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打算あり善行冒険者  作者: 唯野 皓司/コウ
第1章 7級冒険者編
21/88

第21話 シンと勧誘

 ミーシャはニコニコと笑い、まるでシンの反応を楽しむかのようにシンを見つめている。


(この女、俺に対して二度も一生感謝しろとか言ってるぞ。俺のことを知っている?偽善者って渾名や名前を知っているのはわかるけど、どうにも腑に落ちない)

シンは自分のことを知り、一生感謝しろと言うミーシャに対して疑問を持つ。


(あっ、そうか。ひょっとしてこの女も……)


 シンはふと思いつき、その想像が正しいのではないかと疑い始めた。


(ジル、起きろ!さっさと起きろ!)


 シンはジルのお腹をギューッと押し、ミーシャに気づかれないよう、ジルを起こす。


「グェェー!!なのです。シンさん、何なのです?そろそろ朝食なのですか?」


 ジルはシンにお腹を押されて、奇声を発しながらも目を覚ます。

 目を軽くこすりながら、まだ少し眠たそうにしている。


(もうちょいしたら、朝食の時間だ。ジル、そんなことよりこの女を見てくれ)


 ジルはミーシャの周りをグルグルと周りながらミーシャのことを観察する。

 ようやく少しは目が覚めたようだ。

 ジルは口元の涎を腕でこすりながら、シンに対して尋ねた。


「むう、何なのですか?このお姉さんが何だって言うのですか?」


(転生者や転移者とかじゃねえのかよ、この女。俺と同じく功徳ポイントを稼ごうとしている同類とかじゃ)


 ジルはジルドガルドも管轄していると以前言ってた。

 それならば、ジルはこの女性のことを知っている可能性がある。

 それに、他のジルドガルドの担当者がシンと同じような形でこの世界に送っていたとしても何ら不思議はない。


「むむ~ちょっと待つのですよ。もうちょっとよく見てみるのですよ」


 そう言って、ジルはもう一度ミーシャをじろじろと観察する。

 目を大きく見開きながら、再びミーシャの周りをグルグル周る。

 そして、止まるとシンに対してはっきりと否定の言葉を口にした。


「違うのですよ。少なくともこのお姉さんは功徳ポイントの荒稼ぎなんかしていない普通のお姉さんなのですよ」


 ジルは自らの担当になっている者以外の具体的な功徳ポイントを見ることはできなくても、魂の色からおおよその功徳ポイントの所持量を計ることができる。

 ジルの見た限り、ミーシャは一般的に善良と言われる薄い青色の魂をしており、極端に功徳ポイントを稼いでいる様子などは見受けられなかった。


(なんだよ、俺の考えすぎかよ)


 シンは自分の考えが外れたことにがっくりと首を項垂れる。

 別にミーシャが転生者、転移者であっても大したことではない。

 同じ立場であれば、理由なく他人を害することもないだろうし、シンに危険は生じない。

 単に、もしも同類ならば苦労を分かち合える相手ができるんじゃないかと期待しただけだ。


 シンががっくりと首を項垂れた様子を見て、一生の感謝という重さに悩んでいるんじゃないかと思ったミーシャは慌ててシンに話しかける。


「ごめん、ごめん。そんなに深く考えないでいいよ。シン君の言葉を真似てみただけなんだし。お姉さん的には貸し一つってことで」

「えっと治療してもらったのは事実ですし、一生感謝するとは約束できませんけど、ミーシャさんが困っていたら、俺のできる範囲で手助けするってことで勘弁してもらえますか?」

「ぷっ、あははは、シン君ってば、真面目に答え過ぎ。うん、それでいいよ。もし私が困っていたらシン君が私を助けるってことで」


 シンはコロコロと表情を変えるミーシャの様子を見て、妙に人懐っこい人だなと思いながら、朝食までしばしミーシャとの歓談を楽しむことにした。



 一方グラスはミーシャがシンの治療をしている頃、マンイーターの住処の前へと到着していた。

 マンイーターの遺体は肉食の魔物に多少食い散らかされた部分があるものの、厚い筋肉で覆われたマンイーターはあまり魔物にとっても食べやすいものではなかったのだろう。

 腹や臀部などの食べやすい部分が齧られているくらいだ。


「でかいな」


 マンイーターの遺体を見て、グラスは呟いた。

 グラスも魔物討伐の際に何度もこのサイズ、いやこれ以上のサイズのマンイーターを倒したことがある。

 だが、7級冒険者が倒したのだから、もっとサイズの小さい4m少々のものを想像していた。


 マンイーターのふくらはぎには大きな傷があることから見ても、マンイーターを地に伏させ、首をはねたのだろう。

 巨体を誇るマンイーター討伐の一つのセオリーと言ってもいい。

 真に身体能力の優れた者なら、そんな手間をわざわざかける必要もないが。


 グラスは切断されたマンイーターの首の断面を見た。


(まだまだ粗削りながら悪くない。……うん、悪くない)


