの家族を救ってくれたシン殿に心からの感謝を。ありがとう」
『ありがとう!』
シンは食事前の祈りに自分への感謝の言葉が付け加えられ、少しだけ照れた。
ジルはシンの皿からこそこそ摘まんで食べていたが、どうやら出してくれた鳥の太ももの丸焼きが気に入ったらしい。
「大したものはお出しできませんが」
と村長は言ったものの、この鳥の太ももの丸焼きはシンのために今朝、鳥を絞め、下処理を行い、家内に頼んで作らせた自慢の一品だけあって皮もパリパリでなかなか美味い。
一人前としては十分な量ではあったものの、シンとジルの二人で食べるなら若干物足りない。
シンは帰ったら、ジルと一緒に美味い鳥の太ももの丸焼きを出す屋台でも探してみようかという気になった。
宿の主人に頼んでもいい。
食事中、シンは家族からマンイーター討伐の出来事について色々と聞かれた。
村の者からすれば、巨人退治の英雄譚のようにも見えるマンイーター討伐について、興味を持つのは無理もない。
ましてや、自分たちの大切な家族が攫われたため、自分たちも当事者のようなものなのだから。
シンは頭を捻って、なるべく村長の家族にも伝わりやすいように、マンイーター討伐の出来事について説明する。
初めて見るマンイーターの巨体に驚いたこと。
頭よりもはるかに大きな石をぶつけられそうになり、とっさに躱したこと。
巨体を誇るマンイーターのふくらはぎを切り裂き、そのまま倒そうとしたがピンチに陥ったこと。
何とかそのピンチを切り抜け、最後にはマンイーターの首を刎ねたこと。
特にロコは目を輝かせて、その話を聞いている。
食事も終わりに差し掛かった頃、村長宅の扉を叩く音がした。
村長の妻が対応すると、レザーアーマーを身に着けた若い4人組の男達が扉の前で立っていた。
副ギルド長が約束した5級、4級の冒険者の救援だ。
彼らは5級の冒険者であり、昨日の晩に副ギルド長から連絡を受け、日が明けると共にボルディアナを出発し、ようやくダラスの村へと到着したところだった。
すでにマンイーターの討伐が成されたことを聞くと、彼らは少しばかり機嫌が悪くなった。
そして昨日のうちに連絡できたんじゃないか、俺たちに無駄足を踏ませやがってと妻に代わって説明をしていた村長を軽く責めた。
村長も忘れていたわけではなかったが、シンや次男夫婦の治療などが済み、ようやく一息ついた時には、すでに夕暮れ時だった。
ボルディアナに到着するまでには日も沈む。
そんな中、危険を顧みず、村人に連絡させるわけにもいかず、冒険者が来たときには謝罪しようと考えていた。
村長が何度も何度も頭を下げると、さすがにこれ以上責めると自分たちが悪者になりそうだと判断した冒険者達は、村長に村へ到着したことを文面に書かせると立ち去る際、シンに声をかけた。
「おい、俺らはこの後、途中で適当に魔物を狩ってから帰るから、お前が先に帰ったら副ギルド長に俺らがちゃんと来たことを伝えといてくれ」
シンに声をかける冒険者たちの態度はさほど不機嫌さを残してはいない。
シンが仮に討伐している場合でも、ギルドの方からキャンセル料として多少の金銭を受け取れるからだ。
これは村の依頼料とは関係ない。
ギルドの運営費から支払われるものだ。
本来ならキャンセル料は依頼料から1割を受け取ることになっているが、今回はシンが討伐する可能性があったので、その場合にはギルドの実務を担う副ギルド長が運営費からキャンセル料を支払うと約束していた。
シンは自分にとって負担にならないため、男の頼みに頷いた。
男たちはシンが頷くのを確認すると村長宅を出、ダラスの村から出ていく。
彼らはある意味幸運だった。
彼らは今年になって5級になり、マンイーターを一度討伐した経験があるものの、4mを少し超える程度のマンイーターを苦戦しながらなんとか倒せる程度の実力しか持っていなかった。
仮に今回シンの討伐したマンイーターが相手では全員が命を落としていた可能性もある。
彼らは今までお花摘みと馬鹿にしていたシンの討伐したマンイーターが5mを上回る大物だったことを知りはしない。
だが、自分たちも苦戦するマンイーターをボロボロになっても一人で倒せるのなら侮れないと感じ、彼らは表立ってシンを馬鹿にするのは避けるようになった。
シンは食事を終えるとそろそろダラスの村を出て、ボルディアナの街へと戻る旨を村長の家族に伝えた。
あの冒険者たちがボルディアナに戻らないのであれば、なるべく自分が早くギルドに依頼成功を伝えたほうがいいと判断したためだ。
部屋に戻り、床に置かれていたレザーアーマーを身に纏う。
マンイーターの討伐の際にボロボロに破損し、細かい傷が多く入っているレザーアーマーを見て、シンは少しばかり溜め息をついた。
(まだまだ使いたかったんだけど、さすがにこれを修理するのは難しいかも)
レザーアーマーよりは金属の鎧の方が一般的に耐久力はあるものの、シンは動きを阻害されるのを嫌い、レザーアーマーを好んでいる。
今、身に着けているレザーアーマーもようやく身体に馴染んできたため、金銭的な面などよりもそちらの方がシンにとっては痛手だ。
(まあ、そうなりゃ明日にでもグレイトホーンブルを狩りに行くしかないか)
シンは切り替え、ボルディアナへ戻る準備を整えた。
村長もシンが準備を整えている間にダラス村の防衛に成功したこと、マンイーターを討伐したことについてのサインなどを行い、シンへと手渡す。
その際にはもう一度次男夫婦を助けたことに対する礼をシンに述べた。
シンはお辞儀をして村長宅を出るが、マンイーターから助け出した次男夫婦とその子供たちは村の入り口までついてくる。
「いや、いちいち見送ってもらわなくてもいいですよ」
シンは自分の後ろをついてくる4人に声をかける。
「今度いつ会えるかわからないんだし、せっかくだから見送らせてほしい」
そう言われるとシンとしても断りづらい。
どうせ長く感謝してもらいたいんだし、少しでも自分の姿を目に焼きつけといてもらえりゃいいかとシンが思った矢先、楽しそうに両親と手をつないで歩くロコから尋ねられた。
「なあなあ、シン兄ちゃん。おじさんが言ってたんだけど、シン兄ちゃんって英雄なのか?」
シンは立ち止まった。
(あの野郎、俺を英雄呼ばわりするのはやめろって言ったのに)
ロコの叔父に対して少し苛立ちが募る。
ロコに対して何と答えればいいのか、シンは少し迷う。
自分に対してわくわくと目を輝かせるロコに対して、ばっさり一言で英雄じゃねえと否定していいものかと。
シンは顎に手を置き、少しばかり考えると真剣な顔つきでロコに対して答えた。




