第16話 シンの決断
「姉ちゃんも父ちゃんと母ちゃん助けてほしいって言ってたじゃないか!」
ロコは自分を押さえつける少女の行動に怒りをむき出しにする。
それでも姉と呼ばれた少女はロコから手を放そうとはしない。
「ロコ!ターニャ!部屋から出るなとあれほど言うたじゃろう!」
先ほどまでシンに穏やかに村の防衛を頼んでいた村長が怒鳴った。
「なんでだよ、爺ちゃん。父ちゃんと母ちゃんが食べられてもいいって言うのかよ」
村長の怒鳴り声にも怯まず、ロコは村長を爺ちゃんと呼び、自分の主張を曲げようとはしない。
「ええーい、黙らんと縄で縛って部屋に閉じ込めるぞ!」
先ほどよりも村長の声は大きくなり、もの凄い剣幕でロコを睨み付けた。
「お恥ずかしいところをお見せしました」
村長はシンに謝罪を行う。
ロコは黙ったものの、いまだに納得していないといった表情を見せている。
「最初の犠牲になられた方はあの子たちのご両親ですか?」
シンは村長に対して確認の意味で尋ねた。
「いや最初の犠牲になったのはこの村の端っこの方に住んでおった老夫婦じゃ。儂と同年代で友人でもあった。あの子らの両親がマンイーターに連れ去られてからまだ1時間も経ってはおらん」
(1時間も経っていない……)
シンが村で見かけた槍や弓を手にした物々しい村人の集団はマンイーターが再び村を襲ったことが原因だった。
「早朝から夫婦そろって薬の材料になる野草を摘みに行っておってな。運の悪いことにマンイーターが村を襲ったことも知らずに村に帰ってきたところをマンイーターに攫われおった」
一度村を襲ってから、それほど時間をかけずに再度村を襲う。
マンイーターにとって老夫婦は食いでが足りなかったのだろう。
「だから、まだ1時間も経ってないなら父ちゃんも母ちゃんもきっと」
「黙れと言うとるじゃろ!おぬしらの父も母もすでに死んだものと思えと儂は言うたじゃろうが」
ロコが再び口をはさむと村長はロコを怒鳴りつける。
シンは村長の態度に唖然とした。
村長が自分の孫に対し、まだ生きているだろう自分の子でもある孫の両親をすでに死んだものと思えと言っているからだ。
ターニャと呼ばれた少女の顔を見ると目から頬にかけ、涙の跡がまだ残っている。
ロコと共にすでに散々泣いたのだろう。
今は姉として、村長の孫娘として気丈に振る舞っている。
村長はシンが唖然としていることに気づいて、もう一度謝罪をする。
「すみませんな、そのような顔をせんで今聞いた話は忘れてくだされ。シン殿のお役目はこの村の防衛ですじゃ。そして儂もこの村の村長である以上、まず考えるべきは村の安全。今しばらく、ここで英気を養い、マンイーターが再び来るまで備えてくだされ」
村長もシンが4級の冒険者などであれば、頭を地に伏してでも、息子夫婦の救出を願ったかもしれない。
だがシンはあくまで7級の冒険者。
6級上位のグレイトホーンを一人で狩れるということは少なくとも6級の実力があるだろうが、5級のマンイーターを余裕を持って討伐できるほどの実力はないと村長は判断していた。
それだけ6級と5級の間には脅威の隔たりがあるのだから。
(それが賢い選択だよな……わざわざマンイーターのテリトリー内で戦う必要もない。俺が今から行ってもとっくにマンイーターの胃袋の中って可能性もある)
村長の言葉はシンにとっては渡りに船だ。
シンとしてもマンイーターの住処の近くで戦うリスクは正直避けたい。
それにマンイーターを討伐するなら、多くの村人が見ている前で討伐したい。
(親を失えば成人するまでは村長に子どもを管理監督する権限が生まれるから、運が悪けりゃ不作の時とか奴隷として売られるけど、あの子たちは村長の孫だし、そんな不幸にはならないはずだ)
ジルドガルドでは成人までは子どもに権利がほとんど認められず、子どもは親の所有物であるといった認識があるため、口減らしで奴隷にされることも時折ある。
そして親を失った子供は村長にその管理監督の権限が預けられるため、不作などの時に真っ先に売られるのは村長預かりの親を失った子供だ。
(あのロコって子どもはマックスと同じくらいか。アル、シャナル、みんな……ああ、もうくそくそくそ!)
