第13話 日々の鍛錬が大切です
冒険者ギルドで受けた便所掃除を終わらせ、一度宿に剣を取りに戻るとシンはギルドの敷地内にある訓練場で剣を振るっていた。
呼吸を整え、繰り返し何度も剣筋を確認する。
功徳ポイントを使えば、6級上位のグレイトホーンブルでも一太刀で狩れるシンだが、使わない場合はひと月ほど前になって、ようやく7級のグレイウルフを一対一なら多少余裕を持って狩れるようになったレベルだ。
少しでも功徳ポイントを貯めるにはなるべく使わない方がいい。
だからシンは必要以上には狩りに出ず、少しずつ自分の地力を上げていっている。
剣筋を確認した後は剣に魔力を流す。
剣に魔力を流すことで切れ味や頑丈さが増す。
武器に魔力を流すにはその武器との親和性が重要となる。
シンにとっては槍や斧などに比べて、剣の方が魔力を流しやすい。
以前に愛読していた漫画に魔法剣なんかが登場していたためシンにとっては槍や斧に魔力を通すより、武器に魔力を通すなら剣というイメージが強かったからかもしれない。
斧の方には多少魔力を通せたものの、槍の方には親和性がなかったため、ほとんど通すことができなかった。
ジルドガルドに来て、最初は剣と魔法の世界と言うことで魔法を使うのを楽しみにしていたシンだが、魔力量の多い身体を持ちながらも、魔法を使う才能には恵まれなかった。
「精霊さんなのです。精霊さんに上手くお願いしてズバババーンとやるのですよ」
ジルの抽象的なアドバイスは置いとくが、ジルドガルドの魔法とは基本的に火、水、風、地の四大精霊に祈りを捧げるとともに魔力を渡し、精霊から引き出した力を術者が上手くコントロールし、現象を作り出すものだ。
そして譲り渡す魔力量が多ければ多いほど、精霊からの力は引き出しやすくなる。
シンには精霊から引き出した力を上手くコントロールする能力が欠落していた。
少しだけ魔力を渡し精霊から少し力を受け取って行使するのがせいぜいで、魔物を討伐するのに有用な魔法はいまだにほとんど使えない。
シンが使える魔法とはせいぜい野営の時に使える種火や少しばかりの飲み水が出せるといったくらいだ。
ポイントを捧げれば、一時的に制御能力を高めることもできるのだが、鍛錬の度に無駄に消費することもできないため、シンにとっての魔法とはせいぜい冒険者をやる上で少し役に立つものといったところだ。
一方で武器に魔力を通す才能には恵まれた。
魔力の込められた剣から放たれる斬撃はシンから離れた距離であっても鋭い衝撃波となり届く。
ボルディアナの冒険者の中でも、斬撃で衝撃波を放つことができるのは両手両足で足りる程度だ。
そして身体に魔力を張り巡らし、身体能力を向上させる技術についてもシンは最近著しく向上していっている。
「精が出るな」
そう言ってシンに声をかけたのは少し左足を庇うような歩き方をするギルドの指導員だ。
40過ぎた壮年の男で、冒険者に成り立てだったシンに基本的な剣の扱い方を指導してくれた男性である。
斬撃のガルダ。
現役の頃は5級冒険者であり、面倒見の良さから今でも多くの冒険者に慕われているギルドの指導員だ。
魔物討伐の際に負った怪我が治癒魔法をかけても完全には治り切らず、冒険者を引退するときにギルドの方から請われて指導員になった。
冒険者ギルドとしても冒険者に簡単に死なれるようではその運営費を稼げなくなる。
そのため十数年前から引退した冒険者を、新人冒険者に基本的な武器の扱い方や魔物討伐での心構えや森での注意事項などについて指導する指導員として雇うようにしていた。
ガルダはその初期の頃から指導員を務めている。
「剣に魔力を流す技術はすっかり一人前だな。シンに斬撃の名をつけられる日も近いかもな」
ガルダはいずれ自分の渾名だった斬撃の名がシンのものになると思っている。
