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打算あり善行冒険者  作者: 唯野 皓司/コウ
第1章 7級冒険者編
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第17話 激戦なのです

 剣を大きく上段に構えたシンは深く呼吸を吸い、丹田に力を入れ、剣に魔力を注ぎ込む。

 同時に身体の方も魔力を使い、身体能力を高めていく。


 ジルは少し心配そうにシンに声をかけた。


「シンさん、まだポイントは使わなくてもいいのですか?」

「いいんだよ、今からジルはしばらく黙ってろ。あいつに集中したいから、周りを警戒しといてくれ」


 シンはジルの質問に答え、さらに意識を研ぎ澄まし、丁寧に剣に魔力を注いでいく。


 マンイーターの強さがわからない以上、とりあえずは自分の持てる最高の技でその実力差を計るつもりだ。

 シンの功徳ポイントの取り分は2割に過ぎないため、100ポイントを捧げるためには実質500ポイントを稼ぎ出す必要がある。

 少しでも無駄なポイント消費を抑えたいのがシンの本音だ。

 それに一度捧げても、力が増幅される時間はシンのこれまでの体感では1分程度に過ぎず、その1分間は再度ポイント捧げられない。

 最初にどれくらいのポイントで倒せるのかを把握するのはシンにとっては重要な事だ。


 丁寧に魔力を注ぎ込まれた剣の刃から光がこぼれだす。


(まだだ、もうちょっと)


 シンは粘り強く魔力を注ぎ込むと剣の刃からこぼれだす光がさらに大きくなってくる。

 マンイーターもその光が視界の隅に入ったのだろう。

 シンのいる方向に振り向き、新たな獲物が自ら自分の前に現れたことを喜ぶかのようにガガガと薄気味悪い笑い声を口からこぼす。


(気づかれた)


 シンはマンイーターに向けて剣を振り下ろす。

 シンの振り下ろした剣の刃から衝撃波が勢いよくマンイーターに向かって飛び放たれた。


(よし!)


 シンとしてはこれまででも最高の出来だ。

 この衝撃波であれば、例えポイントを使わずともグレイトホーンブルにそれなりの深手を負わせることができる。


 シンの繰り出した衝撃波がマンイーターの露出した胸部にぶち当たる。


 グ、グガーー!!


 薄気味悪い笑い声を出していたマンイーターから怒りの声が上がった。

 厚い筋肉で覆われたマンイーターの胸部にはうっすらと長い一筋の傷が刻み込まれ、少しばかり血が滲み出ている。


(嘘だろ、ほとんど効いてない?こんなのとガルダさん達はやりあってたのか)


 最高の剣技を繰り出したにもかかわらず、ほとんど痛手を負わせられなかったため、シンには自分とマンイーターの実力差がわからなかった。

 5級と6級の差だけを初めて感じ取った。


 痛手を負わされなかったにしても、痛みは感じるのだろう。

 怒り狂ったマンイーターは地に落ちていたシンの頭よりも何倍も大きな石を手に持つと、シンに向かって勢いよく投げつけた。


 シンはその石を慌てて避ける。

 シンの真横を通り過ぎた大きな石が大木にぶち当たると、大木が悲鳴を上げるかのように激しく枝を揺らした。


(あんなのをぶち当てられたら正直ひとたまりもない)


 シンはその様子を見て青ざめたが、すぐにマンイーターの方向を向き直る。

 石を投げたマンイーターはその巨体からは想像できない速度でシンに近づいてくる。


(やばい、何ポイントだ?何ポイント捧げればいいんだよ?)


 決断しきれないシンのすぐ傍までマンイーターが近づいてくる。


(でかい。4mどころじゃないぞ)


 マンイーターは4mを超えると一般的に言われているが個体差がある。

 ほとんどの個体は5mを超えることはないが、シンと今対峙しているマンイーターは5mを確実に超す巨体だった。


 マンイーターの大きさを目の当たりにしたシンは驚き、さらに判断を鈍らせる。


 マンイーターの巨大な拳がシンに向かって真っ直ぐに打ち抜かれる。

 シンは剣の刃を横にし、身体をかばいつつ、少しでも衝撃を減らそうと後ろに飛んだ。

 巨大な拳はシンにぶつかるとシンの身体は重力を感じさせないように後ろへ飛んでいき、先ほど石がぶちあてられた大木までシンを弾き飛ばす。


 ドゴン!