 そう思うと同時に自らの剣を抜き、マンイーターの首筋に魔力で切れ味を増した一太刀を浴びせる。


 マンイーターの首が輪切りにされ、グラスは自分の作った切断面と冒険者のものとを見比べる。


(技術的にはまだまだといったところか。だが、魔力は高い。そしてそれを上手く剣に注ぎ込む術をよく学んでいる)


 グラスは少しばかり感心したように何度も頷く。


 シルトバニア辺境伯の騎士団は実力者揃いだ。

 このマンイーター程度であれば、一人で楽に倒せるものがグラスの頭の中に何人も思い浮かぶ。

 多少苦戦してもかまわないなら、倒せると思う者は優に30人を超えるだろう。

 騎士団の中でも剣の腕は5指には入るといわれるグラスならば、迫ってきたマンイーターに対して、ほとんど何もさせずにその命を刈り取ることができる。

 だが、自分の16~18の頃に同じことができたか?

 このサイズのマンイーターを単独で討伐できたかと問われれば、首を横に振ることになるだろう。

 7級冒険者ということはおそらく16~18程度の若者だ。

 7級冒険者でも20代どころか30代の者もいるが、そういった者はすでに上を目指す意欲を失ってしまった者も多く、このマンイーターを一人で倒すなど、まずありえない。


 冒険者にならざるを得ないということは、子どもの頃から剣を振るい続けた自分とは違う。

 すでに30年以上も剣に人生を費やしてきた自分を熱くさせるものがある冒険者。


(たった数年でこれだけの力を得た冒険者か……欲しい)


 たった数年でこれだけの力を得たのだ。

 本格的に自分が鍛えてやれば、どこまで上っていくか。

 一度騎士団に誘ってみようとグラスは思った。

 仮に断ったとしても、休みの日に稽古でもつけてやって、何度か誘ってみればいい。


「グラス副隊長、このマンイーターの遺体はどうしますか」


 考え事をしているグラスに声をかけたのは、まだ若い騎士だ。


「マンイーターはあまりまともな素材にもならんだろうからな」


 マンイーターの皮膚を剥ぎ、レザーアーマーにしているような冒険者を見たことがない。

 薬になりそうな部分もマンイーターには存在しない。

 食用に適した部分もない。

 ただ、民を傷つける強いだけの害獣のようなものだ。


「討伐証明だけは持って帰ってやるとするか」


 グラスはそう言うとマンイーターの切り離された顔に近づき、その騎士の目では剣筋すら追えない速さで耳を切り落とす。


「さすがグラスさん」


 若い騎士はグラスの剣技を感心したように称える。


「お前、これを革袋にでも詰めろ」


 グラスは騎士に向かって、マンイーターの耳を放りつける。

 騎士はそれを片手で受け止めると自分の持っていた革袋に入れて、グラスに渡す。


「後はそうだな。マンイーターを燃やせ。ないとは思うが、このマンイーターを食らう肉食の魔物が来た挙句に巣でも作られちゃかなわん」


 グラスの指示を受けた何人かの魔道騎士が一斉に詠唱を行い、大きな焔の嵐がマンイーターを包み込む。

 数分後、マンイーターがすっかり消し炭になった様子に満足したグラスは村への帰還を供に告げた。




 シンがミーシャと歓談していると部屋の中に頬に傷のついた男が入ってきた。

 第4騎士団副隊長のグラスだ。

 マンイーターの遺体の検分を済ませたグラスは村に戻り、村の者たちにマンイーターの遺体を確認し、魔物が集まったりしないように消し炭にしたことを伝えると革袋を手に持ち、シンが身体を休める部屋へとやってきたのだ。


「グラスさん、ノックもしないで入って来ないでください」

「ははは、気にするな。それともなんだ?ここでいかがわしい行為でもしようとしていたのか?俺は自由恋愛推奨派だが、我々は任務中だぞ。さすがにそれはいかん、いかんぞ」

「そういう話じゃありません。ノックくらいするのが常識なんです」


 ミーシャをからかう、シルトバニア辺境騎士団の紋章のついた鎧を纏った、短い赤髪で顔に長い一筋の傷の入った男。

 シンが剣技を習ったガルダより少し若い、おそらくは40にならないくらいの年齢だ。

 鎧を身に着けていても、その身体が常日頃から鍛え上げられたものだということがシンにもわかる。

 騎士団の中でも相当な実力者のはずだ。

 4級冒険者の威に圧倒されたこともあるシンだが、この男の纏う濃い武の気配はその冒険者をも上回る。

 ミーシャをからかうノリの軽そうな男性なのに、シンは気が付くと手に汗をかき、拳を握りしめていた。


「シン君、こちらは第4騎士団のグラス副隊長です。私にシン君の治療を命じたのもこの方よ。グラスさん、こちらはマンイーターを倒した7級冒険者のシンです」

ミーシャはシンとグラスにお互いを紹介する。


「治療をしていただきありがとうございます。騎士グラス様」

シンはベッドから起き上がり、グラスに深々と頭を下げ、お礼の言葉を述べる。


「様などいらん、いらん。ケツが痒くなる。若い冒険者が格好つけて、俺に丁寧な言葉でしゃべる必要などない」


 グラスはそう言いながら、シンの上半身をじろじろと眺める。


(妙にフレンドリーな人だな。それにいきなり、人の半裸姿をじろじろと見て……)


