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打算あり善行冒険者  作者: 唯野 皓司/コウ
第1章 7級冒険者編
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第2話 俺、冒険者からの厄介ごとはお断りしてます

 この日、シンは週に1度の討伐退治に出かけていた。

 低階級の魔物はなるべく回避し、7級以上の魔物を中心に狩りを行う。

 手に持った白銀の剣が真っ赤に染まっている。


「高いだけあって魔力の通しがいいな。これで性能悪かったらあの店には二度と行かねえし、他の冒険者とかにもぼったくり店だと悪口言ってるところだけど」


 赤く染まった剣を汚れた布で綺麗にふき取る。


「今日はこんなところで帰るとするかな。明日は孤児院で焼肉パーティーでも開くか」


 眼前に体長3mを超える大きな牛の胴体が転がっており、胴体から離れた首がシンをどことなく恨めし気に見てるような気がする。

 大きな角を持った暴れ牛、グレイトホーンブル。6級上位の大物である。


「筋肉質の牛肉なんてガチガチで不味そうなもんだけど、これは美味いもんな。ぜってーガキ共大喜びだろ、これ」


 グレイトホーンブルの肉は高級品であり、ギルドに入ると商人たちが競りにやってくることもある食肉だ。

 上等な部位はたった100gで一般家庭の一日分の食費のかかる牛肉であり、間違っても孤児院で焼肉パーティーを行うような食材ではない。


 魔物の肉の中で魔力の高い食べ物は滋養に良いとされ、味も良くなるのがこの世界の常識だ。

 グレイトホーンブルの肉は魔力の通りがよいため、他の6級の魔物の肉と比べてもその味は舌が蕩けるように濃厚で人気が高い。

 シンにはそこら辺はよく理解できないが、美味いものは正義という信念からここ最近グレイトホーンブルがお気に入りだ。


 手際よくグレイトホーンブルの肉を解体し、中でも人気のある部位を選んで魔力袋の中に詰め込んでいく。


 魔力袋を持てる冒険者は一人前。

 今やそう言われるようになった魔道具であり、冒険者垂涎の道具だ。

 総重量で200㎏以上入り、素材などの腐敗を防ぐ効果を有する。

 入れている重量と時間経過により魔力が消費されていく魔石を交換する必要があるため、購入費用だけでなく維持費も高いが、より多くの素材を運べるため稼げる 冒険者にとっては必需品と言える。



「マジでこれどうなってんだろ?魔法の使える世界とはいえ、ちょっとばかしファンタジーすぎるだろ」


 魔力袋を購入した当初のシンはその効果を疑い、何度も袋の中に物を出し入れした。

 その結果、討伐した魔物の素材を入れることなく魔石の魔力を消費してしまい、改めて糞高い魔石を購入する羽目になったのはシンにとって苦い記憶だ。


「なんで念じたら入れたものを取り出せんだよ。中身あけても空のくせに」


 自分の記憶してないものを取り出すことはできないため、記憶力にそこまで自信がなく、少しものぐさなところのあるシンは普段袋の中にはモンスターの素材と討伐の際に使う必需品程度しか入れていない。

