集会
とある街に在るとあるビルの四階の一室。そこには私が務める探偵事務所が在ります。探偵事務所と言っても、室内は然程広くもなく、四階と言うなんとも縁起の悪い数字の階に在りますが・・・。
私はこの探偵事務所の探偵・・・ではなく、秘書を務めています。この事務所の主役の探偵は、イイ感じに中年と化した、私の父なのです。
父は中性脂肪が溜まり過ぎたダルマの様な体型をしています。そのせいで、医者からはこの先の暗い未来を宣告され、それを阻止する為に、父は毎朝自宅から歩いて事務所まで通っています。私から見れば、無駄な足掻きの様な気もしますが・・・。今更運動を始めた所で、果たしてあのダルマの様な体型から、脱出出来るのでしょうか。まぁそのお陰か、私の務める事務所は、他の事務所に比べ遅くに勤務開始となりますが。
他の事務所、と言うのは、その言葉通り他の探偵事務所の事です。
私が住むこの時代は、警察と言う組織が有りません。余りに汚職が酷すぎた為に、数十年も前に組織自体が廃止となってしまいまいた。
組織自体が廃止になるとは、一体どれだけ汚職が酷かったのか、全く想像も付きません。賄賂の他に、犯罪の隠蔽と言った所でしょうか。
警察組織は無くなりましたが、変わりに探偵と言う職業が活性化されたのです。それまで誰でも出来た職業が、今や国家資格が必衰の職業となりました。今までの探偵は正に涙目です。なんと言っても国家試験が有るのですから。
探偵職が国の配下の職業となってからは、探偵の数が瞬く間に増加しました。それはもうあっという間でした。
当然です。依頼料と言う物自体は、それぞれの探偵事務所により異なっていましたが、それが国の配下となった今も変わらなかったからです。つまりは自分達で好きな様に依頼料を決められる為、ボーナスは無くとも給料は好きなだけ貰える。その上お上認定のお仕事と言う事なので、こんなに美味しい仕事は中々ないと言う事です。
何故料金設定が今まで通りかと言うと、国が料金設定をする前に、探偵事務所を立ち上げた人達が、次々と自分達で勝手に決めてしまったからです。面倒臭かったのでしょうね。その後何だかんだと決めた事を言い渡して、暴動やら何やらを起こされでもしたら、厄介なので・・・。要するに、国が投げやりにしたからです。
誰でも探偵事務所を立ち上げる事が、出来ると言う訳では有りません。ちゃんと審査はあります。国家資格を持ち、申請書と探偵登録書を出し、申請が通った人のみが探偵となれます。
警察組織がなくなったからと言って、探偵が昔で言う刑事事件を全て受け持つ訳でも有りません。一応検察組織は残っていますので、厳密な事件の捜査等は、検察官の仕事となっています。
ならば探偵は?探偵は何をするかと言えば、昔と変わらず依頼された事件を探偵する事です。今では検察からの依頼も有る位ですが・・・。
今は正に探偵時代!シャーロック・ホームズの時代再来と言うわけです。
「今日も私が一番乗りですね。」
何だかんだと言っている間に、事務所へと着いてしまいました。
父はダルマ体型のせいか、歩くのが遅い為、電車で来た私の方が遅くに家を出たとしても、当然の如く早く着いてしまいます。
事務所へと到着をして最初にやる事と言えば、お湯を沸かす事です。その後カーテンを開き、机の上に無造作に置かれた書類を整理すれば、丁度お湯が湧きます。そして棚からティーセットと香ばしい紅茶の葉を取り出し、父が到着をするまでしばしお茶の時間をゆっくりと満喫します。
「やはりこの時間だけは欠かせませんね。」
私がのんびりと紅茶を味わっている間、父は今頃ゼェゼェと息を切らしながら、必死に事務所に向かっているのでしょう。父が到着をする頃には、紅茶も飲み終えカップ等も洗い終えています。証拠隠滅です。
「さて、そろそろでしょうか。」
そろそろ父が、事務所に到着をする頃です。早くティーセットの後片付けをしなくては。
いつもの様に後片付けが済めば、自分のディスクへと座り、あたかも真面目に仕事をしていました、と言う雰囲気を出せば完璧です。誰も私がソファーにのうのうと腰掛け、紅茶を啜っていた事等想像も付かないでしょう。
「おはよう。」
父が到着をしました。今日も丸いです。ダルマです。まぁ今朝家でも会っているのですがね。
「おはようございます。今日も凄い汗ですね。確か今は冬なので、最高気温でも2℃の筈だと思ったのですが。」
「歩いて来たからね。これくらいは当然の汗だよ。」
