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打算あり善行冒険者  作者: 唯野 皓司/コウ
第1章 7級冒険者編
19/88

第19話 俺は英雄なんかじゃない

「痛ッ、いててて」


 激しい脇腹の痛みを感じ、シンは目を覚ました。

 シンは薄暗い部屋で綺麗なシーツが敷かれたベッドに横たわっていた。

 上半身は裸で、素朴だが清潔そうな布が巻かれ、何か塗り薬の香りがする。


「シンさん、起きたのですね!」


 パタパタと言うよりダダーと言うのが正しいような勢いでジルはシンに向かって飛び込んでくる。


「俺に触るな、大きい声を出すな」


 ジルが負傷している上半身に飛び込んできたせいで鈍痛が酷くなり、シンは顔をしかめた。


「うう、起きるなり酷いのですよ。ジルは死んじゃうんじゃないかと心配したのですよ」


 シンの対応が気に入らないのかジルは頬っぺたをプクーッと膨らませてシンに抗議する。


「シン殿?起きられたのか?」


 シンはジルに気を取られるあまり、周囲への注意を怠っていた。

 ベッドで寝かされており、治療もされているため、危険がないと判断したからだが。

 シンが声のする方向を振り向くと、ベッドのすぐ傍で椅子に腰を掛けた村長がシンを眺めていた。


(ジル~!!お前、なんで村長いるのに飛び込んでくるんだよ。俺が独り言してる変な奴に思われるだろうが!)


「うう~あのお爺さんがまったく動かないせいでジルはすっかり忘れていたのですよ」


 相変わらず、うっかり者のジルの行動にシンは軽く頭が痛くなる。

 だが、すぐに頭を切り替えて、村長に返事を行う。


「ええ、起きました。俺はどのくらいの間寝ていましたか?」

「正確な時間はわからんが、4刻以上は寝ておるはずじゃ」


(8時間以上気を失っていたのか。しっかし、本当にあそこまでもってよかった。村人たちに発見されたのもな)


 シンはホッと溜め息をついた。


「俺と一緒にいた二人は無事ですか?」

「うむ、シン殿とは別の部屋で寝ておるが、何か所か折れてるものの命に別状とかはありはせん」

「そうですか、それは良かった」


 しばらくの間、村長とシンは黙り込む。

 ようやく言葉を発したのは村長の方だ。

 椅子から立ち上がると深々とシンにお辞儀をする。


「シン殿、息子夫婦を救い、マンイーターを討伐してくれたことを心より感謝する」


 シンはそのまま村長の言葉に耳を傾ける。


「シン殿を発見し、村人たちが三人を連れてきたとき、儂は意識を失ったシン殿に礼の一つもよう言えんかった。自分の息子夫婦が助かったことで喜びを表すこともできなんだ。他に犠牲者が出ている以上、儂の立場ではな。村長としては、偵察と約束したのにそれを破り、ボロボロになって帰ってきたシン殿を見ると、一歩間違えればシン殿は死に、怒り狂ったマンイーターがこの村を襲ったのではないかと思うとシン殿に礼すら言えなんだ。いや、それは言い訳に過ぎんな」


 村長は首を振り、それ以上はしゃべろうとはしなかった。


 村長の中でもまだ色々と整理しきれてない。

 前の村長だった父が亡くなったため、若いころから村長として何十年も生きてきた。

 公平であり、どの村人に対しても平等な対応を取り続けた。

 不作の時は自らの蓄えを一時的に貸し出すという、ジルドガルドの世界では珍しい行為を行う。

 いつからか、私人として態度を表には出さなくなった。

 村をまとめる者としてはその対応は正しいものだろう。

 だが、いつのまにやら、自分の息子夫婦が助かっても人前では喜べなくなってしまっていた。


 シンにも村長が親としては嬉しいが、村長としてはそれを喜んだり、偵察の約束を破ったシンに対しておおっぴらに感謝するのができなかったのだと言うことはわかった。

 シンと二人きりになり、ようやく村長としての立場ではなく、一人の息子やその妻を想う親として感謝できるようになったのだと。



 ググ~


 シンの腹から大きな音が鳴る。

 すでに真夜中だ。

 シンは朝食を取った後、幼虫を8匹ほど口に入れ、水を飲んだだけなので空腹だった。


「食事を取りに行きましょうか?余りものになって申し訳ないが、外で若い連中が宴をしておるから何かしらあるじゃろう。……まったく馬鹿息子が調子に乗りおって」

「宴?」

「うむ、シン殿はあいつらの騒いでる声に起きたのではないのか?もう助からないとばかり思ってた次男夫婦が生きて戻ってきたので、馬鹿な長男やその仲間たちが外で酒や食べ物を飲み食いしておる」