 細々したものを入れたために、何を入れたか忘れてしまって頭を抱えることになった脳筋冒険者が中にはいることをシンは知っている。

 紙などにわざわざ細かく書くのも手間だし、普段から入れているとそれだけ魔力の消費が早い。

 必要なものを必要な時だけ入れるのが賢い使い方だとシンは考えている。



 一通りグレイトホーンブルの素材を袋の中に詰めるとシンはボルディアの街に向けて歩き出す。

 今いる平原から迂回せずに森の中を突っ切ると街まで2時間程度で済む。

 シンは平原で討伐するときにはその森をよく往復しているため、遭難する心配なども低い。


 森の中にはキノコや薬草が多く生息しており、8級以下の冒険者が森の浅いところでよく採取している。

 時折グリズリーウルフという6級中位の魔物と遭遇し、その短い冒険者生活を終わらせる冒険者も中にはいるが、シンにとってはさほど強敵ではない。



 薄暗い森の中を突っ切ること1時間半、幸いにして今日は回避できるモンスターとしか出くわしていない。

 森の中でシンが一番恐れるモンスターは熊の巨体に狼のような素早さを兼ね備えた6級のグリズリーウルフではない。

 小柄ながらも毒を持った8級のポイズンスネークだ。

 そのため袋の中には毒消しを常備することにしている。


 澄んだ小川の水で少し喉を潤すとシンは再び街へと向かいだした。


 森のざわめく音がする。

 シンは周囲への警戒を高めた。


 こういった雰囲気の時に何度もグリズリーウルフと遭遇しているからだ。

 いくら強敵ではないとはいえ、不意を突かれれば脅威となる。

 力を振るうのは最小限で十分だ。

 いや、最小限でなければならないというのがシンの方針だ。

 力の無駄遣いはシンにとっては死活問題だからだ。


 グルルルルアアア!!


 シンの前方からグリズリーウルフの雄たけびが聞こえた。

 自分のいる場所からはある程度距離が離れていそうだ。

 シンはほっと一息つくと雄たけびの方角から少し逸れたルートで街へと戻ろうとした。

 この森の生態系の上位に位置するグリズリーウルフが近くいる場合にはこの森にいるモンスターがいない傾向が強い。

 そのため、グリズリーウルフに警戒しながらもあまり逸れないルートの方が楽に街に戻れるからだ。


 息を殺してグリズリーウルフを目視できる距離まで近づく。

 グリズリーウルフの前には武器を振り回してる若い冒険者が3人いる。


「まあ、頑張れ。死なないように祈っといてやるよ」


 シンは一瞥するとぼそりと呟いた。



 シンに自分以外の冒険者を助ける気はあまり起こらない。

 まだ若い冒険者ということで金銭的な見返りやコネも期待できないし、何より冒険者という輩は人に対して感謝することをまともに知らないやつが多いからだ。


 助けてもらえたらラッキー。そこに感謝の気持ちはこもらない。


 そして助けてもらったのに自分も一緒に戦ったのだから素材を要求する馬鹿までいるのが冒険者だ。


 シンはそんな冒険者には「違うだろ」と小一時間説教したい。

 助けてもらったのなら毎日のように助けてもらった恩人に対して感謝の祈りでも捧げるべきなのだ。

 さすがにシンとしても毎日祈れとは言わない。

 せめて週に1度くらいの割合で末永く感謝の気持ちを思い出してもらえるのなら、できる限り助けようという気持ちも起きるのだ。

 そして口先だけでお礼を言われても何の意味もない。


 何度か魔物から逃げている面識のない冒険者を助けたことがあったが、その時は酷かった。

 大した感謝の気持ちも持たない冒険者がほとんどだった。

 挙句に助けてやったのに素材の分け前を要求され、何の役にも立たなかったことから無視して素材を独占するとギルド内でシンが獲物を横取りしたという悪評が一時期出回ることになった。

 もっともその冒険者がこれまで薬草などの採集を中心でその階級の魔物を狩ったことがなかったことから、モンスター討伐に貢献してないだろうと判断され、その悪評は次第と収まったが。