 シンをぶち当てられた大木は先ほどと同様に大きく枝を揺らす。


 ガハッ


 シンは口から血を吐きだした。

 魔力で身体能力を高めていたにもかかわらず、その強い衝撃はどこか内臓でも損傷させたのだろう。

 鉄の味とでも言うべき苦い味が口いっぱいに広がった。


「化け物め」


 シンは少しばかり村の連中を恨んだ。

 なぜこれだけの巨体を持つマンイーターであることを説明しなかった。

 村を襲い、姿かたちを見たのであれば、少なくとも並みのマンイーターではないことくらいわかったはずだ。


「シンさん!早くポイントを使うのですよ!」


 吹っ飛ばされ、口から血を垂れ流すシンを見て、ジルは真っ青な顔で叫んだ。


(100や200じゃ到底足りそうにない。ジル、500だ。500を使う)

「はいなのです!シンさん、何とかこれで倒しきるのですよ」


 シンは500の功徳ポイントをジルへと捧げた。これまで200を捧げたことはあったが、500ものポイントを捧げるのはシンにとっても初めてだった。

 シンは今までにも感じたことのない強い力と魔力が体中にみなぎるのを感じた。

大木に打ちつけられた負傷の痛みもほとんど感じない。


(これならいける)


 シンが吹き飛ばされ、血を吐きだし苦しんでいるのを見たマンイーターはグガガと満足そうに笑って近づいてくる。

 シンは再び剣を上段に構えると再び衝撃波を飛ばす。


 先ほどとは異なり、シンの繰り出した衝撃波はマンイーターの胸部に大きな傷をつけ、勢いよく血を噴きださせる。

 マンイーターから一切の笑みが消えた。

 痛みで怒り狂い叫ぶこともない。

 単なる餌だと思っていたシンが自分を殺しかねない強敵と認識したからだ。

 マンイーターは胸部から噴きだす血や痛みを気にすることなく、シンに向かって走り出した。


(500も捧げたんだからここで倒しきる。絶対に逃がさないぞ)


 物を投げつける以外に遠距離攻撃の手段を持たないマンイーターだ。

 ある程度距離を保ちつつ、衝撃波でより深手を負わせて倒すというのがこの場合の最適解だったかもしれない。

 マンイーターはすでに大量の出血をしている。

 いくら生命力の強い魔物と言えども、もう数回衝撃波を放ちより出血を酷くし時間さえ稼げば、それだけでマンイーターは失血死するだろう。

 だが、500もポイントを捧げたことによりみなぎる力とその自信、そして再びポイントを使いたくないという気持ちがシンの判断を誤らせた。

 真っ向からマンイーターに立ち向かうという過ちをシンは犯した。


「そうじゃないのです~!遠くから攻撃してその後は逃げるのです~!」


 一方ジルはシンに的確なアドバイスを行う。

 だが、シンはそれを無視した。


(いける、今の俺ならいける)


 シンは全能感を感じていた。

 今の自分なら5級のマンイーターどころか、4級クラスの魔物であっても立ち向かえるという根拠のない自信。


 シンはマンイーターの自分に向かって伸びてくる手をするりとかわすと、足元を駆け抜けふくらはぎを狙って剣を薙ぎ払った。

 片足を切りつけられ、バランスを崩したマンイーターは両膝を地面につけた。


 今のシンの身体能力であれば、マンイーターの首をはねる高さまで跳躍を行える。


(もらった!)


 シンが後ろからマンイーターへと走って近づき飛び上がろうとしたその時、マンイーターは無事な方の片足を立たせると力を入れ、膝で円を描くように、ぐるりとシンの方向へと振り向き、両手でシンの身体を掴んだ。


「しまっ、あああああ!!」


 シンの身体をマンイーターは強く握りしめる。

 ミシミシという嫌な音と共に身体をすり潰されそうな圧力がシンにかかる。

 シンは耐えかね、大きな悲鳴を上げた。

 剣を振ろうにも腕だけの力ではマンイーターに十分な傷は与えられそうにない。

 激しい痛みの中では剣に十分な魔力を注ぐこともできない。


(こ、こんなところで死んでたまるか!)