 シンが耳を澄ませると外から歌を歌う声が聞こえてくる。


「肉が食いたい。それも大量に。後は飲みやすいスープなんかも頂ければ」


 血を何度か吐きだしたために身体に血が足りない気がしたシンは、内臓を損傷しているため、好ましいことではないとは思いつつも肉を頼む。


「うむ、それではすぐにお持ちしよう。しばらくお待ちくだされ」


 村長は扉を開け、部屋から出ていく。

 シンはもう一度部屋の中を確認するとようやくジルに話しかけた。


「ジル、なんとかやれたな」

「そうじゃないですよ。危なすぎるのですよ」

「俺もさすがにコリゴリだ。今後はもっと上手くやれると思うし、なるべく無理はしたくないな」


 シンはジルに叱られ苦笑いを浮かべる。

 でも、苦労しただけの価値があった。

 この村に戻ってから4000ほど功徳ポイントを獲得しているようだ。

 シンは今回1000を使った。シンの取り分が2割なので実質5000の功徳ポイントを使ったのと変わらないため、今の段階では赤字だ。


 だが、これまでの経験からいって、しばらくの間はこの村の人たちから功徳ポイントが得られる見込みが高い。


 あの夫婦やその家族たちからはさらに長期に渡ってポイントを得られる。

 1か月もすれば、この村のために使用したポイントは回収できるだろう。

 それ以降はシンにとっては黒字となる。

 なるべく長く深い感謝が得られることをシンは望む。


「シンさん、ジルもジルもおなかペコペコなのですよ」

「お前、今まで我慢してたのか?てっきり村長が宴とか言ってたし、摘まみ食いしてるものとばかり」

「そ、そんなことないのですよ~」


 ジルはシンに尋ねられ、目線を逸らす。

 シンはジルのわかりやすい様子を見て摘まみ食いに行ってたと予想した。

 事実、ジルはほとんどシンにつきっきりであったものの、日が暮れてしばらく経ったころ、空腹に耐えきれず、一度だけ外で酒を飲んでる男たちの料理を摘まみ食いに行ったのだ。

 それ以降はシンから離れることもなく、軽く摘まみ食いしてからすでに数時間が立つ。

 ジルの胃袋はそろそろ悲鳴を上げそうになっていた。


 コンコンと扉を叩く音がした。


「シン殿、儂じゃ。村長じゃ。入りますぞ」


 村長はそう言って部屋に入ってきた。


「まだまだ肉などが残っておったわ。もうすぐ運ばれてくるじゃろ。しばし、お待ちくだされ。まったく、あやつら、酒ばっかり飲みおって……明日仕事をさぼるようなことがあれば、一喝せにゃならん」


