第14話 緊急依頼なのです
ジルドガルドは地球と同じく12か月で一年としている。
1月(雪花の月)、2月(深雪の月)、3月(新芽の月)、4月(花薫の月)、5月(若葉の月)、6月(長雨の月)、7月(向暑の月)、8月(向秋の月)、9月(涼風の月)、10月(夜長の月)、11月(向寒の月)、12月(初雪の月)。
雪花や深雪といった表記は宗教行事や公文書などで使われている。
ボルディアナの位置するラドソル王国シルトバニア領では4月(花薫の月)、7月(向暑の月)、10月(夜長の月)になるとシルトバニア辺境伯の抱える騎士団総出で魔物退治を行う。
シルトバニア領の税率は低くはないものの、定期的に魔物退治を行うため、領民からの評価はそれほど悪くはない。
もっともシルトバニア辺境伯が騎士団総出で魔物退治を行うのは何も領民のことを思ってだけのことではない。
ラドソル王国の中でも武の一門として誉れ高きことを自認するからであり、近年大きな戦争はないものの、いざ隣国との戦争ともなれば、自らが抱える騎士団でさらなる栄誉と利益を得らんがための演習目的でもある。
今現在、4月である花薫の月。
寒い冬も明け、木々が青々と茂り、草花が一斉に目を覚まし花開く季節である。
そしてボルディアナの冒険者ギルドからは7級以上の冒険者の姿が激減していた。
騎士団の魔物退治に同行しているからだ。
とは言っても、冒険者ギルドは国営や貴族からの出資で運営されているわけではないため、冒険者ギルドが騎士団の魔物退治のために冒険者を貸し出しているというわけではない。
れっきとした騎士団からの依頼である。
対人戦闘を日々磨く騎士団の武は魔物に対しても通じるが、日々魔物討伐に精を出す冒険者と比べると魔物の生態、習性、弱点などについての知識は乏しい。
また森の中で魔物に警戒する、魔物を見つけ出すという技量においては経験豊かな冒険者と比べると騎士団の者は劣るため、冒険者を魔物退治での斥候役にするために依頼を出している。
〔7級以上の冒険者に対して魔物退治での斥候役として協力を求める〕
ボルディアナの冒険者ギルドの掲示板にも大きな文字で騎士団からの依頼が張り出されていた。
冒険者ギルドも純粋な依頼であり、強制性がないのであるなら騎士団からの依頼を拒む理由は何一つない。
そして冒険者たちにとっても、騎士団からの魔物退治の協力依頼は望ましいものであった。
基本報酬自体はそれほど高くないものの、成果に応じて報酬は上がり、何より騎士団や貴族の目に留まり、コネができたり、騎士などに取り立ててもらえる可能性があるからだ。
特にシルトバニア辺境伯は武を尊ぶ。
冒険者は彼から見て賤しい食い詰め者が成る職業であったが、有能な冒険者に対しては敬意を表す。
他のラドソル王国の貴族と比べても冒険者を取り立てることが多いのだ。
そのため、彼の領地内の街であるボルディアナには一攫千金を夢見、そしてあわよくば立身出世を為したい若者が集まってきている。
シンは7級の冒険者であり騎士団からの依頼を受けることもできたが、魔物退治には同行していなかった。
シンにとっては騎士団からの依頼は魅力を感じないからだ。
7級以上の冒険者に参加資格があると言っても参加者には4、5級の冒険者もいる。そんな中、ギルドで一人前とようやく見なされたばかりの7級冒険者は軽んじられるため、無茶な斥候を強制させられるリスクがある。
事実、毎回のように騎士団に斥候役として命じられた冒険者のうち数人が騎士団からの依頼中に命を落としている。
それに加えて、この魔物退治で領民から感謝、称賛されるのは騎士団を出しているシルトバニア辺境伯と騎士団の主要なメンバーだ。
シンにとっては何日も騎士団の依頼で同行していても、ほとんど功徳ポイントを稼ぐチャンスがないので割に合わない依頼となる。
そういった理由から、シンは騎士団からの依頼は受けずにいつものように便所掃除を行うとともに、ボルディアナ近隣の村などから依頼される魔物討伐を待っていた。
「なんかいい依頼はないかな」
シンは掲示板に目を通し、少しでも自分の利になりそうな依頼を探す。
騎士団の魔物討伐中であるため村から魔物討伐の依頼が出されることは少ないものの、騎士団の演習先から離れた距離にある村からは緊急依頼を出されることがある。
朝からシンは魔物討伐の依頼を探していたものの結局見つからず、便所掃除の依頼でも受けようと思った時、ギルド職員は少し慌てた感じでギルドの受付に入ってきた。
「この中に5級以上の冒険者の方はいませんか!5級以上の方はいませんか!」
ギルド職員の近くにいた冒険者が何事かと問いただす。
「マンイーターが出ました!この街から20㎞離れたダラスの村にマンイーターが出ました。すでに犠牲者、連れ去らわれた村人が出ているようです」