「真心の感謝に勝るものはなし」


 ここ2年ばかりのシンの座右の銘になっている言葉だ。



 三人のまだ若い冒険者は苦戦しながらも一応グリズリーウルフに手傷を負わせているようでこのままいけば倒せなくとも逃げるなり、撃退することも可能だろう。


「あっ」


 グリズリーウルフから放たれた猛腕が一人の冒険者の槍の穂先の下のもろい部分を砕いた。

 一対三から一対二の状況になれば、彼らの腕前だと正直厳しいかもしれない。


 さっさとこの場から立ち去り、三人の冒険者が助かるように祈りだけでも捧げておいてやろうと考えていたが、そうは上手くいかなかった。

 撃退なり討伐が無理だと判断した冒険者が皮袋から今日の獲物をグリズリーウルフに向かって投げ捨て、シンの方に一目散に駆け出してきたからだ。


「ちょっ!?お前ら何こっちに来てんだよ」


 シンは冒険者達から距離を取って逃げ出す。

 三人の冒険者がシンの方向へと逃げてきたのは偶然だったが、そのうちの一人がシンの存在に気付いた。


「た、助けてくれ!」


 シンに気づいた三人が全速力で近づいてくるのを確認すると、シンもまた逃げ出した。


「ちょっと逃げんな、助けてくれよ」

「悪いな、今日はすでに魔力袋が一杯で素材を入れる余裕がないし、疲れてるからまた今度な」

「今度な、じゃねえよ!俺らにはその今度がないんだよ!」


 なるべく距離が詰められないように心がけながら周辺のモンスターに気を配り、街へのルートを辿る。


 冒険者が投げ捨てた獲物を食べ終えた魔物が大きな雄たけびを上げ、シンの後方に位置する冒険者へと迫り始めた。


「本当に頼みます。助けてもらったらきちんとお礼しますから」

「若手の冒険者の謝礼なんてたかが知れてるし、お礼とか別にいいよ。大丈夫、いけるいける。君たちならもっと速く走れる。森を抜けるまであと20分程度だからきっと何とかなる」


 懇願する冒険者達の方向を向くことなく、森を抜け出そうと走るシン。


 全力で走らないのは周囲の警戒が疎かになる上、グリズリーウルフが迫ってきても標的になるのは自分の後ろにいる三人だからだ。

 その三人を生贄にして自分は悠々と街まで戻れる。


「お願いします。助けてください。一生恩に着ますから!」

「一生?」


 シンは少し走る速度を緩めた。


「どのくらい一生感謝する?」


 今まで冒険者たちの方を向くことのなかったシンが少しばかり関心を示した。


「毎日でもあんたに感謝するよ。なんならこれからしばらく俺らの収入の一部を差し出してもいい」

「謝礼の話は置いといて、本当に毎日俺に感謝するの?神様仏様シン様って毎日感謝の祈りを捧げてくれんの?」


 毎日感謝するという言葉に惹かれたシンは立ち止まり、三人の方向を向いた。

 これでNOと言えば、シンは二度と立ち止まることなく、冒険者の尊い犠牲に哀悼の意を示しつつ街へと帰ることだろう。


「ホトケ様が何なのかはよくわからねえけど、助けてくれたなら毎朝あんたに感謝の祈りを捧げてもいい」


 シンの口元がにやりと釣り上る。


「約束絶対破んなよ。破ったら今度はお前らの方に魔物を引き込んでやるからな」


(何ポイント必要だ?以前グリズリーウルフを倒した時は100ポイントで割とギリギリだったけど、この剣があるし、俺の実力も上がってるから50ポイントくらいで足りるか?いや、こいつらに俺への畏敬の念を持たせた方がいいから余裕を持って100ポイント捧げるか)


 シンが祈りを捧げると身体から魔力と力が溢れだす。

 手に持った白銀の剣が眩いばかりの輝きを示す。


 立ち止まったシンの両隣を冒険者達が走り去り、雄たけびを上げる魔物がシンの目の前へと迫る。


 シンは剣に魔力を込め、グリズリーウルフに向かって大きく薙ぎ払い一閃した。


 涎を垂らし、獲物を見据えて雄たけびをあげていたグリズリーウルフの首筋から真っ赤な鮮血が飛ぶ。


 シンに振り下ろそうとした爪は行き場を失なったかのように力を削がれ、胴体から崩れ落ちた。


 どさっ


 シンの一閃で宙に舞っていた首が地面へと転がり落ちる。


「ふうっ」


 シンは息を深く吐き出すと腰を下ろした。

 そして、冒険者たちの方を振り向く。

 彼らはシンからすでに数十メートル離れ、こちらに注意を配ることすらなく、森を抜け出そうと必死に走っていた。


「って、こら!!てめーら逃げるな!!お前らの名前すらまだ聞いてねえぞ」


 少しの間ならこの魔物の素材も奪われたりしないだろうと判断したシンは足に魔力をみなぎらせ、自分を見捨てて逃げた冒険者たちに向かって走り出した。

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