シンが剣に魔力を通す才能に恵まれていることに気づいたガルダがシンに斬撃から衝撃波を繰り出す術を教えたのだから、ガルダにとってシンは自分の弟子のようなものだ。
「ガルダさん」
ガルダに気づいたシンが剣を置き、ガルダに近づいて挨拶を行おうとするとガルダは手を横に振ってシンに言った。
「いらん、いらん。声をかけたが、俺には気にせず続けろ」
黙々と剣を振るうシンをガルダはじっと見つめる。
「剣を繰り出すときにも魔力の流れを途切れさせるな」
「鍛錬と言えども、ただ剣筋を確認するために剣を振るうのではなく、魔物のどの部分を切り落とそうとしているのか、もっと意識して振るえ」
ガルダは何点かシンに指導すると、他の若手冒険者の方へと向かう。
ガルダとすれ違う形で槍を持った男がシンに近づいてくる。
先日グリズリーウルフからシンが命を救ったトマスだ。
「兄貴、兄貴じゃないっすか!こいつを見てくださいよ、兄貴のおかげで新しいの買えたんすよ!あん時は本当にありがとうございました!」
グリズリーウルフの素材はトマス達が思っていたよりも幾分良い値がついた。
他の二人がトマスの槍が新調できるようにトマスに多めに代金を分配したため、購入することができた槍をトマスは自慢げに指さし、シンに大声で挨拶をする。
「声を落とせ。他の人の鍛錬の邪魔になるようなことをしていると、指導員から後で雷落とされるぞ」
これは大きい声で叱られるのではなく、文字通り雷を落とされる。
魔法使いの指導を行うラズウェル老指導員が訓練の邪魔をする冒険者などには水と風の精霊の力を複合させた電撃を飛ばしてくるからだ。
怪我を負うような威力ではないものの、少し茶目っ気のあるラズウェル老が放つ電撃のせいで悲惨な髪形にされた冒険者の数は決して少なくない。
シンの世界では俗に言う、雷さまの髪形。
そう、アフロな髪形にされるのだ。
トマスは片手で自分の髪をかばい、慌てて声を落とす。
「兄貴、兄貴」
「なんだよ」
「この槍、かっこよくないっすか?」
トマスは槍をシンに褒めてもらいたいらしい。
(子どもか!)
シンは少しイラッとしたものの、トマスがまだ15歳に過ぎないことを思い出すと仕方ないなとも思った。
「ああ、良い槍じゃないか。前の槍より頑丈そうだし、なかなかに強そうだ」
「でしょ、でしょ。こいつなら前よりも稼げそうだって思ってんすよ。大物でも狩れたら、今度は兄貴に酒でも御馳走しますよ」
ジルドガルドでは15歳で成人になるので、トマスもこの街で冒険者になって今年に入ってようやく酒の味を覚えた。
シンもこの世界に来てから酒の味を覚えたが、飲み過ぎると翌日に残るし、酔ってベッドで嘔吐したことがあるため、普段は酒を飲まないようにしている。
「酒なんて奢らなくていいから。その分、俺に感謝してくれよ」
「へへへ、兄貴はそればっかりっすね。酒奢るのと感謝するのはまた別口ですよ」
トマスは軽口を叩きながら、シンの隣で槍を振るい、突く。
シンが思っていたよりもなかなかの槍捌きだ。
特に突きはトマスの思い切りの良さを表すかのように鋭い。
汗びっしょりになったシンはシャツを脱ぎ、水を搾ったタオルで汗を拭く。
訓練場には女の冒険者もいるが、下半身ならともかく、上半身が裸になったくらいで咎めるような者は冒険者にいない。
さすがに脱ぐような女の冒険者はいないが、鍛錬後には男の冒険者は上半身裸で汗を拭ったり、涼んでいるのはよくあることだ。
トマスはシンの首に不恰好な木のペンダントがつけられていることに気づいた。
「兄貴。なんですか、それ?」
シンが孤児院でもらったペンダントだ。
シンはあの日から普段便所掃除の時以外はお守りとしてこれを身に着けている。
「へへ、かっこいいだろ。俺の宝物だ」
シンの言い方がおかしかったのか、トマスは急に笑い出し、シンの意見を肯定した。