そう言って大きなタオルで汗を拭く父の姿は、とても暑苦しかったのです。
「今日は新しく依頼は入っていたかね?」
そう言いながら、父は大きなカバンの中から着替えを取り出し、年頃の娘の前で着替え始めました。不潔です。
毎回凄い汗を掻くので、カバンの中には大きなタオル二枚と、事務所に来てからの着替えのスーツと、帰りに着ていく用のウェアの二着の洋服が収められています。これが夏になると、タオルは四枚、着替えは三着に増えているのです。午前と午後用のスーツです。決して父を馬鹿にしている訳では有りませんが、もう二年も続けているにも関わらず、一行に痩せません。
「ありませんでしたね。先日の珍しい金魚の入手先の依頼を頼まれた方から、お礼の手紙が来たくらいです。あ、机の上に置いておきましたよ。」
「そうか。それなら今日はゆっくり書類整理でもするか。」
父は決して無能な探偵と言うわけでは有りませんが、来る依頼はどうしようもなく、どうでもいい物ばかりなのです。先日の依頼も、入手困難な金魚の入手ルートを探してくれとの依頼。私からすれば、本当にどうでもいい事です。それから書類整理はいつもの事です。
探偵事務所が多い今、競争率は、それはもう物凄く高く、依頼が来る為に皆さん色々と努力をしているみたいですよ。私の所は対して何もしていませんが・・・。何故なら一回の依頼料がバカみたいに高いからです。父は大人しそうな顔をして、お金には貪欲なので・・・。
そのせいか、依頼に来るお客さんも、風変わりな人が多いです。所謂マニアと言う方達でしょうか。マニアと言う位ですから、高いレア物とかも持っているので、お金ならあるのでしょうね。他にはお金持ちの暇人マダムとか、どこぞのお嬢様でしょうか。何故か私の事務所は、女性客率がとても高いのです。
「そう言えばお父さん、明日は四丁目の会合ですよね?」
「あぁ、そうだったな。お前もちゃんと来なさい。」
「私も行くのですか?」
「当然だ。お前のファンも居る事だしな。」
「どんな理由です・・・。」
またしても四と言う不吉な数字が出て、何とも縁起が悪いですが、探偵は月に一度それぞれの町内事に、会合を開く決まりが有ります。誰が決めたかと言うと、当然探偵達です。
探偵事務所が多い今、それぞれが好き勝手にやってしまえば、それはそれでいいのですが、それでは余りに無法地帯に成り果ててしまうと言う事で、月に一度、それぞれが働きやすい様、意見交換をする場を作る事にしました。そして何故か、その中に私のファンが居るそうなのですが・・・。正直何故ファンなのかは、定かでは有りません。やはり見た目でしょうか。
「今回の会合は、何をテーマにして話すのですか?」
「今回か?今回は確か、資源ゴミの分別の悪さについてだそうだ。」
「はぁ・・・。」
思い切りその辺の町内会と同じ内容です。同レベルです。
探偵の会合だから、もっと知的な物だと誰もが想像したでしょう。当然最初の方はそうでしたよ?ですが月に一度のペースとなれば、流石に余程の事が無い限り、ネタも尽きると言う訳です。
一度会合自体がテーマとして上がった事も有りました。会合回数に関してですが、当然でしょうね。誰もが多すぎると思ったからです。しかしながら、何だかんだと話しているうちに、もし大事な事を言いたくても、次の会合まで半年もあったとしたら?もし緊急を要した時に、前回の会合が終わったばかりだったら?と、結局意見が纏まらなくなって来てしまい、やはり面倒臭いから今まで通り月一と言う結果に終わってしまったのです。やっかいですね、『もし』と言う言葉は・・・。そして何でしょう・・・。本当に探偵の会合なのかと言いたくなる、意見の数々。急を要すれば、その時臨時に会合を開けばいい物を、誰もその答えに辿り着けませんでした。私以外。私ですか?私は思い付きましたが、答えてはいません。面倒臭かったので。
「では、明日の会合のテーマについての回答を、今のうちに決めてしまいましょう。」
暇な今決めてしまった方が、後々楽ですから。
「それもそうだな・・・。お前はどう思う?」
「私ですか?」
いきなり意見を振られてしまいました。
「そうですねぇ・・・。ゴミ当番を決めればいいのでは?」
「ゴミ当番か・・・。」
当たり前の意見と言えば、当たり前の意見です。誰もがすぐに思い付く答えでしょう。
「そうだな、それが良さそうだ。明日の会合では、その意見を提案しよう。」