シンは自分の頭を掻き毟った。
そして、気持ちが落ち着くと村長に提案した。
「そうですね、俺もマンイーターの住処付近で戦うのは正直避けたいです」
シンの言葉に納得する村長は大きく頷く。
「ですが、この村でマンイーターが再び来るのを待つというのは好ましいとは思いません。巨体のマンイーターなら村で暴れるだけで大きな被害が出るでしょう」
「シン殿……」
「俺はマンイーターの住処に一度偵察に行きたいと思ってます。時期から見てもマンイーターは番ではなく一体だけでしょう。足跡なんかを探って慎重に行けばすれ違いになるのを防げますし、マンイーターが村にやってくるのも事前に察知できれば、防衛もしやすい」
「それはならん」
「なぜ!」
「儂らとシン殿は初対面じゃ」
村長はシンの提案に首を振る。
シンの提案は村の防衛を考えるのなら利がないわけではない。
村長としても村の被害が大きくなるよりは、ある程度村から離れた場所で戦ってもらった方が好ましい。
だが、今一つシンを信用しきれないのだ。
シンにも村長がはっきりとは口にしないもののシンを信用しきれていないのがわかった。
7級は冒険者ギルドでは一人前と見なされるが、社会的な信用度はあまり高くない。
村の防衛や魔物討伐を任された冒険者がいざ魔物がやって来た時に逃げ出したり、村まで来たものの結局物怖じしてしまい、偵察に行くと言って村から出ていき、そのまま逃げるといったケースが多くはないものの実際に存在する。
もちろん、それを行った冒険者は冒険者ギルドだけではなく、国や貴族からも報復に命を狙われることになるが。
「これを」
シンは村長に魔力袋を手渡す。
「これは?」
「魔力袋です。この村がギルドに依頼した依頼料よりはおそらく高額な代物だと思います」
「ほう、これがあの」
信用がないなら何かで信用を担保するしかない。
「仮に俺が逃げたり、この村に被害が及んだ時はこれを譲ります。少しは村の再建費用になるでしょう?」
村長は魔力袋を繁々と見つめる。
魔力袋は相場でもシンの言うように自分たちの依頼料よりも高額な魔道具だ。
シンは袋には何も入ってないのを見せた後、その袋から物をいくつか取り出す。
シンが取り出したのは体臭を消す草花だ。
森に入る時などは普段からシンはこれを鎧と首筋や顔、腕といった肌の露出した部分に塗りたくるようにしている。
「わかりました。シン殿を信用します。ですが、偵察だけですぞ。情にほだされ、愚かな判断をせんでくだされ」
村長は魔力袋を預かり、シンに偵察の許可を行った。
体臭を消す草花を塗りたくった後、シンはマンイーターの足跡を大急ぎで辿っていた。
数日前の雨で多少地面がやわらかくなっていたこともあり、巨体のマンイーターの足跡はくっきりと残り、住処を探すのは非常に楽だ。
「ほだされたのか!?くそくそくそ!俺はマジで馬鹿だろ!」
シンは自分のことを罵倒する。
魔力袋を担保にしてまでメリットの少ない行為を行う自分に腹が立った。
シンは初対面に過ぎないロコにほだされたわけではない。
シンが村長に自分に利のない提案を行ったのはロコを見て、マックスや孤児院の子どもたちを思い出してしまったからだ。
(見捨てるのは簡単。村長もそれでいいって言ってる。あのロコやターニャって子どもも親を失ったことを除けば不幸にはならないはずだ)
それでも何もせずに二人の両親を見捨ててしまえば、シンは次にマックスや孤児院の子どもと会った時に後ろめたさを感じるようになるのではないかとシンは恐れた。
「死んでたらすぐに帰る。遺体が食べられようと俺の知ったこっちゃない」
マンイーターの住処で生存を確認した後、すでに連れ去られた者たちが死亡している、食べられているなら、シンはすぐに村へと戻りマンイーターの襲来に備えるつもりだ。
シンは自分に言い訳をする。
岩山がシンの視界に入るとシンはマンイーターの足跡から少し逸れたルートでそこにゆっくりと近づく。
マンイーターの姿が見えた。
シンのいる方向とは違う方向を見ており、体臭を消しているためかシンに気づいた様子はない。
マンイーターの背中には洞穴がある。
まだこちらに住み着いて時間が経たないためか、マンイーターの寝床にするには少々狭そうな洞穴だが。
「ジル、あの洞穴に生きてる人がいないか確認してきてくれるか?」
シンは黙ってシンにしがみついていたジルに偵察を頼む。
ジルはシン以外の者には見えない。
仮に魔物の中に精霊の気配を察知できるものがいたとしても、ジルが触れようと思ったもの以外は触れられないのだから、これ以上の偵察役はいない。
「シンさん……あの……」
「なんだよ、食いもんなら今魔力袋も置いてきてるし、持ってないぞ」
ジルは偵察役をする時はシンから報酬としてお菓子を要求するのはいつものことだ。
「ぬふふ、シンさん。ジルはお高いのですよ」
と言って、もらったお菓子を頬張りながら偵察を行っている。
「ジルだって、そんなことわかってるのです。ただ、シンさん少し変わったかなって」
「自分でも馬鹿だとは思っているよ」
「そ、そんなことないのですよ。それじゃあジルはちゃっちゃっとあの中を覗いてくるのですよ。そこで気づかれないように待っているのですよ~」
ジルは羽をパタパタとさせ、マンイーターと洞穴の間の隙間から中へと侵入する。
それから数十秒でジルは洞穴から外へと出てくると、シンに近づいてきた。
「シンさん、村長の言ってた老夫婦らしき人たちはすでにいないのですよ。でも、あの子たちの両親と思われる方たちは、足の骨は折られて他にもいくつか骨折してそうだけど、まだ無事なのです」
シンは天を仰ぐ。
ここでやるしかない。
死んでいれば自分を納得させ、後ろめたさを感じるようなことはなかった。
だが、生きていることを知ってしまった。
もう引くわけにはいかない。
シンは腰にぶらさげていた剣を両手に持ち、大きく上段の構えを取った。