 シンはそれでも必死になって剣に魔力を注ごうとする。

 マンイーターの後ろの方からジルの大きな声がシンの耳に届いた。


「目です、目を狙うのですよ!」


 全身が厚い筋肉に覆われているマンイーターと言えども目は無防備だ。

 不十分な魔力の衝撃波でも傷つけることが可能な唯一の場所と言える。


 シンは剣に魔力を注ぐと大きくシンを睨み付けるマンイーターの目に衝撃波を飛ばす。

 血しぶきがシンの顔に飛んだ。


 両目を衝撃波で傷つけられたマンイーターは反射的にシンから手を放し、両目を手で覆い、グオオオー!と叫び声をあげる。

 シンは残された力を振り絞り、剣に魔力を大急ぎで注ぎ込むと跳躍をして、マンイーターの首を狙って薙ぎ払った。


 切りつけられた首から血が勢いよく飛び出すと、マンイーターの首がごろりと地面に転がった。


(危なかった)


 シンは深く安堵の溜め息をつくと急に体中から力が抜けるのを感じた。

 それと共に極度の疲労感を覚える。

 ポイントを捧げて得た力が抜けた後、普段から疲労を感じるがここまでの疲労を覚えたことはなかった。


(なんだよ、これ)


 シンはそのまま地面にへたり込む。


「シンさん、大丈夫なのですか?」

「何とかな。ところでジル、どうしてだかいつも以上に疲れてるんだが」


 シンはパタパタと近づいてきたジルに尋ねる。


「反動なのですよ」

「反動?」

「一度に大量のポイントを捧げれば、それだけシンさんに負担がかかるのです」

「どうしてそういうことをちゃんと言わないんだ」


 シンは反動についての説明を行っていなかったジルを責める。


「何度かジルは言っているのですよ。一度に大量にポイントを捧げるとすごく疲れるって。それにジルはシンさんの限界を超えるポイントを捧げる場合は認めないのですよ。今回も500ポイントなら本来ここまでの疲労は感じなかったはずなのですが……」


(俺のミスでもあるか)


 シンは確かにこれまで何度かジルにポイントを大量に捧げることへの注意を聞いたことがある。

 まさかここまでのものだとは思ってなかったが、ジルは普段から説明があまり上手くないのをシンは知っている。

 もう少しちゃんと説明を頼むべきなのにその注意を軽く考え、流してしまっていた。

 ジルの言葉が事実ならおそらく500が今のシンの実力では一度に捧げられる限界。

 それなのに調子に乗って負わなくてもいい怪我まで負ってしまったため、ポイントを捧げた反動に耐えきれなかったのだろう。


(今回のことを教訓にしよう)


 ポイントを捧げたところであくまで借り物の力だ。

 自分の力でないのにそれを過信しすぎれば、その先に待つのは死だ。

 マンイーターの雄たけびや臭いを恐れてか、ここに他に魔物がいなさそうなのも幸いだった。

 しばらくすれば、マンイーターの遺体を求めて肉食の魔物が現れるかもしれないが。


 10分ほど身体を休めるとそれなりに歩けるレベルには疲労も回復していた。

 ゆっくりとゆっくりと歩いて、マンイーターの住処であった洞穴へと近づいていく。


 討伐証明部位であるマンイーターの耳を切り落としておきたいところだが、今は少しでも無駄な体力、魔力を使いたくない。

 洞穴にいる足の骨は折られているロコとターニャの両親も倒したことくらいは確認できるだろう。


「シンさん、これを噛むのですよ」


 ジルはゆっくりと歩くシンに対して、どこからか拾ってきた野草を渡す。


「痛み止めくらいにはなるのです」


 シンはそれを噛みながら洞穴の前へとようやくたどり着いた。

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