第12話 功徳ポイントよりも大切なものなのです
孤児院の敷地内でジュージューと肉の焼ける音と香ばしい匂いがし、帰路に着く人の食欲を掻き立てる。
子どもたちとの鬼ごっこでヘトヘトになったシンだが少し休憩した後、子どもたちと一緒にグレイトホーンブルの肉と野菜をほど良いサイズに切り分けた。
そして日も沈みつつある6の刻を告げる鐘が鳴る前に、ようやくバーベキューを開始できたところだ。
「今日はお庭で夕飯食べるの?」
普段と違う夕飯が楽しみなのか、鬼ごっこで遊び疲れたにもかかわらず率先してシンの手伝いをする子どもたち。
ロベルドもその子どもたちの様子を眺めつつ、怪我をしないように注意を払う。
少しくらい手を切るような怪我であれば、ロベルドがすぐに治せるのであまり口やかましくは言わない。
悪ふざけをして包丁を振り回すような行為をすれば、大きな雷を落とされることになるだろうが。
第一陣が焼き上がり、子どもたちの皿に肉や野菜が盛りつけられる。
早く食べたいという気持ちからうずうずとしている子どもが何人も見受けられる。
「それじゃあ、みなさん。シン君にお礼を言ってから頂くことにしましょうか」
ロベルドが孤児院の子ども達に合図を送る。
『せーの、シン兄ちゃん。いつもありがとう』
子どもたちは声を揃えて、シンにお礼の言葉を述べた。
(今日の孤児院だけで1000ポイントゲットか。本当に孤児院は効率よく稼げるところだな)
シンは今日一日の成果に心の中でガッツポーズを行い、笑顔で子ども達に述べる。
「いいから、冷めないうちにお前ら食えよ。後、皿に載ってるのを食べたら次からは自分たちで焼いてどんどん食っていけ。お兄ちゃん連中は自分よりも年下のやつにも焼いてやるんだぞ」
『はーい』
元気のよい返事が返ってきた。
「これはいけませんね。こういう上等なお肉を食べると普段の食事にがっかりしてしまいそうです」
シンと話をしながら食事をするロベルドはそう言いながらも頬を緩ませる。
「まあ、たまに御馳走食べるくらいなら子どもたちもそこまで贅沢覚えないでしょ。それに先生の教育の賜物でしょうか。年上連中がきちんと年少者の面倒を見ていますし、この子たちなら大丈夫でしょう」
シンはまだ10歳にも満たないのにきちんと年下の子どものために肉や野菜を焼いてあげている少年少女たちの姿を見て微笑む。
「おや、シン君のお墨付きを頂けますか。それなら安心ですね」
「俺なんてそんな大層なもんじゃありませんよ」
「シン君、あまり自分を卑下するものじゃありません。ふふ、シン君にもシン君なりの理由があることくらいはわかります。それでも、シン君の行為は私たちにはありがたく、何よりあの子たちがこれだけあなたを慕っているのです。誇れることだと私は思いますよ」
ロベルドはシンの言葉をやんわりと否定する。
シンはロベルドから褒められて、少し照れくさくなり
「俺もガキたちに焼いてきます」
そう言ってロベルドに一礼すると、楽しそうな声をあげている子どもたちの方へと向かった。
(シン君に頼めば、私が亡くなった後、この孤児院を継いでくれるのでしょうか……いえ、いけませんね。シン君にはどうやらやるべきことがあるのに、私の望みを押し付けることはできません。まだまだ私も頑張らないと)
自分がすでに老人と呼ばれる年齢に差し掛かったと自覚するロベルドは軽く首を振り、その思いをかき消した。
「もっと焼くのですよ。早く焼くのですよ」
ジルは鉄板で肉や野菜を焼いている子どもたちの周りを飛び回り、こっそりと摘まみ食いしている。
大量に焼いているせいでなかなか気づかれないものの、先ほどまで焼いていたのがいつの間にかなくなっているということで、首を傾げる子どももいる。
「あれ?焼いてたはずなのに」
「誰かが食べたんじゃない?」
子どもたちの呟きを耳にしたシンは、つかつかとジルに近づいていき、首をがっしり掴む。
(子どもから奪って、つまみ食いしてんじゃねえ!)
