第11話 やっぱり子どもは最高だよな
マックス、リリサとの食事を終え、また来週中に訪れると約束を交わしたシンは市場で何本もの肉の串焼きを手にしたジルを捕まえた。
ジルの所持しているものは他の人からは見えないため、シンからは空中に肉の串焼きが浮いてるように見えるものの、騒ぎにはなっていない。
「シンさん、あそこのはなかなか上品なタレを使っているのです」
シンに捕まえられたジルは空になった串で頭をつるつるに磨き上げたハゲ親父の屋台を指さす。
「料理に髪の毛が入らないようにしているのですね。なかなかプロ意識の高い店主なのです」
「あのオッサンが禿てるのは剃ってるんじゃなくて、純粋に禿てるからだと思うぞ」
シンはそう言ってタレでベタベタに汚れたジルの口元をハンカチで拭う。
「今日はうちの店に精霊が現れたぞ~!」
「うちにもだ!」
「俺の店にもだ!」
シンの後ろの方向から興奮気味の親父共の声が聞こえる。
大銅貨5枚をゲットしたジルが素敵な買い食い巡りをしたためだろう。
「ジル、お釣りは?」
「えっ?ジルは宵越しのお金は持たない子なのですよ。そんなことよりデザートなのですよ」
ジルは笑顔で親指を立てる。
「ジル、いくらなんでも食い過ぎだぞ」
大銅貨5枚分の串焼きを満喫したのに、さらにデザートまで要求するジルにシンも呆れ返る。
「ん~、じゃあやめとくのです。ジルは控えめな子なので孤児院でのバーベキューまで我慢できるのです」
まだ昼食も終えたばかりなのに夕方にシンが孤児院で開こうと考えてるバーベキューにジルは思いを馳せる。
「まあ、いいか。孤児院に持っていく野菜を買った後はお菓子類も用意するつもりだから、ちょっとだけなら摘まんでていいぞ。ジルのお勧めの店を案内してくれ」
シンよりもジルの方がこの市場の屋台や店に詳しい。
シンからお小遣いをゲットした場合にパタパタと市場に直行するジルにとっては、この中央市場は庭のようなものなのだ。
「お~!いいのですか?今日のシンさんは太っ腹なのです。リリサさんからお昼のおかずをもらっただけじゃなく、晩のおか、痛ッ」
シンの拳骨がジルの頭に直撃し、ジルは顔をしかめたものの、手にしっかりと握りしめた串焼きだけは地面に落とさないように死守した。
ボルディアナを散策するようになってからのジルはどこで聞いたり見たりしたのか、下ネタでシンをからかうことが増えた。
ボルディアナには冒険者が多く住む街だけあって、娼館などのある歓楽エリアが街の中心部から外れた場所にあるので、街中をパタパタと飛び回るジルも不要な知識をどんどんと身につけてしまったのだろう。
「ジルのお勧めはこっちなのですよ~」
シンの野菜購入後、串焼きを綺麗に平らげたジルは市場内に設置された空串入れに串を入れ、シンの服を引っ張る。
ジルのお勧めするのは小麦粉にバターと卵を加えて練り上げ油で揚げたドーナツに砂糖やシナモンではなく、たっぷりと10級の魔物であるパラライズビーの集めた蜂蜜をかけたハニードーナツの屋台だ。
大銅貨10枚分のハニードーナツを頼むと、ふっくらとした屋台の中年女性が笑顔でアイヨと答える。
「兄さん、えらく大量に買い込むんだね。ちょっとだけおまけしとくよ」
そう言って、大きめの袋にドーナツを手際よく詰め込んでいく。
大銅貨1枚で4個と看板に書かれていたが、その女性は50個近いドーナツを袋に入れ、蜂蜜を入れた瓶をシンに寄こす。
「あと大銅貨1枚分をこの場で食べるから用意してくれ」
シンはもう一枚大銅貨を渡すとその女性は小さめの袋にドーナツを入れ、たっぷりと蜂蜜をかけた。
「これ、なかなか美味いな」
シンは手が汚れないようにハニードーナツを太めの串で突き、一つだけ取ると残り3つが入った袋をジルに手渡した。
「お日様の光を一身に浴びた可憐な花たちとカリッと揚がったドーナツが奏でるハーモニー……うーまーいーのーでーすーよ!」
食い意地の張ったジルは袋の中に顔を突っ込み、ハニードーナツを堪能する。
袋の中にまで顔を突っ込めば、食べ散らかさず、ひとかけらも地面に落とすことなくお菓子を平らげれるというジルの鋭い発想から得られた食べ方である。
「ふふーこれでようやく腹八分と言ったところなのですよ。これでバーベキューまでジルなら我慢できるのです」
ボルディアナにある孤児院は一つしかない。
ジルドガルドにおいては、親を失った子供を社会が育てるという発想はない。