マンイーター
5級の食人鬼の魔物だ。身の丈は4mを超え、人の肉を好んで食べるというオーガの一種。
連れ去る人の足の骨を砕き身動きを取れなくした後に自分の住処に持ち帰り、邪魔をされずに食事をするという習性を持った知能のある魔物だ。
冒険者でも6級と5級の間には一つの壁があると言われるように魔物の階級も6級と5級の間にはその脅威に大きな隔たりがある。
ギルド職員が慌てたのも当然だ。
それでなくとも脅威度の高いマンイーターの討伐依頼であるのに、今は間の悪いことに多くの冒険者が出払っている騎士団の魔物退治の時期だ。
5級以上の冒険者で残っているものは少ない。
それに彼らの多くは朝からギルドに来ることなく、直接魔物討伐に赴き、それを終えた夕方ころにポイントの加算や素材の換金目的でギルドに来ることが多いのだから、ギルド職員が慌てるのも無理はない。
5級以上の冒険者だと名乗り出る者はいなかった。
シンは周囲を見渡し知っている顔を探すが、7級ですら数が少なく、5級以上の者どころか6級の冒険者ですら今探した限り一人もいない。
ギルド職員の顔は絶望で青ざめる。
5級の魔物の討伐依頼の受注は5級以上の冒険者が受けるのが基本だ。
一つ階級が低くてもギルドから認められた場合には受けられることもあるが、あくまでそれは緊急時の特例措置である。
(ポイントを大量に使えばなんとかなりそうな気もするけど、ギルドの規則からいっても俺が依頼を受けるのはちょっと無理があるよな)
6級になっていたのなら特例措置の形で認めてもらえるように声をかけたかもしれない。
だが、シンはまだ7級の冒険者に過ぎない。
一人年かさのいったギルド職員が部屋の中に入ってきた。
ギルド内で実務を担当する副ギルド長だ。
「これはダラスの村からではなく、ギルドの方からの依頼じゃ。この場にいる7級以上の冒険者にマンイーターの討伐ではなく、村での足止めを求める。討伐ではなく足止めじゃ、連れ去られた者の救援も求めん。我々もなるべく早くに5級や4級の冒険者と連絡を取り、救援を向かわせるようにする。おそらく彼らを捕まえられるのは夕方や夜になるじゃろうから救援は明日の朝か、運が良くて今日の夜になるじゃろうが……誰か受けてくれるものはおらんか?」
そう言って、副ギルド長は冒険者に対して滅多に下げない頭を下げた。
それもそのはずだ。
この場には6級の冒険者すらいないことを副ギルド長は理解しているからだ。
7級の冒険者に少なくとも半日以上5級のマンイーターの足止めを求める。かなりの確率で死亡するだろう。
そういう依頼をギルドが冒険者に出さざるを得ないのだ。
そして、ギルドの方としても冒険者に依頼を強制することはできない。
だからこそ頭を下げ、普段の相場以上の報酬を約束する。
室内に沈黙が続く。
数の少ない7級の冒険者もマンイーターの足止めのリスクとその報酬とを比べ、危険を冒すのを避けた形だ。
すでに連れ去られたものがいるなら、運が良ければ5級、4級の冒険者の救援までにマンイーターが再び村を襲ってこない可能性もある。
だが、襲ってくるまでに救援が必ず来るという保証はどこにもない。
(やれるよな?6級上位のグレイトホーンブルでも100もポイント捧げればやれるんだから、マンイーターでもきっとやれる)
シンは徐に手を挙げた。シン以外にこの依頼を受ける者はいないようだ。
「7級のシンです。その依頼を受けます」
「シンか、そうかやってくれるか。すまない」
副ギルド長も時折ギルドに差し入れをするシンを知ってはいた。
グレイトホーンブルでも易々と狩ってくるシンならば、マンイーターの足止めもできるかもしれないとも思えた。
便所掃除の依頼をよく受けるシンのことを知っている冒険者の口から「お花摘みかよ、あいつにマンイーターの足止めなんてできるのかよ」との呟きがシンの耳にも入る。
少しばかりカチンときたシンは、副ギルド長だけでなく、あえて他の冒険者にも聞こえる大きな声で尋ねてみた。
「別に足止めじゃなくて倒してもいいんですよね?その場合って村からの討伐依頼の報酬ももらえるんですか?」
シンの陰口を叩いていた冒険者の口がポカーンと開く。
副ギルド長は大口を叩くシンに目を丸くしたものの、すぐに表情を整え、シンの質問に答えた。
「倒せたのならば、それを認めよう。他の5級、4級がその依頼を受けた場合であっても、おぬしに報酬が支払われることを約束しよう。じゃが、功を焦るなよ。おぬしの役目はあくまで少しでもダラスの村の犠牲を減らすことじゃ」
「わかりました」
シンは副ギルド長の言葉に大きく頷くと、依頼を受けると装備を取りに宿へと向かった。