「あわわわ、仕方ないのですよ。ジルには上手く焼けないのだから、他の人から頂くしかなかったのですよ」
ジルはシンに対して反論する。
「それよりシンさん、約束破っちゃ嫌なのですよ。ジル専用の焼き係としてシンさんの分までジルに食べさせてくれるという約束だったのですよ」
ジルの中ではいつのまにやらシンはジル専用の焼き係らしい。
シンはもちろんそんな約束をした覚えはない。
(はいはい、とりあえず俺の皿に入っているやつを食べろよ。普段から食べる機会あるんだから、子どもが焼いてる分まで取ってんじゃねえよ)
「はいなのです!」
手をシュバッと上げたジルはシンの皿からどんどんと食べていく。
シンもどんどん肉や野菜を焼き上げると、シンの皿や空になった子どもの皿へと放り込んでいく。
「シン兄ちゃん、これすっげー美味いな」
ちょっと癖のある短い金髪の少年が肉を咀嚼しながらシンにしゃべりかける。
アルバート。
12歳になる孤児院の最年長者だ。
日頃から年下の子どもの面倒をよく見るとともに、シンから冒険者としての話を聞きたがる少年だ。
「まあ、上等な肉だからな。普段から食べてると舌が肥えるから悲惨なことになりそうだけど、たまには上等な肉もいいだろ」
「グレイトホーンブルだっけ?俺も15になったら冒険者になって、あいつらに食わせてやるんだ。だからシン兄ちゃん、今度また冒険者の話をしてくれよ」
孤児院出身とはいえ、ロベルドのコネがあれば、冒険者以外の仕事にでもつけそうだが、アルバートは冒険者志望だ。
うまくやれれば、他の職業に就くより稼げるからだ。
「冒険者になるのはいいけど……アル、死ぬんじゃないぞ」
そう言ってシンはアルバートの頭を撫でる。
シンにとってアルバートは眩しかった。
同じ孤児院の仲間、兄弟とはいえ、その子たちのために打算もなく、冒険者になって稼ぎ、美味いものをたくさん食わせてやるとはっきり口にするアルバートが。
(仮に功徳ポイントの借金を抱えずにこっちに来ていたら……俺はどうだったのかな)
孤児院に寄付しただろうか。
マックスやリリサを救おうとしたか。
冒険者として稼ぎ出した金のほとんどを自分のためだけに使い、酒や女遊びを覚えるようになっていたかもしれない。
アルバートは孤児院の中でも年長であるため、頭を撫でられる機会がほとんどない。
自分自身が下の子たちの頭を撫でる立場で、たまにロベルドから褒められた際に撫でられるくらいだ。
アルバートは照れくさそうに笑う。
「俺は死なねえよ。だって俺の後ろにはこいつらがいるんだぜ」
そう言ってアルバートは美味しそうにバーベキューを楽しんでいる子どもたちを指さす。
「シン兄ちゃんの方こそ死んじゃやだぜ。あっ、そうだ。あれができてたんだ。シャナル!!あれだよ、あれ。シン兄ちゃんにあれを渡すぞ」
アルバートにシャナルと呼ばれた少年がポケットの中をごそごそと探りながら、シンの方へと近づいてきた。
「シン兄ちゃん、これ。いつもありがとう」
シャナルがシンに手渡したのは木製の手彫りのペンダントだ。
アルバートは笑顔でシンに説明する。
「かっけーだろ。みんなでこれを作ったんだぜ。もしもシン兄ちゃんが危ない目に遭いそうだったら助けてくれってエルドナ様に祈りながら」
子どもが作っただけあってペンダントの丸みも不恰好で、ペンダントに刻まれた紋章のようなものも下手くそだ。
「ペンダントのチェーンは手作りじゃないけど、俺たちみんなでロベルド先生のお手伝いをして買ってもらったもんなんだよ」
シャナルもアルバートに続いて説明を行う。
木製のペンダントなんてシンにとっては価値のないもののはずだ。
エルドナなんて、宗教家たちが創作しただけで人々に加護など与えない、存在しない神の名だ。
それなのに、このペンダントはシンにとっては重い。
今日孤児院の子どもたちから受け取った功徳ポイントよりも重みを感じた。
シンの両目からポロポロと涙がこぼれる。
「シ、シン兄ちゃん!なんで泣いてんだよ。どっか痛むのか」
シンは声も出さずに首だけ振り、何とか微笑んでそれを否定する。
「シンさんは間違ってないんですよ。シンさんにとって、そのペンダントは功徳ポイントよりもずっとずっと大切なものなのですよ」
シンを見つめるジルの目はいつもよりも暖かかった。