シンの訪れる孤児院も、エルドナ神殿の司祭だったロベルドが自費で開いた、ボルディアナの中心部からは大きく外れた孤児院だ。
ロベルドは神殿内部での権力争いに嫌気がさすと共に、神殿に所属しているのでは救えない人も救いたいと考えた。
そしてロベルドは司祭を辞め、親を亡くした子どもを一人でも健やかに育てられるようにとそれなりに裕福だったロベルドの私財を使って、孤児院を設置した。
ロベルドの私財だけでは運営が困難なため、ロベルドが神殿に寄付に来ていた商人たちに頼み込んで得た寄付なども用いられ運営されてきている。
ところが、最近ではその寄付をしてくれていた商人たちもあまり孤児院に寄付をしてくれなくなった。
すでに司祭の地位を捨て10年以上経つロベルドでは、すでに教会との伝手をほとんど失ったと見て寄付の金額が少なくなったり、寄付を取りやめる出資者が増えたことから孤児院の運営状況は切迫してきたことをシンが知り、寄付を行うことになった。
孤児院の敷地前に立つシンに気づいた子どもたちが、シンの近くに詰め寄る。
「シン兄ちゃん、遊んでくれるの?」
「シン兄、お土産ある?」
「後でシン兄ちゃんが教えてくれた鬼ごっこしようぜ。シン兄ちゃんが今日は鬼な」
普段から孤児院に来て、遊んでくれたり、お土産を持ってきてくれているシンをほとんどの子どもが慕っている。
(いやーやっぱり子どもは最高だよな)
シンがやってきただけでまだ遊んでもお土産を渡したわけでもないのに、功徳ポイントが次々に得られる状況に、シンの口元はにやける。
シンが子ども達にお土産を渡し、一緒に遊んだり、運営のための寄付を行う。
そして子どもたちやロベルドがシンに感謝の気持ちを抱く。
他の冒険者からは一方的にシンが支援をしているように見えるが、シンにとってはまさにwinwin。
イーブンで良好な関係を築いているのだ。
「ぐふふふ、やっぱり子どもは最高だよな~、です。間違いなく以前シンさんがいた日本なら一発でアウトな発言です。変質者として逮捕されているところです」
(ぐふふふ、なんて言ってないだろ!勝手に俺をロリコンの変質者扱いするな)
どうしてこんな子に育ってしまったんだと言わんばかりに、シンは軽くこめかみを押さえて、ジルを睨み付ける。
「冗談です、冗談なのです。ジルはちゃんとシンさんのことを理解しているのです」
さすがにこれ以上ふざけるとシンから仕返しされると感じたジルは慌てて謝る。
シンは近くに詰め寄ってきた子ども達の頭を少しだけ撫でると
「後でいっぱい遊んでやるから。とりあえず俺はロベルド先生に挨拶してくるから、これをちゃんと仲良く分けて食べろよ」
そう言って、ドーナツが入った袋と瓶詰された蜂蜜を子どもたちの中で年長者に渡すと、シンはロベルドが普段いる書斎を訪ねた。
「ロベルド先生、シンです。入りますよ」
シンが扉をノックし、書斎に入ると真っ白な長い髪をした老紳士が眼鏡をかけ、机に向かって羽ペンを走らせている。
日頃からロベルドは昼食後に書斎に篭り、代筆業を行っている。
少しでも運営費用を稼ぎだし、なるべく多くの親を失った子どもたちの面倒を見るためだ。
シンが寄付するようになってから、ある程度運営費用は安定しているが、それでもロベルドは「シン君に頼りきりになるのはよくありません」と言って、代筆業を行っている。
そして時間が取れれば、自らスラムに足を運び、神殿には内緒で治癒魔法で怪我の治療などをしている。
「おや、シン君。そう言えば、今日はシン君がいらっしゃる風の曜日でしたね」
ジルドガルドは地球と同じく1週間を7日としているが、風、土、火、水、氷、雷、日の曜日で1週間としている。
シンが孤児院に訪れるのは決まって風の曜日だった。
ロベルドは椅子から立ち上がり、肩と首をコキコキと回すとシンに握手を求めた。
「今日もよくいらっしゃいました。エル……失礼、あなたの慈悲に感謝を。ははは、司祭を辞めて10年も経つというのに、ついついやってしまいそうになる。まったく年を取っても、一度身体に染みついた癖は抜けませんな」
ロベルドはそう言って目じりを下げ朗らかに笑う。
シンには人からの感謝の度合いがわかる。
ロベルドからの感謝は常に深く、そして重い。
それだけ孤児院にいる子どもたちのことを考えているからだ。
シンの知る限り、ロベルドはこの街で最も誠実な人だと言える。
自らの私腹を肥やすような人であれば、シンはそれを見抜くことができる。
だからこそ、シンも孤児院の子どもたちと同じくこの老人を先生と呼び、そして慕った。