 村長は呆れたようにぼやく。


「親父!親父!持ってきたぞ」


 そう言って顔を赤らめた大柄な男が皿に大量に肉を盛り付け、運んできた。

 シンがダラスの村へやって来た時に声をかけたリーダー格の男だ。

 その後ろには男より一回り小柄な男性が大きめの木の器にスープを入れて持ち運び、ベッドの傍のテーブルに器を置くとシンに会釈し、部屋から出ていく。


「なんじゃ、お前が来たのか」


 村長はテーブルの上に肉を盛り付けた皿を置いたまま、一人残った男に声をかける。


「起きたのなら、我らが英雄殿に礼を言おうと思ってな」

「俺は英雄なんかじゃねえよ、買いかぶり過ぎだ」


 英雄という言葉にシンは少しばかり嫌悪感が走る。

 自分はあくまでも打算を軸に考え、行動しているつもりだ。

 英雄扱いなんて正直ごめんだ、最終的に限界を超えて潰れていくのが目に見える。

 自分よりも他人を優先、誰にでも優しく、金や礼も求めない。善人どころか悪人すら改心させる。

 そして期待に応えられなければ、それだけ多くの者から失望される。

 そんな英雄に誰がなりたいと言うのか。


「弟夫婦を救ってくれて感謝する」


 男は佇まいを直し、深々と一礼すると急に笑い出した。


「くっくっく、あんな弟は初めて見たぞ。俺たちよりこの人を先に治療しろと顔色を変えて叫ぶ弟なんぞ。ふふふ、俺に一生感謝しろか。ぷっ、ははは、とんだ英雄殿もいたんだとあの時ばかりはこの俺も大声で笑ってしまったぞ」


 大きな声を出す男の吐く息からは大量にアルコールを飲んだ匂いがする。

 かなり酔っているようだ。


「だから、俺は英雄なんかじゃない!」


 英雄、英雄と自分を呼ぶ男にシンはいらだつ。


「お前がどう思おうと俺たちには関係ない。少なくとも村をマンイーターから守り、弟夫婦を決死で助けてくれたお前は少なくとも俺たち家族にとっては紛れもない英雄だ」


「これ!いい加減にせんか!シン殿が困っておるだろうが!」


 シンの様子を見て、村長が助け船を出し、男を叱りつける。


「それにお前というやつはこんな時に宴を開くなんぞ何を考えとるんだ!」

「めでたいからだ」


 男は村長に叱りつけられようが、まるで堪えた様子を見せない。


「何を馬鹿なことを言っとる。お前も可愛がってもらったことのある老夫婦が死んでおろうが!」

「親父こそ何を思い違いしている。本来なら遺体の一部すら見つからない可能性があった老夫婦の遺体が、一部でも村に戻ってきて、一組の夫婦が助けられたんだぞ。めでたいだろうが。事実、手だけでも村の墓に入れられると老夫婦の息子も感謝していた。ここで騒がねば、何時騒げと言うんだ」


 村長と息子の価値観の違い。

 息子である男の言い分も理屈が通っている。

 単に村長の息子だから、村の若い衆のリーダー格をしているのではなく、こういう男だからこそリーダーとして務まるのだ。


「ふん、さっさとお前らも宴は適当に切り上げ、明日に備えよ。今日は仕事にならんかったのだから、明日はいつもよりも忙しいぞ」

「はいはい、親父もいい加減に寝らんと身体が持たんぞ。いい年なんだから」


 村長の息子は軽くシンに会釈すると再び村の若者の宴へと戻る。


「シン殿、お一人で食べられますかな?」


 シンは慌てて頷く。もしも食べられないと言えば、最悪村長に食べさせてもらうことになるかもしれない。


(美少女や若くて美人な女性ならともかく、老人男性に食べさせられるとかどんな罰ゲームだ。いや、気にしてくれること自体はありがたいけど)


「それなら、儂は隣の部屋で領主さまに出す報告書を作成しておりますのでもしも何かあれば声をかけてくだされ」


 村長もシンに会釈し、部屋から出ていく。



「……ジル、食べようか」

「はいなのです、お爺さんがいなくなったおかげでジルも遠慮なく食べれるのですよ」

「俺も食うんだし、血が足りてないみたいだから多少遠慮しろ。帰ったら、好きなもんでも奢ってやるから」


 いつも通りのジルにシンは笑みをこぼす。

 何とかベッドから立ち上がり、食事を済ませるとシンはまたベッドに横になる。


「英雄か。ジル、英雄って何なんだろうな?」

「ジルはそんなこと知らないのですよ。シンさんが英雄でも何でもシンさんはシンさんなのです」


 ジルも多少満足したのか、シンの使っている枕にコテンと頭をつける。

 しばらくするとジルから寝息が聞こえる。


「むにゃむにゃ、ケーキなのですよ。ケーキなのですよ」


 ボルディアナに戻ってシンに奢ってもらう夢でも見ているのだろうか。

 ジルはケーキ、ケーキと口にする。

 シンは少しうるさいとは思いながら、目を閉じ、そのまま眠りについた。

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