 騎士団には女性もいるが、男性の方が圧倒的に多い。

 特殊な性癖の持った男性がいても、なんらおかしくない。


 グラスがシンの背中や肩、二の腕を触れた後、それだけに止まらず、手まで握ろうとするとシンの背筋がぞわっとしたものが走り、少しばかり臀部にキュッと力が入る。


「それなりに鍛えているようだが、まだまだといったところだな。ところで小僧、お前、騎士団に入る気はないか?」


 どうやら、グラスはそういう性癖の持ち主ではなさそうだ。

 単にマンイーターを討伐したシンの力量などに興味を持っただけだとシンにも理解ができ、ほっと胸をなでおろす。

 自分よりも圧倒的な力を持った者に正直そんな目のつけられ方をしたくはない。


「誘ってもらえて大変光栄には思いますが、お断りします。俺はまだ冒険者を続けたい」

「ちょっと待て、待て。騎士だぞ、騎士。ほーら、格好良いだろ、男ならみんな一度は憧れる騎士だぞ。もっとよく考えろ。そんな即答で断るな」


 シンに即答で断られるとは思ってもいなかったグラスは少しばかり焦る。

 断るにしてもほとんどの冒険者の場合は、何日も良く考えてから結論を出すものだ。

 ここまで即答で断った冒険者はグラスにとっても初めてだった。


「いえ、自分はこれまでずっとソロで冒険者をしていましたし、騎士団のような団体行動が必要な組織って自分には合いそうにないので……」


「一人じゃなく、皆で切磋琢磨しあい、自分の力量を高める。心配せずともうちのところは良くも悪くも実力主義だ。他の領地と違い、馬鹿なボンボン貴族なんかは上にはいけん。素晴らしいぞ、うちの騎士団は」


 シンが丁重に断っているにもかかわらず、しつこくグラスは勧誘を続ける。


「グラスさん、無理やり騎士団に入れようとするとまた団長に怒られますよ」


 ミーシャはそんなグラスに注意を行う。

 冒険者が望んで騎士団に入るならともかく、無理やり引き抜くのは冒険者ギルドとの関係も悪化しかねない行為でもあり、シルトバニア辺境伯の騎士団団長も無理な引き抜きについては固く禁止している。


「ミーシャよ。なに、最終的にお互いが合意すれば問題なかろうなのだ!」

「いやいや、問題ありますよ。それでなくともグラスさん、それで何度も注意されてるじゃないですか」


 グラスは自信たっぷりにミーシャの注意に反論するが、ミーシャも即座にそれを否定する。


(まるで出来の悪いコントを見せられているような気分だ)


 シンが少しばかりウンザリしてベッドに腰を下ろすと、グラスは持っていた革袋をシンに放り投げる。


「まあ、勧誘自体はいつでもできるな。ほれ、小僧。マンイーターの耳だ。討伐証明すら忘れてくるくらいにギリギリだったか。うん、いいぞ、そういう死闘は。己をさらに高みへと押し上げてくれるからな。ところで、小僧、話は変わるがお前に師はいるのか?」

「マンイーターの耳、ありがとうございます。師と言えるかどうかはわかりませんが、ボルディアナの冒険者ギルドで指導員をしているガルダさんから、基本的な剣の扱い方と衝撃波については教わっています」

「ほう、斬撃のガルダが師か。それなら問題あるまい。しばらくはガルダに教えを乞い、さらなる高みへと上りつめ、騎士団に入るのだ」


 グラスはシンにまともな師がいないのであれば、もう少し強引に勧誘を続けようと思ったが、ガルダならば問題ない。

 怪我さえしなければ、騎士団でも十分上位に入ってくるだけの実力を持った男だった。

 マンイーターを倒した方法を見ても、まだガルダの得意技だった衝撃波を使いこなせているとは言い難い。

 もうしばらくはガルダの元で学ばせるのが良いだろうとグラスは考えた。


「もう、グラスさん!シン君ごめんね、グラスさんって面倒見のいい人なんだけど、最近若い騎士達を指導するのに嵌っちゃってて。それよりグラスさん、私たちの任務が終わったのなら、さっさと領主さまへの連絡と魔物討伐に戻らないと拙いですよ。それじゃあ、シン君、またね」


 ミーシャはシンに一言別れの挨拶を済ませると、グラスを部屋から引きずっていった。

 その後、グラスは村長から報告書を受け取ると共に挨拶を済ませた。

 そして一人の騎士に領主への報告書を持たせて、マンイーターの襲撃の顛末を報告するように命じ、自分たちは第4騎士団が魔物討伐をしているであろう場所へと馬を走らせた。

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